家庭教師と友人A   作:灯火円

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「つまり、家庭教師をするのは五月さんだけじゃなく五つ子全員。そして彼女達を卒業させてくれと」

「あぁ」

 

 俺達が合流する前に風太郎は五月さんに家庭教師の件を伝える事が出来た。

一応、家庭教師という事で彼女達の家に入れてもらった訳だけど。

教えるのは五月さんだけではないとの事で風太郎もどういう事なのか依頼人である彼女達の父親に連絡を取って詳細を聞いたのが数分前。

 

「ところであいつらは」

「いつの間にか居なくなってたよ」

 

 この場には俺と風太郎しかいなく、姉妹を探すがその姿は見当たらない。

 

「みんな、自分の部屋に戻りましたよ」

 

 その疑問に答えてくれたのはリボンが特徴の子。

 

「四葉だっけ? 0点の」

「えへへ」

 

 0点。

 何の事かと思ったけど、この子にも勉強を教えるという事はテストかなにかで0点という事だろう。

 しかし、0点。

 風太郎の満点のテストもあれだが、彼女はそれとは真逆で恐ろしいな。

 

「てか、なんでお前は逃げてないの?」

「し、心外です! 上杉さんの授業を受ける為に決まってるじゃないですか」

「!」

 

 教える側としたら受ける気があるのはとても有り難い事だ。

 それは風太郎にとっても希望になったのか頬が緩むのがわかった。

 

「怖い先生が来ると思って嫌だったんですが、同級生の上杉さんなら楽しそうです!」

「四葉……抱きしめていいか?」

 

 風太郎、お前の距離感がわからん。

 

「さー、他のみんなを呼びに行きましょう」

「それじゃ、俺は帰るよ」

「え、どうしてです?」

 

 俺はカバンを背負い、玄関へと向かおうとするのを彼女は何故?と首を傾げて俺を見上げる。

 

「どうしてって。俺は別に家庭教師じゃないし元々仲介役としてだから。ま、結局その役目も果たせず解決に終わったけど」

 

 つまり、無関係な俺がここにいる意味はない。

 今の俺の立場は中野さんのクラスメイトで風太郎の友人Aにすぎないわけで俺自身何か用があるわけでもない。

 女子の家、それも現在親御さん不在の状況で居座るのは少し抵抗がある。

 

「誠司、仲介役の依頼を延長させてくれ! せめてあいつらを勉強する場につかせるまで」

 

 手を合わせて頭を下げる風太郎。そして何故か四葉さんも同じ行動を取っている。

 

「……わかったよ。とりあえず付き合う」

「誠司」

「それじゃ、改めて行きましょう」

 

 てか、仲介役は四葉さんが適任では?

 ま、受けたから最後まで付き合うけどさ。

 とりあえず四葉さんに案内され階段上った先にある五つの部屋の前まで来た訳だけど。

 

「手前から五月、私、三玖、二乃そして一花の順ですね」

「まさか五人集める所から始めるとはな」

 

 うな垂れる風太郎の横で俺も一筋縄ではいかなそうだなと思いつつ手前の五月さんの部屋から俺達は攻略する事に。

 

「大丈夫ですってクラスが一緒なら知ってると思いますが、五月はすごく真面目な子です」

「真面目だろうけど、風太郎の一件がな」

 

 初対面での印象が下に振り切ってしまっている状況でもそれが適用されるのだろうか。

 

「余程のことが無い限り協力してくれますよ!」

 

 四葉さんの言葉通りだと良いのだが。そして風太郎がノックすると扉が開く。

 

「嫌です!」

 

 考える素振りも見せず拒否する五月さんの反応に四葉さんも驚く。

 すまないな。余程の事を風太郎はやらかしてしまったみたいだ。

 

「そもそも何故同級生のあなたなのですか? この町にはまともな家庭教師は一人もいないのでしょうか」

「なんだよ。昨日は勉強教えてほしいって言ってたじゃん」

「なら、私は長尾君に教えてもらいます!」

「は? ちょ」

 

