「あー、もったいねえ」
遊び倒し気付けば夕暮れ時。
海に沈む光景に俺はひどく悔しがっている。
こんなの写真に撮ってくれと言わんばかりの光景じゃねえか。
「スマホで我慢するか」
俺はどうにかその欲求をスマホの写真で満たす。
「こっちからがいいか? けど、こうの方が」
色々と構図に悩みながらスマホを構える。
そして納得した場所で一枚。
「スマホはまだよくわからないな」
「綺麗に撮れてると思うけど?」
「うお、三玖」
気付けば三玖が俺の撮ったやつを覗き込んでいた。
「こだわりがあるんだよ。三玖だってチョコ作るのにこだわっていただろ?」
最近じゃパンや他の料理も作るようになって来ている三玖。
昼の時も家で作ってきた生地使ってピザとか作ってくれていた。
「最近、料理に随分力入れてるみたいだけど。また風太郎に何か食べさせるのか?」
「ううん」
「違うのか」
てっきり風太郎の為かと思ったがそうじゃないらしい。
そもそもパン屋のバイトも作るのが好きって言ってたし、すっかりハマった感じか。
「私、料理の専門学校行こうと思ってる」
初耳で俺はそれまで写真に向けていた視線を三玖に移した。
「ごめん」
「は? 謝る要素あったか?」
そして謝罪された。
謝る理由なんて何一つなかったと思うけど。
「だって、大学……行かないから。勉強教えてもらってるのに」
「そんな事かよ」
「そんな事って」
「あのな、このまま自主学習してくれたら問題なく三玖達は卒業できるラインまで来てる。すでに俺達家庭教師の仕事はほぼ終わってるんだ」
中野先生にも話したけど、ほぼ五つ子達の卒業の心配はもう無くなっている。
ただ、風太郎がもうひとつの目標を持ってしまったからな。
「それに、三玖のやりたい事なんだろう?」
「……うん」
「だったら問題なし。謝る必要もない」
一花は女優、五月は教師、三玖は料理か。
これで五つ子の半分以上は将来の目標が決まった訳だ。
「風太郎には?」
「まだ。自分から言う。だから」
「わかったよ」
自分の口から伝えたい。
すっかり三玖は変わったな。
出会った当初は好きな物すら口に出来なかったのに。
「さて、この後は花火だっけ?」
「うん、その前に飲み物買い足そうって。それでセージにお願いしようかなって呼びに来た」
「了解」
飲み物となると重いしな。
風太郎はちょっと頼りないか。
そういう話ならと俺は三玖と皆の所へと戻る。
「それとセージ、一花の事。ありがとう」
「三玖もか。俺は無茶苦茶を一花に押しつけただけだ」
「けど、それがあったから一花と卒業できる」
「まだ卒業してないのに気が早い」
「セージとフータローがいれば出来る」
俺へと向けられる信頼を込められた強い視線に俺は少しばかり照れくさくなって視線を海へと向けた。
「ま、一花の寛大さに感謝だな」
あんな無茶苦茶なリクエストに呆れて答えてくれたからな。
「……セージ」
「ん?」
「セージはどんな一花でも嫌いにならない?」
「……は?」
突然そんな質問されて俺は足を止めて三玖の方を見る。
その質問の意図はわからないが、真剣なのはわかった。
頭に色々な一花の顔が浮かぶ。
花火大会、林間学校、春休み、修学旅行。そして今回の退学の件。
結構色々な姿見てるんだけどな。
「ここまで来ても引き止めるくらいだ。そんな簡単に嫌いにならないって」
「……セージならそうだと思った」
三玖は安心したように笑った。
「なに? これから何かある感じか?」
いや、そもそも修学旅行の件がまだ俺の中で解決してないのだが。
「この後、一花と買い出しよろしく」
聞いた質問と違う答えではあるけど、それ以上は俺も聞くことはせず大人しく一花と買い出しに行くことにした。
「ごめんね。買い出しに連れ出しちゃって」
プライベートビーチを出て、道路沿いを歩いて近くのコンビニに向かう。
歩道にはこれから帰るであろう海水浴客がちらほら見掛ける。
「飲み物だと重いしな。あの中じゃ俺が適任ではあるが、俺一人で良かったんだぞ? 量もそんな多くないし」
飲み物って言っても両手で持てるくらいの量で俺だけで問題ない。
