「風太郎見ろよ。本当に俺ら以外いないぞ」
「最近はアパート生活のあいつらに見慣れていて忘れていたが、あいつらとんでもないな」
先に水着に着替え終えた俺と風太郎は自分達しかいない海を眺めていた。
そして改めてここがプライベートビーチなのだと実感する。
ここに来るまで海岸線を車が走っていたが、海には人が多かったのにここだけまるで別世界のように静かだ。
「しかし、風太郎。いつの間にそんな日焼けしたんだ?」
久しぶりに今日風太郎に会った時も思ったが、水着になってより日焼け具合がわかる。
「誠司も海行ったのになんであんま焼けてないんだよ」
「俺、あの時は上に羽織ってたし。けど、今日はさすがに焼けそうだな」
この間は上にパーカー羽織ってたからそこまで太陽に肌を晒してなかったが、今日は急な予定だったから四葉からプレゼントされた水着だけ。
お盆も過ぎたというのにまだまだ真夏日の今日。
空には痛いくらい眩しい太陽、目の前には蒼い海。
そんな景色を見せられると思ってしまう。
「あー、もったいねぇ」
「誠司?」
「フータロー!」
「フー君!」
「うがぁ!」
隣にいた風太郎が一瞬に消えたかと思えば、砂浜に倒れていた。
そして倒れた風太郎の上には二乃と三玖。
「あのね。またコンタクトが流されて」
「日焼け止め持ってきた」
「お前ら、それ、プールの時にも聞いた気が」
二乃は変わらずだが、三玖も修学旅行からはまた攻めてるというかより積極的になってる気がする。
「あー、また秩序が……今日は長尾君を祝うから大丈夫かと思ったのに」
二人の行動に頭を悩ませているといった口ぶりは五月。
「この間のプールもあんな感じだった訳か」
「えぇ」
「でも、別に二人も秩序乱すとかじゃないだろ? ただ、気持ちが抑えられないだけ」
「わかっています……私なりに姉妹の気持ちを知ろうと調べましたし」
「調べた?」
おいおい、まさか嘘くさい恋愛マニュアルとかいう本でも読んだのか?
「結局、教科書だけではわからないという事がわかりました。それに、彼も真面目に考えているようですから」
五月はそう言って風太郎に温かい視線を向けている。
二乃と三玖からの告白に風太郎はまだ返事をしていない。
あいつなりにきちんと考えて答えを見つけたいのかもしれない。
「あいつ、頭固い真面目くんだからな」
「そこが彼の良い所でもありますし、少々難ある部分です」
「だな」
けど、あいつに向いている気持ちはあの二人だけじゃないんだよな。
「ごめーん! ビーチボール膨らませてたら遅くなっちゃった」
「四葉、膨らますならここでも出来ますし、それにこれ使えばすぐですよ。私はこれから浮き輪を膨らませようと」
「え、そんな便利なのあったの? 早く言ってよ」
そう言って五月と一緒にまだ膨らませていない浮き輪を膨らませる四葉。
三人目の彼女は変わらず。
二人と同じ土俵に立たない選択をした四葉に俺がどうこう言える事はもう無いのはこの間の事でよくわかった。
「はぁ……でもなぁ」
「誕生日にため息なんてどうなの?」
「うお、一花」
ひょいっと俺の顔を覗き込むようにして一花の顔が現れて俺は思わず後ずさりする。
つばの広い帽子を被っている一花。
プライベートビーチだから帽子なんて必要ないだろうに。
「なに? お姉さんの水着姿見られて嬉しい?」
そう言ってポーズを決める一花。
他の姉妹は割と可愛い路線の水着だけど、一花は姉妹の中でも一番シンプルな水着。
それが逆に彼女のプロポーションの高さが浮き彫りになる。
てか、この五つ子。今更だが顔もそうだけどスタイルも人を惹きつける。
こんな状況、またクラスの連中に見られたら何言われるか。
けど、その心配は今回無いのが救いか。
「えっと、まぁ、似合ってる」
「……ありがと」
「つか、顔隠す必要ないだろ」
「あー、これは日焼け防止。あまり派手に日焼けしてもね」
そういや、外の撮影とかで日焼け気にしてるモデルさんいるもんな。
こういう所はしっかりプロ意識あるんだよな。
「なるほど。なら、怪我とかも気をつけろよ。夏休み明けたらどでかい仕事控えてんだから」
「セージ君、マネージャーみたいだね」
「マネージャーじゃなくてご依頼主」
「お金は北条さん持ちでしょ?」
「うっ」
そう、一花の出演料は北条さん持ち。
北条さんは「先行投資だ」と言ってくれたけど俺は納得していない。
「今は出世払いって事で。でも、いずれは絶対返す」
