「風太郎と一緒なんていつぶりだ?」
「小学校とかじゃないか?」
中野姉妹のクラス分けに意識を持って行かれたが、腐れ縁である風太郎とも同じクラス。
俺は数年ぶりに一緒のクラスとなった風太郎の席の前で風太郎と話していた。
「はぁ」
「なんか疲れてるな」
家庭教師しているとため息はよく漏らすが、見たところ何だか疲れている様子の風太郎。
「最近疲れが溜まる一方なんだよ。寝付き悪いし。体力でも上げたら変わるのかと考えもしたが……それに当てたと思った旅行はあいつらの事があって疲れが取れるどころか逆に疲れた。俺の運気は良いのか悪いのかわからん」
「風太郎から体力という言葉が出るとは……雨でも降るか?」
勉強しか興味ないはずの風太郎から出た言葉に俺は外を見る。雲ひとつない晴天だ。
旅行の件は確かにお疲れ様だったけど、クラスの連中があの中野姉妹と一緒だったって聞いたら大変だぞ。
「よう、今年も一緒だな」
「ん? 前田」
俺と風太郎の方へと来たのは前田だ。
どうやら前田も一緒のクラスだったようだ。
去年、前田と違うクラスだった連中は前田に少し怯えている様子。
「誠司、こいつ誰だ?」
「そういや、風太郎は初めましてか」
風太郎の場合、何度か顔見たとしても覚えてない可能性の方が高いが。
「前田。去年俺と同じクラス。前田、こっちは上杉」
「おう、よろしくな」
「あぁ」
他の連中が厳つい前田の目にビビるが風太郎は特に気にもせず挨拶を交わす。
「しかし、こんな事が起こるのか?」
「あり得ない」
「風太郎、実際起こっている訳だからな」
前田の言葉に俺と風太郎の視線は少し後ろへと移る。
教室の隅に中野姉妹が固まっているのだが、教室にいるほとんどの生徒は姉妹に興味津々なのか彼女達を囲むようにして珍しい五つ子に色々と質問を投げかけていた。
「転校してきた時を思い出すが、それ以上だな」
「去年もすごかったからな。おかげで隣の席の俺は休み時間は終始席に居づらかった」
俺と前田は去年の一花が転校してきた状況を思い出す。
中野姉妹は五つ子なのは割と有名だけど、まさか全員が同じクラスになるとは誰も予想していなかった。
そしてこうして揃う姿をこれまであまり見た事ない連中が次々と詰め寄っているの今。
「みなさん。落ち着いて!」
五月の声が響く。しかし、連中はそんな言葉なんて耳に届いていない様子。
「はぁ」
「ん?」
すると風太郎が席を立ち、後ろへと向かう。
「ほう、風太郎」
「あいつ」
俺と前田は風太郎の行動を目で追っていく。
「退いてくれ」
姉妹を囲んでいる連中に風太郎が一言。
助け船を出そうって事だなと俺は風太郎の成長に感動していたのだが。
「トイレだ。邪魔だからどいてくれ」
「あ?」
「はぁ、風太郎だよな」
そう言って後ろの扉から教室を出て行った風太郎。
期待しすぎたか。
そんな風太郎の態度に一瞬空気が固まるが、すぐに先ほどの態度に一部の生徒から不満が漏れていた。
「あいつ」
家庭教師になってから少しは他人との付き合い方が改善されたと思ったんだが、それは中野姉妹限定だったようだ。
そしてまた中野姉妹へと興味が戻り、そろそろ五人も疲弊しているのがわかった。
「長尾」
「なんで俺を見る。前田」
前田は俺にあの状況をどうにかしろと言わんばかりの視線を送っている。
「仕方ない」
俺は囲んでいる連中の方へと足を向ける。
「おーい」
「みんな、やめよう。ね?」
俺が声を発したと同時に連中に向けて声を掛けた人物がいた。
「そんなに一気にまくし立てたら中野さんたちも困っちゃうよ。ね?」
ウィンクをして周囲の連中を落ち着かせたのは去年も一緒だった武田だ。
「確かに武田の言う通りだな」
「はしゃぎ過ぎちゃった。ごめんね」
武田の一声に騒いでいた連中が落ち着きを取り戻す。
「だけど、気持ちはわかるよ。五つ子だなんて。みんな、君達のことがもっと知りたいんだよ。ね?」
一応、一年間同じクラスだったけど、こいつのこのウィンクは未だに慣れん。
とりあえず、どうにかなりそうだし俺は自分の席へと戻るのだが、前田に「もう少し頑張れよ」なんて言われたのは腑に落ちない。
「あれ? 長尾君が隣なんだ」
「ん?」
自分の席に戻ると隣から声を掛けられ見ると毛利さんがいた。
「同じクラスだったのか」
「うん、高校最後の年よろしくね。あ、今更かもだけど、私は毛利明里」
カバンを机の横に掛けて自分の席に座った毛利さんが改めて俺に名前を名乗ってくれた。
「あぁ、よろしく。俺は長尾誠司」
