家庭教師と友人A   作:灯火円

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「それじゃ、衣装変えたらラストいきます」

 

 日曜、家庭教師は休みであっちのバイトも試験前だから休みになっているが北条さんからのヘルプでとあるスタジオでの撮影に俺は同行していた。

 モデルさんの着替えが終わるまでにセットを変える為に俺は小道具などを置いて行く。

 それが終わったら照明の位置を確認。

 

「北条さん、どうです?」

「あぁ、あとは撮りながら調整しよう」

「はい」

 

 そしてモデルさんが戻ってきてラストの撮影。

 こうなると指示があるまで俺がやる事はほとんどなくなる。その間にチラリとスマホを見る。

 

「ないか」

「長尾! もうちょい上から頼む」

「あ、はい!」

 

 北条さんの指示で俺は照明の位置をずらす。

 

「上過ぎだ! モデルにあたらなくてどうする?! お前、一年目じゃないだろ」

「すみません!」

 

 そしてラストの撮影も終わって後片付け。時刻は夕方。

 

「長尾」

「北条さん」

「勉強が気になるなら断って良いんだぞ。中途半端に入られても困る」

「っ」

 

 北条さんはしっかり今日の俺を見抜いていた。

 

「いやいや、北条さん、長尾君いなかったらもっと大変」

 

 スタッフの一人がフォローしてくれるが俺は首を横に振り頭を下げた。

 

「すみませんでした」

 

 お遊びじゃない。プロの現場だ。

 北条さんはこれでお金を貰ってる。中途半端な事をされたらそりゃ怒って当然。

 お金を貰ってやっている以上、それだけのものを提供しなきゃいけないんだ。

 

「ま、テスト近いのにお前に声を掛けた俺も悪かったよ」

「いえ」

「お前はもう帰って良いぞ」

「俺、最後まで」

「学業優先。ま、そのことを知っていて呼んだのは俺だが。とにかくあとはどうにか出来る」

「……わかりました。お先失礼します」

 

 俺は他のスタッフさん達にも一声掛けて先にスタジオを出る。

 

 

「はぁ、悪い事したな」

 

 正直、俺が今日集中出来ていなかったのは勉強の事ではない。

 今朝、一花から届いたメッセージ。

 昨日、俺達が帰った後、一時は落ち着いた二乃と五月だったがその後また喧嘩勃発。

 二人共家を出てしまったらしい。

 一花と四葉は説得したが互いに意地を張ってしまっている状況らしい。一花も二人を探しに行きたいが用事があって出来ないと俺に連絡を寄越した訳だが俺も北条さんの手伝いがあってすぐには動けなかった。

 それがあって今日は逐一スマホが気になっていた。

 俺や一花の代わりに三玖と風太郎が動いてくれている様子でその連絡がないかと俺はずっと気になっていた。

 その結果、北条さんにあんな事を言われてしまったという訳だ。

 

「ん? 風太郎から」

 

 メールが届き急いで中身を確認する。

 どうやら二乃はホテルに泊まったらしい。けど、連れ戻す事は出来ず一時撤退したと。

 二乃の所在がわかっただけでも良しとするか。

 あとの問題は五月、五月もどこかのホテルに泊まってるとするなら。

 

「うー」

「あ」

 

 とあるたこ焼き屋の前でじっと焼かれている様子を眺めている五月がいた。

 

「買わないのか?」

「え? な、長尾君! いえ、お腹なんて空いて」

 

 否定とは裏腹に五月の腹は俺の問いに答えてくれた。

 てか、昨日と同じ服に手ぶら。まさか勢いでそのまま出てきたんじゃ。

 

「すみません。八個入りひとつ」

「はーい」

「とりあえず、どっか座るぞ」

「……はい」

 

 そうしてたこ焼きを買って近くの公園に俺達は移動した。

 

「ほら、食べろ」

「あ、いえ、私は」

 

 またも否定するが元気よく五月のお腹は鳴っている。

 

「……いただきます」

「召し上がれ」

 

 観念したようで五月はたこ焼きに手を付ける。

俺は五月が食べ終わるまで自販機で買った飲み物を口にしながら待った。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様。てか、もしかして手ぶらで家出たのか?」

「うっ」

 

 図星の様子。つまり昨日はホテルにも泊まってないって事だよな。

 

「昨日は家出てどうしたんだ?」

「クラスの子に一晩だけ」

 

 とりあえず野宿じゃなかったようでひと安心か。

 

「とにかく、もう帰れ。一花達も心配」

「それは出来ません」

 

 俺の言葉に即答で五月は返す。

 

「今回ばかりは二乃が先に折れるまで帰れません。そもそも長尾君はもっと怒るべきです」

「怒るって言ってもな……二乃の言葉は的外れでもないだろ」

 

【パパに頼まれたわけでも無いのに図々しく家庭教師なんて始めて】

 

 風太郎に頼まれて受けたが、そもそも俺はその雇い主に勝手に申し出て始めた家庭教師。二乃の言葉の通り乱入者だ。

そのうえ、まともに家庭教師出来ていない。

 

「……とにかく、帰れ」

「嫌です」

「このまま野宿するつもりか?!」

「……そうするしかないなら」

「あのな」

 

 この際、俺の家に来させるか?

