家庭教師と友人A   作:灯火円

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「こんばんは。セージ君」

「……おう。偶然だな」

 

 俺はお茶を受け取る。

 仕事帰りか何かだろうな。じゃなきゃこんな所にいるはず。

 

「違うよ」

「ん?」

「君に会いに来たの」

「!」

 

 真っ直ぐ向けられたその瞳を俺は知っている。

 覚悟を決めて前に進む時、一花はこの目をする。

 

「てか、なんで家にいないの?」

「は?」

「家に行ったらバイトだって。あと北条さん?って人の所に行ってて夜まで帰らないって」

「母さんか」

 

 俺がここにいる事を知っているのは母さんだけ。

 どうやら場所を聞いてわざわざ来た様子。てか、俺の家行ったのかよ。

 また母さんに色々と聞かれそうだ。

 

「なら、連絡よこせよ」

「あー、それは確かにそうなんだけど。ちょっと私もバタバタしてて勢いで家に行っちゃったから」

「はぁ……来てくれたのはいいけど、俺まだしばらく」

「長尾、どうした?」

 

 このタイミングで北条さん。

 これまた面倒な事に。

 

「こいつが何かしました?」

 

 パッと見、俺が彼女に何かしたのだと思ったのか一応保護者として北条さんは一花に聞く。

 

「あ、違います。私、彼のクラスメイトで。ちょっと彼に用事があって」

「クラスメイト……やっぱり最近の子は大人びているんだな。てか、なんだよ。長尾、予定あったなら言え」

「無かったですよ」

 

 俺だって彼女がここに今いる状況にまだ追いつけてないんだから。

 

「ごめんなさい。私が彼の予定も聞かずに押しかけただけで」

「まったくだ」

「ハッキリ言われるとそれはそれでアレなんだけど」

 

 しおらしい態度かと思ったら俺の横っ腹を突いて来やがった。

 

「……君さ。ちょっとあの辺、立ってもらえるか?」

「え」

 

 北条さんは一花を見る目、それは何かひらめいて燃え上がる時のあれだ。

 

「あ、北条さん! 彼女、一応事務所入ってて」

 

 俺は慌てて北条さんに一花について話す。

 

「え、あ、そうなのか。そりゃあれか」

 

 若手とはいえ事務所に入っている訳だから無許可で撮影するのはさすがに北条さんもダメな事は理解しているようでそれを聞いて肩を落とす。

 

「……えっと、写真撮るんですか?」

 

 一花は北条さんのカメラを見ながら伺う。

 

「あぁ、クリスマスイルミネーションで賑わう街並みをね。ちょっと君があの辺立ってる図が良さそうだなって。イルミネーションにフォーカスあてるから君の顔はハッキリとは写さないけど」

 

 イルミネーションの周りは賑わっているが、北条さんが指示したのはそこから少し離れ、人混みも少ない一角。

 

「……後ろ姿だけなら、いけるかも」

 

 一花は少し考えた素振りを見せるとそう答えた。

 

「は? お前、だとしてもだな」

「たまたま通りかかって撮られたならどうしようもないし」

「いや、そうじゃないじゃん」

 

 ガッツリ構図指示されてたじゃん。

 

「いや、撮るならしっかり許可を貰おう。そこはしっかりしとくべきだ」

 

 そう言うと北条さんは一花に事務所に連絡してもらうようにと頼み、一花はあの社長に連絡をする。

 

「はい、はい。あ、じゃあ代わりますね。あの、社長が直接話したいって」

「わかった」

 

 そうして北条さんとあの髭の社長が直接交渉しているのを俺はただ見ていた。

 

「良いのかよ」

 

 俺は俺の隣に来た一花にそっと聞く。

 

「これも経験だと思えば。ね? セージ君も撮るの?」

 

 一花は俺のカメラへと視線を落とす。

 

「俺はギャラ払えないぞ」

「出世払いでもいいよ?」

「なんだそれ」

 

 そんなやり取りをしている間に北条さんは社長と話を付けてきた様子。

 

「許可をもらった。それじゃ、少し良いかな?」

「はい」

 

 すると一花の顔がクラスメイトの中野一花から女優の中野一花へと変わるのがわかった。

 

「難しい事は考えなくて良いよ。そうだな。通りかかったら偶然綺麗なイルミネーションに出くわしたみたいなくらいの感覚」

「わかりました」

 

