家庭教師と友人A   作:灯火円

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7−5

「長尾君」

「……五月」

 

 昼食で学食へと来ると五月が声を掛けてきた。

 いつもいる風太郎は四葉の陸上部の件でいない。

 五月もあの喧嘩から姉妹と誰とも接触しないようにしているみたいではある。

 

「その、少し勉強を見ていただきたくて」

「放課後、一花達と一緒に参加すれば」

「それは」

 

 俺としては放課後まとめて見る方が楽ではあるんだが。

 

「わかった。これ食べた後で良いか?」

「はい。お願いします」

 

 とりあえず俺は五月と同じテーブルで昼食を取る事に。

 その際に一花と三玖がこちらを見たけど、俺はそっと首を振ると俺の意図を理解して二人は別の場所へと行ってくれた。

 

「うし、それじゃ始めるぞ。前に配った問題集はやってるか?」

「終わらせました」

 

 五月はあの分厚い問題集を出してきた。

 

「なら、躓いた点を洗い出してそこを重点的にいくぞ」

「はい」

 

 とはいっても、その躓いた点が多すぎるのがあれではある。

 それでも以前苦手だった部分がいくつか出来るようにはなってきているから確実に成長はしている。

 そうして昼休みもそろそろという時間まで俺は五月の勉強を見ていた。

 

「この辺で終わろう」

「あ、ありがとうございます」

「んで、五月はまだ帰る気ないの?」

「……」

 

 黙りか。

 ま、俺の言葉で帰るならあの日にもう帰ってるからな。

 

「聞いても良いですか?」

「ん? まだわからない所あるのか? それならまた時間取って」

「勉強の事ではなく。以前、上杉君には答えて貰いました。勉強する理由。でも、長尾君の話はまだ聞いていません」

 

 そういや、病院でそんな話になってたな。

 風太郎の話で終わってその後は特に聞かれなかったからそのままにしてたが、今聞いてくるとはな。

 

「そもそも別に俺は勉強してるってほどじゃない」

「ですが、私と出会った時。彼同様に昼休みも勉強しようとしてましたよね」

「風太郎と一緒だとこっちが手持ち無沙汰になるからな。その付き合いでだ。ま、今だと五月達の家庭教師やってるから。それが理由だな」

「そうではなく!」

 

 昼休みも終わりで人が少ない学食で五月の声はよく響いた。

 まだ学食に残っていた生徒や片付けに入っている学食のおばちゃん達の視線がこちらに向く。俺は「なんでもないでーす」と返しながら五月の手を取ってとりあえずその場をあとにする。

 

「どうしたんだよ」

 

 廊下に出て出来るだけ人が来なさそうな準備室の前で足を止め、掴んでいた手を離して俺は振り返る。

 五月らしくないというかまるで風太郎に対しての時に近い。

 

「……上杉君はあなたを自分の先生だと言ってました。なら、その頃は勉強していたのでしょう? その時の理由は?」

「なんでそんなにこだわる」

「それは、長尾君の事をもっと知りたいからです」

「なら、別の事でも良いだろう。そうだな。ここは定番に好きな食べ物」

「教えられない理由でもあるんですか?」

「……はぁ」

 

 俺はガシガシと頭をかきながら息を吐く。

 呆れたとかそういうのじゃない。

 これは俺の気持ちを整理させる為のもの。

 

「妹の為。これでいいか」

「っ」

 

 それまで何が何でも聞いてみせると意固地になっている顔だった五月の表情が歪む。

 

「だから言いたくなかったんだよ。俺の妹の事を知っているなら絶対そうなるってわかってたからな」

 

 俺の妹が亡くなっていると話した時の五月は一番申し訳無さそうにしていたから、今回も反応は予想出来た。

 

「あの、私」

 

 五月が何か弁明しようとしたがチャイムが響いた。

 

「やべ、移動教室だ。悪いな。先に行く」

 

 五月に声を掛けるべきだとは思ったが、今の俺は余裕がない。

 ここ最近ずっとそんな感じだ。

 正直、家庭教師すらまともにやれている自信もない。

 

「あ、セージ君。こんな所にいた」

「一花」

 

