家庭教師と友人A   作:灯火円

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「はぁ、結局あまり眠れなかった」

 

 眠れなかった原因がまた頭に浮かぶ。

 いや、あれは事故。そもそも一花の反応的に触れ合っていなかった可能性もある。

 だって、そうだろ?

 普通ならもっと狼狽えたりするだろ? 俺のように。

 でもそんな感じはなかった。となると実は触れ合っていなかった。

 

「けど、あの感触」

 

 俺は思わず自分の唇に触れる。

 自分の指の硬さとは違う柔らかさを確かにあの時感じた気がしたが。

 

「俺が自意識過剰なだけか?」

 

 それならそれでかなり恥ずかしい。

 

「おーい、長尾。最後に温泉行くけどお前はどうする?」

「あ、俺も行きます」

 

 とりあえず、この旅館最後の温泉で色々と流そう。

 俺は北条さんと共に温泉へと向かう。

 

 

「いやー! 男共全員集合となりゃ酒だな!」

「ほどほどにしておけよ」

「わーってるよ。おい、マルオ、お前もどうだ」

「上杉、僕を名前で呼ぶな」

 

 俺の目の前には盃を片手に飲む北条さんと勇也さん。そしてその隣に中野先生。

 マルオと呼ぶ勇也さん。

 マルオという言葉を最近聞いたのを思い出す。

 母さんと勇也さんは学生時代からの腐れ縁とは聞いていた。

 そして勇也さんと先生も同じく。つまりは先生と母さんも同級生って可能性が高い。そう考えると母さんから出た【マルオ】という言葉が繋がる。

 

「それに僕は苦手だ。特別な日にだけと決めている」

「たく、お前は昔から堅ぇーんだよ。長湯して少しはふやかしたらどうだ」

「お前はふやけすぎだ」

 

 大人三人での会話を聞きつつ、俺は隣にいる風太郎を見ると温泉に浸かっているのに顔が青い。

 中野先生が終始、風太郎に鋭い視線を送ってるのもあるけどすっかり風太郎は先生に苦手意識持ってしまっている。

 

「俺、先に出るから」

「んじゃ、俺も」

 

 耐えられなくなったのか風太郎は先に出るというから俺も続いて温泉をあとにする。それに偽五月の件もどうなったか知りたいしな。

 

「そういや、仲居さんから不思議な話を聞いたんだが」

「やめてくれ。世間話をする間柄でも」

「この旅行、うちの息子とお前んとこの嬢ちゃんが偶然当てたもんだ」

 

 勇也さんは先生の話など無視して話を続ける。

 俺も風太郎も気になったのか足を止めていた。

 上杉家が旅行券当てたのは聞いていたけど、中野家も旅行券当てて来た事を俺はそこで初めて知る。

 てっきり、春休みにお祖父さんに会いに来たもんだと。

 

「五組限定。そんな事あると思うか?」

 

 確かに確率としてはかなり低い。

 

「そこで仲居さんに質問したんだ。この旅行券が当たった客は何組来ましたかって」

 

 なんで勇也さんはそんな質問をわざわざ。

 

「驚いたね。俺らより先に既に四組来てたんだとさ」

「……不思議な話もあったものだね」

「だろー」

 

 俺と風太郎は無言のまま脱衣所へとまた足を進める。

 

「あいつらの爺さんの家だってのにこんな回りくどい事」

「……中野先生なりの優しさなんだよ」

 

 あの人はやっぱり不器用な人だ。

 

「このままで良いと思うか?」

「……他人の事情だぞ?」

「っ」

 

 風太郎の言葉に俺がそう返すと風太郎の動きが止まる。

 

「けど、俺は嫌だからな」

「あ?」

「あいつらが悲しむ姿を見るのは」

「誠司」

 

 俺はシャツを羽織って着替え終わると脱衣所を出てある所へと向かう。

 他人の事情、中野先生との件もあって他人の自分が出しゃばることではないと思った。でも、頭に過ぎったのは五人が悲しむ姿。

 少なくともあの五人はお祖父さんが好きだ。じゃなきゃお祖父さんを心配させまいと全員五月の姿になんてならない。

 この先、悲しい事が起こる事は避けられない。でも、辛いものにならないようにする事は出来ると思う。

 

「俺みたいにさせない」

 

 そしてフロントに着き、俺はお祖父さんの前へと立つ。すると遅れて風太郎もここに来た。

 

「すみません。昨夜、中野先生との会話を聞いていました」

 

 まずはわざとではないが、会話を聞いてしまった事への謝罪を俺はする。そして頭を上げたあと、俺は真っ直ぐにお祖父さんを見る。

 

