22-1
「ふぁ」
「セージ君、まだ眠いの?」
欠伸をしている俺の頬を突っつく一花。
先ほどまで俺は中野家の心地よいソファーで居眠り、その居眠りの際に風太郎と四葉の結婚式の夢を見た気がするけどもう記憶はあやふやだ。
「全員の進路も無事に決まって安心して疲れが出たんじゃない?」
「それは……いや、一花はまだ卒業出来るか決まってないだろ」
「あはは、そうでした」
学園祭から五ヶ月。
無事にそれぞれの進路が決まり、ひと安心と言いたいが。
まだ手放しに喜べる状況ではない。
「卒業式後の試験に合格すればオッケーなんだよね?」
「うん。休学扱いだったけど、特別措置ってことでね。学校側が色々配慮してくれたんだ」
三玖の問いに一花が説明する。
そう、試験さえ合格すれば問題はない。
「ただ、不合格なら容赦なく留年だ。予断を許さない状況であることは自覚しろ。ま、誠司がついてるから大丈夫だろうが」
「なんか久しぶりに出たな。お前の俺への過大評価」
試験受けるのは一花だけど、俺にもプレッシャーがかかる。
「わかってますって。みんなと卒業したいしね。それに何よりセージ君と卒業したいし」
「なるほど? 愛のパワーは偉大ねぇ」
二乃が茶化すように一花を見るが、次に俺に向けられた視線は鋭い。
「長尾さんがついてれば大丈夫! 私だって大学に合格させてもらえたんだからね」
いや、四葉の場合は風太郎の力が大きいだろ。
「五月の希望通りの学校に合格できたし」
「えぇ、こうして教師という夢へ一歩近づけたのは長尾君のおかげです」
三玖の言葉に頷き五月は俺を見る。
「いや、俺はあくまでも手助けだけだ。それを実行し努力し続けた自分自身の結果が結びついたんだ」
「そうだ。だから、胸を張っていい」
家庭教師二人の言葉に四葉も五月も笑顔で頷いた。
「二乃と三玖は春から料理の専門学校か」
「そうね。私まで大学に進学しないことになっちゃったのは申し訳ないんだけど」
二乃も結局、三玖と同じ料理の専門学校の方へと進路を決めた。
むしろ俺としては大学進学を考えてた方が意外だった。
てか、大学進学だけが進路って訳じゃないし、五つ子の中で誰よりも早く進路を決めた一花なんてまさにそれだ。
「ん? なーに?」
「真っ先に進路を決めた長女が最後の生徒になるとはなーと」
「仕方ないでしょ。試験が卒業式後なんだから……でも、絶対合格するよ。だって、君への誕生日プレゼントだから」
最後は俺の耳元で一花は囁いた。
夏のあの日を思い出す。一花の退学をどうにか阻止しようと俺が色々と手を考えたが、結局最後は無茶苦茶な願いをぶつけただけ。
結果的にそれが一花と引き止める事になり、俺も俺でその約束に救われた時もあった。
「こうして話していると改めてもうすぐ新しい生活が始まるのだと感じますね」
「どうなっていくのかしら。未だに想像出来ないわ」
五つ子にとっては本格的に進む道がバラバラになる。
去年の今頃から五つ子達はそれぞれ動き始めていたけど、卒業後はもう五人が同じ学校に通うことはない。
それでも家族だから今生の別れでもないが。
「私たちはここでは一緒だけど、上杉さんと長尾さんは」
俺と風太郎の大学は東京。
ここを離れ、一人暮らしだ。
「だから、嬉しかったんだ。フータローとセージが卒業旅行を提案してくれて」
「最初の提案者は風太郎だけどな。高校の最後の思い出作りだって」
「ま、まぁな」
照れた様子の風太郎だったが、その目つきはなんだか真剣な眼差しへと変わり、何か考え込んでいる様子。
「上杉君?」
「はっ!? い、いや、なんでもない! そんなことよりも行き先どうする? お前らが指差した場所はバラバラじゃねえか」
なんか誤魔化した感が気にはなるが、あまり追求しないでおくか。
それより問題は風太郎の言う通り、卒業旅行の行き先だ。
