「別に朝から風呂はいい。俺も入りにきたからな」
「だろ?」
「だからってなんで混浴入るんだよ?」
一夜明けての早朝、まだ北条さんは寝ているのを横目に俺は朝風呂へと向かっていたのだが、その途中で風太郎と出くわした。
風太郎も温泉に向かうところだったようでそのまま俺もと一緒に来たのだが、何故か風太郎は混浴の方へと入っていった。
「まさかお前、あわよくば女性の」
「違う! 色々事情があるんだ」
「混浴に入る為の事情ねー」
「そういう事じゃ……ん?」
温泉に浸かっていると風太郎の視線が後ろへと向く。
仕切りがあるが向こうは女子風呂。
これまで女とかまったく興味のなかったはずなのに。
あれか? 二乃の告白でようやくそういう事に興味を持ち始めたのか?
それはそれで嬉しい成長だし男としてそういうのに興味あるのは健全ではあるが、こういうのはどうかと思うぞ。
「デミグラス」
「は?」
いきなりそんな単語を口にした風太郎に俺は逆上せて頭がどうにかなったのか。
「ハンバーグ」
仕切りの向こう側から聞こえた声。
「どうやら今度は本物の五月のようだな」
「えっと、どういう事だ?」
仕切りの向こう側にいるのは五月らしい。そして風太郎は五月が来るのをわかっていた様子。
この状況って。
「……逢い引き。え、二人って」
「ち、違いますよ! 昨夜、上杉君が中庭に来てくれなくて」
「俺は向かおうとしたんだ。ただ、途中で五月に会って家庭教師を辞めるように促された」
「え」
状況を整理するに昨日、五月が風太郎を呼び出したのに来なかったから今朝という訳だな。
しかし、わざわざ温泉って。
いや、それよりも家庭教師を辞めるように言われたって。
「でも、五月の反応からするに風太郎と接触したのは五月じゃないな」
確か五月は風太郎にも相談すると中庭に来るように書き置きを残したと昨日話していた。
そしてそのメモを受け取り風太郎は中庭に向かおうとしたが、その途中で五月ではなく姉妹の誰かが風太郎と話した。
「誠司、誰か怪しい奴はいなかったか? つーか、わざわざ五月に変装した理由はなんだ?」
「怪しい奴ね」
俺達が帰ってきたのは二人の約束の時間よりも前、四葉や一花の可能性もある事はあるが風太郎に家庭教師を辞めさせる理由が思い浮かばない。
「ん? てか、風太郎。お前、姉妹が五月の格好をしている理由を」
「あんたまで居るのは誤算だったわ」
「!」
「は?」
俺の言葉が遮られ、その声の方を向くとタオルを巻いた女性。髪型からして二乃だと思われる人物がいた。
「なんで混浴になんて入ってるのよ」
「てか、そっちこそなんで入って来てるんだよ」
俺はあくまでも付き合いだけど、風太郎が五月と密会するためなんてニ乃には絶対言えない。
理由は言わずニ乃がこっちに入ってきた理由を聞くと面倒くさそうな表情で二乃は俺を見た。
「混浴なんだから別におかしくないでしょ」
「なら、俺らだっておかしくないだろ」
俺としては入るつもりは無かったけど、そんな事は今重要じゃない。
「あんた……それより、せっかく一緒になったんだし体でも洗ってあげよっか?」
二乃は俺を無視するように風太郎の方へと体を見せつけるようにしてそう聞いた。
こいつ、風太郎がいるってわかってて入って来やがったな。
「ちょ、ちょっと待て。ひとついいか?」
さすがの風太郎もこの状況に言いたい事があるだろう。
俺の言葉よりかは風太郎の言葉の方が効果あるだろうと俺はとりあえず風太郎に任せて様子を見る。
「……誰だ?」
その風太郎の言葉に俺は大きなため息を吐くしかなかった。
「……そうだよな。お前はそういうやつだ」
「馬鹿!」
一方、二乃は浴場にあった桶を風太郎に投げつけて出て行ってしまった。
「今のはあなたが悪いです」
「五月と同意見」
仕切り越しで俺らの会話を聞いていた五月からの言葉に俺も激しく同意。
「無茶な全員同じ顔なんだぞ」
「同じって。さっきの二乃はまだわかりやすいだろ。髪型そのままだし」
「あれは二乃だったのか?!」
本当に気付いてなかったのか。
これはこれで二乃が可哀想でもある。
積極すぎる気もするが、二乃なりに攻めたアピールだっただろうに自分だと気付いて貰えないのはかなりショックだろうな。
「長尾君の言うとおり、全てが同じという訳ではないです。現に私たちは見分けられています。きっと上杉君も出来ると思います」
「俺もまったく同じ格好されたら見分けられる自信はないけどな」
実際、呼び方で昨日の四葉と一花は判断したようなもんだし。
「愛があれば出来ます!」
「出たよ。トンデモ理論」
「俺達はまだまだって事だ」
というか会得出来るのかも怪しいけどな。
二乃の登場で変に緊張した体をほぐすように俺は思いっきり体を伸す。
「しかし、疑問です」
「ん?」
「あれほどお二人を嫌っていた二乃がどういう風の吹き回しでしょう」
「俺に関しては変わらずだけどな」
