家庭教師と友人A   作:灯火円

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 まだ日が昇ったばかりの時間に俺はあの霊園に母親と来ていた。

 

「お盆はちょっと来れないからさ。少し早めに来たよ」

「この子、東京で社会勉強してくるから許してね」

 

 墓の前で近況を報告した俺達親子は次に向かったのはここから少し離れた墓の前。

 そこには中野家という文字が刻まれていた。

 

「お久しぶりです。先生」

 

 母さんは懐かしそうに墓に花を供える。

 俺は会ったことない人だけど、縁のある人ではあるから一緒に手を合わせる。

 中野零奈、中野姉妹の母親の命日は数日後という事もあって母さんと一緒にこちらにも墓参りに来た。

 

「母さんも毎年来てたの?」

「当日って訳じゃないけど、その前後くらいにはね。当日はご家族だけの方がいいだろうし。けど、マルオまでその辺気にしてるのよね」

 

 マルオというのは中野先生な訳で。

 どうやら姉妹と一緒には墓参りはしていないようだ。

 

「あの人、不器用だよな」

「不器用で頭が固すぎ。昔っからそう。でも、いい奴よ」

「……うん」

 

 それは俺もよく知ってる。

 

 

「北条さん!」

「着いたか」

 

 駅を出て待ち合わせの場所へと行くと北条さんが待っていた。

 この日、俺は朝早くに新幹線に乗り、東京へと来ていた。

 

「しばらくよろしくお願いします」

「はは、かしこまられると調子狂うな。なに、いつもの手伝いとそう変わりないから固くなるなよ。とりあえず、一旦俺の家行くぞ」

 

 北条さんの車のトランクに荷物を入れ、俺は助手席に座る。

 

「すみません。泊まるところまで」

「良いって。丁度部屋が余ってるしな」

 

 北条さんは二年前、東京に拠点を移した。

 東京の仕事はもちろんだけど、長年専属としてやっている所との関係で東京とあっちを往復している生活。

 俺の地元での仕事の時は俺に声を掛けていたという感じだ。

 そして夏休み、俺は北条さんの家に泊まらせてもらいながら手伝いをしつつ、カメラを本格的に教わる事になっていた。

 

「しかし、勉強もしっかりやれよ。って、お前なら大丈夫か」

「一応全国模試二位なんで」

「俺も言ってみたかったぜ。そんなセリフ」

 

 見慣れない街並みを眺めながらそんな会話を車内でしていたらスマホが震えた。

 

「五月」

 

 画面には五月の名前、それも電話だ。

 

「電話か? 出ていいぞ」

「すみません」

 

 俺は北条さんに断りを入れてから電話に出た。

 

「どうした?」

『長尾君! どうしていないんですか?!』

「あ?」

 

 あまりにも大きな声に俺は思わず耳からスマホを離す。

 

『長尾君がいれば少しは秩序が』

「五月、まったく話が見えん」

 

 俺にわざわざ電話してくるって事はそれなりの何かがあったと思うんだが、まったく内容が見えてこない。

 

『あ、すみません。その、実は今、私たちと上杉君でプールに来てまして』

「あぁ、知ってる。風太郎に声掛けられたからな」

『なら、どうしていないんですか?!』

 

 五月の声は北条さんの耳にも届いたのか「モテモテだな」と生易しい目を俺は向けられた。

 

「どうしてって。俺の予定があるから」

 

 海で物足りなさを感じている風太郎は実行に移した結果、今日姉妹とプールに行っている。

 俺もと誘われたが、北条さんの件があって俺は断った。

 俺が大丈夫な日にと風太郎は考え直したが、しばらく俺は東京だからと行ける時に行っておけと風太郎には話した。

 

「なに心配してるかなんとなく察するが、まぁ、高校最後の夏休みなんだからさ。楽しめよ」

 

 秩序うんぬんって言ってたから、二乃と三玖の事を心配してるんだろうな。

 あの二人からすれば絶好なアピールチャンスだもんな。

 

『五月ちゃん、こんな所にいた。どうしたの?』

『一花』

「あ」

 

 電話越しに聞こえた声に俺はスマホを握っている手に思わず力が入った。

 

『電話中?』

『あ、長尾君に』

『セージ君?』

『えっと、私たちがマンションに戻ったことを報告していなかったですから。一花もまだ話していないって言ってましたし』

 

 秩序うんぬんという話は一花にしたくないのか別な理由を一花に話す五月だけど。

 その話は今初めて聞いたぞ。

 てか、マンションに戻ったってなんかあったのか?

