家庭教師と友人A   作:灯火円

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「悪い。遅くなった……て、まーた風太郎は鼻血ですか」

 

 中野家へと少し遅れてくると風太郎は鼻にティッシュを詰めていた。

 

「すまん。セージ、お前の分まで食ってしまったようだ」

「あ?」

 

 そう言って風太郎は空の皿を見せてきた。

 

「えっと、セージの分は」

 

 風太郎の隣にいた三玖が申し訳無さそうに俺の方へと来た。

 俺は少し風太郎から離れた所に三玖を誘導させる。

 

「チョコ、渡せたのか?」

「えっと、渡せたというか。気付いたらフータローが作って置いていたのを食べてて」

「経緯はどうあれ渡せたんだな?」

 

 そう俺が改めて聞くと三玖は小さく頷いた。

 そんな三玖の頭に軽く手を置き撫でる。

 

「頑張ったな」

「ありがとう。でも、フータローは何も感じてない」

 

 嬉しそうにしたかと思えば今度は肩を落とす三玖。

 多分風太郎はいつもの感じでチョコ食べたんだろうな。

 

「あー、それはなんかごめん」

「セージが謝る事じゃない」

 

 ごもっともだが、風太郎との付き合いが長い分、もう少し一般的な男子が興味持つ事にも興味持たせる事が出来た気がしてな。

 

「フータローにとってはただの生徒。それなら生徒を卒業する」

 

 三玖は力強く俺にそう言ってきた。

 

「期末試験、赤点回避する。それで五人の中で一番の成績取って。そしたら」

 

 その瞳に覚悟が宿っているのがわかった。

 中野姉妹、こういう時の真っ直ぐな瞳は本当に皆同じだな。

 

「やっば、寝過ごした。って、あんたら朝からなんでいるのよ」

 

 バタバタと出てきたのは二乃。

 時刻を見ればそろそろ出ないと学校に間に合わない時間だ。

 俺達は急いで学校へと向かう。

 

「そういえば、一花と四葉は?」

 

 少し早歩きで学校へと向かっている途中で二人の姿が見えない事に風太郎は気付く。

 

「一花は今日、朝から仕事だと」

 

 昨日、帰り際に一花は俺にそう言ってきた。その際に「バレンタイン、隣にお姉さんいなくて寂しくなったらいつでも連絡くれていいよ」なんていつもの調子でからかってきやがったが。

 

「四葉は先生の頼まれ事で朝早くに出ないとって言ってました」

「相変わらずのお人よしか」

「まぁ、今回は部活で時間取られてる訳じゃないからまだ良いだろう」

 

 これでまたあの陸上部の連中が無理やりだったら俺も思う所があるけど、四葉が無理していないようなら良いか

 

「あの、長尾君」

「ん?」

 

 前で三玖と二乃と一緒に歩いていた五月が速度を落として俺の横に来たかと思えば、小さな箱を俺に渡してきた。

 

「えっと、日頃のお礼にと思いまして」

「あんま気にしなくて良いんだけどな。けど、バレンタインだしな。有り難く頂きます」

 

 五月から受け取り、俺はカバンへとしまう。

 そうして学校へと着くとすでになんだか学校全体がソワソワとしている雰囲気があった。

 

「なんか、今日騒がしくないか?」

「その騒がしい理由に気付いてくれたら」

 

 風太郎はただ騒がしい日程度と思っている。

 バレンタインだと知ってたらもう少し三玖への反応も違ったはずだよな。

 中野姉妹と風太郎と別れ教室に入るとクラスの女子達は友チョコというやつを交換していた。

 

「はい、長尾君にもあげる」

「あー、ありがとう」

 

 その流れで女子からスーパーで売られている大袋に入っているチョコをもらい、席に着くと浅井と朝倉が寄ってきた。

 

「友チョコ文化はありがたいよな」

「彼女とかいない俺達にも少しは恩恵あるからな」

 