「知っている人が隣で安心したよ」
そうは言うが、彼女とは両手で数えられるほどしかまだ会話していない気がする。
それでも何度か会話したことあるってだけでもだいぶ変わるか。
「セージ君の裏切り者」
「うが」
制服の上着を引っ張られ後ろを振り返ると一花がふてくされてますと言わんばかりに頬を膨らませ、後ろの席に座っていた。
そういや、俺の後ろの席だっけ。
「裏切り者って」
「助けて欲しかったんだけど」
「その前に武田が動いてくれたんだよ」
一応、俺も動こうとはしてたからな。
ただ、武田の方が早かっただけ。
「もっと早く動いてよ」
「悪かった」
「相変わらずだね。二人」
そんな俺達のやり取りを温かい視線で毛利さんは見ていた。
「あ、ごめんね。急に。去年の林間学校の時に写真撮らせてもらったんだけど」
「あ、うん。覚えてる。写真もありがとう」
「ううん、本来の仕事をしただけ。それで一花ちゃんって呼んで大丈夫? ほら、姉妹全員いるし」
「そうしてくれるとこっちも助かるかな。えっと、毛利さん?」
「明里でいいよ。友達とか皆そう呼んでるし五月ちゃんもそう呼んでる。ね? 五月ちゃん」
「へ、あ、はい」
一花のさらに後ろが五月の席、毛利さんはそっちに視線を移して五月にも話を振る。
そういや、去年は五月と同じクラスだったんだっけ。
しかし、新年度一日目で名前を呼び合うところまでいくのは互いにコミュ力があるからこそか。
「なんか新鮮」
「ん?」
毛利さんが五月と話していたが一花の言葉に俺は後ろに視線を向ける。
「セージ君が隣じゃないの」
そういや、一花が転校してから席替えはなくてずっと隣の席だったもんな。
「前後になっただけだろ」
「そうなんだけどね。景色がやっぱ違うなって」
俺も隣が一花じゃない事に若干違和感を抱いてはいるけど、結局後ろにはいるからあまり距離的には変わらない。
「てか、前見えるか?」
出席番号順でどうしても俺の方が前になる。
その為、黒板とか見えるか気になって聞いてみた。
「大丈夫だから。あれだったらセージ君に聞くし」
「あのな」
「オリエンテーション始めるぞ」
すると担任が入って来てその一声に皆が席に戻る。
そして新年度、新学年で担任から最高学年という立場について心構えみたいな話を始める。
だが、途中で言葉がつまる。
「……なんだ?」
その担任の視線は俺の後方へ。俺はそっと後ろを見ると四葉が手を上げて立っていた。
「このクラスの学級長に立候補します!」
「ええー、まだ誰も聞いてないけど」
「そこを何とかやらせて下さい!」
「反対もしてないけど……まぁ、他にやりたいやついないなら」
そしてあっという間に女子の学級長は決まり、その後は学級長である四葉が仕切る為に四葉は前へと出て男子の学級長決めへと移る。
「なぁ、四葉ってこういうのやりたがるタイプだったか?」
俺は軽く後ろに体重を掛けて一花に話しかける。
「うーん、誰かの人助けはする子だけどこんなにやる気なのは珍しいかも。てか、恥ずかしい」
そう言って当人でない一花が顔を仰ぐように手をパタパタさせていた。
その間にも周囲の男子からは誰がやるかという話題が出ている。その候補として武田があがる。
俺としては誰でも良いからこのまま決まってくれる事を願っている。
「先生。私、学級長にピッタリな人を知っています!」
すると四葉が自信満々にそう告げた。
その視線は前の方、俺はまさかと思ってそちらを見る。
「上杉風太郎さんです!」
「はぁ?!」
それまでオリエンテーションなんて興味なく、相変わらず勉強していた風太郎もさすがに手を止めて四葉を見る。
そして先ほどの風太郎の態度にあまり良い印象を抱いていない連中はざわついている。
「よし、次の係も決めるか」
「先生! 俺はやるとは言ってません!」
だからといって他にやりたがる連中はいない。
武田も自分から立候補する気配もなく学級長は風太郎に決まった。
「四葉の野郎、余計なことを」
「良い機会だから少しはクラスの皆とも接しろよ。それに四葉と一緒ならまだやりやすいだろ」
休み時間、トイレで風太郎の愚痴を聞いている。
学級長にされたのは同情するが、相方が四葉ならどうにかなるだろう。
「ところで。武田は風太郎に何か用か?」
先ほどから風太郎に向ける視線がひとつ。
それは先ほど学級長候補として他の奴らが名前を挙げていた武田。
「上杉君、君は随分彼女達に信頼されているみたいだ。ね?」
そのウィンク、やらないと死ぬのか?