 そう言って五月さんは扉をバタンと閉めたけど、俺の返答をせめて聞いてくれ。

 

「あはは、五人いれば一人くらいこうなりますよ。次、行きましょう」

 

 気を取り直して四葉さんは次の三玖さんの部屋に案内する。

 

「三玖は私たちの中で一番頭がいいんです。上杉さんと気が合うんじゃないかなー」

 

 三玖さんは俺達を中に入れてくれて話しを聞いてくれる姿勢に俺達も期待を高めるのだが。

 

「嫌。なんで同級生のあなたなの? この町」

「わかった! さっきも聞いたそれ!」

 

 数分前に聞いた台詞に風太郎もうんざりした様子。

 一言一句同じとはさすが五つ子。

 しかし彼女は風太郎の印象が悪いわけじゃ。いや、ストーカーまがいの行為で印象が悪くなっても仕方ないか。

 今は策もない状況、ひとまず退散して次へと向かう。

 

「二乃は人付き合いがとても上手なんです。たくさんお友達がいるので上杉さんもすぐ仲良くなれますよ」

「ストーカーまがいの野郎にもそれは通じるのか?」

「誠司、俺達は別にやましい考えであとを付けてたわけじゃ……って、部屋にもいないってどういうこと!?」

 

 ノックしても返事はなく、四葉さんが扉を開けて中に入ると誰も居ない。交渉の場にすら出てくれないとは。

 ここまで三連敗中。そして次は俺の隣の席の中野さんだ。

 

「自信なくなってきた」

「けど、次の彼女は話し聞いてくれるさ」

 

 落ち込む風太郎の肩を叩きながら俺は励ます。

 一応、姉妹の中だと一番彼女と接する時間は多かったから俺も少しは手伝えるだろう。

 それに二日間の彼女を見る限り、いきなり拒否はないだろう。

 

「あー、一花は……」

「何、その間!!」

 

 俺の期待とは裏腹に四葉さんの反応がとても気になる。

 

「驚かないでくださいね」

 

 その一言と共に開けられた扉の先には衣類の山がそこにあった。

 

「ここに人が住んでいるのか?」

 

 風太郎、むしろ人がいるからこういう状況になっていると俺は思うぞ。

 

「人の部屋を未開の地扱いしてほしくないな」

 

 衣類の山がモゴモゴと動いた。

 

「ふぁ、おはよ。まだ帰ってなかったんだね」

 

 山の中から出てきたのは目的の彼女だった。

 寝ていた様子で薄手のブランケットにくるまったまま綺麗な顔だけ出して起き上がった。

 クラスの男子達に彼女の部屋は汚部屋だったと言ったところでどのくらい信じるだろうか。

 いや、もちろんこんな話し出来る訳ない。

 俺が彼女の家、そして部屋に上がり込んだ事を聞いたら今度は俺も動物園の動物側になってしまう。

 

「もー、この前片付けたばかりなのに」

「足の踏み場もねぇ」

 

 風太郎は足場を模索しつつ部屋に入っていく。俺もそれに続く。

 

「セージ君達が私たちの先生とはね。それで五月ちゃんに用があった訳だ」

 

 どうやら俺も家庭教師だと思われてるようだけど、そこはしっかり訂正しておこう。

 

「俺は家庭教師じゃない。ま、手伝いみたいなもん」

「フータロー君の右腕ってやつか」

「そんな大層なもんじゃない。ただの友人Aだ。とりあえず、リビングで話そう。悪いが来てくれ」

 

 ちょっと強引ではあるが、さすがに四連敗は俺も避けたい。ブランケットを引きはがそうとブランケットを掴む。

 

「あー、ダメダメ」

「ん?」

 

 チラリとブランケットの下が見えたそこにはあったのは白い肌。

 

「服、着てないから照れる」

「な」

「一花! あ、上杉さんダメです!」

 