 北条さんの指示を受け、一花は雪が舞う中、歩いて行く。

 そしてふとした時に立ち止まり、イルミネーションへと視線を向ける。

 

「っ」

 

 顔はほとんどわからない。

 でも僅かに見える横顔に俺は思わずカメラを持つ手に力が入る。

 

「長尾、お前も撮っていいぞ。お前のは雑誌に載る訳じゃない。ま、良かったら検討もするが」

「ですけど」

「撮りたいと思ったその時がシャッターチャンスだ。いいよ! それじゃ、何枚か良いかな?」

「はーい」

 

 そうして何枚か撮るのだけど、その度に彼女は違う表情を見せていく。

 そんな彼女を見て改めて女優なんだと俺は彼女に目が離せなかった。

 

「よし、じゃあ。次ラスト」

 

 俺はその間、一度もカメラのシャッターを押すことはなかった。

 ただ、北条さんの最後の一枚が撮り終わり「オッケー! 戻ってきて!」と声を掛けられ一花がこちらに振り返り戻ってくる姿に思わず俺はカメラを一花に向けていた。

 白い雪が舞い、イルミネーションの光で照らされた彼女の笑顔はとても綺麗だった。

 

「へー、良い写真じゃないか。ちょっとあとでデータ送れ」

「北条さん」

 

 俺が撮ったばかりの写真を確認していると横から北条さんがのぞき込む。

 そして俺の頭が乱暴に撫でるとそう言ってくれた。

 

「あー、今撮ったでしょ?」

 

 それに気付いた一花は俺の方へと駆け寄ってくる。

 

「……一枚だけな」

「見せて」

「……ほらよ」

 

 あまり見せたくないが、今更だしなと俺はその一枚を一花に見せる。

 

「はしゃいでいる子供みたい」

「高校生はまだ子供だろ。けど、良い笑顔だと思うぞ」

 

 実際、その笑顔に思わず俺も一枚撮ってしまったわけだしな。

 

「……ありがとう」

 

 俺の言葉に一花は小さくそう言ったのが聞こえた。

 

「中野一花さんだっけ」

「あ、はい」

 

 北条さんは俺達の元へと歩み寄ると一花の名前を再度確認する。

 

「活躍、楽しみにしてるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 一花は少し照れくさそうに頭を下げた。

 

「長尾、ここまでで良いぞ。彼女を送ってやれ」

「え、でも」

「そもそも、お前に会いに来てくれたんだから。ほら」

 

 俺は北条さんにドンッと背中を押される。

 何を言っても無駄な気配に俺は息を吐くと白い息が浮かぶ。

 

「あ、その前に寄り道いい? 私、チキン担当だから」

「は?」

 

 そう言う一花のあとを着いていくと俺が母さんに取りに行くように言われてた店に着く。

 

「え、予約分のみ」

 

 店先の看板には本日予約分のみの取り扱いの文字。

 

「うっそ、五月ちゃんここのチキンが評判だからって楽しみにしてたのに」

「クリスマスは数確保する為にそうしてるんだろ」

 

 チェーン店ならまだしも個人店ならそういう事もあるだろう。

 チラリと一花を見ると「どうしよう」と顔を曇らせている。

 

「……ちょっと待ってろ」

「え」

 

 とりあえず俺は母さんに頼まれてた分を受け取る。そしてその報告を母さんにするのだが。

 

「あー、母さん。足滑らせてチキンばらまいてダメにしたからさ。コンビニでもいい?」

「へ?」

 

 一花の視線は俺の手にある出来立てのチキンへと向けられる。

 

「てか、こんな量いらねえって。うん、じゃちょっと帰り遅くなるわ」

 

 そうして通話を切り、俺は一花に持っていたチキンの袋を渡す。

 

「まぁ、写真一枚のギャラとしては釣り合ってるのかわからないけど」

「でも、これはセージ君の」

「そもそも二人分にしちゃ量多すぎる。コンビニくらいが丁度良いんだよ。我が家は」

 

 自分でも照れ隠しなのは理解しているし、きっと一花もわかっている。

 からかわれる覚悟で一花の反応を待つと何も言わずに俺に笑った。

 

「……ありがとう。それじゃ、このまま配達もよろしく」

「え?」

「写真一枚のギャラ」

 