 どうやら二人も俺と同じくおこぼれの友チョコをもらったようだ。

 

「けど、格差が目に見えるのが辛いよな」

「武田君! チョコあげるね」

「私も」

「ありがとう」

 

 浅井の視線の先には複数の女子からチョコを受け取っている男子生徒がいた。それは同じクラスの武田。クラスにひとりはいる中心になる生徒だ。

 

「しかし、中野さんまだ来ないのか?」

「クラスの男子共が一番気になってるからな」

 

 そういや、なんかやたら今日は一花の席の周囲に人がいると思ったらそれか。

 今日来ないって事を俺から伝えるのは色々と聞かれそうだから黙っておくけど、休みと知らされた時、おそらく教室はため息に包まれるんだろうな。

 転校生というブランドの効力がなくなっても一花は人気だからな。

 そして案の定、一花の休みを聞かされてため息が教室に響いた。

 

 

「中野さん、なんで休みなんだ?」

「前田、何故俺に聞く」

 

 休み時間、前田が俺の所に来たかと思えば一花が休みの理由を聞いてきた。

 

「いや、だって仲良いだろ? 色々と聞いてるみたいだし」

 

 そういや、林間学校の時に一花の事情をやんわり伝えたっけな。

 ただ、一花が女優についてまだクラスの連中にも話していないなら俺から言うのも違うからな。

 

「それより、お前に用事ありそうだぞ」

 

 そう言って俺は視線を前田の後ろへと向ける。そこには松井。

 

「っ……ちょっと行ってくる」

「はいはい」

 

 順調そうで何よりだ。

 そんな甘い匂いと騒がしい空気の教室から逃れるように俺は図書室へと向かう。

 

「あ、長尾君」

「ん? 毛利さん」

 

 廊下を歩いていると毛利さんと出くわした。

 あれから会えば挨拶を交わし、少し話す程度の仲にはなっている。

 

「そうだ。ちょっと待ってて」

 

 そう言って彼女は自分の教室へと入っていく。言われた通り待ってるとすぐに戻ってきた彼女は俺にポイッと何か投げてきた。

 

「会ったのも何かの縁だからあげる」

 

 それは赤い包装のウエハースをチョコでコーティングしたお菓子。

 時期的に受験シーズンだからかきっと勝つという縁起担ぎの言葉が印刷されている。

 

「ありがとう」

「うん、じゃあね」

 

 そう言って彼女はまた自分の教室へと戻っていった。

 彼女が人気なのはなんとなくわかる気がしつつ、俺はそれをポケットに入れた、

 それ以降、誰かにチョコをもらう事もなく平穏な時間を過ごした。

 そして放課後、家庭教師もバイトもなくこのまま真っ直ぐ帰ろうと昇降口に来ると朝見掛けなかったリボンが目に入った。

 

「四葉」

「あ、長尾さん!」

「その両手にあるの。チョコ?」

 

 四葉の両手には紙袋があってその中身はチョコを中心としたお菓子類。

 

「いやー、みなさんがくれたんですよ。日頃のお礼とかで」

「あー、なるほど」

 

 お節介、お人好しの四葉だから色々な人をこれまで手助けしてたのだろう。

 その絶好なお礼のチャンスがバレンタインというわけだ。

 

「男子よりモテモテだな」

「照れますな」

 

 しかし、本当に男よりも貰ってるんじゃないか?