 引っ張ったせいで彼女の体を包んでいたブランケットは乱れ、胸が見えそうになっていて慌てて俺は視線を外す。

 後ろでは風太郎の視界を四葉さんが塞いでいる様子。

 

「ほら、私って寝る時、基本裸じゃん? あ、ショーツは穿いてるから安心して」

「そんな情報はいらん!」

 

 その情報をもらって俺にどうしろと。

 いや、クラスの男子共にとってはとんでもなく有り難い情報なのかもだが、絶対にこれは口外できん。

 

「あれー、脱いだ服どこだー?」

「こんな部屋じゃ、勉強もできないだろ」

 

 服もまともに見つけられない状況の部屋で勉強できるとは思えない。

 教科書なんて見つけられないだろ。いや、そもそもカバンから出してもいない可能性もあるか。

 

「もー、勉強勉強って」

 

 起き上がっていた彼女はまたベッドに寝転がったと思いきや、俺の制服の裾を掴む。

 

「せっかく、同級生の女の子の部屋に来たのに。それでいいの?」

 

 挑発する言動、昨日と同じ表情していてからかっているのがわかる。

 だが、これはスルーできない。

 

「……良いんだな?」

「え」

 

 ギシッと二人分の重みでベッドが沈む。

 

「ちょ、長尾さん!」

 

 後方で四葉さんが慌てている。しかし風太郎の視界を塞がなければならない事もあってかどうしようとアワアワしている。

 

「……ふふ、その気になってくれたんだ?」

 

 俺は彼女に覆い被さるようにして彼女の顔をジッと見つめる。しかし言葉とは裏腹にその彼女の瞳と体が震えているのがわかる。

 

「おら」

「うわ」

 

 俺は近くにあった適当な服を掴み彼女へと投げる。

 

「さっさと服着ろ! あと、マジでこういうのは止めろ。自分を傷つけるような事はするな」

「あ」

「長尾さん……私は信じてましたよ!」

「そりゃどうも。風太郎、行くぞ」

 

 これから着替えてくれると信じて風太郎をつれて部屋を出る。

 中では大人な下着やら小学校の頃のパンツやら聞こえてきた気がしたが忘れよう。

 

「セージ、フータロー」

「三玖、さん」

 

 部屋を出ると三玖さんがいた。

 てか、君もいきなり呼び捨てなのか。

 

「私の体操服が無くなったの。赤のジャージ」

「そうか。見てないな」

 

 風太郎は首を振る。もちろん俺も見ているはずもない。

 

「てか、何故俺らに聞く」

「さっきまであったの。二人が来る前はね」

 

 まるで俺達が来たから無くなったような言い方だな。

 

「盗」

「ってない!」

 

 風太郎はもちろん否定する。俺もその横で頷く。

 

「もっとよく探してみろよ」

「そうだ。ほら、洗濯してるとかあるだろ」

 

 俺は間違って洗濯物として出したのではと聞いてみたが首は横に振られた。

 

「一通り調べた。残るは……」

 

 視線の先はあの汚部屋。

 無いとは言い切れない状況の部屋。だけど、ここからその有無を確認するとなると時間がかなり取られるぞ。

 それは風太郎も察したようでそれだけは阻止しようと考えている様子。

 

「前の高校のジャージでいいんじゃない?」

「ナイスアイディア!」

「てか、きちんと服着てから出てきてくれ」

 

 汚部屋からアドバイスくれたのはまだ下着を着用してズボンを穿き途中の彼女。

 俺はそちらからまた視線をそらし彼女に注意する。

 

「自分の家なのに。それとさっきはよくもからかってくれたね」

「俺らがいる事は悪いとは思うが先にからかったのはそっちだろ」

「それは……確かにごめん」

「いや、ま、俺も冗談だとはいえやり過ぎた。悪かった。怖い思いさせて」

 

