「ありがとうございました……さてと」
お客様を見送って俺は店の外に出ている【Open】を【Close】へと裏返す。
まだ陽も高く閉店時間ではないけれど、この日の営業はここまでで午後からは映画の撮影で店を貸すらしい。
「店長、とりあえず閉めてきました」
厨房にいる店長の元へ行くと風太郎がなにやら自信満々そうに立っていた。
そしてその前にはパイがひとつ。
「なに? 風太郎が作ったやつ出来たのか?」
「おう、誠司食べてみてくれ」
「やめた方が良いよ」
店長は何か察している感じだが、とりあえず見た目は良さそうだから俺は一切れ頂くのだが。
「風太郎、クリームちゃんと火を入れたか? あと焼きもなんか甘いからか生だ」
クリームは粉っぽさを感じるしパイの生地もサクッとせず。ハッキリいうと。
「おえ」
「そんなにか?」
「ん」
俺は風太郎に一口食わせると俺よりも酷い反応で風太郎は口に入れた物を吐き出した。
「厨房に入れるのはまだまだ先だね。片付けて早く帰ってね。あ、撮影の見学するなら別だけど」
「いえ、興味ないので」
「俺も同じく」
早く帰れるなら帰りに中野家寄って行こう。
一花の様子も気になるし、ずっと渡せてない毛利さんからの預かり物もあるしな。
「とりあえずこいつを」
「あ、風太郎。それ捨てるのストップ」
風太郎がパイを片付けようとするのを止める。
「焼き直しすればどうにかなるかもしれないからな。俺がもらうわ」
「けど」
「いいからいいから。ほら、お前は着替えてさっさと帰れ。久しぶりにガッツリ自分の勉強出来る時間だろ」
「まぁ、そう言うなら誠司に任せる」
そうして風太郎から生焼けパイを受け取り、風太郎が帰るのを見送る。
とりあえず店長にオーブン借りられるか聞いてみようとフロアへと行く。
「店長、オーブンを」
「失礼します。今日はよろしくお願いします」
「あ、来た」
やべ、もう撮影の人達来ちゃったじゃん。
スタッフに続いて出演の女優さん達からも挨拶される。とりあえず、邪魔にならないようにまた厨房に。
「よろしくお願いしまーすぅ」
また一人、入って来たなと出入り口の方を見るとそこにはよく知る女優さんがいた。
ただ、いつもと違い髪を上の方で二つ結びしセーラー服。寒いから待機の間は厚手のコートを羽織っている様子。
「!」
俺に気付き顔を紅くして驚くよく知る女優さんこと一花。
その間にスタッフさん達が機材をどんどん店に搬入していく。
「ふぅ……よろしくお願いしまーす」
女優モードで俺の横を通り過ぎ、メイクさん達の方へと行く。
「店長、やっぱ少し見学しても良いですか?」
「ん? 長尾君は興味あるのかい?」
「まぁ」
二乃の言うとおり、仕事増やしてやがったか。
仕事場では多分大丈夫だろうけど、昨日の状態を見ているからか俺は少し様子を見ていく事にした。
「しかし、よく撮影許可しましたよね。冬休みなんて書き入れ時なのに」
「ふふ、この頃は糞パン屋にお客取られてるからね。もしこの映画がヒットしたら聖地としてファンが押し寄せるに違いない」
あ、そういう事。
そしてそのアピールの為に提供するパイに店名の入ったピックを刺すという作業を手伝っている間にも撮影現場の準備が出来たのかリハーサルへと入っていた、
「それではシーン37の4」
北条さんの手伝いで女優さんやモデルさんがいる現場に何度か入れてもらった事はあるけど、映画となるとまた別世界だな。
そして「アクション!」の言葉と共に始まる。
「ここのケーキ屋さん一度来てみたかったのです~」
普段の一花を知っていると今回は随分とかけ離れた役みたいだ。
「店長、たしかホラー映画って」
「そう聞いたけど」
一花の役を見る限りその気配はまったく感じないのだが、この映画大丈夫?
「う~ん、タマコには難しくてよくわからないのです~」
そういえば、こうして本格的に演技見るの初めてかもな。
出ている映画も結局観てないし。その映画は序盤ですぐ退場したとは聞いたが。
クリスマスイブの時はその片鱗は見えたが、セリフとかある訳じゃ無かったし。
「どうだい? 一花ちゃんは?」
「ん? あ、社長さん」
「久しぶり」
俺の隣にスッと来た人物は一花の事務所の社長さんだった。
大きな事務所じゃないとしても社長自ら現場に来るってかなり期待されてるのでは?
