通された部屋のソファーに座り、俺は北条さんと共に待っているとその人達は来た。
「セージ君、どうして。一週間は東京って」
予想通り俺の姿に一花は驚いている。
そりゃ予定よりかなり早く帰ってきたし、一花の事務所に来るなんて思ってないだろうからな。
「北条さんからのお話かと思えば」
一花の隣にいる社長さんもさすがに俺がいる事には驚いている様子。
「いやいや、失礼ないようにと思いましてね。それにお話しがあるのは本当ですし。俺の弟子から大事な話が」
一応、アポは取った。北条さんの名前ではあるが、それにきちんと北条さんも同行している。
「それで? 君もうちに入りたいのかな?」
「わかってるでしょ? 一花のことで来たって」
遠回しは時間の無駄だ。
俺は一花の方を見ると一花は俺から視線をそらした。
そういえば、夏休みに入ってから一花に会ってなかったな。
「退学を考え直してくれ」
「それは無理な話だ」
俺の提案を断ったのは一花ではなく、社長さんだった。
「彼女は君の想像を遙かに上回るほど大きな存在となっている」
わかっている。
それは今日までで痛いほど感じている。
あのCMは抜群に一花の知名度を広めた。
北条さんの現場でもあのCMの彼女はどこの所属かとか帰りの新幹線でもあの子誰だとか聞こえた。
今まで通りにはきっといかない。
「何より、彼女が決めたことだ。僕はそれを尊重する」
掛け合って退学取り消すならここまで来る必要ないもんな。
「わかりました。それじゃ、北条さんの話に移りましょう」
「え」
「へ」
俺があまりにもあっさり引き下がったからなのか一花も社長さんも呆然とする。
その間に北条さんがごほんと咳払いをする。
「中野一花さんをモデルとして起用したいと思い本日はご依頼の為、訪問いたしました」
そう言って北条さんはタブレットを出すと依頼内容をまとめたものを提示する。
「週に二回、写真のモデル。拘束時間は約三時間。いやね、うちに駆け出しのカメラマンがいましてね。そいつは風景とか抜群なセンスを持っているんですが、どうも人を撮るのが下手でしてそいつの為に練習の場をと思いましてね」
「それって」
北条さんの説明に一花は俺を見る。
そこでようやく俺と視線がぶつかり、俺は笑みを浮かべる。
「依頼料は」
「待って下さい。まさか」
社長も俺達の意図を理解した様子。
俺が考えたのはモデルとして一花に仕事を依頼、そしてその時間で一花に勉強を教えていくというもの。
「セージ君……なんでそこまでして」
「それはだな」
「私はこのままお仕事に専念ってのも悪くないと思ってるんだ。あとたった半年、これ以上、君に迷惑かけて……そんなに勉強してまで学校に行く理由ってなんだろ?」
学校に行く理由。
確かに一花にはその理由はもう無いのかもしれない。
「……一花がそう思っているなら本当は迷惑なだけだって俺だってわかってる。だけど」
ここに来るまで俺は何度も自問自答した。
一花にとって女優としては退学が最善なんだろう。
応援するって俺は何度も一花に言ってきたならそれを後押しするべきだろう。
だけど。だけどな。
結局、俺の答えはこれしか無かった。
俺は拳をぐっと握り、ゆっくりと息を吐く。そしてもう一度一花を見る。
「俺が嫌なんだよ!」
「!」
「あぁ、これは俺のワガママだ。一花が生半可な覚悟じゃないのだってわかってる。けど、仕方ねえだろ!」
あぁ、また俺はこうやって感情のまま言いたい事を言ってる。
でも、そうしないと伝わらないと思うから。
「嫌だって思っちまったんだから……一花がいない卒業なんて」
「セージ君」
本当、去年は背中押してた奴が今度はその邪魔しているしやりたい放題してるよな。
さて、本音をぶちまけた。でも、一花からの反応はまだない。
「はぁ、君はもっと頭が回る側だと思ったんだがね。一花君、もう」
やっぱり無理あるか。
これでダメならあとは。
俺はどうにか引き止める手段を考える。
そして咄嗟に出た言葉は。
「誕生日プレゼント!」
「え」
「は?」
「へ?」
俺の発言に一花や社長さんはもちろん北条さんも目を点にしている。
俺だってこんなガキみたいな言い分通るなんて思ってない。
でも、一花を引き止めるならどんな事だってやる。そう決めたんだ。
「言っただろ。誕生日プレゼント考えておけって。なら、一花との卒業を俺にくれ!」
自分自身、何言ってるんだよって思ってる。
そして言われた側もそうだろう。
沈黙が痛い。
やっぱ、こんな無茶苦茶が通るわけないか。
あとはどんな手がある?
俺は次の策を考える。
「ぷっ……あははは!」
「一花」
一花の笑い声が事務所に響く。
「何それ! もう、誕生日プレゼントって」
「ま、まだもらってないだろ」
「そりゃ、セージ君の誕生日まだでしょ?」
そう、俺の誕生日は数日後。
貰ってるわけなんてない。だからこんな無茶苦茶な要望を出せたんだ。
「はぁ、リクエストされちゃったなら仕方ない」
「!」
笑い尽くした一花から出た言葉。
それは無茶苦茶な俺の提案が通った事を意味する。
「一花君! 勝手に!」
「いいじゃん。社長。お仕事には迷惑かけないからさ。それに前から言ってたでしょ? 写真の方にももっと慣れろって」
「それは」
「では、細かい事は大人同士で話しましょうや。社長さん」
「……はぁ、一花君の依頼料、覚悟しておいてくださいよ」
「ちょっと高い新人の教育費だと思っておきますよ」
そう言って北条さんと社長さんは奥の方へと行ってしまった。
残ったのは俺と一花だけ。
一花は俺の隣へと座る。
「まったく、最初は随分と練ってきたなと思ったら最後は無茶苦茶だよ」
「自分だってわかってるよ。あと」
俺は一花の頭を軽く小突いた。
「怒ってんだぞ。直接、言ってこなかったこと」
「セージ君だって。家庭教師辞めるとき、そうだったでしょ? でも、ごめん」
「……これでおあいこだな」
「だね」
隣に一花がいるこの距離感に俺は肩の力が抜け頬も緩む。
「てか、そうなると九月からは朝ひとりか」
これまでも一花は仕事で学校休まなきゃいけない日は一人で登校してはいたが、九月からはそれがしばらく続く訳か。
「……もう」
「なんだよ」
言いたい事ありそうだなと思っていると一花の手が俺の頭へと伸びた。
「寂しい思いさせちゃうけど、しばらくはフータロー君やみんなと仲良く登校してね」
「っ……小学生じゃないんだ。一人でも登校できるって」
「はいはい」
いつものお姉さんモード。けど、俺は撫でられる手を払いのける事はしなかった。
「後悔、させねえから」
「え」
「引き止めた以上、一緒に卒業できてよかったって思わせる」
それが俺の責任だと思うから。
「……よろしくね。先生」