6-1
「まさか、こうなるなんて」
現在、朝のニュース番組で今日の運勢が発表されているのを俺はベッドの上で眺めている。
自分の家ではなく病室で。
「帰りのバスに乗った記憶はある。けど途中からまったく記憶がない」
そして起きた時には病室で母さんが血相変えて座っていた。
どうやら俺も風邪を引いてたらしくバスに乗ってた途中で熱が上がり、バスを降りる頃には意識もなかったらしい。
それで病院に連れて行かれそのまま入院。
検査の結果は本当にただの風邪だった。けど、まだ熱があって退院はまだ出来ないと今朝の診察で言われた。
「しかし、個室は贅沢すぎないか?」
大部屋ではなく個室の病室。ただの風邪に個室はどんなVIP待遇だよ。
「ん?」
そんな病室の扉が開いたと思ったら息を切らしている二乃がいた。
「誰もいないわね」
「おい、何勝手に」
こちらの許可もなくズカズカと二乃は入ってくる。
「いいでしょ。誰がお金払ってると思ってんのよ」
「だから、俺は大部屋で良いって言ったんだ」
「仕方ないでしょ。あの子達あんたが死ぬんじゃ無いかって心配してたんだから。そもそも、一花が病院まで手配したんだから」
「それは……感謝してるが。てか、入院費は親父さんが払ってくれるって聞いたぞ」
一花は俺の話を聞いたばかりなのもあってかそれで急いで病院に行かせたのはわかる。
だけど、その費用は全部中野姉妹の親父さんが負担するのはさすがに。
「つまり、私たちが払ったも同然よ!」
「……友達なくすからそういう発言やめろよ」
「うるさいわね。って、あんたに構ってる暇ないの」
すると二乃は窓のカーテンの方へと行くとその体を隠そうとカーテンを巻き付ける。
「いい? 私のことは黙ってなさい」
「は?」
その理由も聞こうとしたが、また扉が開いた。
てか、個室のはずなのに何故ノックもせずに扉を開けるんだ。
そしてその人物が誰かは何となく予想できた。
「長尾さん、ここに二乃が来ませんでしたか?」
「やっほー、林間学校ぶりだね」
「体調はどう?」
四葉の元気な声が聞こえたと思えば一花と三玖もその四葉の後ろから顔を出していた。
やっぱり中野姉妹か。
「よかった! 生きててひと安心です」
俺のベッドへと来るといつもの笑顔を向ける四葉。その笑顔は元気を分け与えてくれるような気がした。
「ありがとうな」
「そんな……ん? やはり二乃の匂いがしますね」
四葉は二乃の匂いを追って部屋中を嗅ぎ回り始めた。
そういや、二乃は香水つけてるもんな。だとしてもお前は犬か?
そんな四葉と入れ替わるように三玖と一花が俺の所へと来て近くに置いてある椅子に座る。
「一花、すごかった。セージが死ぬって。急いでお父さんに電話して」
「三玖!」
三玖の言葉に一花は照れたのか三玖のその口を塞ぐ。
けど、俺の話を聞いたらそういう行動にもなるだろう。
「悪いな。迷惑掛けて。そっちの体調は?」
「うん、もう大丈夫。念のためにってお見舞いは止められてたんだ」
「別に良いさ。来られても。いっ……三玖?」
三玖が俺の頬をつねる。
彼女らしくない行動に俺はまさに狐につままれる気分だ。
「俺、病人」
「今のはセージが悪い」
「は?」
なんか林間学校で三玖も変わったな。
「それより、はい。休んでる間のプリント」
一花はカバンからプリントの束を俺に渡した。それを目に通しながらそういえばあの事を思い出す。
「学校、行ってるんだな」
「……うん」
彼女がやりたい事の為なら仕方ないと思いつつもまだ数ヶ月だけど、隣の席で一花と過ごした時間は俺なりに楽しかったからな。
「よかった」
「え」
「それなら退院したらまたビシバシ勉強を見るからな」
「あ、はは、お手柔らかに」
「あ、二乃いた!」
「あんた犬か!」
結局、四葉に見つけられてしまった二乃。
そこから慌ただしく四人は病室を出て行ったのを見送り、俺はまた静かになった病室でもうひと眠りする事にした。
「熱は下がったね。これなら明日にでも退院できるだろう」
「そうですか。よかった」
大人しく寝た甲斐もあってか午後の診察では熱も下がり、ようやく退院という言葉を聞けて俺もひと安心。
「けど、まさか君が運び込まれてくるなんてね。誰よりも健康に気を使っていると思っていたんだが」
「あー、自分でも驚いてます。多分、色々あって自分の体の事が察知出来てなかったのかも。けど、まさか診てくれたのが中野先生だなんて」
「どうやら、縁があるようだね」
今、俺を診てくれている先生である中野先生とは数年前からの知り合い。
