「だ、か、ら! ここはもう百回教えたはずだ! 何回間違えれば気が済むんだ!」
「ごめんなさーい」
いよいよ、本格的に受験への勉強へと切り替わり。
放課後、図書室で勉強している。風太郎の厳しい指導を受けている四葉といつもの光景が広がっている。
「普段通りの二人だわ。つまらない。とても付き合ってるとは思えないわね」
「もっとギクシャクするのかと思ってました。プロポーズしたと聞いた時は驚きましたが」
あの日、告白をすっ飛ばしてプロポーズの言葉を告げてしまったと俺はあとで風太郎から聞かされた。
「ま、それくらいの覚悟でやってもらわなきゃね」
「んだよ」
二乃は俺へと視線を向けてきた。
「覚悟はあんたの方がしっかり持ってもらわなきゃと思っただけよ」
「その事か」
相変わらず、姉妹大好きな次女な事で。
でも、二乃の言葉は正しい。
一花の場合は女優、これからどんどん顔が知られていく。
でも、俺はその事も含めて決めたんだ。
「生半可の気持ちじゃない。俺はあいつの夢も気持ちも全部受け止めて一緒にいるって決めたんだ」
「……はぁ、やってらんないわ」
「そっちが先に」
「何よ」
「えーっと、あ、三玖、どうしました?」
「ん?」
いつも大人しい三玖ではあるが、今日は確かにいつも以上に口数が少ない気がするが何か悩みか?
「あ、なんか……私、もう受験しない立場なのに、ここにいて良いのかなって」
確かに専門だと勉強する内容は全然違うのは確かだけど。
「そんなこと気にする必要あるか?」
さっきまで四葉を指導していた風太郎が三玖の悩みにあっさりと答える。
「家庭教師はもう終盤だ。たとえ今日、教師と生徒の関係が終わったとしても明日同じように会うだろうな」
この一年ですっかり中野姉妹と一緒にいるのが俺達にとって日常のように当たり前になっていた。
「うん! 三玖がいてくれた方が心強いしね」
「そうです。教えて欲しい日本史の問題があったんです」
「三玖はもう一人の先生だからな。それに、今までずっと一緒に勉強してきたんだ。最後まで付き合ってくれよ」
姉妹の中で今じゃ成績が一番良いのは三玖だし、姉妹への教え方は三玖の方が頼りになる部分がある。むしろ居てもらった方が俺達も助かるのは本音だ。
そんな俺達の言葉に三玖は胸のつっかえも取れた様子で笑っていた。
そして変わらず勉強会を陽が暮れるまでしていつもの帰り道を歩いていく。
「んじゃ、俺はこのまま一花の所行くから」
「誠司、少し待ってくれ。お前もいる場できちんと話しておきたい」
「ん?」
駅へと向かう足を止めて振り返ると風太郎は深呼吸をしたあと、もう一度口を開く。
何か深刻な話の気配がし、俺も少し背筋が伸びる。
「俺が受ける大学、ずっと言えなかったが」
受ける大学って。今更何言ってんだ?
「と、東京なんだ!」
「……は?」
その瞬間、伸ばした背筋の筋力が一気に脱力した。
「卒業したら上京する。そしたらもうお前達と今までのようには」
「あー、風太郎。俺、時間だから行って良いか?」
「反応それだけかよ。いや、誠司も東京だもんな」
「えっと、あいつらも似たような反応だと思うぞ」
俺は対面にいる姉妹達の方へと視線を向ける。
「そんなこと知ってるけど?」
「は?」
「あえて聞く事はしませんでしたけど……」
この発言だと四葉にもまだ話してなかったのかよ。風太郎。
「フー君ならそうだろうと思ってたわ」
「だよね」
二乃の言葉に三玖も頷く。
風太郎の成績ならそりゃ東京も視野に入れるだろうと誰もが思っていただろう。
「俺だけ、一人で、盛り上がって……はず」
わかりやすく恥じている風太郎が見れたことは貴重かもな。
「あはは、一生のお別れじゃないんですから。どこにいても上杉君さんを応援しています。上杉さんがそうしてくれたように」
その姿勢はずっと四葉は変わらないな。
すると四葉は俺にも視線を向ける。
「もちろん長尾さんもですよ!」
「へいへい。てな訳だ。離れても切れる縁じゃないだろ」
「……だな。ありがとうな。お前達と会えてよかった」
そうして俺達は「またな」と挨拶を交わしてそれぞれの道へと歩いて行く。
そう、変わらないものはある。
「ドラマの主演、ゲットしたよ!」
「おー、やったな」
ホテルに着いて早々、一花はとびっきりの笑顔と嬉しい報告で俺を出迎えてくれた。
「あ、エッチなやつじゃないから安心して」
「そこの心配はしてねえから。なんてたって男性とのキスをNGにしてもらってるからな」
キスNGの女優にエッチな仕事がくるはずもない。
それに社長さんも一花を大事に思ってるからな。
「けど、おめでとう」
俺は一花の頭を撫でると一花はスッと俺の懐に入ってきた。
「撮影はまだ先だけど、多分まだこの状況が続くと思う」
「忙しい事は嬉しい事だ。けど、体には気をつけろよ」
「うん。体が資本だからね。でも、ごめんね。あまり彼女らしいこと、うあ」
頭に置いていた手を一花の背中に回してその体を抱きしめる。
「セージ君?」
「そういうのも含めて俺は一花と一緒になる覚悟をしたんだ。それに今はしっかり恋人らしい事してるだろ?」
「……もう、ずるいな」
一花の腕が俺の背中に回ってきたのを確認し、俺はさらに距離を縮めたくてある事を一花に聞く。
「その、なんだ。恋人らしい事、もっとしていいか?」
そう聞くとそれまで俺の胸に顔を埋めていた一花の顔が俺に向けられる。
そして俺の視線はその唇へ。
そんな俺の視線でどういう意味かすぐに察した一花の頬は上がる。
「そういうの聞かなくてもいいんだよ?」
「いや、一応な。一花が嫌かもしれないだろ」
「もう……嫌かもしれないって。そんな訳ないじゃん」
すると背中にあった一花の腕は俺の首の方へと移動する。
そして向けられていた瞳が閉じる。
それを見て俺はさらに一花を引き寄せる。そして一花の唇に自分の唇を重ねた。
「ん」
これまで二回のキスよりも長く一花の唇に触れ、ゆっくりと離す。
「ふふ、すっごいドキドキしてる」
「仕方ないだろ。俺からは初めてだったんだから」
過去二回は一花からのもので俺からしたのはこれが初めて。
緊張しない方がおかしい。
「でも、私もドキドキしてる」
自分が緊張していて気付かなかったけど、一花の顔は真っ赤だ。
それがまたさらに俺を駆り立てる。
今度は言葉にせず、行動で。
すると一花もまた瞼を閉じた。
大丈夫。
離れていてもきっと。