 どうやら配達料金も入る様子。

 仕方ないか。

 

「……中には入らないぞ」

 

 そもそも俺、出入り禁止だし。

 

 それから俺達と同じようにクリスマスのご馳走を持った人達が多く行き交う駅へと向かう。

 

「うわ、混んでるね」

「……ほら、こっち」

 

 車内は混み合っていて俺はとりあえず一花が潰されないようにスペースを確保する。

 

「なんか、私たちってよくこの距離感になるね」

「あー、だな」

 

 花火大会と林間学校。確かにこれで三度目だ。

 三度目だからもう慣れたなんて事はなく、俺は適当な場所に視線を移し目的の駅までそうしていた。

 そして俺達は見慣れた街並みに戻ってきた。

 

「おい、どこ行くんだよ」

 

 一花はマンションとは違う方向へと歩き出した。

 そういや、俺に会いに来た理由聞いてなかったな。

 やっぱ、プレゼント交換だよな?

 渡す場所に気を使ってんのか?

 

「ねぇ、セージ君」

「ん?」

「カメラは北条さんがきっかけ?」

 

 雪が舞い道路が白く染まる中、先を歩く一花は俺に聞いてきた。

 

「きっかけは……違う」

 

 俺の脳裏に彼女が浮かぶ。

 彼女のたった一言に単純な俺は家にあったデジカメで撮り始め、勇也さんにお願いしてカメラに触れさせてもらうようになった。

 

「あの人は色々な意味で先生ってところかな」

「うん、慕ってるのすごく見てわかった」

 

 カメラの件もそうだが、他にも北条さんのおかげで助けられた事が多い。

 きっと北条さんに出会わなかったらもっと俺は酷かっただろう。

 

「てか、一花。そろそろ」

 

 もう結構歩いたし、そろそろ一花が俺に会いに来た理由を聞こうとした時だった。

 川沿いを歩いていた俺達とは反対側にクリスマスのサンタの格好した風太郎と中野姉妹が揃っていた。

 

「誠司」

「風太郎、まだバイトの時間だろ」

「いや、店長がもう上がっていいって。それにケーキの配達を頼まれた。お前こそあの後用事って」

「俺は用事が終わって……チキンの配達」

 

 そこで俺は一花が俺の元に来た理由を察し彼女を見るとニッコリと笑っていた。

 最初から俺と風太郎を集める為って訳だ。

 

「見て下さい」

 

 すると五月は俺と風太郎に紙を一枚見せる。

 

「この人が新しい家庭教師です」

 

 それは新しい家庭教師の履歴書。

 男性、65歳、東京の大学出身の元教師。

 家庭教師としては最適の人だろう。ただ、めっちゃ日焼けしてアロハシャツ、履歴書の写真にピースして写ってるとか気掛かりな部分はあるが。

 

「優秀そうな人で良かったじゃないか。見た目は怪しいがこの人ならお前達を赤点回避まで導いてくれるだろう」

 

 風太郎も俺と同じ感想の様子。だが、履歴書を手にしているその手が強く握られるのが見えた。

 

「いいの? このまま次の人に任せて私たちを見捨てんの?」

 

 見捨てるか……か

 そう見えて当然ではあるが、まさかその言葉が二乃から出るなんてな。

 むしろ、喜んでいるんじゃないかくらい思ってたが。

 

「俺は二度のチャンスで結果を残せなかったんだ。次の試験だってうまくいくとは限らない。だったらプロに任せるのが正解だ」

 

 風太郎の言葉を隣で俺も頷く。

 そもそも学生に同級生の家庭教師をさせるって事があれだった。

 

「これ以上、こちらの身勝手にお前らを巻き込めない」

 

 すると二乃が俺達へと詰め寄る。

 

「あんたらはずっと身勝手だったわ。そのせいでしたくもない勉強させられて必死に暗記して公式覚えて」

 

 そうだな。

 二乃が一番最後までアレだった。

 いや、最後は勉強を教えたがそれも嫌々だったろう。

 

「でも、問題解けたら嬉しくなっちゃって……ここまでこれたのは全部あんた達のせい」

「は?」

 

 なんだよ。

 段々こいつの発言が無茶苦茶に聞こえてきた。

 だって、さっきまでは勉強させられてって話で。それなのに問題解けたら嬉しい?

 ここまでこれたのは俺達のせい?

