冬休み中の家庭教師の日。
この日は朝から家庭教師で俺と風太郎も朝早くに中野家へとお邪魔したんだが。
「もうこんな生活うんざり! なんで私の布団に潜り込んでくるのよ!」
「さ、寒くって」
「あんたの髪がくすぐったいのよ! さっぱり切っちゃいなさい!」
「あー! 自分が切ったからってずるいです!」
二乃と五月がまだパジャマ姿のまま、寝癖もついた状態で言い合いしている。
五人姉妹、仲良くひとつの部屋で寝ていたようで朝から賑やかな中野家。
「でも、お布団は久しぶりでまだぐっすり寝られてません」
「四葉はもう少し寝付けない方がいいと思う」
三玖は三玖で片方の頬紅くなっている。そういや旅館の時もなんか四葉とんでもない所まで転がってたな。
「はぁ、新生活始まって早々これか。これだけの騒ぎの中ぐっすり寝てる一花を見習え!」
風太郎の視線に俺もまだ寝ている人物の方を見るが、そこだけ服やら荷物が散乱している。
「いや、見習ったらダメだろ。これは」
なんでこのお姉さんの周りだけこうなるかな。
とにかく、そろそろ起きてもらうかな。
「おい、一花。起きろ」
俺は散乱している物を避けながら一花が寝ている布団へと近づき声を掛ける。
「……むにゃ」
「起きたか。おねー」
俺はすっかり忘れていた。
「あ、セージ、くん」
壁に向いていた体がこちらに向くとふにゃっとした笑みと寝起きだからか若干まだ舌足らずな感じで俺の名前を呼ぶ。
そして布団から出ている白い肌。
「おっはー」
こいつは裸で寝るんだった。
「一花!」
「見ちゃだめ!」
今にも起き上がろうとする一花を五月が止め、三玖が風太郎の視界を手で塞ぐ。
「ていうか……仮にも乙女の寝室に勝手に入ってくんな!」
俺と風太郎は寝室から追い出された。
いや、うん。二乃の言うとおりだよな。
やっぱ俺、あいつらとの距離感が最近バグってる。
気をつけなければ。
そして五人が着替え、ようやく揃ったところで家庭教師開始なのだが。
ひとり、また夢の中へと行こうとしていた。
「一花」
「あ、ごめん」
四葉に肩を揺らされて閉じていた目を開ける。
「先ほどはお見苦しいものをお見せして申し訳ない。それともご褒美だったか、いたっ」
俺は一花の頭にチョップを入れる。
「セージ君ひどーい」
「うるせ。前にも言ったろうが、冗談でもやめろって。その冗談につけ込んでくる野郎だっているかもしれないんだから」
俺はこいつの父親か?と自分でも思うが、俺や風太郎だからあまり反応しないけどクラスの連中の中には冗談の延長線で接触しようとするやつもいるかもしれない。
「……うん、ごめん」
素直に謝るくらいならやめろっての。
「そもそも、冬くらい服着て寝ろ。風邪引く」
マンション暮らしと違って暖房とかも気にして使えないだろうし。
「えっと、習慣とは恐ろしいもので寝てる間に着た服脱いじゃってるんだよ」
なんだそれ。
あれか? 服着て寝ている事に体が無意識に違和感を抱いて脱ぎ出すって事?