「忘れた? ビーチバレーの」
「あー、そうでした」
勝者に商品をまだ渡してなかったな。
けど、コンビニってのもあれだし。
「んじゃ、帰りにあそこ寄るぞ」
見慣れたコーヒーチェーン店へと視線を向ける。
「コンビニでもいいんだよ?」
「勝負に勝ってコンビニはあんまりだろ」
「気持ちだけでいいんだけど。セージ君がそう言うなら」
「んじゃ、まずは買い出し終わらせるぞ」
チェーン店を通り過ぎ、俺達はその先のコンビニへと入った。
人数分と夜になったら来るという母さんの分も考えて少し多めに飲み物を手に取る。
「食べ物もついでに買っていくか?」
「え? あー、それは大丈夫だから」
「そうか? んじゃ、これくらいでいいか」
レジに行き、会計を済ませていると店員の視線がチラチラと一花に向いている事に気付いた。
陽も暮れて日焼けの心配がなくなったからか一花は帽子を被っていない。
変装用の眼鏡も今日はしてきていない。
俺は会計を済ませるとすぐに店を出る。そして一花が羽織っているパーカーのフードを一花に被せた。
「お前、油断しすぎ。俺もだけど」
「あー、ごめん」
意図を理解してフードに隠れた顔が僅かに申し訳無さそうにしているのが見えた、
「とりあえず、そのままでいろよ。あれなら俺の体で隠れてもいいから」
「うん」
そうして人とすれ違う際には俺が壁になるようにして歩いて行く。
来た道を戻り、さっき通り過ぎた店に入る。
少し並んでいるけど、店内はそんなに人は多くない。
「んで、どれにする?」
「うーん、期間限定の桃のやつかな」
並んでいる間にメニューを一花に聞くと外にもあった期間限定のやつが良いらしい。
「あー、あれか。一花は桃な。あと、四葉はどんなの飲むんだ?」
「四葉?」
「一応、生徒チームが勝ったからな」
一花だけってのもあれだし、四葉の分も買ってやろうかと一花に四葉が好きそうな物を聞く。
「あー、四葉なら炭酸かな」
「炭酸と。味は何でもいいか」
「大丈夫だと思う」
それから俺らの番が来て注文する。
受け渡しの所へと移動し、待っている間も一花の事が気付かれてないか周囲を確認する。
フードを被って少々目立つけど、顔までわざわざ覗きにくる人はいないから一花だと気付かれる事なく店を出る事が出来た。
「はぁ、変に緊張した」
人通りが少なくなった所でようやく俺は周囲の警戒を解く。
「ごめんね。帽子すっかり忘れてた」
「いや、俺もいつもの調子でいたからな。やっぱ変装用の眼鏡とか常に必要だな」
「あ、眼鏡で思い出したんだけど。セージ君の眼鏡。まだ返してないよね」
「あー、そういや一花に渡したまんまだったな」
あの時、バタバタして一花に貸したままそのまま俺も忘れてた。
「ごめんね。セージ君の大事な物なのに」
顔が見えないがその声に覇気を感じない。
俺としては本当に忘れてたから全然気にしていないんだけどな。
「良いって。俺は使わないし、むしろ一花に必要ならそのままでも良いし」
「そういう訳にはいかないよ。 お父さんの物なんだから」
顔が俺の方に向いて隠れていた顔が見える。そして片方の耳にあるピアスが視界に入る。
一花も母親を亡くして、その形見であるピアスを大事にしている。
「なら、今度会うときに頼む」
「うん、絶対忘れない」
そしてビーチに戻ってくると何だか騒がしい。
「あ、来たな。主役」
「母さん。それに」
「お父さん?!」
俺の母さんの姿があったかと思えば、その隣には海に似つかわしくないスーツ姿の中野先生がいて俺も一花も驚いた。
「いやー、駅まで迎えに来てくれてね。そしたらマルオのやつ帰ろうとするんだもん」
つまり、無理矢理連れてきたんだな。
てか、飲んでやがる。
母さんの手にはすでに開いている缶ビールが握られていた。
「たく」
すると突然俺の視界が暗くなる。
それは俺の目が覆われたから。
「これは私と二乃からのプレゼント」
その三玖の言葉と同時に視界がまた復活する。
そして目の前には三玖と二乃がケーキを持って俺の前にいた。