 教室に戻る途中で一花と出くわした。その手には次の授業の物と俺の筆箱と教科書があった。

 

「戻ってくるの遅いから。君の分のも持ってきたよ。ほら、急ごう」

「あ、悪いな。五月の勉強に付き合ってたら移動教室な事忘れてた」

 

 俺は一花から筆箱と教科書を受け取り急いで一花と目的の教室へと向かう。

 

「お姉さんに感謝だね」

「へいへい、ありがとう。おねーさん」

 

 いつも通りの一花に少しだけ俺は気が抜けた。

 

 

『実はキンタローの正体を二乃に言おうと思う』

「はぁ?」

 

 放課後、一花と三玖の勉強にいつもの図書室に来ていたが風太郎からの電話に俺は少し外に出ていた。

 そして風太郎から聞かされたのはキンタローの件について。

 

『いや、あいつにとってキンタローが俺にとっての零奈の存在になっているならハッキリさせてやらなきゃと思ったんだ。あいつももう一度会えばケリをつけられるって』

「それで? 会って正体バラすと」

『あぁ』

 

 もう俺は頭が追いつかん。

 五月と二乃を仲直りさせる為に動いてたと思ったら二乃にキンタローの正体をバラす話になってるし。

 

「俺は手助けできんぞ」

 

 キンタローの件について俺はこれまで一切関わってきていない。

 ここで俺が出て行ってもどうにか出来ないし、そもそも二乃は俺と話す気あるとは思えない。

 

『わかってる。俺一人でどうにかする。誠司は引き続き一花と三玖の方を頼む』

「……わかったよ」

 

 そうして俺は電話を切って図書室へと戻る。

 

「フータロー、どうしたの?」

「あー、とりあえず二乃との和解?に向けて頑張るだと」

 

 一応、ウソはついてない。

 椅子に座って二人が終えた問題集に目を通していく。

 三玖はやっぱり社会は得意なだけあっていい線いってる。

 一花は逆に社会があれだな。

 

「和解も何もフータロー達は今回悪くない」

「完全に巻き込んじゃってるもんね。ごめんね」

「いや、そもそもは突然の乱入者が悪いからな。原因は俺だ。二乃からしたら良い気分じゃないだろう」

 

 そう、部外者が我が物顔で家に居られたらそりゃ気分悪い。

 それを俺は家庭教師という免罪符で誤魔化してた。

 でも、その免罪符も与えられたわけじゃ無い。無理矢理頂戴したようなもんだ。

 

「てか、さすがに親父さんも心配だろう」

「あー……お父さんは知らない」

「は?」

 

 一花の言葉に俺は問題集に向いていた視線をあげる。

 

「うん、知らせてないから」

「いや、黙ってたとしても聞いてくるだろ? どうしてる?とか」

「なんというか放任主義だから。こっちから話さない限りはあまり聞いてこないんだよね。連絡もあまりしてこないし」

「家にもほとんど帰ってこないから話す機会もない」

 

 一花と三玖の話に俺は五月の話を思い出す。

 再婚相手の連れ子。

 結局は仕方なく父親やってるだけだってのか?

 卒業さえ出来れば良いって。

 それ以外はどうだっていいのかよ。

 

「っ」

 

 父親という事を考えたからなのかまた脳裏に浮かぶ。

 落ち着け。

 今は取り乱してる余裕なんてないだろう。

 俺が出来るのはせめて風太郎が見てやれないこいつらだけでもしっかり見てやる事なんだから。

 

「よし、問題集は全部解いたし、ちょっと休憩するか」

 

 俺はまだ見終わっていない問題集を置き、立ち上がる。

 

「なんか寒くなってきたから飲み物買ってくる。二人は何飲みたい?って、三玖は抹茶ソーダだよな。一花は?」

「え? あー、コーヒーでいいよ」

「んじゃ、買ってくるわ」

 

 図書室を出て自販機に向かう。そして図書室から見えなくなった所で体を壁に預ける。

 

「大丈夫、だよな」

 

 一番警戒すべき一花に勘づかれてないようにはしたけど、あいつの場合勘づいても気付かないふりって事もやるからな。

 

「長尾? 具合悪いのか?」

「ん? 前田」

 

