「すみません。長尾君」
ホテルに戻ってきた俺を最初に迎えたのは五月だった。
「私がもう少し一花を留めていたら」
「いや、五月は悪くないさ。んで、一花は?」
「えっと、ホテルにはいるとは思うんですが私が少し目を離した隙にどこかに。さすがに就寝時間前には戻ってくると思いますが」
また一花を探すとしてもこのホテルもデカい。
就寝時間前に戻ってくるのを狙ってもその後に話せる時間もそんなにないだろうし。
「……ちょっと考えるわ」
歩き回って疲れた状態だと頭も回らず、とりあえず俺は割り当てられた部屋へと向かう。
「長尾」
「あのさ」
「浅井に朝倉」
俺の部屋の前まで来ると浅井達がいた。
「悪い!」
「すまん!」
二人を俺に向けて頭を下げた。
「なんだよ。突然」
「いや、昼間俺達がお前に絡んだだろ?」
「それでなんか中野さんとお前が変な感じになったっぽいのって俺達がアレなのかなって」
タイミング的にそんな感じもするが、俺自身その原因をまだわかっていない状況だから二人の謝罪は正直困る。
でも、こういう風に悪いと思った事はこいつらしっかり謝ってくれるんだよな。
だから友達としてこれまで付き合ってきた。
「俺もよくわからんからその謝罪は保留にしておく。けど、俺と毛利さんはそんな関係じゃないから。そこだけは反論させてもらう」
「あー、それな」
「いや、俺らも違うってのはあの後よーくわかった」
浅井は天井を見て、朝倉は床を見る。
その瞳はどちらも無気力な瞳だった。
「山頂に行ったら吉川と」
「仲良く写真撮ってた」
どうやら毛利さんの方は上手くいったようで俺はそうかそうかと頷く。
「誠司、戻ったのか?」
廊下にいる俺達の会話が聞こえたのか部屋から風太郎が顔を出してきた。
「とりあえず、二人の謝罪は毛利さんとの事だけ受け取っておく。だからこの件の事は気にすんなよ」
そう言って俺は部屋へと入る。
今日はもう俺は心身共に疲れ切ってるからな。
「悪かったな。急に」
すでにホテルに戻ってきた風太郎達に謝罪を入れながら俺はベッドへと体を投げ出す。
「お前がいないから隠れて写真撮るしかなかったんだぞ」
「すまん。今度、前田と松井の写真撮ってやるよ」
「な?! 松井は関係ねえだろ! こらぁ!」
前田の怒鳴り声は色々と考えたい今の俺の頭には大して響くことはなく、一花の件がひたすらぐるぐると回っている。
しかし、ぐるぐると回るだけで何か掴めるものがない。
「まぁまぁ、それよりそろそろ夕食だ。長尾君、大丈夫かい?」
「ん? あー、そういえば昼食べ損ねたな」
なるほど。エネルギー不足で頭も回るわけもないか。
けど、体はもう少し休ませてくれと言っている。
「悪い。少し休んでから行く」
「誠司、本当に大丈夫か?」
風太郎が心配するほど今の俺は相当あれなようだ。
「平気だから先に行ってろ」
そうして風太郎達が先に夕食を取りに部屋を出て静かになった部屋で俺はしばらく目を閉じる。
思い出すのはやっぱり一花の事。
なんであんな表情したのか。そして逃げたのか。
あの表情は何回か見た事がある。今にも泣きそうで辛い事があった時に見せたやつだ。
俺はポケットの入れているスマホを取り出す。
「既読もつかねえのかよ」
何回も送ったメッセージに既読の文字はない。
「ここはまでされると流石にへこむぞ」
とは言ってもそうさせる原因が俺にある可能性が高いから俺がへこむのは筋違いなのかもだが。
そして俺はまた目を閉じる。
また来る事が出来た京都。
あの子との思い出巡り。なんて出来るほど俺はあの子と回った所なんてほとんどない。
竹林から風太郎がまだ合流していない事を聞いて俺は自分の班を抜け出し風太郎を探しに回った。
その頃、別に風太郎とはそこまで仲良くなかった。
親同士が知り合いだから俺達も知り合い程度。
それに当時の俺は勉強ばかりしていた真面目野郎、一方風太郎はクラスに一人はいる賑やかしのやんちゃ野郎。
対局にいた俺達。それでもお互いの家の事情はなんとなく知っているそんな友達のようで友達じゃないという微妙な距離感だった。
でも、風太郎がいないって聞いた俺はそのまま観光を続ける気は無かった。
それはきっと修学旅行前に六花との会話があったから。
【風太郎くんとなかよくだよ。お兄ちゃん】
【班違うし、そもそもあいつとは】
【なかよくだよ。それでたのしい話、いっぱい聞かせてね】
仲良くという訳じゃないけど、風太郎が一人でこのまま修学旅行を終えたら俺自身が楽しくないと思った。
だから、俺は班のやつらに適当な理由を言って抜け出して風太郎を探した。
風太郎を見つけたのはとある観光名所の神社。
見つけた時はすでに陽が落ちていて。そして風太郎の横にはあの子がいた。
「ん……そろそろ行くか」
気付けば三十分ほど経っていた。
少しだけ体は楽になったけど、やっぱり頭の方はまだ思考出来ていない感じだ。
食事してから考えた方が何か思いつくかもとようやく少しは軽くなった体を起こして夕食会場へと向かう。
「セージ」
「長尾さん」
夕食会場の途中、廊下で四葉と三玖に遭遇した。
「三玖」
そうだ。
三玖に直接謝らないとな。
「すまん三玖。俺がチャンスを壊した」
俺は三玖に向けて頭を下げた。
「三玖! 長尾さんは悪くないから」
頭を下げる俺を見て、四葉は首を振る。
「元々私が長尾さんに手伝って欲しいって。三玖がパンを渡して」
四葉が事情を話している時だった。
俺が顔を上げると二人がいる先の突き当たりから風太郎が出てきた。
四葉達は丁度風太郎に背を向けている状況で気付いていない。
「四葉! 待て」
俺は四葉が続けて何を言おうとしているのか察して俺は制止させようとしたが。
「三玖が上杉さんに告白するのを」
「は?……今、なんて」
その風太郎の声に四葉と三玖は後ろを振り返り、そこでようやく風太郎がそこにいる事に気付く。
四葉はしまったとばかりに体を跳ねさせる。
「上杉さん……もしかして今の聞こえて」
「!」
風太郎の体がビクッと反応する。
それを見て三玖は駆け出した。
「三玖!」
俺の呼びかけで制止する事もなく去っていってしまった。
まさか一日で二度も似た状況を前にするなんて。
いや、それよりだ。
風太郎に追わせるか?