 めちゃくちゃだろ。

 

「だから! 最後まで身勝手でいなさいよ! 謙虚な姿なんて気持ち悪いのよ!」

「……悪い。でも、もう戻れないんだ」

 

 俺も風太郎と同意見。

 そう、俺達はもうその権利を捨てたから。

 

「お前らの家に入るのは禁止されてる」

「それが理由?」

「そういう訳だから、とにかくマンションの前まではこれ届けに行くから行くぞ」

 

 一花の問いにそう答えて俺は今度こそマンションへの道へと向かおうとしたが、俺の持っているチキンを一花は取り上げた。

 風太郎の持っていたケーキは三玖が。

 

「チキンの配達ご苦労様」

「フータロー、お疲れさま」

「ちょっと、まて」

「そうだ。まだ」

「ここだよ」

 

 一花の視線は俺から横へと向いた。そこにあったのはアパート。

 

「は?」

「借りたんだ。私だってそれなりに稼いでるんだから」

 

 俺はどういう事だよと一花を見ると何でも無い事のように一花は言う。

 そして未成年だから契約したのは別人ではある事と中野先生には事後報告ではあるが伝えた事を俺達に説明した。

 

「今日から私たちはここで暮らす」

 

 一花は真っ直ぐ俺を見る。

 今日会った時に向けたあの瞳で。

 その覚悟の意味を俺は今理解した。

 

「バカか。今すぐ前の家に戻れ。こんなの間違ってる」

 

 風太郎の言うとおり、わざわざ彼女達がここまでする理由はない。だけど、目の前の一花を前に俺は何を言おうともう無駄だという事もわかってしまっていた。

 

「言いましたよね。大切なのはどこにいるではなく」

 

 すると四葉の手にはあのマンションのカードキーが五枚分。

 

「五人でいることなんです」

「マンションのカードキー! やりやがった!」

 

 投げ捨てられたカードキーを風太郎は目で追う。

 

「風太郎! 足下!」

 

 それによって風太郎の体が後ろに傾き雪で足を滑らせた。

 俺は急いで風太郎に気付かせようとしたが遅く、そして風太郎は後ろの川へと落ちた。

 

「っ」

 

 俺は背負っていたカバンを投げ捨て川へと飛び込む。

 落ちたショックなのか呆然としている風太郎を水中で見つけ、その服を掴み水上へと引っ張ろうとした瞬間。

 俺の目の前には中野姉妹がいた。

 

「ぷは! お前らまで飛び込んでんじゃねえ! 冬の川だぞ!」

「フータロー! セージ! 大丈夫?!」

「長尾君の言うとおり、全員飛び込んでどうするんですか?」

 

 と言ってる五月もなんで飛び込んでんだよ。

 すると三玖が俺達の元へとやってくる。

 

「たった二回で諦めないでほしい……今度こそ私たちはできる。二人とならできるよ。成功は! 失敗の先にある! でしょ?」

 

 その言葉に風太郎はハッとした様子。すると風太郎の近くに何かが漂っているのが見えた。

 どこかで見たような筒状の物。

 風太郎はそれに気づき手を伸そうとする。

 

「二乃!」

 

 すると四葉の慌てた声が聞こえ、俺も風太郎もそっちへと視線を向ける。

 この寒さで二乃の体がうまく動かない様子。それを見て風太郎は伸した手をグッと握って二乃の方へと向かった。

 俺はとりあえず、他の姉妹を一人ずつ川から上がらせる。

 二乃を上がらせ、最後の風太郎に俺は手を貸すとその顔はどこかスッキリしているように見えた。

 

「なんだか……お前らに配慮するのも馬鹿らしくなってきた」

 

 そして風太郎はあの履歴書を手にすると真っ二つに破く。

 

「俺もやりたいようにやらせてもらう。俺の身勝手に付き合えよ。最後までな」

 

 どうやら風太郎は身勝手を貫くようだ。

 

「長尾君は……どうなんですか?」

 

 風太郎の家庭教師復帰に表情を緩ませた姉妹達だったが、それはすぐに消え五月を先頭に俺へと視線を送る。

 

「悪いな。俺は引かせてもらう」

「っ」

「俺は元々、無理矢理家庭教師になった身だ。そう、俺は」

「部外者」

 

 俺が言いたい言葉を先に言ったのは二乃だった。

 

