家庭教師と友人A   作:灯火円

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 期末試験が終わるとそれまで入り浸っていた中野家に行く頻度はグッと減った。

 赤点回避し中野先生の条件もクリアした事で詰め込んで勉強する理由も無くなった訳だし、あとは五人が無事に卒業出来る程度に見ていけば問題ないからな。

 ただ、風太郎はあの二乃の告白から中野家には出入りしていない。

 気持ちはわからなくもないが。

 

「しかし、マンションに戻ると思ったんだけどな」

 

 あのマンションを出たのは俺と風太郎の出禁の問題だと思っていたが、赤点回避でそれも解除になっても彼女達は今もあのアパートに住み続けている。

 事情を聞くともう少し自分達で頑張りたいという事。

 あのアパート生活でそれぞれ何か変われる気がしている様子。

 他の家の問題だし、本人達が決めた事なら俺も何も言わないが。

 

「と、そろそろ休憩終わりだな」

 

 休日の今日はオープンから労働に勤しんでいる。

 家庭教師の頻度も少なくなってこっちのシフトを今多くしている。

 今日はオープンから働いていて今は休憩で体を休ませていたが、そろそろまた労働に勤しむ時間だ。

 朝は厨房、休憩明けからはホールでお客様の対応。休日となるとひっきりなしに客が来る。

 けど、忙しい方が時間はあっという間に過ぎるからな。

 そして残り一時間で今日のバイトが終わるという時だった。

 

「長尾君、オーダー。三番お願い」

「わかりました」

 

 俺はオーダー待ちのテーブルへと向かうのだが。

 

「長尾君」

「五月」

 

 よく知る顔がそこにいた。

 そしてその対面にはメガネを掛けスーツを着た女性。するとその人の視線が俺へと向けられる。

 五月の知り合いだろうから軽く会釈をする。

 

「長尾先生?!」

「へ」

 

 その女性は突然俺を先生なんて呼ぶ。

 おいおい、俺の生徒は中野姉妹と風太郎くらいしかいないぞ。

 そもそもこんな年上の生徒なんているはずない。

 

「えっと、誰かと勘違いしてます? 確かに俺は長尾という名字ですけど、俺はそこの彼女と同い年ですし」

「お嬢ちゃんと同い年……そりゃそうか」

 

 そう言ってその人は豪快に笑う。

 見た目はキッチリした雰囲気だけど、言葉遣いから中身はそうでもないのかもしれない。

 

「ちなみに君の名前は?」

「えっと、長尾誠司です」

「誠司……ん?」

 

 俺の名前を聞くとその人は何か考える素振りを見せる。

 

「ご両親の名前、政和(まさかず)(りん)って名前だったりしない?」

「え」

 

 なにこの人、恐い。

 そう思ったのは俺の両親の名前を言い当てたから。

 

「……そうですけど」

「なんだよ! あの二人の子供かよ。そりゃ先生に似てるわ」

 

 その人はこりゃ一本取られたと額に手を当てまた豪快に笑った。

 俺はただ聞かれた事に答えただけなんだけどな。

 

「えっと、長尾君の両親のお知り合いですか?」

 

 五月が女性に聞くと笑いすぎて涙を浮かべる彼女は頷いた。

 正直、気になるところだが今は俺もバイト中だしな。

 

「……二人の事、知りたいって顔だな? バイトは何時まで?」

 

 俺の考えを見抜いた様子で俺のバイトの終わり時間を聞いてきた。

 

「えっと」

 

 五月達と話している間にも時計の針は進み、俺の就業時間が終わるまで一時間もない事をその人に伝える。

 

「その後、予定ないようなら少し話そうか?」

 

 その申し出に俺は頷き、とりあえず二人のオーダーを聞いて裏へと戻った。

 戻った俺に他のスタッフから「大丈夫?」と聞かれた。端から見れば変な客に絡まれたように見えたらしい。

 特に問題なかったと答え、俺は残りの時間は時計を気にしながら仕事に勤しんでいた。

 

「お疲れ様です。お先に失礼します」

 

 時間通りに俺は退勤し、店を出ると先に出ていた二人と合流する。

 

「あの、長尾君」

「ん?」

「私もご一緒してよろしいですか?」

 

 両親の話。

 どんな話が出てくるかわからない。

 もしかしたら父さんの件にも触れるかもしれない。

 俺はチラリとメガネの女性を見る。

 

「君が知りたい事だけを話す」

 

 俺の考えを読み取ったかのようにその人はそう答えた。

 

「……まぁ、俺はこの人と初対面だから五月がいると助かる」

 

 てか、そもそも五月とこの人はどういう関係なんだ?

