「あれ? 休みの日に学校?」
「ちょっと学園祭ので。てか、母さんも出掛けるのか?」
演劇部の稽古の為、休みの今日も学校に行くことになって準備をしていると母さんが声を掛けてきたがどこか行く装い。
「ちょっとしたプチ同窓会」
「あ、そ。そうだ。これ、学園祭の招待状」
俺は封筒を母さんに渡す。
「ありがとう。去年は急な出張で行けなかったけど、今年は絶対行くからね」
「あいつらの実父が顔を出す可能性があるもんな」
「あんた。どうして」
母さんにしては珍しく驚いた表情で俺の方を見た。
「下田さんからな。下田さんも俺に言ってきたよ。五つ子達を気に掛けてくれって」
「あいつ、うちの息子を使ったな」
「母さんも実の息子を使っただろうが」
もらった台本をカバンに入れる。家を出るにはまだ時間がある。冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「怒ってる?」
「別に。ただ、理由は言って欲しかったかな。それも俺らに余計な心配かけないためだろうけど」
母さんなりに理由も話さず頼み事をしたのを気にしていたようだけど、事情を聞けば黙っていた事も納得は出来る。
「大人の身勝手な都合であの子達を振り回したくない。少なくとも今の生活はあの子達にとって安定しているものだから。壊させたくないの。あんな身勝手な野郎の存在ひとつで」
「下田さんもだいぶ警戒してたけど、あいつらの父親ってそんなアレなのか?」
大人二人が揃って姉妹達に接触させたくないって相当だぞ。
「外面は仏みたいな顔しているけど、結局は自分の事しか考えてないやつ。あいつのせいで私の恋路が」
なんか五つ子関連以外にも私怨がありそうだな。
「とにかく、まともなやつが妻と娘達を残してどっか行く訳ないでしょ」
実父については姉妹の誰一人からも話が出なくてあいつらが物心つく前に亡くなっている可能性も考えたが、どうやら最低な父親だけだったみたいだな。
「だから、ちょっと頼むわよ」
「わかった。いつも以上に気に掛けてみる。んじゃ、いってきます」
牛乳を飲み干したコップを洗って俺は家を出る。
とりあえず、言われた特徴のおっさん見掛けたら要注意だな。
あとは姉妹達を気にしつつ。
「……そんな余裕あるのか?」
俺はカバンにしまった台本を取り出して中身を確認する。
クラスの出店だけならまだ気にする余裕はあったんだが。
「けど、初日だけだしな。やるしかねえか」
気合いを入れ直し、俺は演劇部の稽古へと向かう。
「演技ってむず」
稽古が終わって俺は疲労感で座り込む。運動しながら勉強しているような感じ。つまりは疲労感が二倍。
「そうは言ってるけど、初めてにしてはすごいわ。とくにアクションの所はすぐに立ち回り覚えてくれたもの」
「ですって! 長尾さん」
「そりゃ、どうも」
部長さんが褒めてくれる横で四葉はまだ元気そうでこいつの体力は本当に無尽蔵かよ。
「でも、これなら初日はどうにかなりそう。ありがとう二人共」
「いえいえ、楽しい学園祭にしたいですから」
学級長の仕事だけじゃなく、色々な人の手伝いして大変なはずなのに。
そんなの苦でもないと言わんばかりの笑顔を見せる四葉に俺もなんだかもう少し頑張れる気がしてくる。
「うし、部長さん、もう少し立ち回りやってもいいか?」
「えぇ、もちろん」
四葉も俺もクラスの方があるから揃ってやれるのが今日だけとあってどうにか今日中に形にさせようと遅くまで稽古は続いた。
「一花を尊敬する」
帰り道、俺は一花がやっていることの大変さを実感した。
「一花がいれば鬼に金棒だったんですけどね」
そりゃ、一応それでお金もらっているプロだからな。
だけど、一花がいたら主役すら食っちまう気がする。
「でも、四葉のエメラルドも良い感じだと思うぞ」
「なら良いんですけど」
本人は自信なさそうではあるが、終わりの頃には部長さんや部員達も称賛する出来になっていた。
ウソとか苦手だけど、演技だとまた違うのかもな。
今なら四葉が零奈として風太郎の前に立っても問題ない気がするが、本人は嫌がるだろうな。
てか、そもそも零奈は演じるってのは違うか。
四葉が本人な訳だし。というかむしろ俺と風太郎の前だと常に演じてたんじゃ。
京都での四葉との思い出は僅かだが、少なくとも今のように敬語じゃなかった。
つまりは一年近く四葉は演じ続けてきたことになる。
「何が苦手だよ」
「はい?」
四葉もとんでもない女優の才能の持ち主だったか。
まったく、五つ子には常に振り回されてるな。
「いいや、それより自分の演技が不安でな」
「長尾さんの演技もすごかったですよ。特にアクションシーンなんて」
「俺は台詞ほとんど無くしてもらったからな。そっちだけでもな」
台本を広げて本来あった台詞を見るととてもじゃないが俺には無理だ。
幸いなのが俺の役の登場が、クライマックスのアクションシーンだけ。
演劇部の人達からしたら元々台詞量は少ないとは言ってたけど、俺にはとても少ないと思える量ではなかった。
「長尾さんにも苦手な事あるんですね」
「台詞自体覚えるのは難しくないんだが、演技となると動きとかも入ってくるだろ。頭がパンクする」
覚える事自体は問題ない。問題はそこに手振り身振り、立ち位置とか台詞を言うタイミングもある事だ。
脳と体をフルに使っている感じだ。