俺はチラリと風太郎を伺うと視線が右往左往している。五月が知らないのはもちろんだが、風太郎は俺と一花があの場にいた事を知らない。
二乃のあの積極性の理由を知っていても話せないという感じだ。
「上杉君を呼び出した理由はそれについてです」
「えっと、二乃の事に関しては」
「二乃だけでなく一花、四葉、三玖の様子が春休みに入ってからどこか変なのです。長尾君にはすでに相談していて」
そういえば五月にはまだ報告してなかったな。
「何故俺達に? 直で聞けばいいだろう」
「身内の私よりもお二人が適任かと」
「……」
上を眺め、何か思考している様子の風太郎。すぐに断りの言葉が出てこない所を見ると風太郎なりに彼女達を気に掛けている様子。
「って、なんで前向きに俺が解決しようとしてんだ! そんな事やってる場合じゃね! 俺にとっては偽五月問題の方が最優先だ! あいつの真意が理解できないままじゃ本当に家庭教師解消になりかねない」
「それはそうではあるけど」
悩み相談なんて受けられるかとこの話は終わりと言わんばかりに風太郎は温泉から上がる。
風太郎も風太郎で考える事が多いからその気持ちはわかる。
しかし、偽五月の家庭教師の件、風太郎だけなのかどうかだ。
家庭教師である俺にも適用しそうなものだけど、今の段階だと風太郎の前に現れた五月から俺はアクションを起こされていない。これから起こす可能性もあるが。
「私は、偽五月に共感できるところもあります」
その五月の言葉に風太郎は足を止める。
「私たちはもうパートナーではありません」
「え……お前も?」
ほう、風太郎としてもやはりショックなのか肩を落としている。
「偽五月の真意は私にもわかりませんが、もう利害一致だけのパートナーではないということです」
俺はこれまでの事を振り返る。
勉強を教える。それが家庭教師。
「数々の試験勉強の日々、花火大会、林間学校。年末年始などなど。これだけの時間を共有してきたのはです。それはもはや……」
五月も同じようにこれまでを振り返っているのか明確にそれを言葉にして風太郎に伝える。
「友達でしょう?」
風太郎と五月は最初が最初だっただけに友達ですらなかった。けど、五月の口からハッキリと伝えられた関係に風太郎はまた思考している様子。
「どうする? 風太郎」
すると風太郎は顔をあげ、俺の方を見る。
「……誠司、お前にも付き合ってもらうぞ。お悩み相談」
「あいよ。てことだ五月」
俺は仕切りの向こう側の五月に声を掛けるが返事はない。
言いたい事だけ言って出て行ったのか?と思っているとガラッと浴場と脱衣所を繋がる引き戸が空いた。
「ありがとうございます!」
そこには五月が。一応タオルを巻いているけど、ズカズカと俺達の方へと歩み寄る。
「お前なんでこっち来てんだよ!」
「混浴なので問題ありません」
逃げ回る風太郎を追い回す五月。俺は温泉から出る事はせずに二人を眺めている。
あそこに俺も加わったら何か巻き込まれそうな予感しかないからな。
「俺や誠司がいるだろ!」
「何言ってるんですか。友達ならこれくらい当たり前」
ふと五月の視線が俺に向けられた。
「では、ありませんね」
どうやら冷静になったようで顔を真っ赤にして体を隠すようにする五月。
なんかテンションがハイになってたみたいだけど、とりあえず冷静になってくれて良かった。
「とりあえず、情報を整理しよう」
あの後、俺らは場所を俺と北条さんの部屋へと移した。
そこで風太郎にも中野姉妹が全員五月に変装している理由も説明し、俺は昨日の夜でわかった四葉の悩みについて二人に説明する。
「俺が四葉から話を聞いた印象としては自分がお祖父さんの前で上手くやれるか。それについて悩んでいる様子だった」
「あー、なるほど。四葉らしいですね」
「だからここで会った時なんか様子おかしかったのか。これで四葉の悩みはわかった。けど偽五月という完全に否定は出来ない」
悩みが家庭教師解消の件と繋がっているなら除外できたが、解消の理由が不明な為に四葉もまだ候補としては残る。
だが、俺も風太郎も四葉は違うと考えている。
当初から家庭教師に肯定だった四葉が今になってそれを解消するとは思えないからだ。
「一花についてはどうだ?」
「あー、なんとなく程度だけどまだ確証はないから保留させてくれ」
一花に関しては風太郎と二乃の告白が絡んでいる可能性がある為、俺は五月がいるこの場での回答は控えた。
「そうか。とりあえず他の奴らから話しを聞いて悩みを聞き出す」
「けど、それが家庭教師解消の理由とも限らないだろ。その場合どうやって偽五月を見極めるんだ?」
悩みがそのまま家庭教師解消に繋がっていない場合、特定はかなり難しい。
「それは……いや、手掛かりはある」
考え込んだかと思えば風太郎はニヤリと笑みを浮かべる。どうやら何かしらの当てはある様子。
そうして俺達は中野姉妹のお悩み相談&偽五月探しの行動へと移った。