家庭教師と友人A   作:灯火円

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第18話 答え合わせと次なる問題
18-1


 そして夏休みが明け。

 俺はいつも通り通学路を歩く。

 ただ、待ち合わせの場所に彼女はいない。

 

「頑張れよ」

 

 俺はまだまだ日差しの強い空を眺めつつ、離れた場所で自分のやりたいことへと向かっている一花にエールを送る。

 

「そういや、学園祭か」

「お、去年は見向きもしてなかった風太郎が学園祭を気にするとはな」

 

 夏休み明けの浮ついた空気がまだ漂いつつも学校はすぐ訪れる学園祭こと日の出祭で賑わいを見せていた。

 そしてそんな学園祭の話題が風太郎の口から出てきた。

 

「学級長だからな。クラスの出し物を決めなきゃならん」

「そういやそうか。でも、やる気十分って感じだな」

 

 学級長だから仕方なくという口ぶりだが、そんな口調とは打って変わって表情は気合い十分という顔だ。

 

「これが俺達にとっては最後の学校行事だもんな」

 

 これが終わったら三年の俺達は受験モードに入る。

 楽しめる行事はこれで最後な訳だ。

 

「やるからには徹底的に楽しむ」

 

 行事を楽しむ。

 こんな言葉が風太郎から出てきた事に俺も自然と気持ちが高まる。

 

「たしか、三年って屋台やるってのが習わしだよな」

「あぁ、あとで四葉と協力して色々とリサーチをかける」

「……そっか。頼りにしてるぞ! 学級長コンビ!」

「いてぇ!」

 

 風太郎の背中を思いっきり叩く。

 

 そして翌日、学園祭の話がクラスで行われる。

 宣言通り、風太郎は過去のデータから人気だった上位の屋台をピックアップ。

 一位は屋台の定番のたこ焼き。

 

「もちろん、これ以外にもやりたいことがある人は随時教えて下さい」

「私はたこ焼きに一票」

 

 四葉が候補を書き出し他に意見がないかと様子を伺うと早速、たこ焼きに一票入れた人物がいた。それは二乃だった。

 

「こういうのは奇をてらわない方がいいのよ。それにあんたがそのリスト調べてくれたんでしょう?」

「たこ焼きならバイトで磨いた俺の腕を見せてやるぜ!」

「うん、楽しそうだよね」

 

 前田と武田もたこ焼きに一票。てか、前田はバイトしてたのか。

 

「俺はどうするかなー……ん?」

 

 他の奴らはどうするのか気になって周囲を見ていると一部の女子が何か不満そうな視線で目を合わせあっている。

 言いたい事あるなら言えばいいのに。

 そしてもう一人、何か言いたそうな人物を発見。

 

「三玖、何かやりたいか?」

 

 て、風太郎がそっちには気付くとは。

 一年、家庭教師してきただけあるか。

 

「……パンケーキ」

 

 少しの間のあとに三玖はそう答えた。

 

「去年までのデータにはないですね」

「だが、ありかもな。ナイスアイデアだ」

 

 そんな三玖の提案に先ほどの女子達も乗っかる。

 そしてある程度の候補が絞れた所で鐘が鳴った。

 するとすぐに四葉に学園祭の件で何人かの生徒が相談へと駆け寄る。四葉はそれをひとつひとつ丁寧に聞き、対応していく。

 

「四葉、大人気」

「なぜ、俺の所には誰も来ない」

「人望」

「ハッキリ言ってやるなよ。二乃」

 

 それを俺達は遠目で眺めている。

 というか風太郎も一緒に眺めてたらダメだろう。

 

「それにしても屋台ね。何を作るにしても腕が鳴るわ」

「うん、腕が鳴る」

 

 三玖の言葉に時が止まるような間が生まれる。

 

「待ちなさい! あんた調理係する気? 外からお客さん来るのよ。下手したら周辺住民同時食中毒だわ!」

 

 だから、そこまでハッキリ言ってやるなって。

 

「私だって上達してる。この間のセージの時、二乃見てたでしょ」

「そうだけど」

「それに二乃もいる。なら、安心」

「……も、もちろんよ。私と一緒に作れば万が一にも失敗はないわ!」

「おー、まるでお手本のようなツンデ、いでぇ!」

 

 俺の二の腕が強く摘ままれた。

 

「ふー、お待たせしました」

「四葉、お疲れさま」

「あんた働き過ぎじゃない」

 

 相変わらず、お助けマンな四葉。

 これだと学園祭当日も係の事ばっかで楽しめないんじゃないか?

