「お父さん、少し良いですか?」
「なんだい?」
話を終え、俺らは行動へと移る。
そしてまずは何より中野姉妹から話を聞く事から。
話をするくらいなら簡単だろうと俺は思っていたのだが、風太郎にとってはかなり難しい事。
その要因として中野先生の存在。
昨夜、偽五月に真意を聞こうと部屋を訪れようとした風太郎だったが中野先生によって部屋にたどり着けなかったらしい。
いや、そもそも夜遅くに娘達の部屋を訪れようとする男を通さないのは当然だとは思う。
それでも、中野先生は風太郎をかなり毛嫌いしている様子だから昼夜関係なく娘達の部屋には入れなさそうだけどな。
今も五月達の部屋までの廊下に中野先生は立っていて五月が先生の気を逸らすように話しかけた。
その隙に風太郎が部屋へと向かう。俺もそれに続いて行っても良かったのだが。
「えっと、あの、天気がいいですね」
五月のあまりにも下手すぎる話題の提供に俺は思わずそちらに加勢する。
「あ、中野先生。おはようございます」
「ん? 長尾君、おはよう」
「昨日はすみません。四葉だけじゃなくて一花も連れ出して」
俺は昨日の事を話題に出してどうにか中野先生の視線を部屋から逸らす。
「別に構わないよ。二人も帰ってきてから随分と表情が和らいでいたからね。良い時間を過ごせたようだ」
「そんな。俺はただ俺の趣味に付き合わせただけですよ」
ちらりと風太郎が部屋に入ったのを確認して俺はひとまず安心すると五月も同様で小さく息を吐いたのがわかった。
そして俺に申し訳無さそうな視線を送ってきた。
「どうかしたかね?」
「あ、いえ、長尾君と一花達はどこに行ってたのかなと」
中野先生の言葉に五月は上手く話が続けられるように話題を振ってくれた。そこから昨日の話と星について三人で会話していく。
「えっと、あれだったら写真見せようか?」
「あ、そうですね。せっかくだから見せて下さい」
「なら、私はここで」
まだ風太郎は部屋で話している。もう少し中野先生を引きつけなければならない。
「あー、中野先生には興味無い話でしたよね。すみません」
一花が見たらどう評価するだろうと思いながら演技力なんて無い俺が精一杯の落ち込んだ演技をする。
「……そういう訳では無いよ。そういえば君の撮った写真は見たことなかったね」
どうやら少しは通用したようでその場を動こうとした中野先生の足がまた止まる。
「それなら中野先生も一緒に」
とりあえず俺は中野先生を俺達が泊まっている部屋へと誘導させる。これで風太郎が部屋を出ても大丈夫だろう。
それから俺は五月と中野先生に昨日の写真を見せる。
中野先生の反応は相変わらずよくわからなかったけれど、それでも一枚一枚をジッと見ていたから全くつまらなかった訳では無いとは思いたい。
そうしているうちに五月のお腹が限界でそれを合図に俺達は解散した。
「誠司、俺は師を見つけたぞ」
「はい?」
合流した風太郎から出た言葉は偽五月が誰かという話でもお悩み相談の結果でもなく、師匠が出来たという報告だった。
「つまり、五つ子を見分けられるお祖父さんに教えを乞うと」
五月の姿をした三玖をお祖父さんは見分けたのを目にして風太郎はお祖父さんにその秘訣を教わろうという事らしい。
孫な訳だしやはり血縁だと見分けられるものなのか。
「それはそれとして悩み相談はどうなってる」
風太郎がお祖父さんとの件はわかったが、肝心の悩み相談がどうなっているのかと聞くと風太郎は渋い顔を見せた。
「あー、それどころじゃなくてな。あいつら俺に五つ子ゲームを仕掛けてきやがった」
「なんでまたそんな事を」
五つ子ゲーム、誰が誰なのか当てるというやつだけど今の状況で当てろってのはかなり難易度高すぎだろ。
家庭教師解消の件といい何がどうなってるんだ?