 あれだけ戻らないって先生にハッキリと宣言したわけだし、あいつらの意志って訳じゃないはず。

 

「元の家に戻ったって。なんかあったか?」

 

 考えても仕方ない。

 その理由を直接本人に聞いてみる。

 

『あ、いえ、実はあのアパートの取り壊しが決まって……! 一花、ちょっとお願いします!』

『え?』

「ん?」

『五月ちゃん? あー、ごめん。なんか五月ちゃん急いでどっか行っちゃった』

 

 先ほど遠くに感じていた一花の声が今度は間近に聞こえた。

 

『あー、話の続きだけど。それでマンションに戻ったの。二乃は一時的とは言ってたけどね。引っ越しももう終わって』

 

 引っ越しも終えてるのかよ。

 続けて知らされた事実に俺は驚く。

 

「おい、そういうのきちんと連絡しろよ。知らないままだったらアパート行ってたぞ」

『ごめんごめん。バタバタしててね。誰か二人に連絡してるかと思ったんだけど』

 

 誰もしていなかったって訳か。

 

「はぁ、マンションに戻った理由はわかった。ま、あのマンションの方が色々安心だしな」

 

 セキュリティはどう考えてもあのマンションの方がいい。

 いくら五人でも高校生の女子五人だけってのは危ないのは変わらないからな。

 

「んじゃ、プール楽しめよ」

『あ、セージ君』

 

 あまり長電話もあれだし、五月の用件も済んだだろうから俺はこの辺で終わろうとしたが、一花が俺の名前を呼んだ。

 

「……どうした?」

『えっと、今日はどうして来られなかったの?』

「ん? あー、東京にいるんだ。しばらくはこっちにな」

『しばらくって泊まりがけ?』

「あぁ、一週間ちょっとな」

 

 一応、夏休みの最終の週には帰ってくる予定だ。

 中野姉妹の宿題とか見なきゃいけないしな。

 

『……そっか』

 

 電話越しの一花の声に少し元気がないように感じた。

 

「いち」

『お姉さんの水着姿、見られなくて残念だったね。それじゃ』

「あ、おい……切りやがった」

 

 最後はいつもの調子だったけど、なんか話したい事あったのか?

 話したい事。

 頭に過ぎるのは京都の事。

 でも、あれはもう本人が忘れろって俺に言ったわけだし。

 

「はぁ、青春だな」

「青春って……ただ、電話してただけで」

「おじさんにはそれだけでも眩しいんだよ」

 

 この時、もっと一花を気に掛けていればよかったと俺は数日後に後悔する。

 

 

「中野先生。本当ですか? それ」

『聞いていなかったようだね。君には真っ先に話していると思っていたんだが』

 

 東京に来て数日経ったある日の朝、中野先生から電話が掛かってきた。

 その内容は一花の家庭教師の契約解除。それは一花からの申し出だった。

 その理由は夏休み明けから少し離れた場所での長期のロケが入っていて、学業の両立が難しいと判断し学校を辞めると一花が決断したから。

 

「あいつ……何も」

 

 いや、もしかしたらあの時に話そうとしたのかもしれない。

 

『……君から見て一花君の卒業は難しいと思うかい?』

「出席日数の問題が絡んでいる以上は……」

 

 学力うんぬんの話じゃない。出席日数が足りてなければ意味が無い。

 

『では、それを補う事が出来ればいいわけだ』

「いや、先生。それが出来ないから一花も」

 

 なんだ?

 なんで中野先生はこんな話をするんだ?

 

『家庭の事情や個人の事情でどうしても学校に行けない生徒の為に学校側は救済処置を設けているものだ。もちろんあの学校も例外ではない』

「それって」

『朝早くにすまなかったね。失礼するよ』

 

 そう言って先生からの電話は切れた。

 そしてその日のうちにまた俺のスマホは震えた。

 

『誠司! 一花が!』

「中野先生から聞いた」

『一花からは聞いてなかったのか?』

「っ……何もな」

 

 俺は下唇を思わず噛みしめた。

 

『誠司……どうする?』

「どうするって。一花が決めたことだろ。あいつが女優に専念したいってなら受け入れるしかないだろ」

 

 以前にも一花はそれを考えていた。

 その時は俺との間ですれ違いが原因ではあった。

 だけど、今回はしっかりと女優業が絡んでいる。

 

『お前はどう思うんだ?』

「俺の気持ちは関係ないだろ」

『あと半年だぞ! たった半年で卒業できるんだ! なのに』

「わかってるって! 俺だってここまで来たらあいつと」

 

 俺は一花と卒業できるもんだと思っていた。

 でも、一花は女優の道を選んでからそれが出来ない可能性もきっと考えてた。

 前なら俺はあいつが目指す女優の道を迷うことなく応援してた。

 でも、今の俺は素直にあいつを送り出す事が出来ない。

 