そして小さな明かりはロウソクに灯った火。
「ほら、吹き消しなさいよ」
「お、おう」
二乃に言われるがまま俺は火を消すと周囲の灯りも着き始めた。
明るくなってケーキがよく見えるようになって見てみるとフルーツがたくさん乗ったタルトだ。
その場にいる人数分に切り分けられ、最初に俺へと渡された。
主役が食べないと他が食べられないよな。
俺はタルトを一口。
「うま」
「タルト部分は三玖が作ったのよ」
「クリームとかは二乃」
味はもちろんだけど、見た目もぱっと見だとどっかの店が出していてもおかしくない。
「店、出せるだろ。これ」
「そんな甘くないわよ」
「セージ、大袈裟」
「いや、本当だって。みんなも食べてみればそう思うって」
俺以外食べていないから皆にも食べてみるように促す。
「うん! 美味しい! 誠司の言葉も大袈裟じゃないわね」
母さんも同意するようにまた口に運ぶ。
「ほら、マルオも」
母さんは先生に声を掛けるが、先生は少し離れた場所で電話していた。
そして電話が終わると俺達の方へ。
「すまない。私は失礼する。江端、車を」
「はい」
この様子だと急患かな。
医者だと仕方ないよなと思っていると「あ」と声が聞こえ、その声の方を見ると二乃が切り分けたタルトを持ったまま先生の方を見ていた。
そしてそれはそっとテーブルに置かれた。その間にも先生はビーチをあとにする。
「たく」
「ちょ、長尾?!」
俺は置かれたタルトを持つと先生を追った。
「先生!」
車を待つ先生に俺は追いついた。
「長尾君……すまないね。急にお邪魔して」
「いえ、それはいいです。それより、これ。車の中でも良いから食べてやってください」
俺は先生に押しつけるようにして持ってきたタルトを渡す。
「こういう所は彼女に似たな」
そう言って先生はそれを受け取るとその場で食べ始めた。
「うん、相変わらず。二乃君は料理がうまいな」
「それ、本人の前で言ってやって下さい」
「……機会があればね」
この人も本当に不器用というか。
「そうだ。先生に謝らないと」
「君に迷惑はかけられていないと思うが……まさか、あの子達と」
「いや、そういう話じゃなくて」
距離的には変わらないのに威圧感が一気に。
先生、五つ子の話になると目の色変わるな。
「俺、医学とは別の道を行こうと決めました」
「……そうか」
「すみません。色々と気に掛けてもらっていたのに」
そう、俺が医者を目指そうと先生に打ち明けてからたくさんのお世話になった。この間だって医者への道をまだ俺に残してくれていたのに。
「謝る事じゃない。だが、聞いても良いかな? 医者ではない道を選んだ理由を」
先生にはしっかり伝えるべきだと思い、俺はその問いに答える。
「俺、単純なんですよ。褒められて、それでもっとそれを極めていきたいって」
医者になりたいって思った時も思えば単純な理由。
六花を治したいっていう単純な気持ちから。
星が見え始めた空を眺めながらあの頃を思い出しているとビーチの方で五つ子と風太郎の声がこちらまで聞こえきた。
「あと、気付いたんです。誰かの思い出を残せる手伝いが出来るんだって。それに関わりたいって思ったんです」
「……君の写真は私も好きだ」
「先生」
するとすっかり見慣れた高級車が先生の前で停まった。
「医者の事に限らず、何か困った事があったなら頼ってくれ」
そう言って先生は車へと乗り込む。
「あ、はい! それと今日はありがとうございます。おかげで楽しい誕生日を過ごせました」
「僕は場所を提供しただけだよ。けど、それなら、よかった。改めてお誕生日おめでとう」
少しだけ先生の表情が緩んだ気がして俺も嬉しくて笑った。
「それじゃ、いってらっしゃい。先生」
「あぁ。江端」
「はい」
そして俺は車を見送ってビーチへと戻ると二乃が何か言いたいことがある様子で俺に近づく。
「余計な事して」
「俺の誕生日だからな。好き勝手やらせてもらった」
「いつだってそうじゃない。でも、ありがとう」
「お礼を言われるとは……誕生日だから大盤振る舞いだな」
「あんたね!」
「冗談だ」