 

「えへへ、最後のイベントですもんね」

 

 当の本人はそれすらも楽しんでいる様子だけど。

 

「一ミリも悔いの残らない学園祭にしましょう!」

 

 そう言って風太郎に向ける四葉の表情に俺は思う所がありつつ何も言わなかった。

 

 

 

「おーい、寝るな。予定よりも遅れてるんだぞ」

「勘弁してよ。日中のロケでくたくたなんだよ?」

 

 電車を乗り継ぎ、俺はとあるホテルの一室に来ていた。

 それは一花との勉強会の為。

 しかし、集中力が続かない。

 

「……なら、俺の勉強会の方だな。一花、外出るから帽子とか被っておけよ」

「あ、それなら」

 

 一花は荷物から眼鏡ケースを取り出した眼鏡を出したかと思えばそれは父さんの眼鏡。

 

「もう少し借りるね」

「構わねえよ」

 

 そして、変装した一花と共にホテルを出て出来るだけ人気の無い場所に。

 

「この辺かな。一花、あの辺りに座ってくれ」

「はーい」

 

 俺の言われたとおりの場所に座った一花。

 そして自然とポーズを決める。さすが女優だ。

 

「そのまま何枚か撮る。ポーズも変えてくれていい」

「わかった」

 

 それから次々とシャッターを押していく。一花は何度か表情、ポーズを変えてくれた。

 

「うーん」

「どう?」

 

 ある程度撮り終えてチェックする俺の隣に一花が来て聞いてくる。

 

「一応、北条さんのアドバイス通りにはしてはいるんだけどな」

 

 長年、人を撮る事より風景とかの方ばっか撮ってきたからか無意識にそっちにフォーカスを置いてしまう。

 今のでも何枚かそっちに引っ張られている写真がある。

 

「数こなすしかないって北条さんも言ってたからな」

「そっか。でも、別に人を撮ることにこだわらなくても良いんじゃ無い? 今まで通り好きなものを」

「仕事としてやっていくなら一辺倒って訳にもいかないだろ」

「……仕事。え、それじゃセージ君」

「……カメラでやっていこうとは思ってる」

 

 向けられている視線に照れて俺はカメラを覗き込みながらそう答えた。 

 母さんと北条さんにしかまだ話していない事。

 風太郎は気付いた感じではあるけどな。

 

「でも、大学は行くけどな」

 

 俺はビル群へとカメラを向けながら話を続ける。

 

「そうなの?」

「北条さんが行っておけって。いざ働く時に就職先が広がるからだってさ。大学通いながら北条さんの下で色々と学ぶ感じ」

 

 俺としては大学行かずに北条さんの所でとも考えたけど、素直にアドバイスを受ける事にした。

 

「へー、そっか。セージ君はカメラの方にしたんだ」

「……中野先生には悪いことしたけどな」

「お父さん?」

 

 そこで中野先生が出てくるとは思っていなかった一花はどういう事かと首を傾げている。

 その姿が良いなと思って俺は一花にカメラを向け一枚。

 

「少し前に進路についてちょっとアドバイスっていうか。それを断る形になったから」

「あー、医者になるならお父さんの話は参考になるもんね」

 

 その一花の言葉に俺はカメラを構えるのをやめる。

 やっぱりそうか。

 俺は確信することが出来て真っ直ぐ一花を見つめる。

 

「……よく知ってたな。俺が医者になろうとしてた事」

「え? あー、話してなかった?」

 

 それまで俺に向いていた一花の視線は違う方へと向いた。

 