 

 さすがにあのまま店で話すにはちょっと俺も居心地が悪いから別の場所へと移動する。

 俺と五月が隣同士で対面にはあの女性が座る。

 

「えっと、改めてですが長尾誠司です。五月と同じ学校通ってます」

「私は下田。お嬢ちゃんとは少し前に先生の墓参りの時に会ってな」

「先生ってのは」

「あー、長尾先生じゃなくてお嬢ちゃんのお母さんだ。あの人も先生やってて私は生徒だった」

 

 聞くと中野姉妹のお母さんはかつて先生だった。そして下田さんは一年ほどお世話になったらしい。

 そしてその影響で今は塾講師になったとか。

 

「ちなみにあんたのお母ちゃんも先生に世話になってる」

「え」

 

 まさかの事実に俺も五月も目を見開いた。

 

「と、私の紹介はこの辺にして。坊主は何が聞きたい?」

 

 下田さんは手に持っていたコーヒーを置き、俺の目を見て聞いてきた。

 

「えっと、じゃあ長尾先生って。俺の父さんの事ですか? 父さん、教師やってたなんて」

 

 俺が知る父さんの職業は企業勤めのサラリーマン。

 先生なんてやってた話なんて聞いた事は無かった。

 

「正確には教師じゃなくて教育実習生だった。ま、学生の私らからしたら教育実習生も立派な先生だったからな」

「そうだったんだ」

「ちなみに、その時にあんたの母ちゃんと良い感じになった訳よ」

「何してんだよ。父さんも母さんも」

 

 俺は思わずため息を漏らす。

 教育実習生が実習先の生徒とそういう関係になるってどうなんだ?

 

「長尾先生はちょっと変わってたからな。てか、教師になるために来てたわけじゃないみたいだったしな。だから私ら生徒みたいな感覚で楽しかった」

 

 全員が全員教師になるために教育免許を取る訳じゃないだろうけど。

 

「そんなんだから先生達には色々と注意されてたみたいだけど、中野先生は注意してる姿は見なかったな。それと長尾先生は教えるの上手かったよ。教員にならなかったのは驚いたくらい」

 

 そういえば、宿題とか父さんと一緒の時はスラスラ解けたな。

 

「凛、君のお母ちゃんは何かと理由つけて勉強見てもらいに行ってたな。あれは落としに行ってたようなもんだけど」

 

 両親の馴れ初めを聞いている訳だが、俺はどういう顔で聞いていれば良いのだろう。

 横にいる五月は興味津々って感じだけど。

 俺としては聞いてはいけないものを聞いてしまった気分だ。

 

「ま、そんな訳で。坊主が長尾先生に似てて驚いたって訳だ」

 

 驚いた。その意味はきっともう一つ別の意味がある。

 息子の俺の名前を聞いてピンときたならおそらくそれなりに俺の両親とは交流はあるのだろう。

 

「他に聞きたい事はあるか?」

「あ、いえ」

 

 これ以上、両親の恋愛事情を聞くのは俺のメンタル的に持ちそうにもない。

それに下田さんと父さん達がどういう関係か聞きたかっただけだから、完全に馴れ初めは俺の予想外の話題だ。

 

「何か聞きたい事あったら教える」

 

 そうして下田さんと俺は連絡先を交換し、コーヒーが飲み終わるまで五月が下田さんに塾講師について色々と聞いて終わりとなった。

 

「凛によろしくな」

「ありがとうございました」

 

 別れ際に俺は改めて下田さんにお礼を言って五月を家まで送る事にした。

 

「まさか、お母さんと長尾君のご両親がお知り合いだとは」

「母さん、五月達に会ってもそんな素振り見せてなかったけどな」

 

 いや、一花が初めて俺の家に来た時にわざわざ夕食誘ったのは気付いたからか?

 でも、母さんだから何も考えずに誘った可能性もあるか。

 

「長尾君が教えるの上手なのはお父さん譲りなんですね」

「あんま関係ないと思うけど? 昔はよく宿題見てもらったりしてたけど」

 

 まだ六花が元気だった頃はよく週末は宿題を見てもらって終わったら一緒に遊んでいた。幼い六花も俺が宿題している横で真似してお絵かきしてたっけ。

 けど、六花の病気がわかってからは減ってしまった。

 六花が悪い訳じゃない。俺だって自分より六花を優先して欲しいと思ってたから。

 だけど、六花がいなくなった後は。

 

「っ」

 

 やばいっ。

 脳裏にまたあの夜の光景が浮かぶ。

 そして心拍数が上がっていくのを感じる。

 

「あ、長尾君。ここまでで大丈夫です」

「!」

 

 五月の声に俺の思考はどうにか深みに落ちることなく戻ってきた。

 そして気付けば中野家のアパートがもう見えていた。

 

「上がっていきます?」

「あー、いや、母さんに色々聞きたいから帰るわ」

 

 俺はそれらしい理由をつけて断った。

 正直、今も結構ギリギリなところがある。

 今日の下田さんの会話で父さんのそれには触れなかったから五月は父さんの事を未だ知らない。

 

「そうですか。では、また」

「あぁ」

 

 そうして俺は五月がアパートに入っていくのを見送る。

 どうにか家に入った所まで見届けて俺はすぐにその場をあとにする。

 多分、気付いていない。

 もし気付いていたら五月の場合わかりやすいからな。

 これが一花だったら。

 

「あれ? セージ君」

「っ」

 

 あぁ、本当。

 なんでいつも俺がダメになってるタイミングで声を掛けてくるんだ。

 

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