いつもの調子に戻った二乃から逃げるようにして俺は風太郎の隣へ。
「お疲れさん」
「おう」
「ほら」
「ん?」
風太郎は箱を俺に渡してきた。
「誕生日プレゼント」
「……マジか」
俺は思わず箱と風太郎を交互に見てしまった。
「今年はお前も俺にくれただろうが」
「そうだけど。ま、受け取っておく。さて、風太郎は何を」
「今開けるのかよ」
俺は風太郎の言葉を無視して中身を確認する。
それはカメラバッグだった。
「本格的にやっていくみたいだからな」
まだきちんと話してはいないが、俺が夏休み中にガッツリ北条さんの所に行っていた事で風太郎も察した様子。
「サンキュ」
「あ、あの!」
「ん?」
振り返ると五月がいた。
どこか緊張している様子。
「私からもプレゼントがあります」
「おー、ありがとうな」
五月から渡されたプレゼント。
何か板のような形状。
「開けても?」
「むしろ開けてもらわないと困ります」
「?」
どういう意味なのかわからないまま俺は渡された物を開ける。
「デジタルフォトフレームです」
「へー」
そういや、北条さんも持ってたっけ。
「電源、つけてみてください」
言われるがままに電源をつける。
「これって」
そこには今日の写真がすでに入っていたようでランダムでそれが写し出されていた。
写真なんて見慣れている。でも、そこには俺の写真ばかりがあって流石に自分の写真は見慣れていない。
「なるほど。やけにスマホ向けられてると思ったらこれのためか」
「長尾君、撮るばかりで自分の写真少ないんじゃないかって。あなた自身がその時、どういう表情でいたのか。それがわかるのも大事だと思いますよ」
俺としては自分が撮った写真でもその時を振り返る事はできると思っている。
でも、五月の言葉にそれも一理あるかもなと思いつつ俺はそれを有り難く受け取った。
「それじゃ、あとは一花ですね」
「え」
五月が一花を見る。
流れからしてプレゼントを渡す流れだとは思うけど。
俺はそっと一花に聞く。
「もしかして、五月達知らないのか?」
「あはは、セージ君のモデルは受けたって話しはしたけど、それ以外は」
つまり、俺が一花に要求した誕生日プレゼントの件は話していないと。
「あー、一花からはもう貰ったというか」
俺と卒業するという事だからプレゼントという意味ではまだもらってはいないけど、説明が面倒だ。
「そうだったんですか」
「なんだ。一花はもうあげてたんだ。いつまでも渡さないから心配したよ」
「そういう所、あんたあるわよね」
「うん、バレンタインも先に渡してた」
「あはは」
プレゼントの内容言うとまた色々と言われそうだから俺も一花もあえてそれには触れずに残りのケーキを食べる。
「良い子達だね」
最後の花火の用意をしていると母さんが俺の隣に来た。そして花火の準備をしている中野姉妹と風太郎を見てそう言った。
「大事にしなよ。ああいう子達は大人になっても良い付き合いできるから」
「母さんと先生みたいに?」
「あいつは嫌がってるけどね。でも、私はマルオのおかげで色々と助けられたから」
それが何の事を指しているかなんて聞かなくてもわかる。
「不器用だけどいい男だよ。マルオは。ま、私の好みじゃないけど」
「はいはい」
「あ、準備できたみたい。いってきな。と、それとこれ」
花火の準備が出来たようで俺を手招きする姉妹達。
その前に母さんは俺にある物を渡した。
「持ってきたなら早く渡してくれよ」
それは俺のカメラ。
「持ってきてあげたのにそういう事言うんだ」
「いえ、とても感謝しております。さすがお母様」
「ん、よろしい」
そしてずっと待ち焦がれていたそれを手に俺は意気揚々と向かう。
すでに始まった花火大会。
場所は違うけど、もうすぐ一年かと去年の事を思い出す。
花火にはしゃぐ五つ子を目で追いながらカメラを構え、楽しむ五つ子と風太郎を撮る。
去年とは明確に違う事がある。
俺のカメラのレンズが自分の意志で五つ子と風太郎に向いている事。
以前の俺は人ではなく花火にレンズを向けただろう。
「俺もあいつらに影響されたんだよな」