「はは。本当、とんでもない依頼主だ」
「うっせ」
「一花! 長尾さん! ビーチバレーやりましょう!」
俺達に手を振り、声を掛ける四葉。
相変わらず元気がいいな。
「おう。うし、体動かすかな」
四葉の呼びかけに俺は軽くストレッチをする。
「なら、私も久しぶりに思いっきりやろうかな」
俺の隣で同じようにストレッチを始める一花。
「無理すんなよ?」
「あ、セージ君。私が運動あまり得意じゃないとか思ってる?」
「そういう訳じゃ」
「姉妹じゃ四葉がずば抜けてるけど、私もそこそこやれるんだよ」
言われてみれば五つ子の中じゃ四葉の運動神経が光っていて他の姉妹達がどのくらいかは知らない。
「せっかくだし勝負しよう。負けた方は飲み物奢る」
「俺、今日誕生日なんだよな?」
「それはそれ。これはこれ。何? 勝つ自信ないの?」
帽子で目元が見えにくいが俺を挑発しているのはわかる。
こんな挑発に乗るつもりはないが、ここで引き下がるのもな。
「うし、受けて立とう」
「そうこなくっちゃ。四葉! 私と組もう!」
「あ、ずるいぞ! 四葉取るなんて」
そんな文句を言っている間に一花は四葉に抱きついてパートナーを確保。
となると俺は。
残っているメンツに視線を向ける。
姉妹の運動神経がどのくらいなのか全くわからん。
三玖は体力ないのは知っている。二乃と五月はどのくらいなんだ?
林間学校の時、スキーは出来るくらい。
いや、スキーとビーチバレーじゃ違いすぎるか。
聞くのが一番か。
「なぁ、三人の中でだと誰が運動出来る?」
いまだ風太郎に引っ付いている二乃と三玖、その状況をどうにかしようと考えている五月。
「あの二人相手なら嫌よ」
「うん、一花と四葉相手は厳しい」
姉妹達の中だとあの二人が上位の運動神経らしい。
二乃と三玖の答えに五月へと視線を移すと五月も思いっきり首を振る。
「一花と一緒にスポーツって久しぶりじゃない?」
「最近、遊びでもそういう所行ってないもんね」
お互い背中合わせで腕を組んでストレッチをしている二人。
「こうなったら仕方ない。風太郎」
「あ?」
「お前はとにかくボールに触れてくれるだけいいから」
「期待されていないのはよくわかった」
「ちょっと! フー君連れて行かないでよ!」
「今日は俺の誕生日だろ。少しは俺に譲れ」
二乃の文句にそう言い返すと何だかんだ俺の誕生日効果はあったようで「今回だけよ」と言って風太郎を解放した。
けど、風太郎は二乃のものじゃないだろうが。
そうして俺は風太郎をパートナーに選び、いざ勝負。
「フータロー君を選ぶなんてね」
「甘く見るなよ。こいつはやる時はやるぞ」
ネット越しに俺と一花は対峙する。
「ほら、始めるわよ。はい、一花達から」
二乃が渋々といった感じで審判となり、ボールは四葉へ渡される。
「いっきまーす!」
そして四葉が打ったボールは俺達のコートへ。
ボールはただ膨らませただけのビニール製のものもあって軌道は揺れる。
それでも取れないものじゃない。
俺はボールの落下地点に手を伸し、ボールを上げる。
「風太郎! 何でもいい! 任せたぞ!」
「くっ」
俺が上げたボールを風太郎は追いかけるとジャンプして手を伸し、ボールを向こう側へとやる。
「よっ」
そのボールを簡単に上げた四葉、そしてその上がったボールの落下地点に素早く入った一花は綺麗にトスを上げる。
「マジかよ」
そしてそのトスにタイミングばっちりにスパイクを打つ四葉。
俺はネット越しにジャンプしてボールをブロックしようとしたが、そのボールは俺の後方、風太郎の前方に落ちた。
「生徒チームに一点」
得点役の三玖が砂浜に正の字を書く。
「四葉、ナイス!」
「一花も!」
ハイタッチをして喜ぶ二人に対して俺達家庭教師チームも顔を見合わせる。
「誠司、相手が悪すぎだ」
「まだ勝負はわからないだろ」
とは言ってみたが。
「勝者、生徒チーム」
「やった!」
「四葉ありがとうね」
後半は俺達も点を取れたが、前半に取られた点に追いつくことはなかった。
「だぁ! 足が死ぬ」
「風太郎、もう少し体力。って、この足場じゃ……しんどいか」
砂でいつも以上に負荷がかかる状況もあって風太郎は砂浜に仰向けになって倒れる。
俺も膝に手をつき、息を整えているくらいだから風太郎にはかなりキツかっただろう。
「ふふ、どうだった?」
勝者の笑みを浮かべる一花。
「一花と四葉が組むと厄介なのはわかった」