「それもあってお祖父さんにって事か」
「あぁ。これから釣りに行くらしいから俺も一緒に行くつもりだ。誠司はどうする? 北条さんと来てるし無理に付き合わなくても」
「それなら心配ない。北条さん、勇也さんとらいはちゃんと今日は回るってさ」
今回の旅行も星撮る以外の予定は立てていなく昼間は行き当たりばったりの計画だった。
そして今朝、北条さんから風太郎や中野姉妹がいるならそっちと遊んでも良いぞとそう伝えられた。
俺からしたら風太郎も家族旅行中なのに良いのかよと思うのだが、当の本人はすっかり中野姉妹の事で頭がいっぱいみたいで家族旅行どころじゃなさそうだ。
「俺も行くわ。五つ子見分けられる秘訣は俺も知りたいし」
愛というトンデモ理論より明確なものがあるなら教わりたいからな。
そうして俺達はお祖父さんと共に釣りに向かった。
五つ子も同行する事になったが、そのうち二人遅れてくると言う話。その二人が誰なのかは教えてくれなかったのは風太郎への五つ子ゲームがあるから。
「俺にくらい教えても良いんじゃ無いか?」
海へと着き、俺は釣り竿とクーラーボックスを乗ってきたバスから下ろしながら近くにいた五月に愚痴る。
もっともこの五月も五月なのかわからない。
「そうしたら長尾君から聞こうとするでしょう?」
家庭教師の今後が掛かっているような口ぶりだったし今の風太郎ならやりかねないかもな。
「それにしても……口調まで五月に揃えるとマジでわからん」
俺への呼び方も徹底して五月に合わせているから判別はかなり難しい。
今も近くにいる五月を見て一花なら耳にピアスの穴があるはずと確認してみるけど、しっかり耳は隠されているから確認も難しい。
「……ごめんなさい。巻き込んで」
「ただのゲームって訳じゃないんだろ?」
申し訳無さそうに謝罪する彼女を見て、ただのゲームとしてやっている訳では無いように感じて俺は確認するように彼女に聞くとこくりと頷いた。
「でも、これはただの私のワガママです。そのワガママに付き合わせてしまっている」
「自覚あるならいいさ。それに俺にとっても五つ子を見分けられる良い機会かもしれないからな」
「……ちなみに私が誰かわかります?」
そう聞かれて俺は改めて目の前の五月をジッと見る。
「消去法になるが、五月ではないし四葉でもない」
この五月は五つ子ゲームに肯定的。五月は俺らに相談してきた側だし、お悩み相談の弊害になる状況は作らないだろうから五月ではない。
四葉はそもそもの悩みがこの五月大作戦だし、積極的に五つ子ゲームを提案するとは思えない。
そう考えると五つ子ゲームに肯定な目の前の五月はその二人のどちらでもない。
「ただ、これは状況証拠があっての判断だからな。お祖父さんみたく見ただけじゃわからん」
「そうですか」
「けど、出来たらいいなとは思う」
五つ子ゲームをわざわざするって事は自分を見つけて欲しいって事なんじゃないかって俺は勝手に思ってる。
ま、見つけて欲しい相手は風太郎って事なんだろうけど。
ん? つまり風太郎の事が気になっている人物って事だよな。
「三玖! 砂浜の方行こう!」
「あ、うん」
呼ばれて五月は五月二人がいる方へと向かう。
「なるほど。三玖だったか。と、俺はこっちだな」
砂浜の方へと降りる三人を眺めつつ、俺はお祖父さんと風太郎と共に堤防に座って釣りを始める。
波音だけが聞こえる。
時よりお祖父さんの竿に魚がかかり水面が跳ねる音がするが、俺達の間に会話はほとんどなかった。
寡黙な人物な事はなんとなく察していたが、ここまでとは。てか、せっかく孫達いるのに釣りって。
「あの、お孫さん達と一緒に散歩してきたらどうです?」
「……」
反応なし。
その間にもお祖父さんはメバルを釣り上げ、また釣り糸を垂らす。
実はあまり関係よろしくない?