 素直に謝られて俺も改めて謝罪をした。

 ちょっとした戯れだとしても彼女に少しでも恐怖を感じさせてしまったのは失態だ。

これで男に苦手意識持たれたら。

 

「……お姉さんちょっと感動しちゃった」

 

 そう言ってまるで子供を褒めるように俺の頭を撫でる彼女。

 どうやらその心配は無さそうだ。

 一方で三玖さんと風太郎はまだジャージの件について引き続き話している。

 

「あんな学校の体操服なんて捨てた」

「転校前の学校になんの恨みがあんだよ!」

 

 その風太郎の言葉にその場にいた姉妹達の空気が一瞬止まった。

 

「あんな事があったらね」

 

 ようやく服を着た彼女の言葉に何かあったのがわかる。

 

「知らない方がいい。少なくともフータローとセージは」

「俺、関係ないだろ。つーか興味もないし」

「おーい、そこで何やってんの?」

 

 変な空気になっている所に下から声が聞こえてきた。

 

「クッキー作り過ぎちゃった。食べる?」

 

 それはこれまで姿が見えなかったぱっつん前髪の彼女。

 

「三玖さんの言ってた赤いジャージって」

 

 ぱっつん前髪の子は赤いジャージを着ていた。

 ジャージの件も解決し彼女のクッキーに釣られてなのかとりあえず五月さん除く四人がリビングに集合した。

 

「まずは実力を測るためにも小テストをしよう!」

 

 そんな風太郎の声をかき消すように「いただきます」の声が響きお菓子パーティーが始まった。

 勉強する気はないらしい。いや、四葉さんだけは小テストに名前だけ書いてはいるからやる気はあるみたいだ。

 

「風太郎、俺は五月さんに声掛けてみる。ダメでも小テストだけでもやらせてみるよ」

「あぁ、頼む」

 

 風太郎がダメでも俺の話は聞いてくれそうだし俺は小テストを手にもう一度五月さんの部屋の扉をノックする。

 

「だから、嫌だと。長尾君でしたか」

「えっと、下で勉強会するみたいだからさ。一緒にどう?」

「彼に教わる気はありません」

 

 チラリと下へと視線を向けたかと思えば風太郎の姿を確認すると首を横に振った。

 

「あー、でも一人だと行き詰まったりするだろ? 風太郎があれなら俺が見るからさ」

 

 風太郎との件はすぐにどうにか出来なさそうだし、とりあえず風太郎に教わらなくてもせめて風太郎と一緒の場に来てもらう事を優先しようと俺は五月さんに提案する。

 

「……長尾君なら」

 

 手応えは悪くない。このまま。

 バタン!

 

「上杉さん!?」

 

 下から物音が聞こえ四葉さんの大きな声が聞こえて下を見ると風太郎が倒れているのが見えた。

 

「風太郎?!」

 

 俺は急いで下に降りて風太郎のもとに駆け寄る。

 呼吸の確認、脈も異常はない。寝てるだけの様子。だけどなんで急に。

 

「あら? クッキー食べてお腹いっぱいで寝るとかガキね」

 

 そう言って風太郎を鼻で笑って言ったのはあのぱっつん前髪。

 そんな彼女を見て何か意図的に風太郎に何かしたのでは?と頭に過ぎる。

 

「これじゃ、家庭教師なんて勤まらないから早くそいつ連れて出て行って」

「クッキーに何を仕込んだ?」

 

 俺は風太郎を一度床に寝かせてぱっつん前髪に詰め寄る。

 

「……なに?」

「何入れたんだって聞いてんだよ!」

 

 こんな急に眠るなんておかしい。

 考えられるのは何かそうさせるものがあったから。

 風太郎の体を診た限り、外からの外傷はない。となると怪しいのは手作りのクッキー。他は既製品のお菓子。怪しいのはこれくらいしかない。

 

「……クッキーには入れてないわよ。水にちょっとした睡眠薬を混ぜて眠ってもらっただけじゃない。何怒って」

 

