「長尾君、お疲れ。あがっていいよ」
「はーい」
休日、開店から夕方までバイト。開店からひっきりなしの店内。
今もまだ客足は絶えない中、俺は店をあとにする。
「さて、行きますか」
向かうはあの五つ子の家。
ただ、今日はこれまで以上に緊張している。
「話しがしたいか」
風太郎がようやく俺の件で親父さんに話してくれたまではいいが、俺と話しがしたいとの事でお呼出しをくらった。
「とりあえず、手土産は準備した」
バイト先のケーキ、無難なイチゴからショコラケーキやら定番の物、あとは店長から新作の意見が欲しいと新作のケーキ。何が好みかわからないけど、これだけ種類あればどうにかなるだろう。とりあえず、姉妹の分と親父さんの分。
あとは昼から家庭教師をしているはずの風太郎の分にお土産にらいはちゃんのも用意しておいた。
「えっと、番号は」
マンションの玄関に到着。オートロックだから基本的に出入りするには中からロックを解除してもらわなきゃならない。
「あ、長尾君」
「ん? おぉ、五月。丁度良かった……て、風太郎が家庭教師で来てるはずだが」
「彼に教えてもらうつもりはありませんから、それに落ち着いて勉強出来なさそうだったので図書館へ」
「そうか」
本当にいつになったら風太郎とのわだかまりが解けるかな。
それでも勉強する気あるから可能性がゼロではないんだけど。
「そういえば、お父さんと話しをするんでしたっけ」
オートロックは五月に開けてもらい一緒に家へと向かう。
30階まで向かうエレベーターの中で俺が今日来た理由を五月は再確認してきた。
「あぁ、ところで親父さんはケーキ嫌いだったりとかないよな? 一応手ぶらじゃあれだと思って」
「……お父さんは帰ってきませんよ。忙しい人なので基本家には居ませんから」
その言葉に俺は手にしていたケーキの箱を落としそうになるが、五月がキャッチしてくれた。
「あぶないですよ!」
「あ、悪い。てか、それじゃ俺は誰と話すんだ?」
「多分、家に電話が掛かってきますからそこでお話するって事では?」
それを聞いた瞬間、俺は体の力が一気に抜けしゃがみ込んだ。
「なんだよー」
「長尾君でも緊張するんですね」
見上げると五月は笑っている。
「俺も君と同じ高校生だぞ」
そりゃ誰だって同級生、それも女子の父親と対面で話すとなると緊張するもんだろ。
しかし、そうなるとケーキひとつ余るけど、誰かが食べれば良いか。
そうして少しだけ気持ちが楽になった俺は中野家にお邪魔するのだが。
「とりあえず、お父さんに連絡入れてみますね」
「あぁ。頼む」
「不法侵入!」
「違う! 俺は取りに来ただけだ!」
風太郎と次女の彼女の声が響いている。
「また二乃とですか」
五月とも折り合い悪いがあの彼女ともアレだからな。
彼女に関しては俺も風太郎と同じように敵意むき出しにされているが。
「二乃」
「風太郎」
リビングの扉を開けるとそこにはタオル一枚しか巻いていない次女とそんな彼女をまるで押し倒すような状態でいる風太郎がいた。
「最低」
隣から聞こえてきたのはこれまで聞いた事のない五月の低い声、そして持っていたスマホで現場の写真を彼女は撮っていた。
それからすぐにバイトから帰ってきた中野さんと風呂から上がった三玖が合流し、風太郎は法廷へと立たされる。
「裁判長、ご覧下さい。被告は家庭教師という立場にありながらピチピチの女子校生を目の間に欲望を爆発してしまった。この写真は上杉被告で間違いありませんね」
「え、冤罪だ」
五月の主張に風太郎は否定の意志を見せる。
「裁判長」
「はい、原告の二乃くん」
裁判長を務める中野さんは発言を許可する。
「この男は一度マンションから出たと見せかけて私の風呂上がりを待っていました。悪質極まりない犯行に我々はこいつとその友人の出入り禁止を要求します」
「お、おいそれはいくらなんでも」
「てか、その友人って俺だよな? 俺もかよ!」
「一花! 俺は財布を忘れて」
「中野さん、俺は無関係」
「……」
俺と風太郎の発言など聞こえないと言った素振りで彼女はあっちの方向を向く。
「さ、裁判長」
「はい」
風太郎が改めて言い直すとニッコリと反応した。
どうやらこの場では裁判長と呼ばなければならないらしい。
「異議あり」
手をあげ、裁判長に発言の許可を求めたのは意外にも三玖だった。
「フータローは悪人顔してるけどこれは無罪」
悪人顔。フォローしてくれてるんだけど、それはどうなんだ?