 日頃の行い様々だな。いや、四葉は見返り求めてやってた訳じゃないが。

 

「うし、一緒に帰るか」

「あ、はい。え」

 

 俺は紙袋のひとつを持って四葉を待つ。

 

「長尾さん、いいですよ。それは私が」

「はい、出発」

「あ、ずるいです!」

 

 俺は先に昇降口を出ると四葉は慌てて俺を追いかけて奪い返そうとしたが、俺は手を高く上げて取られないようにする。

 四葉は何度かジャンプして奪おうとするが、観念して俺の隣を歩く。

 

「それより、五つ子家庭教師作戦の方はどうだ? 五月には好評だったが」

「あ、はい。正直、五月や三玖達に教わった方がわかりやすい部分もありました。すみません」

「謝る事はないって。姉妹同士の方が伝え方とか俺らより理解してるだろ」

 

 その辺は生まれたときから一緒にいたからこそなせるものだしな。

 

「今回は七人全員、力合わせてるからな。総力戦。これで良い結果が出ないはずない」

「だと良いんですが……私は」

「バカって言ったらこの紙袋を川に投げる」

 

 俺は川に向けて投球の構えに入る。

 いや、もちろん投げるつもりなんてない。四葉に贈ったものだしな。

 それでも四葉は本気にし、俺の腕に四葉はしがみついた。

 

「長尾さん! それはあまりにも横暴です!」

「言わなきゃ良い話だろ?」

「うー」

 

 とりあえず口をつぐんだ四葉を見て俺は投球の構えを解除する。

 

「冗談だよ」

「笑えない冗談です」

「すまん」

 

 四葉には珍しくムスッとした表情で俺を睨む。

 そんな四葉に謝罪をし、俺達はまた歩き出す。

 

「幻滅されない為にもまずはマイナス発言を減らせ」

 

 時々四葉はどうも自己評価を低くしている節がある。

 

「なら、長尾さんもですよ?」

 

 四葉が足を止めて俺にそう言った。

 

「長尾さんもそうなんですよね?」

 

 あの遊園地でうっかり漏らしてしまったんだよな。

 すると四葉は両腕を前にやってグッと拳を出す。

 

「似たもの同士、頑張りましょう!」

「……だな」

 

 俺は自分の拳を突き出し四葉の拳に軽くぶつける。

 

「あ、そうでした!」

 

 何かを思い出した四葉はカバンから出したのは包装された物。

 

「えっと、この間の観覧車の話は秘密という事でどうかこれで」

 

 まるでドラマや時代劇の下っ端のように献上するような仕草な四葉に俺は思わず笑ってしまった。

 

「なんだそれ。こんな事しなくても言わないっての。俺も言われたらアレだし」

「あはは、というのは建前でして。あの時借りたハンカチ、洗って返すには涙だけじゃないものも拭いたので新しいのを」

「あー、確かにあれは酷かったな」

 

 涙もすごかったが、鼻からも出てて本当に観覧車の中で良かった。

 

「思い出しちゃダメです!」

 

 四葉は恥ずかしくなったのかアワアワとしている。その姿もまた面白い。

 本当、見ていて飽きないな。

 

「はは、悪かったって。でもやっぱ気にしなくて良いんだけどな」

 

 その言葉に四葉は「でも」と眉をひそめる。

 けど、わざわざ買ってくれたみたいだし逆に受け取らないと困りそうだな。

 

「んじゃ、受け取っておくよ。ありがとうな」

「あ、長尾さん。この辺で大丈夫ですよ」

 

 気付けばもう中野家のアパート近く。

 ふとアパートの方を見ると家の前に人影ふたつ。

 

「あ、一花と三玖だ! 一花、おかえり!」

 

 四葉は手を振って二人の名前を呼びながら家の方へと向かって行く。

 おかえりって。四葉の方が今帰ってきた側だからおかえりよりただいまだろ。

 俺もそれに続いて階段を上がっていく。

 

「おかえりは四葉の方でしょ?」

 

 俺と同じ事を一花の口から出て俺は思わず笑ってしまった。

 そんな俺を三人はどうした?と言わんばかりに見ている。

 

「いや、悪い。一花とまったく同じ事考えててな。帰ってきた側がおかえり言ってどうすんだって」

「えー、だって。一花はお仕事から帰ってきたならおかえりですよ?」

「ま、それもそうか。おかえり。一花」

 

 四葉の言葉も一理あるかと俺もそう言ったけど、そもそも俺はここの住人じゃなかったな。

 

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