 睡眠薬。

 

【どうやら睡眠薬を大量に摂取したようで】

 

 テーブルに突っ伏したままの姿。そのテーブルには数日分の薬が散らばっていた。

 息が詰まるような感覚。ダメだ。あんな事はもう二度と。

 

「セージ君?」

「ざけんな!!」

 

 語気が強くなる。その瞬間、姉妹達の体が跳ねたがそんな事どうでもいい。

 こんな状況になってんだ。それもそっちは大した事ないみたいに言いやがる。

 

「セージ君。ごめんね。二乃やり過ぎ」

「はぁ? 一花、なんであんたが。そもそも大袈裟じゃない? たかが」

 

 中野さんが俺と彼女の間に入って仲裁に入ってくれたけど、その彼女はその行為を無駄にする言動をまだ続けている。

 

「お前、風太郎が別の薬飲んでたらどうする?」

「は? 何言ってんのよ。別に寝てるだけなんだからそんな心配」

「処方も出されてない相手、もし風太郎が何かしら別の薬を飲んでたりした場合、他の薬との併用でヤバイ状態になったりもするんだぞ。場合によっては呼吸困難も起こす」

 

 先ほどとは違い淡々と俺は言葉を吐き出す。感情的に話すよりもこうして落ち着いたトーンで聞かせる方が人はより耳を傾ける傾向にあるからだ。

 するとようやく彼女は理解したのか先ほどまでの強気の姿勢が息を潜める。

 

「使った睡眠薬見せろ」

「二乃、セージの言うとおり」

 

 さすがに状況を理解したのか三玖さんの言葉と他の姉妹からの視線にバタバタとキッチンの方へと行く。

 

「っ、これよ」

 

 キッチンから持ってきたものを確認する。

 

「どのくらい入れた?」

「……」

「二乃!」

 

 ここまで来てまだ黙りとするこいつにそれまでずっと笑顔だった四葉さんも問いただすように名前を呼ぶ。

 

「少しよ。表記されている量よりもずっと少なくした」

 

 きちんと処方箋がないと処方されない薬。それもあってか彼女は一応それよりも少ない量を入れたみたいだが、だからといって免罪符にはならない。

 けど、今は風太郎だ。

 俺は眠っている風太郎を背負う。

 

「邪魔したな」

「背負って帰るの?! それじゃセージ君が大変だよ。もう少し様子見て」

「中野さん。危害加えた相手のそばに君は居られるのか?」

「あ」

 

 彼女としては厚意として言ってくれたのだろうけど、俺もそこまで懐は広くない。

 

「長尾君! ならタクシー呼びますから!」

 

 それまで上でこれまでの事を見ていた五月さんがバタバタと降りてきて電話をかけ始めている。

 断ろうとしたがすでに迎えのタクシーにここのマンションを伝えていた。

 とりあえず、その厚意だけ受け取っておこう。

 

「お騒がせして悪かったな」

 

 本当はされた方でもあるが、他の姉妹達は悪くも無いから一応謝って俺は中野家をあとにする。

 マンション前で待ってれば良いよな。てか、風太郎ひょろいけど重い。

 お言葉に甘えて正解だな。

 一応、変な症状出たら病院行く事も考えていたがそれもない。

 このまま家で問題ないか。

 そして迎えのタクシーと思われる車が一台停まった。

 

「えっと」

「私も乗ります!」

 

 乗り込み住所を告げようとした時、五月さんも一緒に乗り込んできたのだった。

 

 

「別に五月さんも来なくて良かったのに。俺がいるわけだし」

「そういう訳にはいきませんよ。こうなったのは二乃がやり過ぎてしまった事ですし」

 

 後部座席に俺と風太郎、助手席に五月さんが座るタクシー内。

 隣の風太郎は気持ちよさそうに寝ている。昨日は家庭教師の事であまり眠れてなかったのかもな。それで少量でも効いたみたいだな。

 一応、今のところ異常は無さそうだ。

 