 顔を上げるとあのオールバックでいかつい目が印象的な前田がいた。

 林間学校以来、なんか声掛けてくるようになったんだよな。こいつ。

 

「あー、勉強疲れ?」

「期末試験期間だもんな。大変だな」

「お前、他人事みたいに言うな。そっちこそこんな時間まで残ってるって事は勉強してたんだろ?」

「さっきまでな……これから帰ろうとしてたんだ」

 

 そう言って前田は教室の方をチラチラ見ている。

 

「お待たせ」

「ん?」

「あ」

 

 すると前田が見ていた教室から出てきたのは松井。

 林間学校で確か前田と踊ってたっけな。

 

「なるほど。順調そうで何よりだ」

「な、なにがだコラ!」

 

 俺が前田の肩をポンッと叩きそう言うと顔を紅くしてオラつかれたが恐くも無い。

 

「邪魔者は消えるから安心しろ」

「べ、べつにそんな事思って」

 

 照れる前田に初々しさを感じつつ俺はさっさとその場からいなくなり、目的の自販機についた。

 

「……そうだよな。簡単な事だ」

 

 ずっと頭を悩ませる問題を解決するのに簡単な方法があったじゃないか。

 

「うし」

「あれ? 長尾君だよね?」

「ん?」

 

 呼ばれて振り返るとそこには林間学校の時、記録係だった女子。

 

「えっと」

「毛利だよ。名前知らなかった?」

「あ、悪い」

 

 他クラスの女子の名前までは把握していなくて俺は素直に謝ると彼女は首を振った、

 

「ま、そんなもんだよね。あ、林間学校の時ありがとうね」

「別にその件はもう良いって」

「それでもだよ。あ、飲み物買うの? なら奢る。あの時ジュース奢ってくれって言ってたでしょ」

 

 そういやそんな事を言ったような記憶。

 正直、本気で言ってなかったから俺も忘れてた。

 

「あー、でも」

「何が良い?」

 

 彼女はすでに小銭を入れてどれにするか俺に聞いてきた。

 

「んじゃ、温かいお茶」

「はーい」

 

 そして彼女からお茶を受け取る。

 

「そうだ。写真もう少し待っててね。今学期中には渡すから」

「写真?」

 

 渡したデータは返さなくて良いって話したはずだけど。

 

「中野さんとの写真」

「あー」

 

 最終日に撮られた事を俺はその時思い出した。

 

「長尾君って結構、忘れっぽい?」

「うーん、自分が撮られた写真にはあんま興味ないから」

「中野さんとの写真なのに?」

「なんだそれ」

 

 なんで一花との写真だとそうなるんだよ。

 

「他の男子なら早くしろって言いかねないんだけどな。中野さん美人だし」

 

 確かにウチのクラスの男子の一部は一花を女神とか妄信的な存在として見てたりするもんな。

 

「ま、綺麗ではあるよな」

 

 外見は。中身というか片付けられない汚部屋製造人間だが。

 

「女子の中でも話題になるくらいだもん。あ、ごめんね。引き止めて。私そろそろ行くね」

「あぁ、飲み物ありがとう」

「お礼だから気にしないで。じゃあね」

「おう」

 

 彼女が俺に手を振ってその場を離れたから俺も小さく手を上げて答える。

 

「ふぅ」

 

 前田や毛利さんと話して少し落ち着いたみたいだ。

 俺は一花と三玖の抹茶ソーダとコーヒーを買って図書室に戻る。

 

「遅かったね」

「あー、前田達と少し話してた」

「前田……あの、一花に告白した人?」

 

 一花に聞かれて素直に話すと前田という名前に三玖が反応した。

 

「そう。ま、最近はとある女子と良い雰囲気みたいだけどな」

「あ、それって」

 

 興味があるのか一花は目を輝かせて俺を見てくる。

 

「恋バナしてる暇はないぞ」

「えー、ちょっとくらい良いじゃん」

「恋バナはいつでも出来るだろ。期末試験は待ってくれない」

「セージ、フータローみたい」

「俺はあいつほど恋を目の敵にはしていないぞ」

 

 そんな風にして三人だけのいつもより静かな勉強会は終わった。

 