「去年出会ってからは話した記憶ないな」

「はは、そうだっけ?」

 

 これで俺は踏み込める。

 俺は短く呼吸を整え、そしてゆっくりと口を開く。

 

「俺が医者になりたいと知っているのは家族以外だと風太郎と中野先生、そして京都のあの子」

 

 少し前に四葉達にも話したが、それより前となるとこの三人だけ。

 

「あ、それじゃ四葉に聞いたかも。ほら、あの子たまにうっかり」

 

 うっかりは一花の方だ。

 俺はこれまで京都で会った子が誰かなんて名前を出していない。

 でも、それを知っている。

 やっぱり四葉と俺達が出会っていた事は知っていたわけだ。

 だけど、今はそれについては別に良い。

 重要なのはもうひとつの方だ。

 

「四葉は知らなかった」

「え」

 

 誕生日プレゼントを渡したあの時に四葉は知ったし、それについては口止めをしている。

 うっかり話した可能性もあるけど、一花はそれよりも前に俺が将来医者という選択肢を持っている事を知っていた素振りはあった。

 

「そもそも、言ったろ。俺はその子とは清水寺を回っていない。旅館までの短い時間に話した事は風太郎とどこ回っていたかって話で俺の話はまったくしてない」

 

 六年前、確かに俺は四葉と会っている。

 もし、俺が思い浮かべているあの子だったら知っているはずなんだ。

 俺が昔、医者になろうとしていたことを。

 だけど、四葉はあの時初めて聞いた反応だった。アレが演技だったら大したもんだ。

 でも、決定的な言葉があった。

 

【それに長尾さんとは暗い時間に会ったあの神社から旅館までの道のりでしたし】

 

 俺の記憶だと旅館で色々とあの子と話したはず。

 けど、四葉は旅館の事は何も話さなかった。いや、話す内容がないから話さなかった。

 つまり、旅館で四葉は俺と話していないからなんじゃと俺は考えた。

 そう、俺と風太郎は四葉の他にもう一人、五つ子の誰かと出会っていた。

 なら、それは誰か。

 

「俺が六花の事や医者になりたいと話したのは旅館で会った子」

 

 俺は一花との距離を詰める。

 そして父さんの眼鏡を外し、俺がそれをかける。

 

「ごめんな。すぐ、気付いてやれなくて」

「っ」

 

 その瞬間、一花の表情は歪む。

 

「なに、言って」

「一花とも会ってた。てか、むしろ俺にとっての京都の子は旅館の子だよ」

 

 そう、俺の撮った写真に目を輝かせ、医者になるんだと言った俺を応援してくれたあの子。

 それは涙を流している目の前の彼女だ。

 

「ごめんな。ごめん」

 

 俺は羽織っていた上着を脱ぎ、一花の頭に被せる。

 万が一、女優の彼女だと気付かれそれも泣いている姿なんて見られるわけにはいかない。

 なんて、それらしい理由を並べてみるけど、もっと単純な理由だ。

 

 今は誰にも一花を見られたくない。

 ようやく出会えた六年前の彼女を。

 

「っ……ぁ」

 

 一花は声を殺すようにして泣いた。

 そして俺は泣き止むまでそっと彼女のそばにいた。

 

 

「ごめん」

「いや、原因は俺だから」

 

 泣き止んだ一花にハンカチを渡して俺達は近くにあったベンチに腰掛ける。

 

「てか、そもそも一花が変なウソを言うからだろうが。何が一緒に清水寺回っただ。素直に旅館で会ったって話してれば」

 

 それが一気に俺を混乱させ、しなくてもいい遠回りをした。

 

「それは……うん、私が悪いね」

「いや、あの時は俺も話をきちんと最後まで聞いてやらなかったからな。ごめん」

 

 冷静になろうとして一旦話を中断したのがダメだったな。

 その後はこの話に触れるどころか全部ウソだとか忘れろだとか言ったおかげで俺もどうすればいいかわからない状態になったし。

 

「今回もセージ君が謝る事じゃないよ。私が勝手に暴走しただけ」

「暴走って。一花にしては珍しいな」

 

 一花は膝を抱えるようにして座ると膝に顔を埋める。

 いつもよく周りを見て動いている一花にしてはらしくない。

 

「……君が思っているほど、私はお姉さんじゃないって事」

 

 一花は立ち上がり、空を見上げる。

 俺は一花の隣に立って同じように空を見上げる。

 

「人をからかうような子供だもんな」

「そういう事じゃなくて。私は君に呆れられてもおかしくない人なの」

 

 それは四葉が話していた昔はガキ大将だった事が関係しているのか?

