家庭教師と友人A   作:灯火円

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 二月に入り、今日も家庭教師へと来ている訳だが。

 

「ここでは作者の気持ちを答えると言うより読者のお前らが感じたことを書くわけで」

 

 今日は国語の文章問題に取りかかる予定だったがのだが。

 

「えーっと私が感じたことってなんだろう……」

 

 三玖の筆はずっと止まったまま。けれど、それは三玖に限ったことではない。

 四葉は一応手を動かしてはいるが、他の姉妹達の手も止まったまま。

 こりゃ、集中力の限界かな。

 ここまで中野姉妹はよくやっていると思う。

 だが、気持ちとは裏腹に疲労の蓄積がここに来て出てきたのだろう。

 

「むむむ」

 

 風太郎はどうしてだ?という感じだな。

 そういや、風太郎はあまりこういうのに直面しなかったもんな。

 風太郎の場合、最初こそ勉強という行為に慣れない様子だったが、目標が出来たからか粘り強く勉強してたからな。

 だから、風太郎の時とはやり方を変えなければいけない。

 

「……明日はオフにしよう」

「誠司? しかしだな」

「風太郎、このままじゃ効率が悪くなる一方だ。完全オフ日で勉強から引き離し、一度リフレッシュした方がいい。お前がこの間買った本にも書いてないか?」

 

 風太郎がここ最近読みふけっている本、それは『良い教師になる為のいろは』という一冊の本。

 俺も少し目を通したが、そこには詰め込みすぎは逆効果という事も書いてあった。

 

「なるほど。そうだな」

 

 そうして明日は完全オフ日として決定した訳だが勉強から一切離れる為に俺はある場所を提案した。

 その場所は非日常を感じられる遊園地。

 

「休日デートにここを選ぶなんてセージ君もベタだね」

「こんな男女比率があれなデートがあるかよ」

 

 いつものようにからかってくる一花を適当にいなしつつ姉妹の反応を見る。三玖はデートという言葉に風太郎に視線を送ってる。

 二乃と五月は久しぶりという事もあって楽しみの様子。

 

「……」

 

 意外というかこういう場では一番に駆け出しそうな四葉はジッと上を見つめている。

 視線の先には観覧車。

 観覧車好きなのか?

 

「今日だけは勉強の事を忘れる事を許そう。思う存分羽根を伸せ」

 

 風太郎の号令と共に遊園地のアトラクションを堪能する姉妹達。

 俺は引率の先生のごとく付き添うようにして後ろを歩いていると四葉が三玖に耳打ちしてどこかへと行ってしまった。

 トイレか?

 三玖は特に待つ様子もない所を見ると四葉が先に行って欲しいとか言ったのだろう。

 

「風太郎、三玖達と先に行っててくれ」

「あ? あぁ」

 

 四葉ひとり残すのもアレだと思い、俺は四葉が行った方向へと向かう。しかし、四葉が向かったのはトイレではなく観覧車。

 

「一人で観覧車?」

 

 四葉はそういうのが好きなのか?

 とりあえず俺は乗らずに一周するのを待とうと近くのベンチに腰掛ける。

 他のアトラクションに比べたらほとんど乗る人は少ない。

 まぁ、ただ乗って高い位置から眺めるだけだからな。

 夜ならまだ夜景とか見応えがあるだろうが、昼間じゃあまり魅力は感じないのかもしれない。

 俺は俺で持ってきたカメラで観覧車を下から撮ったりして時間を潰す。

 そして一周を終えた観覧車、四葉を出迎えようとベンチから立つが降りてくる数少ない客の中に四葉はいなかった。

 

「見逃した? いや、ずっと出入り口は見ていたからそれはない。もしかして」

 

 俺はまた観覧車を見上げると見覚えのあるリボンが窓から見えていた。

 

「……四葉」

 

 もう一周する四葉の行動に俺は考えを巡らせる。単純に観覧車が好き。それなら俺は何も言えないが。

 

「はぁ、とりあえず確認してみるか」

 

 俺はまた一周する観覧車を眺めつつ、風太郎には疲れたからと適当な理由を言っておいた。

 そしてそろそろまた観覧車が終わる頃。

 

「え、まだ乗るんですか?」

 

 スタッフの声が聞こえる。

 

「混んでる訳じゃないですから構いませんが」

「あ、待ち合わせでーす」

「え? お客様?」

 

 俺はスッとスタッフの横を通り観覧車へと入る。

 

「俺の休憩に付き合ってくれないか?」

「あ、長尾さん」

 

 俺の存在に目を丸くする四葉。そして知り合いだと確認したスタッフはドアを閉めた。

 

「なんで一人で観覧車かと思ったら……勉強してた訳か」

「えっと」

 

 四葉が座っている椅子には現代文の教科書とノート、筆記用具が揃っていた。

 

「私はみんなより体力があるのでまだやれると思ったんです」

 

 俺は四葉の言い分を外の風景を眺めながら聞いていた。

 

「だとしても体力とは別に脳はだな」

「それに私は姉妹の中で一番おバカですから」

「!」

 