「えー、授業中とか大丈夫?」
三玖が心配してそう聞くと一花は「あはは、家限定だから」と答えたが。
「授業中に寝る前提で話が進んでる」
五月のその言葉に風太郎の視線が俺に向けられる。それも鋭い視線で。
「あー、まぁ、寝てる時もあるな」
特に期末試験後はこいつよく寝てたな。
いや、期末試験終わったらほぼ授業ないみたいなもんだったし。
「誠司! お前、一花の隣の席だろう!?」
「いや、それはそうなんだが」
俺が一花を起こさなかった理由としては仕事を頑張っているのを知っているから。
なんか寝かせてやりたいなと。
「フータロー君、安心して。これからは授業に集中できるように仕事セーブさせてもらってるんだ。それにセージ君、私が寝ちゃった時とかあとで教えてくれてたし」
「授業を聞いてりゃ、誠司に無駄な労力使わせずにすむんだ」
風太郎が鬼の顔で一花に迫るのを俺がどうどうと落ち着かせる
「とにかく一花もこれからはそうじゃないって言うし」
「うん。次こそは赤点回避してお父さんをギャフンと言わせたいもんね」
その一花の言葉に他の姉妹達も頷く、
「全員で合格してお二人をお父さんに認めさせましょう」
これは五月だけの想いだけじゃないようで他の姉妹の目も気合いが入っていた。
風太郎を見ると少し顔が緩んだのがわかった。
「てか、そんなに嫌われたのか? 俺達」
「俺は心当たりがありまくるが、誠司は一体何を」
「まぁ、なんというか恩を仇で返すみたいな」
よくよく考えればお世話になった先生に向けて失礼な事を言ったよな。
あの時は俺も色々ありすぎて自分がセーブ出来なかったとはいえ、少し反省もしている。
けど、やっぱり先生はもう少し娘達と接するべきだと思う気持ちは変わってはいない。
「とにかく始めるぞ! まずは俺らと一緒に冬休みの課題を片付けるぞ!」
「え?」
意気込んでノートを炬燵の上に叩きつける風太郎。しかしその発言に五月は風太郎を見る。
別におかしな事は言っていないけど?
まさか、冬休みの課題という存在を忘れてる?
すると四葉と一花は顔を見合わせて笑う。
「フータロー、セージ」
「あんたら舐めすぎ。課題なんてとっく終わってるわ」
二乃の言葉に五人とも一斉にノートを出す。
俺は四葉のノートを手に取り、中身をチェック。
「終わってる」
「……じゃあ、通常通りで」
こうして七人で炬燵を囲んでの勉強会がスタート。
わからない所があれば俺か風太郎に聞くスタイルで進めていると三玖が風太郎を呼ぶ。
「ここわかんないだけど」
三玖と風太郎は対面で座っている為、少し距離がある。
風太郎はどの問題か確認する為に三玖の隣に行き確認するのだが。
「目の和が奇数になる場合は何通りか」
風太郎は真面目に問題について説明する中、三玖の表情は固くなっているのがわかる。
そういや、期末試験は俺がずっと教えてたもんな。
久しぶりだからドキドキしてるのか? いやはや青春だ。
てか、こういう時ってお節介お姉さんが動きそうだなと俺は対面にいる一花を見るとまた瞼が閉じている。
「おい、一花」
「あ」
俺の声で目を開けるがその瞼は重そうである。
「いやー、ごめん……寝て……ない」
瞼がまた閉じる。
一花が寝ぼすけなのは知ってるがここまでなのは初めて見る。
「なぁ、本当に仕事減らしてるのか?」
俺は隣にいる二乃に聞くと二乃は俺に「ふーん」と何か俺に意味ありげな視線を送る。
「なんだよ」
「別に。あんたの言うとおりよ。本当は前より仕事増やしてる」
「やっぱり」
父親の世話にならない為にも自分の稼ぎでここを借りて、さらに生活費諸々も一花が全部負担しているらしい。
「だからって無理して勉強に身が入らないのは本末転倒だ」
「風太郎の言うとおりだけどさ」
俺達に家庭教師してもらう為にここまでしたとなると俺もあまり強くは言えないところはある。
「あの、私たちも働きませんか?」
すると五月が手をあげて提案する。
勉強の邪魔にならない程度に一花の負担を少しでも減らすために自分達もバイトをするべきではないかと思ったらしい。