そのきっかけは六花だ。
六花の病気が発覚する時、最初に六花を診てくれたのが先生。
先生はすぐに六花の症状がただの風邪ではないと見抜いてそこから検査をしてくれた。
その後、専門医への紹介状やらと色々とお世話になったのもそうだけど、先生は六花の様子を度々見に来てくれてとても親切にしてもらった。
「そういえば、今も目指しているのかい? 医者を」
先生の問いに俺は少し申し訳なく思いつつ、今の考えを素直に話した。
「あー、正直あの頃ほどの熱意はもう」
「そうか」
「あ、でも勉強はまた頑張ってます。その、家庭教師始めて……教える立場の俺が頑張らないと示しがつかないというか」
「……以前も誰かに勉強を教えていたね」
そういえば、先生には風太郎に勉強教えてた事を話してたっけ。
「えぇ、それもその勉強してたやつと一緒に家庭教師やってるんですよ。今はそいつの方が頭良くて……俺は、居て意味あるのかなって」
体調崩して弱気になっているからなのか。
それとも中野先生の前だからか俺はそんな事を言っていた。
「あぁ! でも、俺には俺の出来る事があると思って頑張りますよ」
切り替えようと俺は弱気を振り払うように先生にそう言った。
「なら、これからも励みたまえよ」
「はい」
そうして診察を終えて俺はまた自分の部屋へと戻る途中、またあの四人がいた。
「あいつらこの時間まで何してるんだ?」
見舞いにしては随分と居座り続けている。
「もー、注射で怖がってたらいつまでたってもピアス開けられないよ」
「うっ」
注射という言葉に俺は四人が何しにここにいるのか察した。
「お前ら、予防接種に来たのか?」
「あ、長尾さん!」
「うん、そうだよ。毎年、この時期に受けてるんだよね」
「それなのに五月と二乃が逃げちゃって」
「痛いのは嫌!」
つまり、俺の見舞いは完全についでか。
いや、まぁそんなもんだよな。
「病院では静かにしろよ」
俺はさっさと自分の部屋に戻る。
自分でも驚いているというか、四人が見舞いに来てくれたんだと思って俺は嬉しかった。
それがついでだとわかってちょっと落ち込んでいる。
「ん?」
部屋に戻ると見覚えのある黒髪が座っていた。
「風太郎」
「おぉ、戻ってきたか。丁度俺も診察に来てたんだ。それで終わってこっち来たんだが、すれ違ったみたいだな」
風太郎も林間学校が終わって病院で診察を受け、入院とまでいかなかったが自宅で療養していた。
「で、調子はどうだ?」
「退院の許可が下りた。明日には退院だ。風太郎も大丈夫そうだな」
「お前がいたからだ。けど、まさか誠司も風邪になるとはな。悪い、俺が」
「誰も悪くないからやめろ。たく、一花にも散々謝られたんだ」
起きた時にスマホの通知にまず目が入ったのは一花の謝罪の言葉だった。
自分が移してしまったと文面だけだが、彼女の涙を俺は思い出した。
そして風太郎同様に誰も悪くないとそして謝罪の言葉を言われると余計に体調崩すからやめろと言っておいた。
「ところで、誠司覚えてるか?」
「なにが?」
「京都の時、あの女の子と別れる時に女の子の隣にいた人」
京都の時。
久しぶりに風太郎からあの時の話が出たな。
「急にどうしたんだよ」
「いや、どんな顔だったかと思ってな」
「どんなって言われても。俺はその時、担任の先生と話していて見たのは後ろ姿程度だからほとんど見てないもんだぞ」
見たのは大人の男性の後ろ姿。
正直、風太郎が持っている写真がなかったら女の子の顔でさえあやふやになっていたかもしれない。
「つか、女の子じゃなくて何でそっちだよ」
京都の事なら女の子について聞くはずなのにどうして一緒にいた人の事を聞いてくるんだ?
「実はさっき」
コンコンというノックが聞こえた。
そういえば個室だったな。
中野姉妹の襲来で個室の意味を忘れかけていた。
訪問者に風太郎は「いや、いい」と言うからとりあえず「どうぞ」と俺は返事をすると入って来たのは五月だった。
「逃げ場所として利用するならすでに二乃が使ったから通じないぞ。五月」
「な、なんのことですか?」
五月も注射が嫌いな事はさっきの会話で把握済み。
わざわざあいつらには報告しないが、どうせまた四葉辺りが見つけにくるだろう。
「それに私はお尋ねする為に来たんです。上杉君も丁度いるみたいですし」
俺と風太郎は互いに首を傾げる。
俺に尋ねたい事なら勉強の事だろう。風太郎ともなると勉強の事ではなさそう。
いや、林間学校の件でようやく風太郎に心開いた可能性も。
「教えてください。二人が勉強する理由を」