「私がインターホンで通した録音もある。これは事故。それにセージは今回の件に関係ない」
「三玖~」
三玖が弁護に入って風太郎は拝むように三玖を見ていた。
「……良いわ。そいつに関して今回は見逃してあげる」
「見逃すも何も俺は何もしてない」
「けど、こいつはハッキリ【撮りに来た】って言ったの! 盗撮よ」
「忘れ物を【取りにきた】でしょ」
日本語って音だと判別難しい時あるよな。
だから主語が大事なんだけど。
「裁判長。三玖は被告への個人的感情で庇ってまーす」
「ち、違」
お?
この反応。
さっきまでの冷静さは一変して二乃の言葉に三玖の視線が泳いだ。
「三玖……信じてくれると信じてたぜ」
「それ以上近づかないで」
さらに風太郎にこの反応。
これはやっぱり風太郎に祝福の言葉を考えるべきか?
と、俺が腐れ縁の春の予感に考えを巡らせている間に二人はヒートアップし話題は風太郎の話から逸れつつあった。
「い、今は私たちが争っている場合じゃ」
「五月は黙ってて」
「てか、あんたもその写真消しなさいよ」
五月が仲裁に入ろうとしたが、二人は似た顔で鋭い視線を五月に向けた。
「裁判長~」
「よーしよし頑張ったね」
こればっかりは五月が可哀想だ。
「うーん、三玖の言うとおりだとしてもこんな体勢になるかな?」
裁判長は現場証拠となる写真に目を通す。
「裁判長、証拠写真を拝見しても?」
「許可できません」
ニッコリ笑顔で即拒否された。
「なんで……って、悪い。配慮が足りなかった」
よくよく考えたらタオル一枚の女性が写っているわけだ。
そりゃ見せられない。俺が考え無しだった。
「では、裁判長。発言の許可を」
「はい、どうぞ」
とりあえず、今は状況の整理だ。
「オートロックは三玖が開け、そして風太郎はここに戻ってきた。その忘れた財布はどこに?」
「あそこだ」
風太郎が指さしたのは事件が起きた付近。
「風太郎、お前この部屋に入って誰もいなかったのか?」
「いや、二乃がいた。最初は三玖だと思ったがそこのソファーに座って髪を乾かしてた」
「部屋の間取りからしてその時点で君は風太郎に気付くはずだ。気付かなかったのか?」
ソファーはリビングと玄関を繋ぐ扉のほぼ正面、誰かが入ってくればわかるはずだ。
「誰かが入ってくるのはわかった。けど、お風呂から出たばかりでコンタクトしてなかったから誰かまでわからなかったし、そいつ無言だったし」
「風太郎は三玖だと思ったから財布取りにきたなんてわざわざ説明もしなかったって感じか?」
「そ、そうだ。だけど、二乃は俺を三玖だと勘違いして。俺は黙ってさっさと財布を取って帰ろうとしたんだ。けど、コンタクトを取れって言われて」
バレたら面倒くさいと思って黙ってたのかもしれないが、どちらにせよ面倒な事になった訳だ。
「はぁ? じゃ、なんで私に覆い被さってきたわけ?」
「フータロー、本当?」
「そうだが、それは」
「やっぱ有罪、切腹」
「三玖さん?!」
おいおい、それも個人的感情だろ。
さっきまでの弁護はどうしたのさ。
「それは棚」
「棚から落ちた本から二乃を守った?……」
その証言は風太郎からではなく五月から出たものだった。