「二乃の事は申し訳ありませんでした。けど、あの子はただ私たちを守りたかっただけ……いえ、実害を起こした側の言い訳でしかありませんね」

「俺に謝る事が違うし君が謝る事も違う。そもそも俺達の間では起きていない。ま、身内が関係者ではあるが」

「そう、ですね」

 

 それ以降彼女はすっかり黙り込んでしまった。

 慰める言葉を掛けるのも違うと思って俺もただ外の風景を黙って見ている事を選んだ。

 そうしてすっかり夜の灯りが照らす道路を眺めながら俺は何故あの子があそこまでしたのかを考える。

 結局は五月さんの言うとおり彼女なりに姉妹を守ろうとしたのだろう。

 いくら父親からの依頼だとしてもストーカーまがいの男が家庭教師という第一印象最悪だったわけだし。

 理解できなくはない。ただ、やっぱりやり過ぎた。

 結局はそれに行き着く。

 そうこうしている間に見慣れた道へと出る。

 

「あ、運転手さん。あの【うえすぎ】って看板です。そこで停めて下さい」

 

 風太郎の家がわかりやすい目印があって助かった。

 そしてタクシーは停まり俺は風太郎の肩を揺する。

 さすがに担いで家に行ったらそれこそ大事だ。

 

「起きろ。風太郎」

「ん、せーじ? 俺は」

「二乃だっけ? あのぱっつん前髪がやってくれた。今はお前の家の前。運転手さん運賃はいくらですか?」

 

 とりあえず料金払おうと運転手さんにいくらか聞く。

 学生にとって痛い出費だが仕方ない。

 

「4800円になります」

「タクシー高っ! いや、それよりそんな大金」

「俺が払うよ」

 

 カバンから財布を取り出そうとしたがそういえば俺、カバン置いてきた。

 つまり払えない訳で。だからといって風太郎に払わせる訳にはいかない。

 ポケットからスマホを取り出した所で「カードで」という言葉にその行動が止まる。

 そして風太郎もようやく助手席の彼女に気付く。

 

「五月!」

 

 結局タクシー代は彼女に払ってもらい俺と風太郎はタクシーを降りる。

 

「こんな事を言うのもあれですが、これで家庭教師を受ける気も無くされたでしょう?」

「いや? まったく!」

「は?」

 

 俺はもう呆れるしかなかった。

 ま、バイト代の事を考えたら破格なのは間違いないが。

 

「あ、やっぱお兄ちゃんだ。誠司くんも!」

「らいは!!」

 

 ひょこっと現れたのは風太郎の妹のらいはちゃん。

 

「あ、こんばんは。らいはちゃん」

「こんばんは。あれ? その人ってもしかして」

「なんでもない人だ。帰るぞ」

 

 風太郎としては家族と接触させたくなく、らいはちゃんを家に連れ戻そうとするが。

 

「よかったらウチでご飯食べていきませんか?」

「え!?」

 

 タクシーの中で戸惑う五月さん。

 初対面の人に夕飯のお誘いをされたらそりゃ困惑するよな。

 

「それはほら! このお姉さん忙しいから!」

「嫌……ですか?」

 

 らいはちゃんの涙に風太郎はもちろん、五月さんも断る事は出来ずタクシーは次の乗車客の元へと走って行った。

 

「誠司くんも」

「ごめん。今日は母さんが夕飯作って待ってるから」

「それは仕方ありませんね」

「誠司!」

 

 風太郎は俺に助けてくれという視線を送る。

 すまん。風太郎。さすがにこれ以上お前の家の夕飯を減らすつもりは俺にはない。

 お前の為だ。

 俺は風太郎に「すまん」と一声残して家路に向かう。

 

「てか、カバンどうするよ」

 