 でも、呆れられるって。

 その言葉に俺は乾いた笑い声が出た。

 

「むしろ、呆れられるのは俺の方だろ」

「セージ君?」

 

 ずっと誰なのか気になっていた。

 そして同時に思っていた。彼女は今の俺をどう思っているのか。

 

「医者を目指すどころか途中で何もかも嫌になって勉強どころか学校だって」

 

 結果的に一花にはこれまでの俺を全部話しているんだよな。

 六年前からダメになっていく俺の話を聞く度に一花はどう思っていたんだろう。

 それこそ呆れられたっておかしくない。

 今は少し俺も胸張れるようになったけど、どう思われているのか考えると恐くて一花の方を向けない。

 君が応援しようと思ってくれた俺はもう。

 

「……好きだよ」

「っ」

「六年前の君も今の君も。私は、君が好き」

 

 たったその一言で胸にずっと重くあったものが軽くなる感覚がしたと同時に込み上げてくる感情を止める事が出来ず、俺はただただ夜空に浮かぶ月を見上げてる事しかできなかった。

 そんな俺に一花はしばらく隣に寄り添ってくれた。

 

 

 

「なんかすまん」

「いや、私も恥ずかしい姿見せたから」

 

 あの後、ホテルに戻って勉強再開と言いたい所だが、そんな空気ではなく俺が帰る時間となってしまった。

 

「けど、本当に大丈夫?」

「ん? あー、気持ちは落ち着いた」

「そっちもだけど、大学入試」

「五月みたいな事言うな。ほら」

 

 俺は今日返ってきたばかりの志望校判定の結果を一花に見せた。

 結果はA判定。

 

「ほら、セージ君はやればできるんじゃん」

「さっきまで心配してたのはなんだったんだよ」

「でも、そんな芸当がみんな出来る訳じゃないからね。学園祭とで大変だと思う……皆をちゃんとよろしく」

 

 なるほど。本音はそっちか。

 やっぱお姉さんだな。

 

「学園祭、来れるよな?」

 

 ホテルを出る間際、俺はそれを確認する。

 

「一日は予定空けてもらってる」

「そうか。心配せず、一花は目の前の事に集中しろ。風太郎もいる。勉強はもちろん、学園祭もあいつは最高なものにしようと頑張ってる。楽しみに待ってろ」

「うん」

「んじゃ」

「セージ君」

「ん?」

 

 これでスッキリ今度こそ部屋を出ようとドアノブに手を掛けたが一花の呼びかけに振り返る。

 

「さっき、言った好きの意味。考えてね」

「意味って」

 

 からかうようなものじゃない。

 そしてその言葉がどんな感情を込められているのか俺も気付かないほど鈍くはない。

 

「答え、少し待ってもらっていいか?」

「うん」

「きちんと考えるから」

「それでいいよ」

「またな」

「うん、またね」

 

 俺は部屋を出て駅へと向かう。

 改札を通り、ホームへ。

 

「あー……くそ」

 

 そこで俺は両手で顔を覆う。

 一気に熱が上がる感覚とこれまでに感じた事の無い感情が駆け巡っている。

 

「いや、とにかく。しっかり考えてだな」

 

 その場の勢いで返事も出来た。

 でも、勢い任せで返事をしたくなかった。

 

 大事にしたい。

 

 一花が俺に向けてくれた想いを。

 

 そして、俺が一花をどう思っているのか。

 




ようやく互いの答えが合いました。
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