でも、追わせた所で三玖にとってはまだ心の準備は出来ていないはず。だからこそ逃げ出しただろうし。
風太郎も状況掴めず自分から追える状況じゃなさそうだしな。
「四葉、三玖を頼む」
「あ、はい」
三玖の事は四葉に任せ、とりあえず俺は放心状態の風太郎の方だ。
「その反応だと聞こえたろ」
「聞こえて、ねーよ」
言い淀んで視線逸らしてそれは説得力なさ過ぎだ。
「……本当だったんだな」
「ん?」
「その、み、三玖が俺に……好意を抱いてくれたことは」
「は? お前、自分からモテ期とか言ってて疑心暗鬼になってたのか?」
自分にモテ期が来たと二乃と三玖から好意を寄せられていると自分から言っておいてそれはないだろ風太郎。
「いや、三玖に関してはあくまでも俺の憶測で」
顔を赤らめ、口を押さえながら自分に三玖が好意を抱いている事が確信に変わった事で風太郎は戸惑っている様子。
「色々あって。そうなのかもと考えるようになったんだ」
三玖は最初に風太郎にアピールしてたからな。
「んで? 疑惑は確信に変わった訳だが、追うのか?」
「いや、三玖の口からは聞いてはいないから俺からどうこう言うのは違うだろ。逃げたって事は……つまり、その、告白とか……そういうつもりじゃなかったって事だろ」
「……お前、本当に風太郎か?」
そこまで人の気持ちを考えられるようになっていたとは。
「俺の事はいい! 誠司は誠司であるだろ。一花との事」
それを言われたら俺もこれ以上何も言えない。
「とりあえず、飯食ってまた考える」
俺は風太郎と別れ、夕食会場へと再び向かう。
俺は少し体調が悪いと言うことになっていたのか先生から声を掛けられ、大丈夫ですと答える。
遅れた分さっさと食べてしまおうと箸を進めるが、思考が一花の件で埋め尽くされて夕食もまともに味わう事は出来なかった。
「盗撮?」
「本当?」
「さっき、上の階で悲鳴上げてた子達いてカメラ向けられたって。でも、犯人の顔はわからないみたい」
まだ食べている女子達の間でそんな話題が出ていた。
「盗撮とか物騒だな……ん? いや、まさかな」
結局、夕食後も一花と連絡は取れず。
部屋を訪れようとも考えたが、さすがに女子部屋に押しかけるのは色々と変な噂が流れそうだから今日はもう諦めて大人しく部屋に戻った。
「はあああ」
「おい、上杉。何回もため息ついてんじゃねえよ」
就寝時間、風太郎から聞こえた深いため息に寝ようとしていた前田から苦言が漏れた。風太郎も俺と同様頭を悩ましている様子。
「ところで明日は予定通り」
「あー、悪い。俺ちょっと別行動また取るわ」
武田が明日の予定を再確認している所に俺は謝罪を入れる。
一応スケジュールだと明日も班で観光地を回る予定だけど、一花と話す為に明日も潰す覚悟じゃなきゃな。
「なら、俺もだ」
「上杉もかよ」
風太郎も風太郎で明日行動を起こすみたいだ。
「友が困っているなら力になる。それが真の友情だよ。ね?」
武田、悪い奴ではないんだがそのウィンクだけはどうにかならないか?
とにかく二人には許可をもらって俺の明日の行動が決まった。
その後、前田と武田は昼間の山頂までの道のりで疲れたのかすぐに寝息が聞こえた。
俺も寝ようとしたが、一花の件を考えるとなかなか寝付けない。
前田が真っ暗だといざという時困るだろという理由でオレンジの電球が付いている天井を眺める。
「そういや、持ってきたっけ」
リュックに手を伸し、中からある物を取り出す。それはあの頃かけていた伊達眼鏡。
修学旅行の荷造りをしていた時、ふとそれに手を伸しリュックに入れていた。
久しぶりにそれをかけてみる。
もちろん伊達眼鏡だから特に大きな変化はない。
「その姿、懐かしいな」
隣を見ると風太郎もまだ起きていたらしく俺を見てそう言ってきた。
「あの頃の俺にとってこいつは変身アイテムだったからな」
父さんのように頭が良くなれると思って俺は常にこいつと一緒だった。
眼鏡を外し、またリュックへと戻しながらまた六花の事を思い出す。
「……楽しい話を聞かせてやりたいからな」
そうして俺は明日の為に目を閉じた。