「えっと、クリスマスイブの時は突然彼女をお借りしてすみません。とても助かりました」
「あー、いいよ。一花ちゃんにも良い経験だし写真も良かったからね。特にあの笑顔の写真はとても評判良くてね」
社長さんがいうその笑顔の写真とは俺が唯一撮った一枚。
北条さんにデータを渡したらなんと会議の際にその写真も採用される事になったらしい。
その一枚が一部話題になったとか。
「今度は一花ちゃんメインで撮って欲しいね」
社長さんはウィンクして笑う。どうも苦手なんだよな。この人。
てか、俺に言われてもそういう話は北条さんに直接してくれ。
「しかし、君がカメラマンのアシスタントやっているとはね。これからも縁がありそうだ」
「無いと思いますけどね。一花はモデル目指している訳じゃ無いですし」
「映画の宣材で撮る機会とかもあるかもしれないよ? それに映像、写真と仕事はもちろんだが、役としても幅広く演じられると私は信じていてね。今回もそれを信じて一花ちゃんにやってもらっている」
女優としたら幅広くやれた方が良いだろうな。
俺は一花の方へと視線を戻すと一花と視線が合った。
すると彼女は一度中断を申し出て撮影は中断。一花は俺の方へと来たかと思えば。
「店員さん、お手洗い案内してくれませんか?」
「え? あー、それなら」
俺が口頭で説明しようとしたが「ちょっと来て」と小声で言われ俺は店内のトイレではなく従業員が使う裏へと案内する事にした。
そして誰もいない事を確認すると一花は俺を壁に追いやり世間で言う壁ドンをしてきた。
「セージ君」
「どうした?」
「恥ずかしいから見ないでくれるかな?」
今日会った時以上に顔を紅くして俺を睨むようにしてそう言ってきた。
「恥ずかしいもんじゃないだろ。正直驚いたのは事実だけど、真剣なのは見てわかる。違うか?」
「それは……」
「てか、仕事増やしてるだろ?」
その俺の問いに一花は申し訳なさそうに「ごめん」と言った。
「セージ君の言う通りで仕事増やしてて……貯金が心もとなくて。あの子達の為にも私が頑張んなきゃだからどんな小さな仕事でも引き受けるって決めたんだ」
「たく、謝る事なにひとつないっての。姉妹達の為もあるだろうが、一花のやりたい事なら応援する。そう言っただろうが」
「……君はいつもそうだね」
「ま、俺のせいで集中できないなら見ない」
それで一花の評価悪くしたくないしな。
「……ううん、やっぱり大丈夫。このくらいで恥ずかしがってたらダメだよね」
切り替えが出来たのか一花は先ほどの照れた様子はすっかり消えて撮影場所へと戻っていった。
そこから何回か食べるシーンと撮っていく。
写真もそうだけど、1シーンにいくつも撮っていくんだな。
「あ、こちらのパイ。もう1テイク使わせて頂きますね」
「どうぞー」
スタッフさんがまたパイを一花の前に持って行く。
ふと、そのパイに店名の入ったピックが刺されてない事に俺は気付く。
「やばい」
俺があとで焼き直すからとそのままにしてたやつだ。
あんなの食べたら演技なんて。
「う~ん、おいしいのです~」
一花ことタマコちゃんはあのパイを食べると頬に手を添え満面な笑みでそう答えた。
その演技に監督も大絶賛。
そして、きりの良いところで休憩に入る。
「参ったな……」
その間に俺は先ほどのパイを焼き直す。それが焼き終わったら退散しよう。
さすがにずっと見てるのも一花に悪いしと俺は店の制服から私服に着替える。
「そうだ。ついでに渡しておくか」
カバンに入れていたあの封筒の事を思いだし、店内を見渡すが一花はいない。
「あ?」
ふと床に台本が落ちていて拾うと中野一花と書かれている。
「あいつ」
台本も雑に扱うのはさすがにダメだろ。
そして近くにいた社長さんに聞いて一花いる場所に向かう。
普段は順番待ちで座って貰っている一角に一花はいた。周りには誰もいなく一花はペンを持って何かと向き合っている。
スッと覗くとノートを広げ数学の問題を解いていた。
「問五、間違ってる」
台本を一花の頭に乗せ指摘すると一花はまた照れくさそうにした。
「見られちゃった」
「隠す必要ないと思うけど?」
「こういうのは陰でやってるのがかっこいいんだよ」
とりあえず俺は一花の隣に座り改めて台本を渡す。
「台本、いいのか?」
「そっちは覚えたから。実は序盤で呪い殺されるから出番少ないんだ」
「そんな役ばっかだな」
そんなのばっかやってたらそういうイメージついてしまうんじゃないか?
と、俺が心配してもどうしようもないか。
それより忘れる前に俺はカバンから例の物を出す。
「これ、毛利さんから……えっと林間学校で写真撮ってくれた人いたろ」
「あぁ、男女二人の」
「終業式の日に届けに来てくれたんだ。一花は先帰ってたから預かってた」
「そっか。ありがとう」
一花は封筒を受け取ると中身を確認する。
「はは、セージ君、間抜けな顔してる」
「お互い様だ」
あの時、不意打ちに撮られた物しかないからな。
とは言いつつ、一花はその写真を大事にまた封筒に戻すとカバンにしまった。
「それより、ここのケーキ大丈夫? なんというか個性的っていうか」
やっぱり美味しくなかったよな。
俺も食べたからよくわかる。
「あー、あれは色々あってな。現在、美味しくなるように調理中だ」
「なにそれ」
「けど、ありがとうな。うちのイメージダウンも回避出来た。しかし、すごいな」
確実に女優として前を進もうとしている一花に俺は素直な感想が口から出た。
「自分のやりたい事がしっかりわかってて、その為に進んでる」
かつての俺もそうだったはずなのにな。
けど、俺は足を止めてしまった。
だからなのか今の一花が素直に羨ましい。
「俺も、そうありたかったのにな」
って、やばい。
またうっかり余計な事を言った!
俺は慌てて手で口を抑え言い訳を考える。
一花の事だから何か聞いてきてもおかしくない。それか俺の様子を察してあえて流すかのどちらか。
俺は一花の様子を伺おうと隣へと視線を移そうとした瞬間、肩に重みを感じる。
「寝てる?」
瞼は閉じられて俺の言葉にも反応はない。
昨日もそうだったけど、やっぱり疲れてるんだな。
「やりたい事なら応援する。その気持ちは本当だけどさ。あんま無理すんなよ」
肩にある一花の頭にそっと触れ起こさないようにゆっくりと撫でる。
「お疲れ。一花」