けど、風太郎から偽五月に迫ったらお祖父さんに投げ飛ばされたって聞いたし孫に無関心って訳じゃ無いよな。
そもそも昔の話とはいえ姉妹が仲悪くなったと思って寝込むってそれだけ好きって事だろうし。
「多いほど、悲しむ」
「へ? どういう」
「誠司、引いてるぞ!」
「うお」
竿がグッと引っ張られるかと思えばどうやら俺の竿に食いついた様子。
俺は立ち上がり踏ん張りつつリールを巻いていくと水面から魚が姿を現した。
「これは」
「クロダイ」
「おぉ、誠司やったな。って残り二人来たか。よし、当ててみせる」
ぼそりと出たお祖父さんの言葉の意味が気になりつつも風太郎の声に思わず俺も風太郎が向ける方へと目を向けると遅れてきた二人が到着した様子。
遠くからだとまったく判別できないんだが。
「うーん」
風太郎も同じようでジーッと見てはいるが誰か誰か判別出来ていない様子。
「今、来たのが一花と二乃」
「えっ」
「あれが三玖」
「えっ」
「その隣が四葉」
「えっ」
そんな俺達の横でお祖父さんはあっさりと五人を言い当てる。
体の特徴というより雰囲気で判別しているのか?
こちらに向かってくる五つ子を眺めながら俺も見極めようとしたが、難しい。近くならまだいけるかと釣り竿を一度置き、堤防に上がってきた五つ子の方へと向かう。
「わぁ、たくさん釣れてますね」
「ほとんどは爺さんと誠司の手柄だけどな」
クーラーボックスの魚たちを覗き込む五つ子。
それぞれ何の魚か五つ子に説明する風太郎の元にひとり近づく人物がいた。
「……今じゃないわね。五月の姿じゃ効果が見込めないかも」
しかしその五月はそう呟いた。ていうか口ぶりから二乃辺りか?
「はぁ」
「ん?」
一方でため息が聞こえそちらへと視線を向けるとバランスを崩しそうになっている人物に俺は慌てて手を伸す。
「大丈夫か? 一花」
どうにか腕を掴み支える事が出来た。
「え、ごめん。ちょっと躓いちゃって」
「……足、ちょっと見るぞ」
俺はそう断りを入れてからしゃがんで一花の足下を見る。
「昨日の夜にやったのか?」
一花の左足首が少し腫れていた。
俺は昨夜の帰り道に一花が足下を気にしていたことを思い出す。
「ううん、その前、昼間の時に」
「は? なら夜にはもう痛かったってことか?」
「あ、えっと、そんな痛み感じなかったから。それより、そろそろ良いかな?」
「ん?」
ふと顔を上げると一花は照れているのか顔を紅くしている。
「一花に何をしてる?」
「いっ」
それまで釣りをしていたお祖父さんがいつの間にか俺の背後に立って、明らかに殺気を向けていた。
「え? あ、いや、変な事するつもりじゃなくて。一花の足の様子見てたんです」
「……氷がある。足にあてなさい」
一花の足を見るとそう言ってお祖父さんはクーラーボックスの方へと視線を向けた。
一花にはバスの椅子に座っているように言って俺は適当なポリ袋に氷を入れてバスへと戻る。
「大袈裟だよ」
「軽んじて悪化したら大変だろうが、仕事にだって影響する」
足なんて特にそうだ。
立っているのもあれだった場合、まともに仕事も出来ないだろう。
「……よく、私だってわかったね」
「ん?」
言われてみれば俺はこの五月を一花だと気付いた。ピアスの穴を見たわけじゃない。ただ、蹌踉ける彼女を見て一花だと咄嗟に思った。
「なんでだ?」
「私に聞かれても困るんだけど」
それもそうだよな。
一花だとわかった理由を考えるがやっぱり思い浮かばない。これがわかれば他の姉妹達にも活かせるのだけど。
「一花、ちょっとお願いがって。あんたは邪魔だからちょっと席外して」
バスに乗り込んできた五月はわかりやすく俺を邪険に扱う。
「その口調、二乃か」
俺に向ける嫌悪感丸出しの目と口調で二乃だとすぐに気付いた。
「ほら、さっさと出てけ。女子トークするんだから」
「女子トークって、おい、引っ張るな。出て行くから。一花、あんま動くなよ」
「あ、セージ君」
俺は二乃に引っ張られるようにしてバスを下ろされた。
降り際に一花がどこか不安そうにしていたのが気になったが、ピシャッとバスの扉を閉められてしまった。
「てか、一花を見分けられたって事は……」
俺は堤防で海を眺めている三人を見る。
「……ダメだ。わからん」
三人が五月、三玖、四葉の誰かはわかっていても正確に誰かまではわからなかった。
一花の事はわかったからと思ったが、そうではないらしい。
その後も結局姉妹が誰かわかったのは一花だけ。
ただ、その一花だけど帰りのバスで少し様子がおかしい。いや、ずっと様子はおかしい感じだけど、それとはまた違う感じがした。
結局、一花の悩みについてもまだ話を聞いていない状況だからな。様子を見てまた話しかけるか。
