24-1
「おーい。もう朝だよ。起きて」
「ん? んー」
「もう、ほら、起きてくれないと」
体を包んでいた温かさが消えるのを感じ、目を開けるとそこには一花がいた。
「い、一花?」
「おはよー。セージ君。なんでそんなに驚いているのさ」
「なんでって一花こそ……そうだった。部屋割り変えたんだったな」
「ふふ、寝ぼけてるね。ほら、シャキッとして」
よく見れば一花はもう着替えてる。
いや、てか一花が起きてるって。
「今日こそ台風か?」
「また失礼な。今日も快晴です。ほら」
そう言って一花はカーテンを開けると雲一つなく太陽が顔を出していた。
「こう見えても生活習慣を改善するつもりはあるんだからね。高校も卒業して新しい生活が始まるんだからさ」
「そうか。そりゃ失礼しました」
「どう? えらい?」
「あぁ、そういう心がけは大事だ」
「それじゃ、ご褒美にお願い、ひとつ聞いて?」
ベッドから起き上がった俺に見上げるようにしておねだりというわかりやすい仕草を見せる。
「……無茶なことじゃなければ」
「大丈夫。ジョギングに付き合って欲しいだけだよ」
「ジョギング? 急だな」
お願いって聞いて身構えたけど、ジョギングという答えはさすがに俺も予想外。
「あ、そっか。セージ君からしたらいきなりか」
その口ぶりからして一花にとっては急な話でもなさそうだ。
「実は私、ジョギングが日課なんだよね。今日の分は今朝のうちにやっておこうと思って」
「そりゃ初耳だ。けど女優は体力必要そうだもんな」
演技だけじゃなくそういう面でもしっかり一花は意識してるって事か。
「うし、わかった。んじゃ、動きやすそうな服出すか」
「やった。それじゃ、私も支度しよう」
そうして俺はTシャツ、下はさすがにジャージとまではいかないが比較的動きやすいものを選んだ。
一花は元々旅行中も計画してたのかしっかりとしたジョギング装備だ。
そして軽い準備運動の後、俺達は沖縄の街を走って行く。
「こうやって旅先で走ってると景色が新鮮で楽しいや」
「だな。目新しいもの多くて飽きない」
今は国際通りを走っている店はまだ閉まっているが、それでも見慣れない風景で楽しめる。
「だよね。しかし、セージ君はさすが元サッカー少年だね」
「これでも、結構体力落ちたけどな。しかし、旅先でもジョギングって一花ストイック過ぎだろ」
日課とはいえ旅行中はそういうの休んでも良い気がするけど。
「そうかな? うーん、そうかも? でも」
「でも?」
「んーと、なんていうか? 将来的にはこういうこともあったりするんじゃないかなー。なんて?」
「どういうことだよ」
将来的にって海外での仕事とかの時とか?
「セージ君はわからなくていいの! 今はね」
「今はって」
まただ。
一花の訳わからん言動がまた出た。
旅行中これで何度目だ?