行きたい所を指差してもらったが、五つ子でもこいつらバラバラなんだよな。
「いっそ、海外にしちゃう?」
「ねぇよ!」
「え? なんで?」
一花の言葉に風太郎は即否定する。
「旅費だ旅費。俺はお前らと一緒にすんじゃねぇ! 行き先は近場だ!」
「俺もさすがに海外だとキツいな。春からの生活面も考慮したいし」
「旅費なら出すよ」
「いや、待て待て。いくらなんでもそれは」
「風太郎に同意だ。そこまでは」
三玖の言葉に俺も風太郎も首を振る。
「なら、出世払いってことで」
「そういうことなら」
「いやいや、風太郎。一花、お前も」
「なら、私たちも数ヶ月分の家庭教師代は出世払いって話しだったじゃない? その分を旅費でチャラってことにしよ」
そういや、マンションから出て五人だけで生活してた時の家庭教師代は出世払いって話しだったな。
俺の場合は要らないって話しで終わってるが。
「わかった。風太郎の旅費はそれで。ただ、俺の旅費は出さなくていい」
「むー、セージ君って本当そういうところあるよね。一方的なプレゼントは受け取ろうとしないし」
「勘違いすんなよ。プレゼントが嫌とかじゃなくて。なんつーか、俺だけがってのが苦手なんだ。それなら俺も相手に喜んでもらいたいって。ま、俺の癖みたいなもんだから」
「わかりました」
そうして改めて卒業旅行先を決めるのだけど、五つ子の面倒な所が遺憾なく発揮する。
「やはり北海道の食べ物は魅力的ですね」
「でも、まだ寒くない? 雪も多いかも」
「やっぱりそこよね」
五月らしい旅行先の提案に三玖や二乃は顔を歪める。
「雪かぁ。いっそ春スキーに行くのもいいかも」
「となると長野? ついでに温泉も楽しめそう」
運動好きの四葉はスキーを提案、そして北海道からやや南下し長野を提案する一花。
「でも、スキーじゃあんまり卒業旅行って感じしなくない?」
「あー、それはある」
二乃の言葉に一花も同意。
おそらくスキーだと林間学校を思い出しているんだろう。
しかし、この似たようなやり取りがずっと続いて終わりが見えてこない。
「じゃあ」
「いい加減にしろ!」
「うひゃ、どうしました上杉さん!?」
「どうしましたじゃねえ! いつまで揉めてる気だ! もう一時間は経ったぞ!」
そう、すでに一時間は経過。
そして未だに旅行先は決まらず。風太郎じゃなくてもしびれを切らす。
「だって、せっかくなんだから納得いくところにしたいんだもの」
「この調子じゃ絶対に決まらないだろ! 俺達で決める!」
「ま、こうなるだろうと思って俺達も候補は絞ってたからな」
五つ子、瓜二つならぬ瓜五つだが好みはバラバラ。
どうせこうなると予想していた俺と風太郎は事前に二人で話し合って候補地を決めていた。
「沖縄だ!」
それまで五つ子達の間で出そうで出ていなかった候補地に目を丸くする五人。
「この時期の沖縄は寒くなく暑すぎずのいい気候でのんびりできるはずだ」
「海あるしな。マリンスポーツもできるし観光地も豊富、海産物に代表される豊富な食材、それらを使った料理も楽しめる」
俺は沖縄のスポットを印刷した資料を広げる。
おそらく五人の要望を全てクリアできるだろう。
そんな俺達のプレゼンに姉妹達も納得した様子。
「どうだ? これ以上の場所はあるか?」
自信満々な風太郎の問いに五月は首を振る。
「いえ、お見事です」
「これは決まりでしょ」
一番要求多そうな二乃も納得してくれたみたいだ。
「さすがは上杉さんと長尾さんです!」
「最初からセージ君達に決めてもらえばよかったかなー」
「それだとすぐ近くにされそう」
「三玖するどいな。実際、風太郎は近場を提案してきたぞ」
その俺の言葉に三玖や二乃から鋭い視線が風太郎に向けられる。
「そうだ。上杉さん! らいはちゃんも一緒に行きましょうよ!」
そんな空気を変えようと四葉がらいはちゃんもと提案してきた。
