家庭教師と友人A   作:灯火円

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「……誰? この方は?」

 

 中野家に来るとショートカットの女の子が増えていた。

 

「二乃よ! 見ればわかるでしょ!?」

「おぉ、その視線は確かに二乃だな。ま、わかってたけどな」

 

 特徴的なぱっつん前髪とリボンは相変わらずだからな。

 

「あんたね」

「まぁまぁ、二乃」

 

 相変わらず鋭い視線を向ける二乃を五月が宥めている。

 

「さて、家出も気が済んだようでよかった」

「それに関してはご迷惑をお掛けしました」

 

 深々と頭を下げる五月の頭をポンッと叩く。

 

「ま、喧嘩なんてよくある事だ。四葉の方も解決で良いんだな?」

 

 俺は四葉へと視線を向けるとビクッとその体が跳ねた。

 

「あ、はい! この度はご迷惑を」

 

 四葉は四葉で土下座しての謝罪。

 

「てか、なんか米の匂いするな?」

 

 家に入ってから良い匂いがするとは思ったが、これはあれだ。

 炊きたての米の匂いだ。

 

「長尾さんもスルーですか?!」

「終わったんだからもういいだろ。この時間さえ惜しい」

「っ……実はこの匂いはですね。四葉の特製朝ご飯なんですよ」

 

 いつも教科書やら問題集が広げられていたテーブルにはおにぎりがズラっと並んでいた。

 

「あー、そういや。飯食ってないわ」

 

 中野姉妹の親父こと中野先生との話の事を考えてたら朝ご飯どころじゃなかったからな。

 

「それはいけません! まずは腹ごしらえです! 丁度これから少し遅い朝食にしようとしていた所です。長尾さんもどうぞ」

「そりゃ、有り難い」

 

 俺はそのままおにぎりを貰おうとテーブルへと向かうのだが、その前に二乃が俺の前に周り込む。

 

「あー」

 

 あれか? 

 お前に食べさせる飯はないってやつか?

 

「悪かったわね」

「ん?」

「だから! プリント破って! ごめんなさい!」

 

 そういや、風太郎に謝ったって話だったな。

 それで俺にも罪悪感を一応は抱いてたって訳か。

 

「はい、よく謝れました。四葉、具は何あるんだ?」

「えっとですね。梅と鮭と」

「ちょっと! それだけ?!」

 

 俺は二乃の横を通り過ぎ、おにぎりの具を確認するがまたこいつは俺の前に周り込んできた。

 

「きちんと謝れた。それに問題集は終わってるって聞いてる。なら、もういいだろ。俺は十分だと思ってるんだからこの件は終わりだ」

「だけど」

「それに、お前の言うとおりの部外者だ。だから、俺もお前に謝罪する」

 

 俺は二乃と向き合い、中野先生に向けた時と同じように深々と頭を下げた。

 

「すまない。訳の分からないやつが急に家庭教師に名乗り出て、お前の大事な空間に割り込んだ」

「おい、誠司。家庭教師の件は俺が」

「だとしてもだ。これは俺のけじめ。自己満足だから」

 

 そう、俺のけじめ。

 ここで全部終わらせる。

 

「……なら、お互い様でって事で」

「あぁ、それでいい」

「はいはーい、じゃ、ご飯にしよう。セージ君は何にする?」

「んじゃ、梅をくれ」

「はーい」

 

 一花から梅のおにぎりをもらい全員で遅い朝食を食べながら今朝の事を聞いた。

 陸上部はこの土日に合宿を急遽行う事になり、もちろん四葉も参加する事になっていたのだが、昨日の夜に一花は四葉から本当は辞めたいという事を聞き出していた。

 そして合宿へと向かう陸上部へと突撃した風太郎達、四葉をその場から離れさせて代わりに四葉になりすました五月が辞める事を告げる作戦を立てたが、髪の長さであっさりバレたという。

 むしろ何故いけると思った。

 そこに登場したのが髪を切った二乃。丁度四葉と同じ髪の長さで陸上部の面々も二乃だと気付く事はなく四葉だと思い込み、二乃は辞める事を四葉の代わりに伝えたという。

 その後、四葉本人がきちんと話したらしいが。

 

「けど、大会だけは出るね。助っ人いなきゃ二連覇出来ねえ部活になんか協力するなよな」

「そこはこいつに同意。てか、また何か言われたら教えなさいよ。今度こそ教育してやるわ」

「ありがと。二乃。でも今度は一人でやってみる!」

 

 しかし、二乃が動いたって事は三玖がうまい事やってくれたんだな。

 俺は皿を片付けるついでにそっと三玖の方へと行く。

 

「ありがとうな。三玖」

「私は思ってる事を伝えただけ」

「そうか」

 

 好きなものを好きって言えなかった頃と随分と変わったよな。

 

「セージ君、これもお願い」

「へいへい」

 

 食洗機に皿を入れていると一花が俺に自分の分も渡してきたからそれを受け取る。

 

「一花もありがとうな」

「姉妹の事だもん。元々は私たちがどうにかしなきゃいけなかったからお礼はいいよ」

「だな」

 

 俺は最初から部外者だったもんな。

 そう思うと力のない笑みが出る。

 

「セージ君?」

「よし、風太郎。本題に移るぞ」

「あぁ」

 

 腹ごしらえもすんだ。

 こっからが正念場だ。

 いつものテーブルには今回の問題集が積まれた。

 