「フータロー、二乃を説得できたのかな?」

 

 陽も暮れて二人をマンションまで送り届ける別れ際に三玖は不安そうな顔でそう溢した。

 そんな三玖を安心させる連絡は今の所、俺に入って来ていない。

 

「連絡入ってないからまだ苦戦しているかもな。ま、お前らは勉強に集中してくれ。それが風太郎の為にもなる」

 

 ここで二人までも勉強を疎かになってしまえば本当に問題だからな。

 

「んじゃ、家でも頑張れよ」

「セージ君」

「ん?」

 

 自分の家へと帰ろうとマンションを背にするが一花に呼ばれて振り返ると真剣な眼差しで俺を見ていた。

 こういう時、こいつは何か大事な事を考えてる事が多いんだよな。

 

「……何か、相談事か?」

 

 俺はもう一度、一花の方へと足を向けようとすると一花は笑う。

 

「寂しくなったらいつでもお姉さんに電話してくれていいからね」

「……はぁ」

「セージ、すっごい深いため息」

「傷つくなぁ」

「はいはい。気が向いたら勉強の進捗具合聞くわ」

「そういうのはいいかな」

 

 そんなやり取りをして俺は二人に手を振ってマンションをあとにする。

 

「あいつ、冗談なのか本気なのか」

 

 俺の事を見抜いてあんなふざけた感じで言った風にも聞こえるし、本気で俺をからかって言っている気もする。

 演じる事がどんどん上手くなってないか?

 いや、女優としては良い傾向なんだろうが。

 

「とりあえず、風太郎からは」

 

 もう一度、風太郎からメール来てないか確認したが来ていない。

 四葉の方も一応家で頑張っているらしいが結局まだ陸上部の練習出ているみたいだしな。

 風太郎は四葉の事も自分がどうにかするとは言ったが、二乃で手一杯になってるみたいだし。

 

「明日、俺も四葉と話してみるか……ん?」

 

 通りを歩いているとガラガラという音が聞こえ、思わずそちらに視線を向けると見覚えのあるぱっつん前髪。

 

「え、てか、風太郎は?」

 

 確か、キンタロ-として会いに行って正体をバラすって話じゃ。

 あ、それでキレてホテル飛び出したんじゃ。

 とにかく俺は二乃の元へと駆け寄る。

 

「おい、二乃!」

「っ」

 

 前に周り込んで声を掛けると俺から視線を逸らした。

 相変わらず俺が嫌いなようで。だとしてもだ。

 

「お前、ホテルにいたんじゃ」

「うっさいわね。今度はアンタな訳?」

 

 キンタロ-の話は出来ない。

 俺は知らないって事になってるからな。

 

「アンタもどうせ家に戻れって話でしょ」

 

 今はこっちの話の方が良いか。

 

「……あぁ」

「嫌よ。五月が謝らない限り私も謝らない」

「ずっとこのままで良いと思ってる訳じゃ無いだろ?」

 

 昨日、風太郎から零奈の話の他に二乃が破った問題集をテープで貼って問題を解いていたことを聞いた。

 少なくとも風太郎には破った事について謝罪した事は聞いている。

 絶対このままで良いなんて思ってるはず無い。

 

「うっさいわね! 別に良いわよ! このままでも! むしろ離れて清々したくらいよ」

 

 強がってそう言ってるのはわかってる。

 でも、離れて清々したなんてそんな事言うなよ。

 

「……別れってのは突然来る時もあるんだよ」

「何言って」

「お前もよく知ってるだろ?」

 

 知らないはずないんだ。

 だってニ乃も辛い別れをもう経験してるんだから。

 

「何が起こるかわかんないだよ……一年前は、半年前は、数週間前は、昨日は、数時間前は当たり前にいても」

 

 一年前までは元気だった六花。

 数時間前までは一緒にご飯食べてた父さん。

 

「突然、消えちまう」

「っ……何よ。そもそもは部外者のアンタがぶち壊したのよ!」

 

 やっぱり二乃にとって俺の言葉は届かない。

 二乃はキャリーケースをガラガラ引いて行ってしまった。

 

「そうだよ」

 

 だから、部外者は消えるんだ。

 

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