「それはそれとして記念品探し。昨日は見つけられなかったし今日は見つけたいね」
「だな」
「でも、今日は海洋博公園だからじっくりとお店見るのは難しいかな」
「ま、記念品探しばかり気にして他楽しめないのもあれだからそれはそれ、これはこれだ」
「はは、だね」
そんな感じで会話しつつ俺達は沖縄の朝の街を走り抜けホテルへと戻る。
「はぁ、やっぱ、体力落ちたな」
ホテルに着く頃にはさすがに俺も息切れ。一方の一花はさすが日課って言ってるだけあって顔は紅いが余裕そうだ。
サッカーやってた頃はもっと余裕あったはず。基本走らされてばっかだったし。
「俺も走るかな」
「ほんと? じゃあ、一緒にジョギングしよ!」
部屋に戻ってぼそっと言った言葉はしっかり一花の耳にも届いた様子で前のめりで一花は俺に詰め寄る。
「わかったよ」
「絶対だよ。眠いからやっぱり今日はなしとか言われたらショックで泣いちゃうからね?」
それはむしろ一花の方な気もするが、日課というくらいだし決めた事はしっかりとやるか。
「言わないっての。ほら、先シャワー浴びてこい。体冷えて風邪引くぞ」
「あ、それならセージ君が先に。誘ったのは私だし」
「ここは彼女優先」
「っ……はーい。あれなら一緒に入っても」
「そろそろ、その冗談に本気で怒って良いか?」
「ごめん。それじゃ、お先に」
そうしてシャワールームへと入っていく一花を見送った俺だが、聞こえてくるシャワー音をかき消すように部屋のテレビをつけることにした。
それから一花が出てきて入れ替わりに俺がシャワーを使う。
「俺、よくやってるよな」
正直、昨日の夜といい今もかなり頑張ってる。
その、理性という面で。
俺も男なわけで。そういうのに全く興味ないわけじゃない。
というか、一般男性並にはそういうものは持ち合わせている。
「けど、今ではないよな」
卒業旅行。俺達だけって訳じゃない。
そりゃ、二人の思い出作りはしていく考えはあるがあっち方面の思い出は今じゃない。
「うし」
シャワーで頭も冷やして俺は部屋へと戻る。
「て、いつの間にお前ら」
シャワールームを出ると部屋には四葉を除いた姉妹達が勢揃い。
「何よ。昨日から一花と二人きりなんだから少しくらい良いでしょう」
「何も言ってないだろうが。てか、邪魔なら俺出て行くけど」
わざわざ部屋に、それも四葉を除いたって事は四葉関連で何か話がしたいって事だろうしな。
「ううん。セージもいて。むしろ事情知ってた方がいい」
「実は上杉君と四葉のことで二乃が作戦会議をすると言いまして」
そんな事だろうと思ったけど。
とりあえず、居ても良いと言われて俺は冷蔵庫からお茶を取り出し飲みながら近くの椅子に座る。
「昨日、ラウンジに二人を行かせたけど」
「あ、あれって二乃の入れ知恵だったの?」
「なに? 一花知ってたの?」
「えっと、私たちも昨日ラウンジ行ってて。二人を見掛けてね。あ、二人には私たちの事は気付かれてないから」
二乃の問いに一花が説明すると二乃と三玖の視線が俺に向く。
俺はそんな視線から逃れるように天井に視線を向けた。
「あんたから誘ったの?」
「まぁ」
「さすがセージ」
三玖は褒めてくれてるようだが、二乃はつまらないとでもいう視線。
二乃にとって何が正解なのか俺にはまったくわからん。わかろうとも思わないが。
「ちなみに四葉達はどうだった?」
「うーん、ずっと見ていたわけじゃないけど、いつも通りって感じだったかな」
「あぁ、最初は緊張してた感じに見えたけど、帰り際はいつもの二人って感じだ」
「その感じだと」
「はぁ」
「なぜ、二乃はため息を?」
俺らの話を聞いて三玖も二乃も落胆している感じ。一方そんな二人の反応の意味がわからない五月。
「ラウンジよ? それも夜景の見える! その雰囲気で少しは進展あってもいいでしょうが」
あいつらの初デートもなんかこんなノリだったな。
「夜景を見ながら語り合うなんてデートの定番、そしてそこからキスくらい」
「はい!?」
「けど、一花達の話を聞く限りフータローと四葉はしてない。そもそもあの二人にそんな度胸あるとは思えないけど」
キスという言葉に五月が驚いた様子とは真逆に三玖の口からは容赦ない言葉が出る。
「キスって。確かに雰囲気は良いけど必ずするって訳でもないだろ」
「なに? その反応だとあんたらはラウンジでしなかったわけ」
なんでキスする前提なんだよ。
少なくとも俺達がいた周りの人達は楽しくお酒飲みながら会話してた程度だぞ。
深い時間だったらまた変わったかもしれないけど。
「えっと、お話しだけでも十分だったし」
「それに一花の立場があるだろうが」
何より俺の彼女は一花だ。認知度は日が経つにつれて広まっている。
誰かの目があるところでキスなんて出来るか。
「セージらしい」
「ま、そういう感じだからあんたらを一緒の部屋にしても良いと思ったわけだし。とにかく問題は四葉達! こっちが仕向けないとまともに二人きりにもならないじゃない」
昨日の事を思い出すと自発的に二人きりになろうとはしてなかったもんな。
「私も一応、事と次第によっては気を遣う準備をしていましたが、そんな雰囲気はまったくありませんでしたね」
五月ですらそう思うほどあの二人は恋人同士らしいやり取りがあまりにもない。
付き合いたてというにはもう数ヶ月経過している訳だからな。
「あれじゃ、今までと何も変わらないじゃない。フー君が四葉に告白してからもう半年なのよ?」
「今まで大学受験で忙しかったから仕方ないところはあると思う。でも、その受験からもようやく開放されたし少しくらいなら許せるのに」
二乃も三玖も未だに風太郎に好意を抱いている。
それでも四葉との関係を見守ろうとしている。
「本当に許せる?」
「目のまでどっかの誰かさん達みたくイチャイチャされたらそれはそれで問題ありだけど」
一花の質問にそう答える三玖。
それって昨日の国際通りの俺達のことだよな?