「もう、言い方」
「普通にお前らすごいって褒めてるんだよ」
「でも、長尾さんもすごかったですよ。足でレシーブしてましたし」
四葉はビーチボールでリフティングをしている。
「一応、元サッカー少年だからな」
息も整って俺は体を起こし、四葉にボールを催促する。
「そうなんですか?!」
四葉は驚きと共に俺にボールをパスする。少し高く上がったボールを胸でトラップしてから足でボールをキャッチ。
サッカーボールより軽く久しぶりでもあるがリフティングをしてみせる。
「父さんと遊びでやっているうちに本格的にやってみたくなってな」
「中学もサッカー部入ってたよな」
「途中から幽霊部員だけどな」
そしてまた四葉へとボールを返すと四葉もさすがの運動神経。綺麗なリフティングをする。
「ま、確かにあんた、こうして見ると筋肉とかあるもんね」
「腹筋ある」
「バイトとか重い物持つし、北条さんの手伝いも結構体力使うからな」
北条さんからも体力は必要だと手伝い始めた当初から言われてたしな。
積み重ねで体力と筋肉はついたのかもしれない。
カシャ
「ん?」
音に気付いて振り返ると五月が俺達にスマホを向けていた。
「写真なら俺が撮ってやろうか?」
「あ、いえ! 大丈夫です! このくらいは私も撮れますから」
「そうか?」
しかし、こうなるとやっぱカメラが無いのが惜しい。
海に来るとわかってたら持ってきたのにな。
「それより、海に来たのですから海で泳がないと!」
「ま、そうだな」
五月の言うとおり、海に来たなら海に入らないとな。
そして俺はこの夏、一番ってくらい遊び倒す。
昼飯はプライベートビーチだからなのかBBQが用意されていた。
江端さんがすでに火は起こしてくれていてあとは焼くだけの状態。
「火力こっち小さいから野菜とかこっちで焼くぞ」
用意されていた野菜達はこっちに並べる。
あと、鮭の切り身もあったからきのととかと一緒にホイル焼きにするか。
「こうして料理するの見たの初めてだけど、やっぱ手慣れてるわね」
俺がホイル焼きの準備をしていると二乃が覗き込んできた。
前にカレーを中野家で作った事はあるが、作る過程は見てなかったもんな。
「それにBBQも慣れてる感じ」
三玖はジーッと俺の手元を眺めている。
「昔は家族で色々出掛けてたんだよ。BBQなんかは父さんが教えてくれたからな」
まだ、六花が元気だった頃。
夏は家族でキャンプにも行っていた。
父さんと一緒にテント立てたり火を起こしたりって勉強とか以外でも父さんに教わった事が多いんだよな。
「そういえば、あんたのお父さんって」
そこで俺は姉妹の中で父さんの事を知っているのは一花だけだった事を思い出す。
変に誤魔化すのもあれだし、だからと言って正直に話せばまた六花の事を話した時のような空気になる。
せっかく楽しい空気を壊しかねない。
でも、聞かれたら話すしか。
「こういうのって男の人が張り切ってやっているイメージだよね」
俺と二乃の間にスッと覗き込むようにして話に入って来たのは一花だった。
「フータロー君は違うみたいだけど」
一花は日陰でダウンしている風太郎に声を掛けるが「少し休んだらな」と完全にダウンしている。
風太郎はほとんど二乃と三玖の相手していたからな。
モテる男は大変だ。
「てか、あんたも休んでなさいよ。一応、今日の主役なんだから」
「セージはフータローと休んでて」
三玖が作っていたホイル焼きを奪うと俺をその場から引き離す。
「ということで、セージ君はゆっくりしててよ」
一花もまた俺を風太郎の方へと背中を押す。
「わかったよ」
俺は姉妹達の厚意に甘えその場を離れる。その前に背中を押す一花の方へ視線を向ける。
「……ありがとな」
「んー? 私は今日の主役さんに楽しんでもらいたいだけだよ」
そうは言うけど、タイミング良く話に入って来たのは俺を助ける為にしてくれたのはわかっている。
「いつかはあいつらにも話そうとは思ってるんだ」
「うん」
空を見上げながら独り言のように呟く俺の言葉に一花は静かに頷いた。
「でも、今はちょっとな」
「無理、しなくていいよ。セージ君のペースで」
「あぁ」
父さんの事を話したのが一花で間違いなかったと俺は改めて思いつつ、肉が焼けるのを風太郎と待つことにした。
「大丈夫か?」
寝そべって冷えたタオルを顔に乗せている風太郎の横に座って海を眺める。
「今のうちにゆっくりさせてもらう」
「飯終わったらまた大変そうだもんな」
