修学旅行、京都と聞いて私はあの時の事を思い出す。
ずっと探していた四葉が旅館に戻ってきたかと思えば出会った男の子達の事を楽しそうに話していた。こっちの心配なんて知りもしないでと思いながら私は四葉の話を聞いていた。
ただ、あまりにも楽しそうに話すからちょっと覗きに行ってみよう。
最初はそれだけだった。
【やっぱ、お前の方が撮るのうまいよな】
【ふ、伊達にカメラマンの息子してねえよ。あれなら親父に教えてもらえよ】
【そんな時間ねえよ】
大広間から聞こえる会話にそっと覗くとカメラのレンズが私の方に向いた。
そしてカメラを下ろして顔を見せたのは眼鏡をかけた男の子。
【あ、風太郎。あの子、戻ってきた】
【よし、退屈してたところだ。何かしようぜ】
そしてその眼鏡の男の子の声に寝転んでいた体を起こしたのは金髪の目つきの悪い男の子。
【じゃ、じゃあ七並べ!】
そして私たち三人で七並べを始めた。
【おい、ハートの四止めてるの誰だよ! 誠司か?!】
【さぁな】
【私じゃないよ】
【うー、タイム! トイレ行ってくる!】
金髪の男の子はそう言って大広間を出て行くと眼鏡の男の子はまたカメラを手に取った。
【何か撮ったの?】
私は彼が見ているモノを一緒に見ようと覗き込むとそこには京都の観光地を写した写真達が続いていた。
その中で私が惹かれたのは夜の京都の街並み。
【すごーい。キラキラしてる! わたし、これすき!! すごいね!! きみ!】
【……そうか?】
【うん! 大人になったら写真撮る人になるの?】
他意はなく、ただその写真があまりにも私に刺さったから彼にそう聞いていた。
すると彼は首を振った。
【俺はさ。医者になって六花の病気治すんだ。だから、めちゃくちゃ勉強してる。医者になるにはたくさん勉強しなきゃいけないからな】
真っ直ぐ力強い瞳に彼が自分よりもとても大人に見えた。
なりたいものがすでにあって、その為に頑張っている彼がかっこよく見えた。
【すごい。もう、なりたいものあるんだ。きっと君ならなれるよ!】
それから数年、時よりあの時の彼は今どうしているのかなって思う時もあったりしながら気付いたら高校二年。そして姉妹揃って転校。
新しいクラスに入って自分の席に行くと隣の席の男子からの視線がずっと私に向けられていた。
私はあまり目を合わせないようにしながら席に着く。
変な人の隣になっちゃったかな。でも、転校生だし見られても仕方ないよねと思いながら彼を見た瞬間、京都の彼と重なった。
眼鏡はかけてない。でも、眼鏡をやめてコンタクトにしたのかも。
私は思いきって彼の肩を突いて声を掛けると見ていた事について謝罪された。
悪い人じゃなさそうと思いながら彼の名前が気になる。
「君、えっと」
「あ、長尾だ。長尾誠司。中野さんの言うとおり、仲良くしてた方が良いしな。よろしく」
セージ。たしか、金髪の彼がそう眼鏡の男の子を呼んでいた。
君、なのかな?
でも、名前が一緒なだけかもしれない。
最初は京都の男の子なのかなと気になっていたけれど、いつしかそれとは関係なく私はセージ君に惹かれていた。
京都の男の子の存在を気にしなくなるくらい私はセージ君を目で追うようになっていた。
けれど、とある一枚の写真がまた思い起こさせた。
それはセージ君が生徒手帳に忍ばせていた妹ちゃんの写真。
よく見ようとセージ君にお願いして生徒手帳を受け取った際、写真が二つ折りになっているのが気になった。
写真が可哀想だよと何気なくその写真を広げた時、隠れていた側に男の子がいた。それは眼鏡をかけた男の子。
記憶の中でうろ覚えになりつつあった男の子の形が鮮明に甦った。
やっぱり、君なの?