そこから風太郎がバイトの面接官のように姉妹達が何のバイトをやるのか聞いてみる。
五月は家庭教師、四葉はスーパーの店員、三玖はメイド喫茶とそのどれもに風太郎は厳しい言葉を投げつける。
「二乃はやっぱ女王様?」
「やっぱって何!」
「四葉、そもそもどんなバイトだ? それは」
いや、今だとそういう女王様喫茶とかあるかもしれんし二乃なら素質ありそう。
けど、二乃ならそういうのよりかは。
「ぐあ!」
俺の背中がバチンと叩かれた。それは隣の二乃から。
「あんた、変な事を考えてたでしょ」
「変な事じゃねえよ」
「じゃ、何考えてたの!?」
「二乃は料理とかできんだからそっちの方だろって思っただけだ! お前の料理美味いし」
「!」
「そうだよね。二乃は自分のお店を出すのが夢だもん」
四葉の言葉に二乃は少し照れくさそうにする。
「へぇ、初めて聞いたな」
「こ、子供の頃の戯言よ。本気にしないで」
風太郎の言葉と視線に本格的に恥ずかしくなったのか二乃は口元を手で隠していた。
「夢……か」
ふと俺は思い出す。
かつて目指していたものを。
けど、あれも子供の頃の戯言。
馬鹿みたく声に出して。でも、言葉にすれば叶う気がしていた。
そしてそれを聞いた君は目を輝かせてくれた。でも、今の俺は。
「ダメダメだな」
「長尾君?」
「あ」
しまった。
声に出してたか。
「とにかく! 仕事舐めんなって事だ! そもそも試験突破すればその問題も全て解決する。その為にも今は勉強! そうだろ!? 誠司!」
「へ? あー、ま、あの家に戻れば金銭面は解決するのは確かだしって、一花?!」
対面の一花が動き出したかと思えば突然、服に手を掛けて上を脱ごうとし始める。
「フータロー!」
「長尾君!」
俺と風太郎の視界が塞がれる。
「変態!!」
完全に冤罪だろ。
「あー、もう! 一花は寝かせよう!」
「誠司!?」
俺はひとつの提案をすると風太郎の視線がこっちに向く。
「こんなんじゃ勉強にもならんだろう。この際だ。しっかり寝てもらった方が逆に良い」
起きては寝て、服を脱ぐ、周りが騒ぐ。このやり取りを何回も繰り返すよりかは一度しっかり一花には寝て貰った方が断然良い。
「確かに。こっちも集中できん」
「てことで。寝室入るぞ」
また脱ぎ出す前に俺は一花を寝室に運ぼうと一花を背中に乗せる。
「なら、四葉が布団用意します!」
「悪いな」
片付けたばかりの布団を敷きに四葉も一緒に寝室へ。
「しかし、これでも起きないとなると相当だな」
四葉が用意してくれた布団に寝かせても起きる気配はなく、むしろ布団の心地よさに深く眠りにつこうとしている。
「一花、お姉ちゃんだからって頑張っちゃうところあるから」
四葉は寝ている一花の前髪にそっと触れる。
「お姉ちゃんって言っても出てきたのが数分早かっただけだろ」
「そうなんですけどね。でも、いつからか一花は私たちの誰よりも大人になってた」
一花を見つめる四葉の目はなんだか寂しそうに見えた。
五つ子、同じように過ごしていても少しずつ変化は生まれる。
一花は大人という変化が他の姉妹よりも早かっただけ。
「あ、でも、一花って昔は私たちの中で一番やんちゃで怒られていたんですよ。ガキ大将って感じで」
「ほぅ、ガキ大将ね」
今じゃ姉妹達の面倒見がいいお姉さんってイメージがあるが、まさかガキ大将とは。
「だけど、これだけは変わらないんです。一花は私たち姉妹のリーダーで、お姉ちゃんだって事は。けど、一人で頑張りすぎないで欲しい」
「……だな」
「おい! 四葉! さっさと戻ってこい! お前は元気あり余ってるだろう!」
隣の部屋から風太郎が来ると四葉のリボンを掴む。
「上杉さん! 引っ張らないで下さい!」
そして四葉は風太郎に連れられて勉強へと戻っていった。
「あれ? 私」
さっきの風太郎と四葉の騒ぎに一花も目を覚ましそうになる。
「ごめん。また」
「今日はもう寝ろ」
「でも……」
「あとで俺が見てやるから」
俺は布団をかけ直し、まるで赤子をあやすようにポンポンと叩く。
「……ごめ……ん」
そうして一花はまた瞼を閉じて眠った。