家庭教師と友人A   作:灯火円

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「さて」

 

 翌日、朝早く俺は家を出るとそこにはあの車が停まっていた。

 

「おはようございます。長尾様」

「すみません。わざわざ迎えに来てもらって」

「いえいえ、あの方の元へ案内するのが私の役目ですから」

 

 あの方の元。それは中野姉妹の誰でもない。

 

「よろしくお願いします」

「はい」

 

 俺は車へと乗り込む。

 林間学校以来、まさかもう一度この車に乗るとは思わなかったが。

 そして江端さんは車を走らせる。すると見知った場所で車を停めた。

 

「ここって」

 

 少し前に俺がお世話になった病院。

 

「こちらです」

「あ、はい」

 

 案内されるがままに俺は江端さんの後ろを歩いて行く。

 そして院長室と書かれた部屋の前で止まった。

 

「旦那様、長尾様をお連れしました」

「入ってくれ」

「長尾様、どうぞ」

「あ、はい」

 

 江端さんが開けてくれた扉から中に入る。

そして目の前に座っている人物こそが中野姉妹の父親。

 

「……なんで、どうして」

 

 その人物に俺は思わずそんな言葉が出ていた。

 

「中野先生っ」

「この間ぶりだね。長尾君。いや、家庭教師としての君とは初めましてというべきか」

 

 そこで俺は気づく。

 俺が入院した時に予防接種に来ていた中野姉妹。それは父親が院長を務める病院だから。

 中野なんて名字珍しくないから気にもしなかったけど、いや、電話の声で気付こうと思えば出来たはず。

 だが、俺の中で先生と中野姉妹の父親と結びつける事すら考えてなかったから気付かなかった。

 

「それで? 話とは?」

「あ」

 

 そうだ。驚いて本題を忘れるところだった。

 俺は背筋を伸してから深く頭を下げた。

 

「こちらから勝手に家庭教師を申し出てたのですが、今週一杯で家庭教師を退任させてもらいたくお伺いしました。誠に勝手で申し訳ありません」

「……理由はなんだね? まだ期末試験すら受ける前だろ」

 

 中野先生は椅子に座ったままジッと俺に視線を向けながらそう聞いてきた。

 

「俺がいる意味がないからです。彼女達の力になれない。むしろ邪魔になっている。それを痛感したんです」

 

 中間試験の時はまだ教えて間もないからと思った。

 でも、ある程度教えたが結果は実らず0点の答案用紙。俺の教え方の問題だろう。

 そして今回の五月と二乃の喧嘩の原因、彼女達が困っていても何も出来ない自分。

 

「バイトだとしても中途半端はダメですから。ここでキッパリ俺は辞めます。それに風太郎がいます。あいつは俺より勉強が出来ますから」

「その彼を教えていたのは君だろう?」

「昔の話です。その時の俺はもういませんから」

「……君がそう言うなら承諾しよう」

 

 そう、俺は変わってしまったから。

 勉強して医者になって六花を治すと意気込んでいた俺はいない。

 医者、か。

 

「俺、医者になろうと思ったのは六花がきっかけだけど……中野先生見てあんな先生になりたいって思ったんだ。ずっと気に掛けてくれる先生みたいにって」

 

 憧れだった。

 担当医じゃなくなっても定期的に六花の様子見に来てくれて無愛想で最初は恐い人かなって思ったけど真剣に六花の事を考えてくれてて。

 こんな先生になれたらって。

 だから。

 

「なのに、なんで自分の娘達の事は見ないんだよ!」

 

 話したいと思ったのは家庭教師を辞める事だけじゃない。

 娘達があんな状況にもなっているのに連絡も顔を出さないクソな父親に色々言ってやりたいと思ったから。

 でも、その父親が俺の憧れだった人だなんて。

 

「今、あいつらがどうなってるのか知ってますか?」

「何か、あったのかね?」

「っ」

 

 やっぱり知らないのかよ。

 なんでだよ。

 

「好きな人の子供だから仕方なく世話してんのかよ!? 金さえ与えてればいいとか思ってんのか?! 不自由なく過ごせればそれが父親の役目なのか!? そんなの違うって」

 

 ここに来るまで冷静にあいつらの父親に言うつもりでいた。

 けど、今の俺は子供のワガママのように言いたい事を言っているだけ。

 

「子供のそばにいるって大事なんだよ。子供に一言、声掛けるだけでも違うんだよ」

 

 父さんは六花が亡くなってから自己嫌悪ばかりで俺の話も上の空で聞いていた。

それでも居てくれるだけで良かったんだ。

 

「なんでだよ……六花にはあんな気に掛けてくれてたじゃん」

 

 なのに、なんで娘達の事は見てやってないんだよ。

 

「いや、病人だから気に掛けてくれてたんだよな。じゃあ、病人でもないあいつらは。先生にとって……気に掛けるほどでもないのかよ。先生にとってあいつらは何なんだよ!」

「私にとってあの子達は」

 

 それまで黙って俺の話を聞いていた先生がようやく口を開く。だが、部屋の電話が鳴ると先生は受話器を取った。

 

「あぁ、わかった。今向かう」

 

 受話器を置くと先生は立ち上がり、掛けてあった背広を手にし羽織る。

 

「すまない。これから会合があってね。もう時間のようだ。江端に送らせ」

「いえ、帰れます。すみません。突然押しかける事をして。失礼します」

 

 俺はそう言って頭をもう一度深く下げて部屋をあとにした。

 そして電源を落としていたスマホを取り出し電源をつけると通知がいくつも。

 

「……ほら、俺がいなくてもどうにかなった」

 

 俺はそうして中野家のマンションへと向かった。

 

 

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