「全員、問題集はやってはくれたが」

「元は村人レベルだからようやく雑魚を倒せるようになったくらいか」

「土日のレベル上げでどこまで行くかだな」

 

 期末試験を倒せとまではいかんが、せめて第一形態もしくは一時撤退させるくらいにはなってほしいが。

 

「秘策があるって言ってたよね?」

「ん? そうなのか?」

 

 三玖の言葉に風太郎へと視線を向けると悪い笑みを浮かべていた。

 

「これは村人のお前らでもボスを倒すことのできるチートアイテム」

 

 そう言って風太郎は懐から小さな筒状の物を出した。

 

「カンニングペーパーだ!!!」

「あ、あなたはそんなことしないと思ってたのに」

「そんなことして点数取っても意味無いですよ」

 

 五月や四葉の言葉はごもっとも。

 

「じゃあ! もっと勉強するんだな! こんなもの使わなくてもいいように最後の二日間でみっちり叩き込む! 覚悟しろ!」

 

 と、意気込む風太郎なのだが遠慮がちに二乃の方へと視線を移す。

 

「というように進めさせていただきますが……いかがでしょう?」

 

 なんでそこで下手に出るんだよ。

 

「何それ。今まで散々好き勝手やってきたくせに……やるわよ。よろしく」

 

 すると二乃から姉妹達に勉強の為に机を片付けるように指示が飛ぶ。

 そしてテーブルに五人が揃って座る。

 その光景を風太郎はジッと見ていた。

 

「お前はこの光景の為に頑張ってきたんだ」

「……いや、まだここからだ」

「それはそれとしてだ。それはマジなやつじゃないよな? 俺はお前に小細工を教えた事はないはずだが?」

 

 俺は風太郎が持つカンペに鋭い視線を向ける。

 

「落ち着け誠司」

 

 

 

 それから朝から晩までみっちりと五人の勉強を見る二日間。

 そして試験前日の夜。

 

「何か。良い匂いが」

「スパイスの匂い。って、そろそろご飯の準備しなきゃ!」

 

 日曜の夜、最後の追い込みに五人とも集中していた。

 五月の言葉に料理担当の二乃が立ち上がろうとしたのを俺が静止させた。

 

「今日はカレーだ」

「え」

「勝手に台所使って悪かったな。ただ、今回だけだ。許せ」

「ちょ、いつの間に」

「俺が調理してる事に気付かないくらい集中してたみたいだな」

 

 一応、風太郎には声を掛けたが少し前にスーパーに行って食材は買ってきた。

 この二日間の五人の集中力はこれまでにないほど。だが、二乃はちょいちょい飯の準備でどうしてもその集中力を途切れさせなきゃならなかった。

 それを見ていてもったいないと俺が勝手に動いただけの事。

 そうして米が炊けて七人分のカレーが並ぶ。

 

「口に合うかわからんが」

 

 カレーは林間学校で作って食べてたから嫌いなやつはいないとは思うが、味の好みはどうにもな。

 

「セージ、ありがとう。美味しい」

「おう」

「長尾さんは料理も出来るんですね!」

「前に話したって四葉はいなかったもんな。俺の親は忙しくて自然とな」

「具材大きくて食べ応えがありますね」

「あー、どうしてもでかく切りがちなんだよな。俺」

 

 五月や男の風太郎には良かったかもしれないが俺は二乃を見る。

 

「煮込むから大きく切って間違いはないんだけど、もう少し小さくても大丈夫。この辺は好みではあるけど」

「そうか」

「でも、味は悪くないわよ」

「そりゃ、よかった」

 

 やっぱ二乃とは料理の事だと普通に話せるな。

 

「風太郎、多めに作ったから余った分はあとでタッパーに詰めてやる」

「おお! 誠司のカレーはらいはも好きだからな。もちろん、俺も大好物だが」

 

 美味そうに食べる風太郎や二乃達を見て俺は少し安心していると隣から肘で突かれる。

隣にいるのは一花。見慣れた横顔。視線だけがこっちに向いた。

 

「お母さんの味なんだね」

「あー」

 

 周りに聞かれたくないのか小声で俺に言ってきた。

 そういや、一花は母さんのカレー食べてたっけ。

 

「あんま意識した事なかったな。似てるか?」

「うん、似てる」

「ま、慣れ親しんだ味だからな」

 

 俺は少し照れくさくなってカレーを頬張る。

 ふと七人で囲んで食べている光景に俺は少しだけ名残惜しさを感じてしまっていた。

 

 

「んじゃ、しっかり明日は起きろよ」

「中間試験のような状況は二度とごめんだからな」

 

 俺と風太郎は五人に最後の忠告をして帰る準備をする。

 

「泊まっていけばいいのに。お姉さんが」

「悪いな。俺は今日、出張から帰ってくる母さんをこれから出迎えなきゃならん」

 

 一花が俺をからかう気配を感じ俺はピシャリと断る。

 

「それなら仕方ないね」

 

 それに今日までって話だしな。

 

「あとは自分達で頑張れよ」

「はーい」

 

 これが最後。

 

「よし、風太郎。行くぞ」

「あぁ、それじゃ明日な」

 

 そうして俺達は中野家をあとにする。

 

「誠司、話がある」

「ん?」

 

 エレベーターの中でそう言ってきた風太郎の目はどこか申し訳無さそうな目だった。

 

 

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