彼女は写真を注意深く見て何かに気付いた様子。
「よく見ればそうとも受け取れますが、違いますか?」
「その通りだ! ありがとな。五月!」
「お礼を言われる筋合いはありません。あくまでも可能性のひとつを提示したまでです」
その五月の言葉に三玖や中野さんも納得した様子だが、当人はというと。
「何、解決した感じ出してんの!? 適当なこと言わないで」
ま、本人からしたら納得は出来ないよな。
「二乃、しつこい」
「あんたねぇ」
「まぁ、そうカッカしないで。私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃん」
「っ」
二乃と三玖の仲裁に中野さんが入ったが、それじゃまるで今は仲良しじゃない言い方だな。
俺からすれば今も仲良し五つ子に見えるが。
「だが、風太郎。お前の行動の結果が一因しているのは間違いないぞ」
「わかってる。俺の注意不足が招いた事故だ。悪かったな」
風太郎は改めて謝罪をするが、当の本人は風太郎の言葉なんて聞いていない様子。
「昔はって……私は」
ぱっつん前髪はバタバタと家を出て行ってしまった。
「おかげで助かったが、あいつ出てったぞ。いいのか?」
「……ほっとけばいいよ」
風太郎の言葉に三玖はそう返し、他の姉妹も追いかける事はなかった。
『君が上杉君と共に家庭教師をしてくれるという長尾君か?』
「はい、長尾誠司と申します」
事件解決後、風太郎にお土産のケーキを持たせ先に帰ってもらい俺は本来の目的である中野家の親父さんと話していた。
最上階の星がよく見えるベランダで俺は少し緊張しながら事情を説明する。
「風、上杉も五人を教えるとは当初知らなかったようで彼もまた娘さん達と同じ学生です。マンツーマンなら問題なかったでしょうけど、彼は教師ではありませんから多人数を教えるのは難しいとの事で」
本当は風太郎がやらかした事で風太郎を拒否している人がいるとはさすがに言えない。
「ですが、俺は別のバイトもしている都合で上杉より彼女達を見ていられる日は少ないと思います。俺が手伝う事に関して契約違反という事なら俺は手伝いません。ですが、上杉の家庭教師はそのまま」
『いや、君にも頼もう。給料も同じく支給しよう』
「……よろしいのですか?」
意外にも簡単に許可が下りて正直驚いている。
それも給料も出すと。金持ちからしたら大した額ではないのだろう。
『君なら安心して任せられる』
「え?」
『それじゃ、今後よろしく頼むよ』
「あ、はい」
そうして電話が終わり、俺は深い息を吐いた。
「てか、俺なら安心って。素性調べられた?」
金持ちならやれなくもない。事前に調べた結果俺は無害と判定されたのか?
「話し終わったみたいだね。大丈夫だった?」
「ん、電話ありがとう。中野さん。案外あっさりしてた。ところで、親父さんに俺の事何か話した?」
「え? ううん、最近話す機会もないくらいだから」
「そうか」
俺の様子を見に来た中野さんに子機を返すついでに気になっている事を聞いてみたけど出所はここじゃないらしい。
一番情報が手に入れやすいとしたらここだと思ったんだけどな。
となるとやっぱり探偵でも雇ったか?