気付いたらセージ君に色々と聞いていた。
眼鏡を掛けていた理由はまさかの答えだったけれど、そんな所も可愛いなと思った。そして妹ちゃんの名前が六花ちゃんという名前である事。
答え合わせのようにどれも私が知っている答えと合っていた。
間違いなくセージ君は六年前の男の子だった。
だからこれは私の最後の切り札だったんだ。
なのに。
「その子と清水寺を回ってないし、どうして風太郎が持っている写真について知っているのか知らないけど、あれは俺が撮ったものじゃない」
ほんの少しのウソを交えただけ。
出会っていた事は本当なのに。
ほんの少しのウソがセージ君の信頼を壊してしまった。
焦ったんだ。
「俺の初恋は……四葉だったとはな」
ある仕事の帰り、アパートの前にいるセージ君の姿に私は胸を高鳴らせ声を掛けようとした。
けれど、聞こえたそのセージ君の言葉に声を飲み込み、離れていく彼を眺めるしかなかった。
セージ君が京都で会ったのが四葉だと気付いてしまった。
その事に私は焦りを覚えた。
ううん、その前から私はセージ君と四葉の関係に危機感を抱いていた。
セージ君が私たちの事をいつだって気に掛けてくれていた。
けれど、いつからか四葉に対してセージ君は特に気に掛けているように思えた。
だから、四葉だけ気をつけてればいいと思っていた。
けれど、三年生になって新しいクラスに。セージ君とは隣同士から前後へと席は変わった。
そしてその彼の隣には明里ちゃん。
去年の林間学校の件でセージ君とは仲良くなっていたらしいけど、今まで私がセージ君の隣の席だったからか私は落ち着かなかった。
四葉と明里ちゃん。
落ち着かない気持ちを時より抱きながら迎えた修学旅行の一日目。
フータロー君を追うために私たちも追いかけた先の山頂。
セージ君の姿が見えなくて、もう一つのルートの方へと足を伸した時に聞こえたのは明里ちゃんとセージ君が公園デートしていたとかセージ君が好きだと告白したとかそんな会話だった。
他の人なら何かの間違いだと思えた。
でも、明里ちゃんとセージ君の距離が近いと後ろから見ていて何度も感じていた。
それでも、私の方がセージ君との距離は近いと思っていた。
けど、すでに二人の関係が近いものになっていたとしたら。
向けられたセージ君の視線。私は交わるのが恐くて逃げ出した。
セージ君の口から聞いたら。
耳にした話が本当だったら私はもうセージ君の隣に居られないから。
来た道を駆け下りていると五月ちゃんと会った。
「一花、どうしたんですか?」
「ごめん。先に行くね」
顔を見られないようにと階段を駆け下りる。
「……私も行きます」
「五月ちゃん。山頂行ってないでしょ? 私は」
「いいえ、一花と行きます」
この子も言い出すと頑固なのは知っている。
私は諦めて五月ちゃんと一緒に降りてそのままバスへと乗った。
「あの、一花。何かありました?」
「ん? あー、ほら、私のこと気付いた人達がいてね。騒ぎになったら迷惑になっちゃうから」
それらしい理由を五月ちゃんに言うと納得してくれたけど、しばらくして五月ちゃんの様子が変わった。
誰かから連絡来たんだろうな。
五月ちゃんには悪いとは思いつつ、五月ちゃんを巻いて私は先にホテルへと戻った。
とりあえずこのまま就寝時間までセージ君に会わないようにしよう。
「はぁ」
こんな事をしてもいずれは顔を会わせなきゃいけないのはわかっている。
でも、まだ私は心の準備が出来ていない。
そして夕食の時間、帰ってきたみんながそのまま夕食会場に行っている間に私が部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら誰かが私とぶつかった。
「おっと、ごめんなさ……三玖?」
「!」
ぶつかった相手は三玖。
けど、顔を伏せたまま。何か様子がおかしい。
「三玖! どこー」
四葉の声、三玖を探しているようだけど三玖はその声に返事をする様子はない。
「部屋に戻ろっか」
私は三玖の手を取り、すぐそこの私たちの部屋へと入る。
体調不良というウソで先に鍵をもらっていたからしばらくは誰もここには入れないはず。
三玖をベッドへと腰掛けさせて私も隣に座る。
「ごめんね。昼間、勝手な行動しちゃって」
三玖の事には触れず、私は昼間の事についてまずは謝った。
「セージと……何かあったの?」
「あはは、そこでセージ君か」
三玖には私の気持ちを知られてるから当然といえば当然かもしれない。
「一花がおかしくなるのはセージしかいない」
おかしく……か。
「当たり。ていってもセージ君は悪くないよ。私が勝手にこうなっただけ」
思い出すだけで涙が込み上げてきそうになる。
それをぐっと堪えて私は笑う。
「恋って難しいね」
「……うん。難しい」
私がこぼした言葉にそう言って三玖は抱えている紙袋をぎゅっと抱きしめる。
そういえばずっと持ってるけど、大事なものなのかな。
「言おうって決めたはずなのに……けど、いざ気持ちを知られたら恐くなって」
「……え」
待って。それってフータロー君に告白したって事?