今は料理番として他の姉妹に指示している二乃、そして三玖も二乃の手伝いで風太郎を気にしている様子はない。
風太郎が休めるのはこの時間くらいだろう。
「誠司、ありがとうな」
「あ? なんだよ」
視線を海から風太郎に向けるとタオルを取って俺の方を見ていた。
今日は俺がお礼言うほうだと思うけど。
「一花の件だ。俺もあいつを卒業させたいと思ってた。でも、俺じゃダメだった」
その事か。
「いいや、風太郎のおかげでもある。お前が休学を思いついたおかげだ」
「誠司だって思いつく。俺が先に気付いただけだ」
「どうだろうな」
俺は途中、仕方ない事だと自分に言い聞かせようとして思考をやめていた。
でも、風太郎の言葉がまた俺に思考する力をくれた。
「長尾君、上杉君」
「お肉、第一陣が焼き上がりました!」
「ん?」
「お、出来たか」
呼び声に俺らは顔をそちらに向けると焼いた肉を持ってきてくれた四葉。そして五月はスマホをこちらに向けるとカシャというシャッター音が聞こえた。
「肉、ありがとうな。てか、五月。野郎を撮るより自分達撮れよな」
俺は四葉から串に刺さった肉を受け取りつつ五月の方へと歩み寄る。
「自分達のも撮ってますよ」
「なら、いいけど。お、丁度いい。あいつら撮ってやれ」
俺が座っていた場所には四葉がいて風太郎に肉を渡してる。
笑っている四葉を見ると安心する。
「ですね」
気付かれないように五月は二人にスマホを向けて一枚。
こう見ると四葉と風太郎も絵になっているというか。風太郎も四葉の前だと表情をよく緩ませている気もしなくもない。
二乃と三玖みたく意識してないからとも言えるが。
「ほら、あんた達! こっち来なさい! 次々と焼き上がるんだから」
「あいよ。ほら、五月も撮ってばっかいないで行くぞ。動いていつも以上に腹減ってるだろ」
「なんかすっかり腹ペコキャラになってません?」
「腹ペコというか食レポキャラ? 有名なM・A・Yさん」
「なっ!? どうしてそれを……長尾君はあの時、お店には」
「俺は誰かに言ってないから。さーって、肉の次は何を食うかな」
「俺はってどういう事です?!」
五月の問いかけに答える事はせず、俺は肉を頬張りながら焼かれている肉達の元へと戻る。
昼で腹を膨らませ、少しの休憩の後また海で遊ぶ。
ただ、少しずつ日陰で休む人数が増え気付けば四葉だけが残っていた。
「四葉、あんたも少しは休みなさいよ」
「私はまだまだ大丈夫。うーん、泳ぎ足りないし一人で」
「なら、俺に付き合え」
遊び足りない四葉だけど、皆が疲れ切っているのを見て一人で行こうとするのを俺は呼び止め、大きな浮き輪を手にし四葉と共に海へ。
「普通、こういうの逆じゃないですか?」
「泳ぎ足りないっていうから少しでも協力してやろうと」
「だからって浮き輪で浮かんでいる長尾さんを押すなんて!」
俺は浮き輪でぷかぷかと浮き、そんな俺を泳いで押す四葉。
確かに普通なら男の俺が押す係だな。
「なぁ、四葉」
「はい?」
「今回、一花は自分のやりたい事の為に離れる選択をした。結果的には俺のワガママで引き止めたけど」
速度が落ち、ゆらゆらと波の揺れるまま俺は空を見上げながら話す。
「でも、先延ばしにしただけだ。いずれ、やりたい事の為に進む。それは一花に限った話じゃない」
俺にやれる事はないと思いつつ、俺はやっぱり似たもの同士の彼女を放っておけない。
「他の姉妹達もそういう選択をきっとこれからしていく。だから」
眺めていた空にひとつ大きな雲があった。けれど、それはいくつかの雲へと分かれていった。
「四葉もやりたいことをしていいと俺は思う。誰かの為とかじゃなくてさ。自分の為の本当にやりたいことを」
「……どうして。同じこと」
「ん?」
俺が四葉の方を振り向こうとしたら、四葉の姿はなかった。
「四葉?」
周囲を探すが四葉はいない。
もしかして溺れた? いや、四葉に限って。
でも、足攣ったとか。
俺は浮き輪から抜け出し潜る。
すると俺と入れ替わるようにして浮上する四葉が目に入った。
「ぷは!」
「長尾さん、今度は私を押して下さい」
俺が戻ると四葉は浮き輪に乗っていた。
「今、私がやりたいことです!」
「……わかったよ」
誤魔化されたような気はするが、今はここで引き下がっておこう。
せっかくの海だし、また余計な一言で四葉を傷つけたくないからな。
「おし、このまま一気に戻るぞ」
「全速前進です!」