 勢いのままその場を離れたが、五月さんにカバンの件を伝えるのを忘れた。

 今から戻ったらそれこそ夕飯どうぞって押し切られそう。だからといって中野家を再訪するのはもっと無理。

 

「月曜、中野さんが持ってきてくれる事に賭けるか」

 

 重い足取りで俺は家路を歩き自宅があるマンションに着く。

 

「あ、セージ君!」

「……中野さん」

 

 俺の家の前には中野さんが立っていた。

 

「カバン、忘れてたから。あ、お財布に住所書かれてるものがあって。勝手にごめん」

 

 どうやらわざわざ届けてくれたようだ。

 

「いや、それは別にいいよ。うん、むしろ助かったくらい。その、ありがとう」

 

 さっきの言動で気まずい。きっと彼女だってそのはずなのにこうして届けてくれた事に俺は素直に感謝した。

 

「ううん。こうなったのはこっちが悪い訳だし。ごめんね」

「だから俺に謝るのは」

「誠司? 帰ってきたの?」

 

 そんな声と共に俺の家の玄関が開いた。

 そういえば、俺の家の前だった。

 

「あら? あらあら?」

「違うから」

 

 中から顔を出した人物はなにやら嬉々とした声をもらしている。

 

「彼女出来た報告? 彼女連れてくるなら言ってよ」

「母さん、わかってて言ってるだろ」

「あ、セージ君がウチにカバン忘れたので届けにきただけですから」

「おい、わざとか? わざとなのか?」

 

 事実だが、わざわざ君の家に忘れたって言わなくても良いだろ?

 

「あなたの家に? えー、女の子の家に?」

 

 案の定これだよ。

 俺は面倒な事になったと深い息を吐く。

 とりあえずこれ以上面倒な事は避けようと彼女からカバンを受け取る。

 

「ありがとう。中野さん、それじゃまた月曜」

「届けてくれたお礼じゃないけど、ご飯食べていって。明日の分兼ねてカレーを多めに作っておいたから」

「母さん、何勝手に」

「お名前なんて言うの?」

 

 俺の意見など聞いていないと俺を無視して母さんは彼女の手を取る。

 

「あ、中野一花です」

「一花ちゃん。さ、入って」

「おい」

 

 母さんはそのまま彼女の手を引き家へと招き入れる。

 彼女の方もその勢いのまま何故かカレーを一緒に食べる事となった。

 

 

「あ、一花ちゃん。ピアスしてるんだ」

「え、あー、はい」

 

 食事をしながら彼女が俺の隣の席に来た転入生であること、そしてその彼女含め姉妹を風太郎が家庭教師する事になって今日は彼女の家に俺も風太郎の付き添いとして訪問した事を説明した。

 そしてそのまま母さんと彼女の女子トークとなり俺は肩身狭い状況で今日の特売だった鶏肉を使ったチキンカレーを口に入れていた。

 

「学校で何も言われない?」

「特には。前の学校も今の学校も服装はあまり言われないみたいなので」

「時代だねー。私の頃なんて不良だーとか言われてたな」

「今はオシャレ感覚でピアスする人が当たり前ですから」

「ごちそうさま」

 

 俺はさっさと食べ終え食器を流しへと持って行き洗い始める。

 

「あ、私もごちそうさまです」

 

 そう言って彼女も食器を流しに持ってきてくれた。

 あの汚部屋の彼女だが、さすがに夕飯頂いたとなるとそうもならない様子。

 

「いいよ。俺が洗うから」

「けど」

「招待したのは私だから良いのよ」

「ってこと。母さんの話し相手でもしてくれ。落ち着いたら送るからさ」

「あ、いいよ。迎え呼ぶから」

 

 彼女はスマホを取りだし、なにやら連絡を入れた。

 カードでタクシー代払った五月さんもそうだが、やっぱり金持ちは違うな。

 