でも、知られたらって言い方。
「逃げ出した」
あぁ、三玖も一緒なんだ。
好きな人の事になると恐くなって逃げ出した。
私はずっとうつむいたままの三玖を抱きしめる。
「キラキラしてドキドキして。素敵なものだと思ってた。でも、恋って恐くて悲しくなるものでもあったんだよね」
「……うんっ」
そのあと、三玖はただ泣いて私はそれ以上何かを話す事はなかった。
部屋に戻ってきたニ乃は私に何か言いたげだったけれど、三玖や四葉の様子もおかしくて何も言っては来なかった。
五月ちゃんは何が何だかわからないと困っている様子。
申し訳ないと思いつつも私は何も話すことなく眠りについた。
翌日、私は早々と部屋を出て集合場所のロビーへと出た。
ホテルに籠もることも考えたけど、三玖もホテルに残りそうだったから私は外に出る事にした。
それに二乃がなんか考えている感じだったから三玖は二乃に任せてみよう。
普段は言い合いとか多い二人だけれど、二乃も面倒見が良いから。
「あんたも。いつまでも逃げてんじゃないわよ」
まだ支度をしている二乃が部屋を出る私にそう言った。
私まで面倒見なくて良いのにな。
でも、二乃の言うとおり。
いつまでも逃げてたらダメ。
わかっているけれど。
「私はまだ……」
「よう。寝ぼすけが今日はやけに早いな」
ほとんど人のいないロビー。このまま私は見つからないようにと思っていたのにセージ君は私の前にいた。
覚悟を決めるしかないか。
私はいつもの調子でセージ君に接しよう。
「今日は俺に付き合ってくれ」
あぁ、君は優しいから。
きっとあんな私を見たから。
昨日もずっとメッセージと電話が来ていた事は知っている。
私はセージ君の名前が画面に表示する度にスマホを隠した。
私を誘うのだって君の優しさからなんだよね?
そういう所、好きだけど今は嫌い。
気に掛けてくれる事に嬉しいと思う反面、その優しさが苦しくも感じる。
そんなごちゃごちゃした気持ちが言葉に出てしまった。
「……私がセージ君と回る意味って?」
そもそもダメだよ。
「誘うなら……明里ちゃんでしょ」
自分から明里ちゃんの名前を出しておいて恐くなっている。
彼の口から聞く事になってしまうから。
でも、私が思っていた答えは中々返ってこなくて。
ここでスッパリと失恋しようと私が誘導するように聞いてもやっぱり違う答えしかこなくて。
もしかしてと思い始める自分がいた。
そして最終的にセージ君から見せられた明里ちゃんとのやりとりの画面。
『山頂で写真撮れたよ。それで勢いで告って付き合う事になりました!』
セージ君が相手ならこの文章は少しおかしい。
そして最後にあった明里ちゃんからのメッセージ。
『長尾君、色々とご協力ありがとうございました。長尾君にも素敵な恋人できるといいね』
つまり、セージ君と明里ちゃんは付き合っていない。
セージ君に明里ちゃんの相手を聞くと林間学校の時に明里ちゃんの隣にいた吉川君らしい。
それからセージ君から明里ちゃんの為に色々と協力していた事を聞かされた。
それでも私はまだ不安があった。
「……セージ君は明里ちゃんの事好きじゃないの?」
そう、セージ君の気持ちがどこにあるのか。
「友人としては好印象ではある。けど、休みの日に公園で二人はそう思われても仕方なかったな。反省した」
その言葉にひどく安心する私がいた。
そして同時に私と話そうとしていたセージ君を避けていた事に申し訳無さを感じた。
私はセージ君の言葉を聞かずに誰かの言葉を信じてしまった。
呆れられたかも知れない。
そう思いつつも謝罪をどうにか絞り出した。
「逃げるしメッセージも全部無視して。めちゃくちゃへこんだ」
「ごめんっ」
「だから、今日は俺に付き合えよ」
そう言うとセージ君は私の手を掴んだ。
それに思わず伏せていた顔をあげる。
「昨日、一花を探すためにほとんど観光なんて出来なかったんだ」
文句の言葉なのにその表情は優しくて。
まだ、君の隣にいて良いと言われてるような気がした。
「もう、私だって昨日観光どころじゃなかったんだけど?」
「自業自得だろうが」
いつものやり取り。それにひどく安心する。
「そうだね。なら、一緒に回ろう」
私よりも大きなセージ君の手を握り返す。
今度は私と京都を色々回ろう。
そう思っていた。
清水寺。
京都といえば思い浮かぶ観光地のひとつ。
二度目の京都という子達も多いからか同級生の中には「またか」という声も聞こえたりもしつつ、私も二度目だけどそんな気持ちにはならなかったのは隣にセージ君がいるから。
明里ちゃんにセージ君との写真も撮ってもらって大切な思い出が出来たと浮かれていた。
浮かれ過ぎて自分の知名度が上がってきている事を忘れていた。
他の学校の人達の会話で気付かれてマズいと思っているとセージ君が私を連れてその場を離れた。
そしてセージ君がリュックから出したのはあの伊達眼鏡。
セージ君は気まぐれと言っていたけれど、やっぱり彼にとっても六年前の事はどこか特別なのかもしれない。
そしてその眼鏡をかけて清水の舞台に来るとより人混みがすごかった。
そんな中で私はこの間、偶然拾った六年前のフータロー君と四葉が写った写真を撮った場所がここだった事に気付く。
隣にいるセージ君も思い出しているのかな。
今、一緒にいる私じゃなくて四葉のことを考えてる?