「って、気付いたらこの時間だし。なんで風太郎と一緒に」
「爺さんが見当たらないんだよ」
あと一時間で日付が変わろうとしている時間に俺は風太郎と旅館を歩き回っていた。
あの後、何度か一花と話そうと思ってはみたが何かと一花は呼び出されていて俺が入る隙がなかった。
この旅行中は難しいかもな。
「しかし、今日は本当にずっとあの人について回ってたけど、見分け方わかったのか?」
一日、まるで鴨の子供みたいにお祖父さんと一緒にいた風太郎。少しは進歩があったのかと聞いてみるとだんまり。この様子じゃ秘訣は教わってないようだ。
「やはり、足の傷で特定するべきか」
「足?」
そういえば偽五月を見つける目星はあるとか言ってたな。
「まて、誠司」
「ん?」
階段を上っていると風太郎が小声で制止の声を掛けてきた。
俺はチラリと上を確認すると中野先生とお祖父さんがいた。
「あの二人、面識があるのか」
「そりゃそうだろ」
姉妹のお祖父さんって事は中野先生にとっては義父ってことな訳だしな。
「風太郎、ここは」
義父と娘婿という関係、それなりに話したいことがあるだろうから俺達はこの場は離れようと俺は風太郎に提案する。
「……そうだな」
「最後くらい。孫達とまともに話してはどうか? あなたに残された時間は少ない」
「!」
その場を離れようとした時、聞こえてきた中野先生の言葉に俺と風太郎の足は止まった。
残された時間は少ない。
この言葉を俺はよく知っている。
「……思い出は残さぬ。あの子らに二度と零奈のような……身内の死の悲しみを与えたくない」
そして返ってきた言葉は姉妹を思う気持ちだった。
俺達は無言のまま階段を降りた。
「風太郎、俺はちょっと風に当たってくる」
「あ、あぁ」
俺は風太郎と別れて旅館の外へと出た。
【あなたに残されたは少ない】
まだ鮮明に残っている先ほどの中野先生の言葉。
そしてそれとは別の言葉が俺の脳裏に浮かぶ。
【もう時間はあまりないらしい。覚悟をしておいた方がいい】
お見舞いに行ったある日の帰り、父さんから聞かされた言葉。
「昼間の言葉。あれって」
釣りに行った際にぼそっと聞こえたお祖父さんの言葉。それはきっとさっきの言葉と同じ意味。
「悲しむから……だからってこんなの」
「君が思い悩む必要は無い」
「あ、先生」
振り返ると先生がいた。
どうやら俺達がいた事に気付いていた様子。
「すみません。盗み聞きをするつもりは」
「それについては気にしなくて良い。ま、上杉君がいた事は少々気になるが」
「あー」
本当、風太郎は先生に嫌われてるな。
「さて、私は家出癖のついた娘を探してくるよ」
「え、あ、はい」
姉妹の誰かが旅館抜け出したのか先生は暗い夜道へと消えていった。
この時間に旅館抜け出すって何事だよ。
「そりゃ、先生も心配して当然だよな」
「長尾さーん!」
「ん?」
呼ばれて振り返るとリボンはないがいつもの姿をした四葉とその隣に一花がいた。
ただ、二人がいるのは屋根の上。
「何してんだ。危ないだろ。てか、一花、お前」
足くじいているのにあんな所に上りやがって。万が一を考えて俺は二人の元へと向かう。
「愛があれば見分けられる」
「ん?」
その途中の廊下で風太郎とお祖父さんに出くわす。
「長い月日を経て。相手の仕草、声、ふとした癖を知る事。それはもはや愛と言える」
姉妹達に聞いた時、返ってきたのは愛だと言われトンデモ理論だと思っていたがお祖父さんの言葉に確かに行き着く先はそれなのかと俺は思った。
するとそれまで視線を合わすことのなかったお祖父さんの視線が俺達に向いた。
「お主達は何のために孫を見分けたい?」
何のため。
「お主達に孫達と向き合う覚悟はあるのか?」
覚悟。
俺は正直、そんな重く考えてはいなかった。けれど、この五つ子ゲーム。もしかしたら姉妹にとってはとても大切な事なのかもしれない。
自分を自分だとわかってもらえる存在。
「……少なくともお前さんの方は見込みがありそうだが」
俺の肩をポンと叩きお祖父さんは行ってしまった。
「あ、待ってくれ爺さん」
風太郎はお祖父さんの後を追う。俺は叩かれた肩にそっと手を当てる。
「て、今はあの二人だ。確か、この先」
俺は突き当たりを曲がると丁度窓から室内へと戻ってきた二人がいた。
「あ、セージ君。やっほ」
「足やってる人間が何やってるんだ」
俺は一花に詰め寄ろうとすると四葉が間に入る。
「えっと、一花を誘ったのは私なので一花を怒らないで」
一花を庇うようにして前に立つ四葉に俺は言葉の代わりにため息をもらす。
そしてもう一度視線を一花に向けるとその目が赤い事に俺は気付く。
泣いてたのか?