「らいはも? いいのか?」
「もっちろんです!」
「だね。いずれ家族になるんだし」
「へ?」
その一花の言葉にきょとんとする四葉。
「親睦を深める良い機会だね」
「ええ、是非一緒に行きましょう」
「か、かかか、家族!」
三玖と五月は純粋にらいはちゃんとの交流を楽しみにする一方、四葉もようやくその言葉の意味を理解して顔を紅くしてわかりやすく動揺する。
「か、家族ってそうなんですけど。さっきのは、そんなつもりはなくてですね!? らいはちゃんがいたら楽しいと思っただけなんです!」
「あー。別に慌てることねえって。お前の事だし、思いつきをそのまま言った事はわかってる」
四葉の提案に深い意味はないのは風太郎も察しているが、四葉もわざわざ否定しなくても良いと思うけどな。
「そんなに力一杯否定するところでもなくない?」
俺と同じ考えだった二乃がそのまま言葉にする。
「こほん」
すると五月はわざとらしい咳をしたかと思えば四葉と風太郎を見る。
「今回の旅行ですが、お二人の邪魔しないように心がけますのでご安心ください」
五月の発言に風太郎と四葉は「へ?」と同じ反応を見せる。
「な、なに勝手に気を遣ってんだよ。余計なお世話ってやつだ」
風太郎の気持ちもわかるが。
「さすがに世話を焼きたくなるわよ。四葉は未だにフー君に敬語だし、その様子じゃ何も進展してないでしょ? そこの二人と違って」
「に、二乃!」
「俺らを出すなよ」
急に俺らに振られて俺も一花も動揺する。
「一花とセージに関しては今更だけど、女優で付き合っている相手いるの大丈夫なの?」
「まぁね。社長には気をつけるよう言われてる」
付き合ってすぐ、社長さんに報告した際、意外にも反対はされなかった。
むしろ俺と出会って一花の演技がより磨かれたと言われたくらいだ。
そしてそんな俺も信頼していると言われた為、その信頼を崩さない為にも俺も行動で示さないと。
「あんたとしてはどうなのよ? 秘密にされてるのは」
「前にも言ったろ。それ含めて覚悟してるって」
「ありがとう。セージ君。ま、気をつけてるけど、バレちゃったらお仕事続けられなくなるかもしれないし、責任取ってね」
「そんな状態にならなくても責任は最初から取るつもりだ」
「っ」
そんな俺の言葉に顔を紅くする一花を見て、俺も今更ながらみんなの前で恥ずかしい事を言った事に気付き一旦落ち着こうと口を潤す。
「こっちはこっちで……はぁ、この二人みたいにとは言わないけどもう少しあんた達は進展しなさいよ」
「う、うぅ」
「まぁまぁ、フータロー君と四葉だもん。進み方がゆっくりになっても仕方ないと思うよ?」
「ぐっ」
「それ、追い打ちをかけてるぞ。一花」
「えー? そんなつもりないけど」
そんなつもりはなくても風太郎には痛い言葉だった様子。
「あー、でも風太郎も受験で、四葉も推薦入試の為の学力必要だったわけで。俺達みたく余裕……いや、一花の卒業があるから似たような状況。むしろ俺達は現在進行形でまだ一花の卒業が」
「ぐぅ!」
「セージ君」
あ、すまん。
フォローする為に言ったつもりだったんだけど。
「あー、そうだ。らいはちゃんの分の旅費は心配しないでね。招待するんだからこっちで持つよ」
「俺も出すぞ?」
「セージ君はいいの。これは中野家が招待するんだから」
そういう事ならそっちに任せるか。
「あ、あぁ。なんかすまん。助かる」
ふと、六花も生きていたら一緒に参加させてたんだろうなともしもの事を俺は考えていた。
「それはそうと。一花、ちゃんと合格しなさいよ?」
「当然、さらに沖縄旅行っていう目標出来たから、ますます気合いが入るよ。お願いね。先生」
「俺の誕生日プレゼントも掛かってるしな」
卒業旅行と言っている手前、一人だけ卒業出来ないままなんて手放しで旅行に行けないのと俺への誕生日プレゼントだからな。