「四葉」
「え」
セージ君の視線を追うとあのうさぎの耳のようなリボンが見えた。
四葉だけじゃなくフータロー君と五月ちゃんもいる。
「おーい」
このまま合流するのは自然な流れ。
でも、私は独り占めしたかった。
私を見て欲しくて、四葉じゃなくて私を。
気付いたらセージ君の腕を取ってその場を離れていた。
そして人気のない林道へ。
「ここ」
「来た事あるでしょ?」
昨日の事があったからかな。
結局私の勘違いだったけれど、今のこの距離でいられなくなる事がこの先あるかもしれない。
そして今、私のいる場所に四葉が。
セージ君の初恋が四葉。でも、それを塗り替えれば。
私の心は黒くなっていく。
「気付いているんだよね? その京都で会った子が私たち五人の誰かだって」
「なんで」
セージ君は驚いた様子で私を見る。
そうだよね。
六年前の京都の話なんてこれまでセージ君に一度も話した事なかった。
ふと、体に冷たい感覚がしたかと思えば雨が降り注ぎ始めていた。
「私……私だよ……私たち、六年前に会ってるんだよ」
雨が酷くてセージ君の表情がよく見えない。
けど、何も返してこないのはきっと戸惑っているから。
セージ君の中では京都のあの子は四葉だもんね。
それを塗り替える為に私は少しのウソを交える。
「ほら、さっきの清水の舞台でフータロー君との写真撮ったよね? セージ君が」
「っ……一花、やめろ」
制止の声は四葉が初恋の人だと否定されたくないから?
「一花、まだちょっとおかしいぞ。冷静になれ。とにかく」
遠くから見学中止の声が聞こえてセージ君はこの場を離れようとする。
このままこの話を終わらせるわけにはいかない。
「ウソじゃないよ! 私は」
「俺は!」
セージ君の荒げた声に私は思わず口をつぐんだ。
そして雨で見えにくいセージ君の表情、ただ、私に向けられた目だけは印象的だった。
まるで落胆したような。そんな目。
「その子と清水寺を回ってないし、お前がどうして風太郎の写真を知っているのか知らないけど、あれは俺が撮ったものじゃない」
え?
セージ君は四葉と六年前。ここに来ていない?
あの写真は一緒にいたセージ君が撮ったんじゃないの?
自分のずるさによって私は大好きな人の信頼を壊してしまった。
「あれも好き……あれも。これも好き」
翌日、三玖のために姉妹全員とセージ君で動きながら私は自分のずるさを感じていた。
「好き」
三玖の口から聞こえた真っ直ぐな言葉。
三玖だけじゃない。みんな真っ直ぐ堂々と気持ちを伝えているのに私だけがねじ曲がったやり方を選んだ。
そして誰かの為に頑張る四葉を見て私じゃ敵わないと思った。
だから私はウソをつく。
ウソをついたのだからウソで終わらせよう。
ただ、最後の悪足掻きとして私はセージ君の頬に唇を落とす。
「全部、嘘だよ」
これで終わりにしよう。
もう汚い部分をセージ君には見せたくない。
見せなくするには。
「だから、忘れて。私も忘れるから」
この恋を忘れよう。
互いにある情報しかないからこそのすれ違い。