「えぇ、そうよ。部外者だわ。ううん、部外者だった」

 

 すると二乃は俺に詰め寄りびしょびしょの俺の胸元を掴んだ。

 

「人の家で寝泊まりして一緒にご飯食べて、さらに勝手に料理なんてして振る舞って……そんなのね! 部外者なんて言わないわよ! あんたももう! 立派なあたし達の枠に入ってんの!」

「……二乃」

「悪かったわよ。部外者なんて言って」

 

 胸元を掴んでいた手を離すと二乃は小さく謝罪の言葉を言ってきた。

 

「そうです! 同じ釜の飯を食う仲です! 長尾さんは部外者ではありませんよ!」

「ゲームをやった仲でもある」

「女の子の部屋にも入ったしね」

「それに、私にとって家庭教師になる前から長尾君は私に勉強を教えてくれましたよ」

 

 好き勝手言いやがって。だけどそんな好き勝手言う姉妹の言葉に俺は気持ちが揺らぐ。

 

「誠司」

「風太郎」

 

 風太郎は俺へと手を差し伸べる。

 

「俺の身勝手でお前に付き合ってもらって悪かった。でも、きっと俺だけじゃこいつらは無理だ。でも、お前がいれば」

 

 俺はその差し伸べる手から視線をそらす。

 

「前にも言ったが、お前は俺を過大評価しすぎなんだよ。俺はもうお前よりも勉強が出来るわけじゃ無い」

 

 そう、俺がいなくても風太郎だけでどうにかできる。

 

「お前が思っているようなやつじゃない! 俺はもう」

「勉強なら確かに俺の方が上だ!」

 

 風太郎の堂々たる宣言に一瞬空気が固まると中野姉妹揃ってため息を吐く。

 

「あんたね」

「あなた、そこでそれを言いますか?」

「フータロー君」

「フータロー……それはない」

「上杉さん、超絶空気読めてないです」

「まぁ、勉強はお前が上ってのは事実だが」

 

 なーんか気が抜けたな。

 俺は濡れた前髪をかき上げる。

 

「と、とにかくだ! 勉強は誠司より上だが、他は全然だ。好き勝手やる長女の面倒と俺を無視する五女はお前任せだったし、二乃が認める料理の腕も三玖のゲーム相手も四葉と渡り合える体力もない。林間学校でも俺が好感度上げる時もお前がいなきゃダメだった。いや、そうじゃないな」

 

 風太郎は頭を振っている。そして少しの間を置くと俺を見る。

 

「俺は誠司と一緒にこいつらに教えるのが楽しかった。だから、また一緒に家庭教師をやりたい! それだけだ!」

 

 その目は俺に勉強を教えてくれと目を輝かせているあの頃と重なった。

 楽しかったか。

 そうだな。楽しかったんだ。

 

「……はぁ、なんか風太郎の言うとおり馬鹿らしくなった」

「え」

「なんか俺だけくそ真面目に考えてるみたいじゃんか」

 

 必要とされてないとかなんか回りくどい事を考えすぎてしまったのかもな。

 七人で時には悪態言われつつも勉強を見ていたのは確かに楽しかった。

 

「俺も楽しかったからな。久しぶりに勉強教えるのも勉強するのも」

「セージ君」

 

 俺は中野姉妹ひとりひとりに視線を向ける。

 そして深く頭を下げる。

 

「勝手に家庭教師始めて勝手に辞めて悪かった。また勝手を言うがもう一度、勉強を教えたい」

「お願いしたいのは私たちの方ですよ。長尾君」

「よろしくね。セージ君」

「よろしく」

「よろしくお願いします!」

「……頼んだわよ」

 

 五つ子の言葉に俺は力強く頷いた。

 そうして俺の家庭教師復帰が決まったクリスマスイブ。

 

「さよならだ。零奈」

 

 ふと聞こえた風太郎の声に視線を向けると風太郎は川の方を見て寂しそうだがスッキリしたうような顔をしていた。

 

「フータロー、セージ、早く」

「ケーキ食べちゃいますよ」

「四葉、その前にチキンもあるよ」

「おう、でもいいのか?」

 

 中野姉妹に続いて風太郎は彼女達の家へと向かう。

 

「俺らが入ったら、五等分できないぜ?」

 

 そんな風太郎の言葉に中野姉妹は皆笑っていた。

 

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