 いや、母さんが出張から帰ってくるのはまだ先。

 さすがに親のいない状況に泊める訳にもいかない。

 金貸してどっか泊まらせるか? いや、パソコン買ったばっかでそんな余裕も。

 

「あれ? 誠司くんに五月さん」

「ん?」

「らいはちゃん」

 

 そこにスーパーで買い物した帰りだと思われるらいはちゃんがいた。

 

「こうなったら……らいはちゃん、頼みたい事がある」

「へ?」

 

 すまん。風太郎。

 だが、女子一人を宿無しで外に置くわけにはいかないんだ。

 

 

「誠司! どういう事だ?!」

「お兄ちゃん、おかえり。今日はね。カレーだよ」

「おかえり。風太郎」

「……お邪魔してます」

 

 帰ってきた風太郎をらいはちゃんだけでなく、俺と五月も出迎える。

 偶然らいはちゃんに会った俺はらいはちゃんに五月を泊めるようにお願いした。

 風太郎の家なら最悪勇也さんがいなくてもらいはちゃんがいる。

 俺の家で俺と二人きりよりかはマシな状況だろうと俺は判断した結果だ。そして俺からの連絡を受け、風太郎は帰ってきたわけだ。

 

「事情はわかった。けど、俺の家も」

「風太郎が宿を確保できるなら良いけど、できるのか?」

「うっ」

 

 それから夕飯のカレーをご馳走になって俺も帰ろうとしたが、何故か俺も家に泊まっていけと勇也さんやらいはちゃんに言われて流されるまま。

 たぶん、母さんがいない事を勇也さんは聞いてるだろうからな。

 その辺の連携が妙に出来てるんだよなウチと上杉家は。

 そして五月が風呂に入っている間に俺は風太郎と情報交換。

 

「しかし、二乃も帰る意志はないか」

「三玖が言うには喧嘩は珍しくないが今回は今までとは違うらしい」

「そうか」

 

 きっかけはどう考えても俺達の存在だよな。

 風太郎は元々雇われた身だが、俺は完全に部外者から強引に入って来た。そしてそんなやつのせいで自分だけが悪者扱い。

 納得いかないのもわかる。

 

「俺が」

「お風呂、お先にいただきました」

「!」

 

 風呂から上がった五月、服は風太郎のジャージを着てるから少し不格好ではある。

 そしてそんな五月からとある提案が出された。

 

「……少し外を歩きませんか? 今日は月が綺麗に見えますから」

 

 俺と風太郎、そして五月は外を少し歩くことに。

 しかし、月は残念ながら雲に覆われていた。

 

「おい、明日には帰れよ。三玖も心配してた」

「長尾君にもお伝えしましたが、それはできません。なので、もう少しだけ居させて下さい。何でもお手伝いしますから」

「嫌だね! 帰れ」

 

 相変わらずこの二人は顔を会わせれば言い合いしてるよなと俺は二人の少し後ろを歩きながら二人のやり取りを見ていた。

 しかし、頼るところがない女の子が頼ってくれたのにそれはないだろう。

 

「つーか、金持ちお嬢様にうちの生活が耐えられるとは思えん」

「わ、私はお嬢様ではありません……私たちは数年前まで負けず劣らずの生活を送っていましたから」

「え? そうなのか?」

 

 まさかの事実に風太郎は足を止め、五月に視線を向けていた。

 母親が亡くなった事は聞いてたが、そんな生活だったのは俺も初めて聞いた。

 

「今の父と再婚するまでの私たちは極貧生活でした。当然です。五人の子供を同時に育てていたんですから」

 

 父親は再婚相手。

 つまり血の繋がりはない?

 

「その頃の私たち五つ子は見た目も性格もほとんど同じだったんですよ」

 

 以前見させてもらった幼い頃の五つ子は確かに全員が同じ格好と同じ髪型をしていた。

 

「けれども女手ひとつで育ててくれた母は体調を崩し入院してしまって……だから、私は母の代わりとなってみんなを導くと決めたんです」

「二乃のあの発言はそういう事か」

 

 母親代わりを演じるな。

 そう決めた五月からしたら痛い言葉だ。

 

「決めたはずなのに……うまくいかない現状です」

 

 うまくいかない現状か。

 どこか今の俺の状況と重なる。

 

「母親の代わりか。だったら……俺は父親の代わりになろう」

「え、どういう意味?」

「出たよ。風太郎の謎発言というか言葉足らず」

「こんな時にお前らの父親は何やってんだって話だ。こういう時こそ父親の出番だろ」

 

 風太郎の言葉は確かにその通りだ。

 それとも所詮は連れ子だから仕方なくって事なのか?