「そうか? ま、どっちみち迎え来るまで時間あるから母さんと話してくれ。そっちの方が助かる」

「何よ。その言い方。でも、一花ちゃんと話してる方が母さんも楽しいわ。しかし、一花ちゃんキレイな顔立ち。いやー、誠司よかったね」

「初日、私の事すっごく見てきたもんね」

「あれは! てかキレイって所は謙遜しないのかよ。ま、キレイなのは事実だけどさ」

「っ」

 

 実際クラスの連中が騒ぐくらいには彼女の顔立ちと容姿はかなり良い。

 きっとモデルとかやったら良い写真撮れる逸材だと思う。

 たとえば夕陽をバックに取る彼女とかめちゃくちゃキレイだろうな。

 

「い、いやー、ようやくお姉さんの魅力に気付いたの?」

 

 うわ、出た。

 その謎のお姉さんマウント。

 

「ハイハイ。オネーサンキレーネ」

 

 適当にあしらいながら俺は洗い物を片す。

 そうしてしばらくすると彼女のスマホが鳴る。

 どうやら迎えが来た様子。

 玄関へと向かう。その途中で彼女は足を止めた。

 

「セージ君の部屋ってここ?」

「入れないからな」

 

 俺は断固として入れるつもりはないからその問いには答えず視線も適当な方を見る。

 

「私の部屋だけ見られるのはずるくない?」

「そっちが逃げなきゃ見ずにすんだんだ」

「誠司の部屋なんてつまらないわよ。勉強の物かあとは」

「おら、待たせてるだろ」

 

 母さんの言葉を遮るようにして俺は彼女の背中を押して歩かせる。

 

「ま、セージ君も男の子だもんね」

「うっせ」

 

 さすがに人を待たせているからか彼女は玄関へとまた歩み出す。

 

「一花ちゃん、楽しかった。こんな狭い所だけどまた来てね」

「私も楽しかったです。夕飯も美味しかったですし」

「嬉しい。あ、ごめんね」

 

 着信音。今度は母さんのスマホからだ。

母さんはそう言って電話に出ようと玄関を離れる。

 

「誠司、車まで見送りなさいよ。一花ちゃん、またね」

「あ、はい」

「それじゃ、行くか」

「あ、ここで大丈夫」

「おねーさんキレーだから危ないんで行きますよ」

 

 さっさとスニーカーを履いて俺は玄関を開ける。

 

「……それじゃ、エスコートよろしくね」

 

 彼女はそう言って俺の隣へと来る。

 外に出て下を見ると黒い外国車が停まっていた。

 

「まさか、あれ?」

「うん」

 

 やっぱりお金持ちだと改めて思いつつ、車の前まで送り届ける。

 運転している人、まさか父親では?

 え、そうなるとやっぱ母さんも連れてきた方が。

 

「江端さん。ごめんね」

「いえいえ」

 

 チラリと見えたのは白髪の壮年の男性。やり取りからしてどうやら父親では無さそうで俺は胸をなで下ろす。

 

「えっと、すみません。彼女を母さんが誘ってしまって」

「とんでもございません。お嬢様は素敵なお時間をお過ごしになられたみたいですので」

 

 お嬢様。

 てことは執事とかそういう立場の人か。

 俺は数分前に感じた驚きを再び味わいつつ、彼女が車に乗り込むのを見届ける。

 そして扉を閉めると彼女は窓をわざわざ開けて俺に顔を見せる。

 

「今日は色々とごめんね」

「いや、夕飯の件は俺の母さんが悪いから。でも、ありがとう」

「え?」

 

 お礼される理由がわからないといった様子の彼女。

 

「母さんの話し相手。母さん、楽しそうだったし」

 

 最初は出来るだけ早く帰ってもらおうとも思っていたけれど、途中からそう考えなくなったのは二人が楽しそうに会話しているのを見たから。

 多分、俺には出来ない事だから。

 

「なら、またお邪魔しようかな」

「それは勘弁」

「はは。じゃ、またね。セージ君」

「おう、また」

 

 そうして俺の長い一日が終わった。

 

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