「だからなんだ? 学級長なんて勉強の足枷でしかねぇ」
最近はまともになったかと思ったが、相変わらずの勉強しか頭にないな。
「ふふふ、昔から変わらないね。君も。流石は僕のライバルだ」
そう言って武田は男子トイレから出て行った。
「なに? お前らライバル関係だったのか?」
「いや? てか、あいつ誰だ?」
「……はぁ」
風太郎、まずはクラスメイトの名前と顔くらい覚えてくれよ。
あの五つ子より難易度低いんだからさ。
俺は呆れつつ、風太郎と共に教室へと戻ろうとトイレを出る。
「あー! 見つけた! こんな所にいたんだ! 四葉ちゃん!」
出てすぐ聞こえたのはクラスの女子が四葉を呼ぶ声。
その声に無意識にそっちを見るとそこにいたのは三玖。
「先生が呼んでたよ」
「む……」
四葉を呼びに来た女子二人は三玖を四葉だと思い込み連れて行こうとする。
一方、三玖は否定するタイミングを逃している様子。
「そいつは四葉じゃないぞ。三女の三玖だ」
「お」
そんな状況に風太郎が間違いを指摘した。
「え」
「そうなの?」
風太郎に言われて女子二人は三玖に確認する。そこでようやく三玖もハッキリと言えた。
「ごめんね。まだ覚えきれなくって」
「問題ない。慣れてる」
これまでも何度も間違われる事があったからか三玖はそこまで気にしていない様子。
「あ、今度こそ四葉ちゃんだ」
そう言って駆け寄った先にいたのは五月。
「そっちは五月だ」
「みんな同じ顔でわからないよ」
俺がそう指摘すると彼女達は頭を悩ませる。
やっぱ誰もが最初にぶち当たるよな。
「いいか!? 面倒なら身に着けるアイテムだけで覚えろ! このセンスの欠片もないヘアピン。俺はそうしている」
「いきなり失礼な話ですね」
本人の目の前で言うか?
いや、それが風太郎なんだけどさ。
「四葉はあの悪目立ちリボンだ。それだけ覚えておけば間違いない」
風太郎、お前は普通に言えないのか?
てか、風太郎も大概だと思うけどな。
それでも、最初の頃に比べたら五つ子を判別出来るようにはなってきたが。
「上杉君凄いね!」
「ありがと!」
一方、女子二人は感心している様子。
「意外でびっくりしちゃった! ちゃんと中野さん達のこと見てたんだ!」
「いや……そうじゃなくて」
「さすが学級長だね!」
いつの間にかその女子に囲まれる風太郎。
そして二人はもっと中野姉妹の事を教えて欲しいと向こうに姉妹の誰かがいるようで風太郎を連れてその誰かの元へと行ってしまった。
「あの女生徒……フータローにベタベタと」
「ふふ、いいじゃないですか」
連れて行かれた風太郎に頬を膨らませる三玖。
「きっと彼も変わってきてるんですよ」
「だと良いんだけどな」
変わったと思えば相変わらずな部分も見える。
それでもさっきの二人を邪険に扱わなくなったのは成長なのかもしれない。
「四葉が推薦したのも間違いじゃなかったですよね」
「……もしかして、四葉は風太郎のために?」
四葉が何故自ら学級長に立候補し風太郎を推薦したのか。
その理由がわからなかったのだけど、五月の口ぶりだと風太郎の為という事になる。
「周囲の彼への評価を気にしていたみたいですから。ま、気にしていたのは四葉だけではないですが」
「あー、そりゃお気遣いありがとう」
こうやって心配してくれる人がいる事は家庭教師を始めて変化した一番の部分かもな。
「でも、ああして慕われる彼を見ると少し焼けてしまうのもわかります」
「!」
その五月の言葉に三玖が勢いよく五月を見る。
「と、友達としてですよ!」
本当、三玖は風太郎の事になるとわかりやすく態度に出るな。
「俺も風太郎の成長に嬉しさと寂しさを感じるからな」
「やっぱりセージはフータローの親?」
「勘弁してくれ」