「本人たちにその気が無かったとしても当てつけられてるようで辛いかもね」
「あー」
「あはは……」
俺と一花は二人して苦笑いを浮かべるしかない。
当てつけのつもりはまったく無かったんだけどな。
「でも、恋人らしいことをしてくれないのも気を遣われてるみたいで癪なのよ」
「ですが、あまり干渉しすぎなのはどうなんでしょう。二人の問題ですし」
五月の言うとおり、結局は二人の問題。
外野が口出しをしてもと思うんだが。
「二人の問題は私たち姉妹の問題よ」
「なんだそりゃ」
「それにフータローはもうすぐ上京する」
「そう! そこよ!」
確かに。風太郎も俺と同じで旅行が終わったらすぐに上京。
会える機会は少なくなる。
「新しい場所で慣れない一人暮らし。普段らいはちゃんに頼りきりだったフー君には大した生活力もない」
らいはちゃんが良い妹すぎる弊害か。
料理はほぼらいはちゃんがやってるみたいだからな。
「そんな心細い大学生活を送るフー君の前にもし新たな恋のライバルが現れたら……今の四葉じゃ勝ち目ないかもしれないわ!」
「ドラマと映画の見過ぎじゃないか? そんな恋のライバルなんて」
「うん。それに四葉には遠距離恋愛ってハンデもある」
二乃の言葉に強く頷く三玖。
てか、俺の意見は完全にスルーかよ。
すっかり四女のお姉さんモードな二人。
「二人の気持ちを疑う気は無いけど、やっぱり遠距離ってのはつらいよね」
その言葉と共に俺に視線を向ける一花。
俺と一花もまた遠距離恋愛って事になるんだよな。
「なんであろうと! ここで四葉が赤の他人に負けるなんて許されないわ!」
「私も絶対に受け入れられない」
二乃と三玖のボルテージがどんどん上がっていくのを横目に俺はさりげなく一花の隣へと移動する。
「心配すんなよ」
俺はそっと一花にだけ聞こえるように呟く。
「……うん。ありがと」
一花は少しだけ俺の方に体を預ける。
むしろ俺の方が心配というか。一花の気持ちを疑うつもりはもちろんないが、一花がこれから色々な人と出会う中で俺なんかより良い人はいるだろうし。
「セージ君」
「ん?」
「セージ君も心配しないで」
「あ」
どうやらまた一花に見透かされたみたいで一花はそんな言葉と共に俺の手を握ってくれた。
俺はありがとうの気持ちと共にその手を握り返した。
「あの、話が飛躍しすぎでは? そもそも上杉君はお世辞にも女性に好かれる性格ではありませんよ?」
「なにげにひどいね。五月ちゃん」
「五月は風太郎の第一印象最悪だったからな」
あれは誰が見てもモテる男の対応ではない。そのおかげで俺も家庭教師になったからある意味感謝する部分だが。そもそもそんな感じだった風太郎も少しはマシにはなってるんだよな。
「けど、フータロー君ってああ見えて天然たらしだからね」
「だから困る」
三玖は深く頷く。
五月は五月で信じられないという表情。
「まー、五分の三は風太郎に落とされたからな」
実績はあるっちゃある。
「とにかく! フー君と四葉の為にもここで荒療治が必要だと思うのよ」
「え、何をするつもりなのですか? 手荒なことはダメですよ?」
「しないわよ。手荒なことなんて」
「二乃が言っても説得力無い」
「だね」
「だな」
三玖に同意するように俺と一花は頷く。
二乃の場合は常に行動あるのみって感じだからな