「しかし、気合い入れてたんだけどな」
「はは、ケーキまで用意してくれてたもんね。ありがとう。ご飯、食べたあとに頂くね。ま、うちのシェフは飛び出して行っちゃったから夕飯まだしばらく先なんだけど」
「中野家って自分達で料理するのか?」
「なに? 専属の人いると思ったの?」
いや、まぁ迎えに来る執事さんみたいなのいるし居てもおかしくないと思ってた。
けど、よく考えたら家政婦さんとか見掛けないもんな。
「ここに越してきたばかりの頃はね。お父さんが雇ってくれたんだけど、二乃が追い返しちゃったんだ。ま、私たちの生活習慣とかうるさい女の人だったから」
「生活習慣……ね」
一番の問題児でありそうな隣の彼女をチラリと見ると彼女は俺の腕をつねった。
「何も言ってないだろ」
「目が物語ってました」
しかし、男だから俺らを毛嫌いしていると思ったけど、男に限った話しじゃ無いみたいだな。
「ま、それで私たち五人の家によそ者が入る余地なんてないって追い返しちゃったの。そして料理担当はいつの間にか二乃になってたの」
「なるほどな」
「ん?」
その言葉で俺は何故あの子が俺や風太郎をあんなにも毛嫌いするのかわかった。
そして先ほどの言葉を思い出す。
【昔は仲良し五姉妹だったじゃん】
【昔はって……私は】
「さて、俺の用事は済んだから帰る。それと今後は俺も家庭教師だからもう遠慮はしない」
室内へ戻りながら俺は軽く背筋を伸す。
今まではあくまでも手伝い。けどお金をもらうとなると中途半端という訳にはいかない。
「しっかり見てやるからな」
まだベランダにいる彼女へと振り返り俺はそう宣言する。
「は、はは。お手柔らかにして欲しいな」
「それは中野さん次第」
「……あのさ」
「ん?」
まただ。
最近彼女は時より俺に真剣な眼差しを向ける。
「ううん。やっぱいい。ケーキ、ありがとうね」
「お、おう」
彼女はそう言って俺を追い越して先に中へと入っていった。
少し気になるが、これ以上あまり突っ込んでもあれだと俺はそのまま中野家をあとにする。
「五人の家にあんた達が入る余地なんてない」
「ん?」
エレベーターを降り、マンションの玄関口に来ると先ほど中野さんから聞いたものと似た言葉が聞こえた。
オートロックの扉の外には風太郎、そして飛び出した次女がいた。
俺は出て行かず少し様子を見る事にした。
「俺らが嫌いってだけじゃ説明付かないんだよ」
「もういい。黙って」
「姉妹の事が嫌い? むしろ逆じゃないのか?」
そう、この子は嫌いどころか。
「五人の姉妹が大好きなんじゃないのか」
だから俺達が気に入らない。いや、俺達に限った話しじゃない。
きっと誰であろうと五人の仲に誰かが入ってくる事を嫌う。姉妹が大好きだから
「何それ……見当違いも甚だしいわ。人のことわかった気になちゃって。そんなのあり得ないわ。キモ」
そんな言葉を投げつけ少しの沈黙が流れる。
そろそろ俺も出て行くかとオートロックの扉の前に立つ。
「そうよ。大好きよ……何よ。悪い?」
「あ」
扉が開いたタイミングで彼女は照れた様子でそう溢した。
「あんた……」
顔を紅くして俺を見上げる彼女。
てか、君も風太郎も座り込んでたらご近所さんが何事か?って思うだろう。
「あー、何の話しが知らんが。俺も正式に家庭教師となった。君の親父さんからも許可はもらった」
「な」
とりあえず報告はしておかなきゃな。
「あー! もう! 勝手にしなさいよ! けど、あたしも勝手にするわ!」
バッと立ち上がり彼女は俺と風太郎にいつものあの視線を向ける。
「私はあんた達を認めない。たとえ、それであの子達に嫌われようとも」
宣戦布告。
ま、すぐにどうにか出来ると俺も思っていないからな。
「二乃。いつまでそこにいるの。早くおいで。お腹空いたし、セージのケーキも食べれない」
すると三玖が彼女を迎えに来た様子。
「あ、フータローとセージまだいたんだ。丁度よかった明日」
「三玖! 帰るわよ」
「でも、まだ話しが」
「いいから」
三玖の言葉を遮り三玖を連れてマンションへと入っていく。
ふと俺はある事を思い出す。
「あ、おーい。誰が食うかわからんけどさ。イチジクのケーキの感想を頼まれたんだ。次の時に感想頼む」
「知らないわよ!」
別にお前じゃなくても良いんだが。
「さて、帰るか」
「おう。誠司、これからよろしくな。お前が居てくれるなら安心だ」
「どうかな」
手強い相手があれだからな。
「何せ。俺の先生だし」
「昔の話しだろ」
そう、昔の話。