「応援したい……一花が頑張ってきたのは知ってる。だけど、何でだろうな。あいつがいない卒業なんて考えられない」

 

 俺の近くにいる一花が当たり前になっていた。

 

『それがお前の答えだろ』

「けど、実際出席日数が」

 

 こればっかりは家庭教師がどうこう出来る問題じゃない。

 

『誠司にしては頭回ってないな』

「は?」

 

 すると風太郎からそれをクリアできる可能性を提示された。

 それを聞いて先生が俺に言った言葉の意図を理解した。

 

『誠司、やれる事は全部やろうぜ。諦めるのはそれからだ』

 

 たく、勉強以外は全然だったくせに。

 けど、お前のおかげでも俺も決めたよ。

 

「風太郎。俺はまだそっちに戻れない」

 

 本当は今すぐに動きたいところだけど、北条さんの手伝いを投げ出すのはあまりにも不義理だ。

 だから、俺は風太郎に頼む。

 

「例の件の詳細を学校側に聞いておいてくれ。そしてどうにか一花を説得してくれ」

『荷が重いが、やってみる』

「頼むぞ。相棒」

 

 ひとまずは風太郎に任せよう。

 けど、それがダメだった場合を考えとかないとな。

 

「……あいつ、怒るかな?」

 

 応援するって散々言ってきたのに俺はそれを裏切る行動を取ろうとしている。

 

「長尾。いいのか?」

「北条さん」

 

 どうやら話が聞こえていたようで北条さんは少し申し訳無さそうにしながら俺に聞いてきた。

 

「あれなら帰って」

「いえ、中途半端はしません。これからを考えたら今から甘えるわけにはいきません」

「まだ学生だろ。社会人みたいな事言いやがって……今日からの仕事は余裕を持ってスケジュール組んでたんだ」

「北条さん?」

「早く終わる分には俺も問題はない。けど、早く終わらせるにはお前さんが馬車馬のように働くことになる。どうだ?」

「あ、はい!」

 

 そして俺はその言葉通りに北条さんの仕事をがんむしゃらにこなす。

 その日のうちに風太郎から例の案が一花自身から断られた事を知らされた。

 

『すまん』

「それだけ、あいつは本気ってことか」

『それは違う』

「ん? その声は三玖か」

 

 聞こえたのは三玖の声。

 

『一花、多分本心じゃない』

「そう言ったのか? 一花が」

『誤魔化したけど、きっとそうだと思う』

 

 姉妹である三玖がそう感じたなら多分それは本当だろう。

 

「なら、なんで退学なんて……」

 

 少なくとも例の案である休学を使えば退学しなくてすむんだ。

 出席日数が足り無くても一定の学力を残せば復学が可能、卒業出来ると俺と風太郎は考えそれを風太郎は一花に提案した。

 なのにそれを断った。別に理由があるとしたら。

 

「俺……か?」

 

 自意識過剰は重々承知。でも、以前女優業という理由と共に一花は俺に嫌われてるからとも言っていた。

 俺との関係を考えて。

 

『一花を止められるのはセージだと思う。だから、お願い。私は、一花とみんなで卒業したい』

「三玖」

『それにセージ。言いたい事は言った方がいい』

「!」

 

 その言葉に俺は前も背中押されたっけな。

 

「ありがとうな」

 

 そして俺はこれまでで一番頭をフル回転させ卒業させる方法を考えるのだった。

 

 

「飯食ってる時くらいそのしかめっ面やめろよ。俺の嫁さんが作った食事だぞ」

「あ、すいません」

「この年頃の子は考える事多いもんでしょ」

 

 少しの時間でも惜しく頭をフル回転させていたけど、さすがに食事の席までは持ち込んだらダメだな。

 てか、北条さんって奥さんに結構惚れ込んでるんだな。

 

【忘れられない夏にしてあげる】

 

「あ、この子。前に写真に写ってた誠司くんのお友達の女優さんでしょ?」

 

 聞き馴染んだ声が聞こえたと思ってテレビへと視線を向けると一花が画面にいた。

 出ていたのは飲料水のCM。

 

「いつの間にこんな仕事」

「こりゃ、一気に人気出るぞ。このCMの歴代の女優さんはブレイクするって有名だしな。いやー、また仕事頼みたいと思ってたけど難しくなりそうだな」

 

 そういえばクリスマスの写真も結構評判良かったと聞いている。

 あの頃は本当に駆け出しの女優だったもんな。

 また同じように仕事の依頼なんて。

 

「仕事……それだ」

「あ?」

「北条さん、お願いがあります!」

 

 こんな事、通るかなんてわからない。

 けれど、一花を引き止める為に俺はやれる事をやる。

 

 

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