「手荒じゃないなら、なにするの?」
「そうね。私たちがフー君とイチャイチャして見せて四葉に危機感を持ってもらうとかどう?」
「それいい。早速今日からやろう」
二乃の提案に三玖も乗り気だ。
「それ、二人の欲望も入ってないか?」
「可愛い妹の為よ。それじゃ、私と三玖でやるわ」
「一花と五月、セージは邪魔しないでくれればいい」
「オッケー。でも、あんまり暴走しないようにね」
「一花、いいのか?」
大事なところでストッパーになれる人物ではあるから一花があっさり了承したのは意外だった。
「実際、このまま進展せずに遠距離ってのは心配だからね。きっかけは大事だと思うから。それにいくら二人でも本気ってわけじゃ」
一花はチラリと二人に視線を向ける。
「覚悟なさい。四葉。私は隙を見せたら奪うって言ったわよね?」
「絶対に背中を押してなんてあげないって言ったのは本気だから」
本気にしか見えないんだけど。
「い、一花。これはさすがに止めないと!」
「でも、実際あの二人はいつまで今みたいな関係を続けるつもりなのかなとは思っちゃうよね」
「一花まで!?」
唯一のストッパーになれるか? 五月。
ちなみに俺は二人を止められるとは思えないから俺はもう諦めてる。
「もちろん、それが悪いってつもりはないよ? でも、五月ちゃんも思うところはあるでしょ?」
その一花の問いにすぐ返さず五月は考えている。やっぱり五月にも引っ掛かる所があるということ。
「……四葉にいつまで敬語なのかと言ってしまったことはありますし、モヤモヤしているのは事実です」
「一応、二人のためになりそうだからさ。ここはひとまず見守って。事態がエスカレートしたら私たちで止めよう」
「そういうことなら……わかりました」
二乃達に流されるままって感じもしたが二乃と三玖の鬱憤を晴らしつつ、四葉と風太郎の関係を少しでも進展するようにと一花も考えてって感じだな。
「やるのはいいが、目標的なのは明確にしとくべきだろう。さすがに、キスはあの二人にはハードル高そうだと思うが」
風太郎は意識しているが、現状行動に移せてないからな。
「あんたの言う通りね。そうね……旅行の間、あの子がフー君に対して敬語をやめる。もしくは名前を呼べたら合格ってのはどうかしら?」
「やはり、その点はみんな気になっているのですね」
「気になるよ。フータローが気にしてないのがおかしい」
敬語はもう癖かもしれないけど、せめて名前呼びだとは俺も思う。
「てか、あの頃は名前呼んでたよな?」
「あ、やっぱそうだよね」
俺は京都の事を思い出す。記憶違いかと思ったが一花も同意したからやっぱり名前で呼んでたよな。
「あの頃って何よ」
「え、あー、何でも無い。俺の記憶違いだ」
そういや、二乃と三玖は知らないんだよな。
説明も面倒だから今は適当に誤魔化そう。
「と、作戦会議は終わりでいいか? 朝から動いて腹減ってるんだ。そろそろ朝食行こうぜ」
「そうだね。ちょっと飛ばしすぎたし私もお腹ぺこぺこ」
俺は立ち上がり朝食会場のレストランへ向かう準備を始めると一花もそれに続く。
「朝から、運動?」
「あんたら」
「ジョギングに行ってたんだ!」
「そうそう。ほら、私の日課に付き合ってもらった形」
三玖と二乃からなにか誤解ある気配を感じ俺はすぐに説明するのだった。