四葉が泣かせた?
いや、四葉に限ってそれはないはず。
てことは、泣いている一花を励ます為に屋根の上にいたって事か?
「……このやんちゃ二人が」
俺は四葉と一花の頭を軽く小突く。
「あはは、て、すっかり忘れてた。長尾さん! 一花をお願いします!」
そう言って四葉は足早に廊下を行ってしまった。
「なんだ? 四葉のやつ」
「あー、そういえばあの子、途中だったっけ」
何の事かはわからないが、とにかく四葉に頼まれたし俺は一花を部屋まで送り届ける事に。
俺の隣を歩く一花の表情にそれまであった曇りが消えているのがわかった。
「もう、大丈夫なのか?」
「……心配してくれたんだ?」
俺の顔を覗き込むようにして俺の顔を伺う一花の顔はにやけている。
そのいつも通りの言動に俺は改めて安心した。そしてすっかり人気の無い廊下を歩く。
時間が時間という事もあって他の宿泊客も寝静まっているようで聞こえるのは俺と一花の足音。
そして一花達の部屋に続く階段の前まで着くと一花は少し階段を上ったあと、振り返る。
「自分のこれまでの言動に悩んでたんだけどね。もう、悩むの辞めた。私も自分のしたい事する」
そう言って振り返った一花の視線は俺へと向けられた。
月明かりが彼女を照らし見えたその瞳は覚悟を決めた時の強い一花の時のもの。
「いっ」
だが、その表情が曇ると同時に一花の体が前の方に傾く。
「一花!」
俺は慌ててその体を受け止めようとするが、俺も階段を踏み外す。
一花にこれ以上怪我させるわけにはいかないと俺は自分が下になるようにそのまま後ろへと倒れる。
幸いにもそんなに高さがあった訳じゃなかったから背中を軽く打つ程度に済みそうだ。
「ぐっ」
背中に軽い衝撃、頭は打たないようにしたから大丈夫だろう。
あとは一花だけど。
「ん?」
俺は一花の状態を確認しようと思っていたら俺の視界は暗くなる。
目の前には一花の顔。そして俺の唇に柔らかい感触がした。けど、それは本当に一瞬の事。
「……怪我、ないか?」
どうにか声は出せたが、その声は震えているのは自分でもわかった。
「……うん。あ、ごめん。退くね」
俺からそっと退いた一花、俺もゆっくりと起き上がるが会話が見つからない。
いつもみたくからかってくるかと思ったらそうじゃないし。俺もどう反応したらわからん。
「セージ君は怪我ない?」
「あぁ。大丈夫だ」
「そっか……あ、ここまでで良いよ」
「あ、気をつけろよ」
「大丈夫」
そう言って一花は階段を駆け上がる。
だから足やったばっかだろうがと思いつつ登り切るまで一花を見ていると登り切った一花はまた俺の方へと顔を向ける。
「おやすみ」
「あ、おやすみ」
俺はそのまま挨拶を返したが、一花がいなくなっても俺はしばらく窓の向こうの月を眺めていた。
その後、俺はどうにか自室に戻ったがすぐには眠れなかった。