「孫たちはわしの最後の希望だ。零奈を失った今となってはな」

 

 すると先に口を開いたのはお祖父さんの方だった。

 

「孫たちに伝えてくれ。自分らしくあれと」

「!」

 

 お祖父さんは気付いていたのかもしれない。

 この旅行中、彼女達がお祖父さんの為に同じ格好でいた事を。

 

「それ、直接伝えた方がいいです。それだけじゃなく色んな事を話したり見たりして」

「残したく」

「残るのは悲しみだけじゃないんです。それに残さないからといって悲しみが消える訳じゃ無い。むしろ、残されなかった悲しみもあるんです」

「誠司」

 

 残り少ない時間だと知っての別れと唐突過ぎる別れを俺はどっちも経験している。

 そしてたくさんの思い出を残した時より唐突に訪れた別れ、残せたであろう思い出も残せなかった時の方が俺はずっと悲しかった。

 それを思い出し、俺の体は強ばる。

 するとそれまで俺の後ろにいた風太郎が俺の隣に並ぶ。

 

「あいつらは……きっと乗り越えます。あなたの死も」

「風太郎」

「短い付き合いですが、それは保証します」

「俺もそう思っています」

 

 そして俺達は最後にお祖父さんに向けてもう一度頭を下げる。

 

「お世話になりました」

 

 彼女達を見分けるトンデモ理論。

 俺は少しだけそれがわかった気がした。

 そうして俺達と上杉家、中野家は一緒に旅館をあとにする事になった。

 お祖父さんは最後に見送りに来てくれた所を見ると少しは俺達の言葉も効いたのかな。

 

「次、来る時は五人の顔全員見分けられるようになっているんだな」

「!」

 

 別れ際、そう俺と風太郎に溢したお祖父さんの言葉に俺と風太郎は顔を見合わせて笑った。

 行きよりも賑やかなあの山道を歩きながら、俺は思い出したように風太郎に聞く。

 

「結局、偽五月はわかったのか?」

「ん? あぁ、最後の最後に見破った。三玖だ」

「へ、三玖」

 

 それは俺も予想外、一番風太郎との関係を気にしている三玖がまさか家庭教師解消を告げるなんて。

 いや、気にしているからこそか。

 よくよく考えたら家庭教師と生徒の関係にやきもきしていた訳だし、それを踏まえると三玖としては家庭教師と生徒ではなく見て欲しいって踏み込んだのかもな。

 

「結局、悩みはわからなかったけどな。てっきりバレンタイン返してない事かと思ってたが」

「え、お前返してないの」

「仕方ないだろう。あれがバレンタインのチョコだと気付いたのはホワイトデー過ぎてからで」

「あー、そうね」

 

 確かにそもそもあれがバレンタインチョコだと知らずに食べた訳だし。むしろ時間が経ったとしてもそうだという事に気付いた事を褒めよう。

 

「ところで、一花の方はどうなんだ? 三玖、四葉……二乃に関して俺は悩みが何か知っているが一花だけはわからなかったからな」

「あー、なんか自分で解決したっぽい」

 

 俺の視線は前を歩く姉妹の一人に向く。

 

「やっぱ仕事とかの事だったか」

「さぁな」

 

 しかし、一方で俺はあの夜の事に頭を悩ます。

 さっきも一花は普通に朝の挨拶を俺にしてきたしやっぱりあれは触れ合っていなかったのか?

 

「はぁ」

「おーい、二人共写真撮るってよ」

 

 誰の提案かはわからないがあの鐘の前で集合写真を撮る事になったらしく北条さんが持ってきた三脚を組み立てながら俺達に声を掛けてきた。

 五つ子を中心に背のある男性陣は後ろへ。

 俺は中野先生の隣に立つ。

 

「どうやら君にまた世話になったようだ」

「え」

「私はこの子達をここに連れてくるきっかけしか作れなかった」

 

 何の事かと思ったらお祖父さんの件だった。

 

「それが大事だったんじゃないですか。じゃなきゃ何も変わらなかったですよ」

 

 不器用な人だなと俺は改めて思いつつ、また少し先生の見方が変わった。

 

「それじゃ、いくぞ。はい、チーズ」

 

 そうして思い出の一枚を撮る事が出来るとまた山道を降りていく。

 来た時と同じように俺はカメラを構えるが、風景ではなく前を歩く姉妹とらいはちゃんへとレンズを向ける。

 

「ん? 一人足りないし風太郎もいない」

 

 少し下ったところで人数が少ない事に気付くと同時に上の方でまた鐘が鳴った。

 その時、まさかあの二人が鐘を鳴らしているなんて俺は知るはずも無く数年後にそれを知るのだった。

 

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