 そもそもあの高層マンションに父親の姿を見たこと一度もないし。

 

「これも家庭教師の仕事として割り切るさ」

 

 完全に労働時間外の働きだとは思うけどな。

 でも、見過ごせない理由が風太郎にはある。

 

「あの日、京都であの子と出会い。いつか誰かに必要とされる人間になると決めた」

 

 京都の一件からしばらく風太郎はことあるごとにそう言っていた。

 

「俺はそのために。勉強してきたんだ」

 

 それが風太郎の勉強する理由。

 以前聞いた問いの答えを聞けたからなのか五月の表情は少し和らぐのがいつの間にか雲から顔を出し始めた月の光でわかった。

 

「……でもあなたが父親はちょっと」

「うるせー! 我慢しろ!」

 

 五月にさっそく父親面を見せるように言う風太郎。すると風太郎は急に後ろを振り返った。

 

「どうした?」

「今、誰かがいた気がした」

「怖いこと言わないで下さい!」

 

 そういや、怖いの苦手だったな。

 それでよく外に出ようなんて。いや、それはまた別か。

 

「それより見て下さい」

 

 そんな暗がりの場所よりも五月は空を見上げる。

 

「本当に今日は綺麗な満月ですよ」

「五月、もっと勉強しなさい」

「なんですか?! それとその父親みたいな言い方やめてください!」

 

 そんなやり取りを横目に俺は父親の事を思い出していた。

 愛されてなかった訳じゃない。

 けど、時より思ってしまう。

 

「っ……」

 

 やばい。まただ。

 あの息苦しさ。

 林間学校の時に感じた息苦しさが俺を襲う。

 

 ここじゃダメだ。風太郎も五月もいる。

 これ以上迷惑は掛けられない。

 

「あー、やべ」

「ん?」

「どうしました? 長尾君」

 

 一度息を整え、わざとらしくないように俺はボソリと呟く。

 出来るだけ顔が見えないように下を向きながらいつも通りを心がけて。

 

「俺、家の鍵かけ忘れたかも」

「は?!」

「それは大変です!」

「てな訳で。俺はやっぱ帰る。らいはちゃんには謝っておいてくれ」

「あぁ、とにかく早く帰って確認しろ」

「そうです。万が一空き巣にあっていたら」

「だな。じゃ、また明日な」

 

 そう言って俺は急いでその場をあとにした。

 あの様子なら多分二人は気付いていない。

 

 

「はぁっはぁ」

 

 がむしゃらに走る。

 走って思考を真っ白にしたい。けど、脳裏に父親の姿が浮かぶ。

 夜遅くに六花への謝罪を繰り返す姿。

 

「なぁ、父さん」

 

 そしてテーブルに突っ伏したまま二度と俺を見る事も話す事もなくなった姿。

 

「俺もっ……父さんの子供じゃ……ないのかよっ」

 

 足が止まった時には家の前にいた。

 俺は扉を開けることなく、ただ地面に膝をつきひたすら息苦しさに耐えていた。

 するとポケットの中の物が震える。

 風太郎か五月が心配して連絡をよこしたんだろうと思ってスマホを取り出す。

 

「な、んで」

 

 だけど、その予想とは裏腹に通知欄にあった名前は一花の名前だった。

 いや、きっと五月についての事だ。

 二乃の事は三玖から聞いてるだろうし。でも、なんでこのタイミングなんだよ。

 俺の父親の事情を唯一俺の口から話した人物。

 

「五月は……大丈夫って、知らせないと」

 

 俺は文字を打とうとするが、その指は震えてうまく打てない。

 

「くそ」

 

 心配してるだろうから、早く知らせてやらないといけないってのに。

 

「……」

 

 俺は文字を打つのをやめて通話のボタンを押していた。

 

『セージ君?』

 

 ワンコール後にすぐに声が聞こえた。

 その声にひどく安心する自分がいた事に驚き乾いた笑いが出た。

 

『えっと』

「あー、今いいか? 勉強してたなら切るけど」

『大丈夫。その勉強の休憩がてらに連絡したから』

「そうか……えっと、五月は大丈夫だ。とりあえず居場所は俺と風太郎で確認した」

『あ、そうなんだ。ごめんね。結局、お願いされたのに私』

「仕事だったんだろ? むしろ、押しつけたのは俺だ」

 

 一花も一花で忙しいはずなのに。

 俺はまた一花に甘えてしまった。そして今も。

 

「いやー、でも、やっぱ部外者の俺じゃ家に帰すまでは難しいわ。悪いな。やっぱここは姉妹である」

『……なにか、あった?』

「っ」

 

 いつものようにと心がけてたつもりなのに。

 あぁ、やっぱり電話するんじゃなかったな。

 自分からそうしたのに俺は自分の行動のダメダメさに呆れる。

 一花が変化に敏感なのはわかってたのに。

 

「なにがって。そりゃ五月を説得できなくて申し訳ないなって」

 

 それでも俺はいつも通りに振る舞う。

 

『……そっか。そうだよね。君も落ち込むことあるよね。いやいや、お姉さん気遣いできてなかったね。ごめんごめん』

「……」

 

 そして俺が誤魔化してるのもきっと気付いてる。でもそれすら察しておちゃらける。

 こうやって優しく包み込んでくれる。

 俺は体を起こし扉に背を預けて空を見上げる。

 そう、まるで。

 

「一花」

『ん?』

「今日は月が綺麗だぞ」

 

 この満月のように柔らかい光。

 

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