 その言葉に俺は視線を四葉へと戻す。

 

「前に言ったよな。自分で自分をバカって言うのはやめろって」

 

 その言葉自体、気持ちをマイナスへと持って行くからと出会ったばかりの頃にそう言って少なくともこれまでその発言は俺の耳には入ってこなかった。

 

「でも、事実ですから。長尾さんも上杉さんも知りません。私がどれだけおバカなのか」

「それは転校前の話の事を言ってるのか?」

「!」

 

 四葉の反応からするに図星らしい。

 

「一花から聞いた。前の学校で落第寸前だったってな」

「あはは……では、追試の話も聞いていますか?」

「追試?」

 

 その話までは一花からは聞いていない。

 ただ、前の学校で落第寸前になるほど姉妹は勉強がアレだったとしか。

 

「私たち五人は最後のチャンスで追試を受ける事になったんです。そしてみんなで勉強して再起を図り……」

 

 俺の頭の中で中野先生がどうして四葉だけを名指ししたのか。そして一花が追試の件は話さずにいたのか。

 そして誰よりも必死に勉強する四葉。

 それを踏まえ俺はある結論へとたどり着く。

 

「四葉だけが、落ちたのか?」

「……はい」

 

 笑って肯定した四葉だが、その笑顔はとても痛々しく俺は思わず顔を背けた。

 これで中野先生が四葉の名前だけを出した理由がわかった。

 唯一、追試で落ちた四葉を今回も心配しての事だろう。

 だからってあの場で出さなくてもいいのに。

 

「みんな、私についてきてくれたんです。嫌な顔ひとつせず」

 

 ふと、クリスマスイブの時を思い出す。

 四葉は五人でいる事が大切だとそう言った意味。それは俺が思っている以上に彼女達を縛っている気がした。

 

「もう、みんなの足を引っ張りたくないんです。自分のせいで、みんなが」

 

 そして俺は自分が以前四葉の地雷を踏んでしまっていた事に気付く。

 陸上部の件で俺が赤点を取った四葉の責任を取れるのかと迫った時、四葉が止めに入ったのはいつものお人好しだけじゃない。

 俺が四葉の傷をえぐってしまったんだ。

 知らなかったとはいえ自分の言動の愚かさに俺は思わずうなだれる。

 一花の件とか五月の時もそうだけど、俺って無意識にそうしてしまうところがあるんだな。

 

「それに……これ以上、幻滅……たく……ない、から」

 

 その言葉に俺は顔を上げるとぽろぽろと涙を流し自分の気持ちを吐露する四葉がいた。

 

「四葉」

「ご、ごめんなさい。だいじょー」

「目をこするな。無理しなくてもいい。俺しかいないんだから」

 

 俺はハンカチを出し、四葉の涙を拭うとそのハンカチを受け取った四葉はどうにか息を整えようとする。

 幻滅されたくない。

 その言葉に俺は自分の事のようにも感じられた。

 

「自分が……嫌いになるよな」

 

 俺はまた顔を伏せる。

 

「長尾、さん?」

「こんな自分を見てどう思うんだろうって思うと恐くなる。もしかしたらもうすでに呆れられてるんじゃって。だから、今更頑張ったって意味ないんじゃないかって。でも、これ以上幻滅されたくなくて」

 

 家庭教師として頑張ってるけど、俺はもうあの頃のように目指すものはなくなってる。

 そんな俺をあの子は。

 

「いや、そもそも俺なんか」

 

 彼女は覚えてもいない。

 

「長尾さんはすごいです!」

「!」

 

 突然、頬を挟まれたかと思えば顔を上げさせられた。そして目の前には涙と鼻水でぐしゃぐしゃな四葉がいた。

 

「頑張ってたんですよね。上杉さんに勉強教えて。上杉さんが勉強できる人になってたのも長尾さんがいたからです。だから」

 

 四葉はいつもの天真爛漫な笑顔を俺に見せる。

 

「幻滅なんてしませんよ」

 

 その笑顔と言葉に少しだけ、心が軽くなった気がした。

 

「四葉……顔、ひどすぎ」

「あ、えっと」

 

 すると四葉は俺の頬から手を離し、渡したハンカチで顔を拭う。

 

「とにかく長尾さんは」

「はは」

 

 なんか四葉の顔見てたら色々とどっかいってしまったな。

 

「ありがとう。四葉を慰めてたつもりだったんだけどな」

「長尾さんもダメダメになる事あるんですね」

「結構あるぞ。あんま誰かに見せないけど」

 

 多分、知ってるのは一花くらいだろう。

 一花の場合は見せたというか勘づかれたって方が正しいだろうな。

 

「案外、俺と四葉は似たもの同士なのかもな」

 

 四葉は誰に幻滅されたくないかはわからないが、そういう相手が近くにいるって事だろう。

 

「ん、やばい。さすがにそろそろあれか」

 

 スマホが震えて見てみると一花からだ。

 