てか、自分への誕生日プレゼントの為に勉強を教えるって今更ながら変な状況だな。
「……おや?」
ふと、低い声が聞こえ全員の視線がその声に向くと風太郎が息を飲むのがわかった。
「お、お邪魔しております。お父さん」
「こんにちは。中野先生」
「長尾君、こんにちは。そして君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ。上杉君」
「ははは……」
相変わらず、先生が苦手なみたいだな。
先生も先生で威圧感バリバリ出してるし。
「お帰りなさい。お父さん」
「あぁ、ただいま」
「もう少し遅いかと思ってたわ」
「少し、早めに片が付いてね」
一花のお帰りなさいに当たり前だけど返す先生、そして二乃との会話も親子らしい会話。
少しずつ家族としての距離を縮めている。その証拠に先生もこのマンションに帰ってくるようになっている。
医者という忙しい身だから帰れない日もあるけど、まったく帰ってこなかった時に比べたらだいぶ変わったよな。
「ところで、二人の事は聞いていなかったな。何か用があるのかね?」
「卒業旅行の相談よ」
「卒業旅行?」
「はい、上杉君と長尾君の提案で卒業記念に沖縄に行く計画を立てていたところです」
「ほう」
五月の説明に先生の視線が俺達に向けられた。
そういや、先に先生に話すべきだったか。
高校卒業したとはいえ、まだ先生から見たら子供だもんな。
「行っても良い?」
三玖が中野先生に聞いてみるとしばらく思案する先生。
「そうだね。君達が無事に卒業出来たのは長尾君と上杉君の尽力のおかげだ。家庭教師としての役目を全うしてくれた礼にもなる。宿泊先もこちらで手配しよう。楽しんできなさい」
「ありがとうございます!」
無事に先生からの許可ももらい喜ぶ姉妹達。一方俺は先生にそっと声を掛ける。
「すみません。勝手に旅行の計画立てたうえに宿泊先まで」
「高校生、いや高校を卒業するなら自分達で旅行の計画のひとつも立てる年齢だ。それに家庭教師としての礼だと言ったろ」
「まだ一名、確定はしてないんですけど」
「君がついているんだ。大丈夫だろ」
こりゃ、ますます卒業試験に落ちるわけにはいかないな。
「えっと、ありがとうございます。それじゃ。俺はこれで」
一応卒業旅行の行き先は決まり、今日の目的は達成。すると風太郎はそそくさとその場をあとにしようとする。
「待ちたまえ」
そんな風太郎を先生は呼び止めると風太郎はゆっくり振り返る。その表情は何かしてしまったのではと強ばった表情。
「このあと、家族で夕食の予定なんだ。話しておきたいこともあるし、一緒にどうかね? もちろん、長尾君も」
まさかの提案に俺も少し驚く。
「俺は別にいいですけど、家族の食事の場にいいんですか?」
「そうです! せっかくの家族団らんの時間を。お邪魔ですし」
風太郎としては先生と一緒じゃまともに料理も喉通らなさそうだからお断りの方向で話を進めようとしてる。
「待って。邪魔なんかじゃないわ」
「そう、フータローもセージももう他人じゃない」
「ちょ!」
二乃も三玖もフォローした言葉なんだろうけど、あまり先生の前ではちょっと。
「娘もこう言っているんだ。どうかね?」
「なら、お言葉に甘えて。風太郎」
「は、ははは……では、喜んで」
言葉と表情がかみ合ってないぞ。
そうして先生は一度自室へと戻り、姿が見えなくなると風太郎は深い息を吐いた。
「相変わらず苦手か」
「誠司が羨ましい」
「俺は、昔からの付き合いだから」
多分、それがなかったら俺も風太郎と変わらないとは思う。
「ま、頑張れ」
「……おう」
何とも頼りない返事だけど、いずれはぶち当たる問題だ。
そうして数日後、俺達は卒業式を迎える。
今回からゲームの卒業旅行をメインとして話が進みます。