「もしもし」

『セージ君、大丈夫? 今どこ?』

「あー、すまん。迷子になってな。一花達はどこにいる?」

『私たちはイートインの所に来てるよ。あ、四葉知らない? あの子まだ戻ってなくて。連絡しても出ないし』

 

 俺はチラリと四葉を見る。

 この状態の四葉に会わせる訳にもいかないよな。

 

「見てないな。とりあえず俺もそっち向かう。その途中で探してみる」

『そう? じゃ、待ってるね』

「あぁ」

 

 そうして通話を切ってため息を吐く。

 四葉の為とはいえ嘘をついた事に少し罪悪感を抱いてしまう。

 観覧車も残り半分、俺は次に風太郎へと連絡する。

 

「風太郎、悪いけど観覧車の所に来てくれ」

「え、長尾さん?!」

 

 四葉の声を無視し俺は風太郎との会話を続ける。

 

「一人、勉強熱心な生徒がいてな。俺はちょっと見てやれないから頼む」

『……四葉か?』

 

 ほう、風太郎にしては察しが良いな。

 

「なんだ。気付いてたのか。なら話は早い。あと五分くらいで降りてくると思うから俺と交代な」

『わかった。一花と五月がお前がいないってうるさいからな』

「そりゃ悪かった。それじゃ頼む」

 

 そうして風太郎との会話を終わらせると四葉は明らかに狼狽えていた。

 

「あ、あの」

「とりあえず、残りの時間で顔をどうにかしろ。あと、一花達にも適当な理由で合流できない事を伝えておけ」

「うぅ、長尾さん、強引ですよ」

「強引に観覧車から降ろして勉強させないようにする事もできるが?」

「……わかりました」

 

 四葉は観念したようでとりあえず顔を整え、残りの時間は手を付けていた四葉の現代文を見る事に。

 

「そういえば、四葉は国語得意だよな」

「得意と言っても他の教科よりはって程度ですよ」

「いや、他の姉妹に比べてもだ。てか、五人それぞれ得意な物が違うんだよ」

 

 五つ子でも結構バラバラなんだよな。

 外見はそれこそ瓜二つならぬ瓜五つなのに。

 そうしているうちに下へと着くと風太郎が待ち構えていた。

 

「んじゃ、頼むわ」

「あぁ」

 

 俺と入れ替わりに風太郎が乗り込む。

 スタッフの人は一体何なんだと言わんばかりの視線を向けるが俺は逃げるようにして一花達の元へと向かった。

 

 

「あ、セージ君」

「おう、悪いな。写真撮ってたら夢中になってた」

 

 聞いていた所へと来ると一花が立ち上がり俺の所へと来た。俺は謝罪と共にカメラを片手にそう伝える。

 

「夢中になって迷子とかアンタもガキね」

「可愛げあるだろ?」

「どこが?」

 

 二乃とそんなやり取りをしつつテーブルにつく。

 

「てか、あんた写真好きなの? 元旦の時とかも持ってたし、それに本格的なカメラだし」

「林間学校の時も撮ってた」

「花火大会もそうでしたね」

 

 そういや、一花以外には話してなかったか。

 

「まぁ、それなりにかな。 カメラマンの手伝いしてたり、それでこのカメラをもらっただけだ」

「カメラマンの手伝いって結構本気じゃないそれ?」

「偶然紹介してもらっただけだ」

「セージ、見てもいい?」

 

 三玖はカメラを指さしそう言ってきたので三玖にカメラを渡すと二乃や五月も群がった。

 

「ほとんど景色ばっかね」

「俺はあんま人は撮らねえの。てか、苦手」

「私たちを撮ったのすごいよかった」

「えぇ、林間学校の写真も吉川君達も絶賛してましたよ。私も二人が作業している時にチラッと見させてもらいましたけど素敵でした」

 

 あの二人って五月のクラスだったのか。

 全然知らなかった。

 

「撮るだけなら誰でも出来るって。俺、腹減ったからなんか買ってくるわ」

 

 俺は少し照れくさくなり適当な理由をつけて席を立つ。

 

「あ、それなら私も」

 

 一花も立ち上がり俺に着いてくる。

 その顔はなんかニヤニヤしてて嫌な予感。

 

「苦手なのに私の事、撮ってくれたんだ」

 

 やっぱりからかいに来やがったか。多分、クリスマスイブの時の事を言ってるんだろう。

 

「綺麗なもんは綺麗だからな」

「っ……セージ君もレベル上げてきたね」

「そりゃどうも」

 

 どうやら上手く返り討ちできたようだ。

 

「正直、撮りたいって思ったのは本当だからな。なんか中野姉妹はそう思わせる」

「……そっか」

 

 そう、何故かこの姉妹にはカメラを向けたくなる何かがある。

 そうして遊園地で休日を堪能したその帰り道。

 風太郎は俺にある提案を持ちかけた。

 その提案に俺も悪くない。むしろ停滞しているこの状況を打破できると考えそれを受け入れる。

 それは五つ子同士で勉強を教え合うというものだった。

 

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