サッカーも常に体を動かしつつ、ボールと敵味方の動きを把握して動くからそれに近いのかも。
ただ、本格的なサッカーから数年も離れた俺にはかなりしんどい。
「あ、それなら一花にコツとか聞いてみます?」
「待て、一花には俺が舞台に出る事は言うなよ」
スマホを取り出して一花に連絡しようとする四葉の手を掴み制止させる。
「えー、何でですか?」
「恥ずかしいからに決まってるだろ」
「恥ずかしい姿なんてないですけど」
「いいから。一花には黙っててくれ」
確か、一日目は仕事って言ってたしな。
観られる事はないはず。
四葉は「もったいない」と言いつつスマホをしまったの見てひと安心。
「あ、長尾さん。ここまでで良いですよ? 長尾さんのお家はあっちですよね?」
「あー」
いつもならそのままここでさようならしてはいたが、今は出来るだけ五つ子を一人にさせたくない。
一人で実父に接触だけは避けさせたいからな。
「ついでだ。マンションまで送る」
「あ、ならご飯食べていきます? 今日二乃はバイトで遅くて五月は特別講習?とかで三玖と私だけなんですよ」
去年まで五人が当たり前だったのに今は五人揃う方が珍しくなっている。
でも、これからはそれが当たり前になっていく。
お互い進もうとする道が違うから。
それをわかっていても慣れない今は寂しいと感じてしまうのだろう。
四葉の表情に少し寂しさのようなものが見えた。
「めちゃくちゃ動いたからな。お言葉に甘えさせてもらう」
「はい! それじゃ三玖に連絡しようっと」
そうして俺は中野家にお邪魔する事に。
「二人共お疲れさま」
「悪いな。急に」
「ごめんね。三玖に夕飯任せちゃって」
「ううん、私の方が早く帰ってくる予定だったし。ひとり分増えても問題ない」
リビングに行くとすでにカレーが三人分用意されていた。
そして三人で手を合わせていただきますをする。
「セージ、どう?」
「ん? 上手いぞ」
「よかった」
見た目も味も普通のカレー。
以前、岩のようなパンを食べた時を思い出し警戒もしたが、味も問題ない。
「最近は三玖、二乃に教わりながら色々作ってるんですよ?」
「専門学校行く前に良い先生が見つかったな」
そして夕飯をごちそうになった俺はせめて片付けだけでもと皿を片付ける。
といっても食洗機に入れるだけの簡単なお仕事。
「セージ、ちょといい?」
「ん?」
簡単なお仕事を終えたタイミングで三玖が俺を部屋に呼んだ。
相変わらず戦国武将好きが見える部屋だ。
「今日、フータローに進路の事、話した」
「反応は?」
「複雑な顔してた。でも、応援してくれるって」
否定する答えが返ってくるとはもちろん思っていなかった。
家庭教師として五つ子の将来を見つけてやりたいと思っている風太郎ならその答えも受け止めるだろうから。
「それと、私の想いも伝えた」
「……マジか」
それは予想外。いや、というよりついにか。
京都では何だかんだ誤魔化した感じではあったけど、伝える意志はそもそも三玖にはあった訳だし。
「返事……その様子じゃ聞いてないか」
どっちの答えが返ってきたとしても三玖が今、落ち着いて話している様子からして答えは聞いていないのがわかる。
「うん、まだ聞いてない。でも、次はフータローの番って事は伝えたよ」
「はは、そりゃフータローもそろそろ覚悟決めなきゃだな」
二乃の件と三玖の件、特に二乃はかなり待たされてるからな。
けど、想いを伝えるって事がどれだけすごいのか改めて思う。
「すごいな。二乃も三玖も……一花も」
「一花?」
「あ」
うっかり俺は一花の名前を出してしまった。
三玖が俺に詰め寄りジーッと俺を見る。たまらず俺は視線をそらす。
「一花に告白された?」
「なっ」
しまった。
これじゃ肯定しているのと同じだろ。
「……そっか。一花も言えたんだ」
三玖は俺と詰め寄った距離を元に戻すと嬉しそうな表情でいる。
この様子だと三玖は知ってたのか。
「返事は?」
「まだ……しっかり考えたくて待ってもらってる」
「セージも真面目だね。けど、一花を思ってだもんね」
三玖の言葉は間違っていないのだけど、改めて言われると俺の顔が熱くなっていく。
「……話は終わりか? んじゃ、俺はそろそろ帰る」
「うん、またね」
俺は照れ隠しとばかりに帰る準備をするが、それすらも三玖には見透かされているような笑顔を向けられながら俺は中野家をあとにする。
「あー、もう。やらかした」
帰り道、俺は自分の失態に頭を抱える。
いや、いつかはバレる事だとは思うけど、自分からボロ出すなんて。
「だ、だからって希望校を諦めたりしません!」
「ん?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
その声は俺の正面から。
「五月。それに風太郎も」
「誠司」
「長尾君」
街灯の明かりでようやく姿が見えたかと思えば声の主の他に風太郎もいた。
「どうしたんだ? 二人で」
「えっと、上杉君のご家族に学園祭の招待状を渡しに」
「うちでしっかりカレー食ったやつを家まで送っている最中だ」
「むー!」
風太郎は本当に一言多いんだよな。
「なるほど。んで、なんか叫んでたみたいだけど」
「それは私の判定の件で。でも、学園祭返上の覚悟で頑張りますから!」
「頼むぞ。入ってもらわなきゃ困る」
「風太郎」
あまり追い込み過ぎてもダメなんだがな。
「これで落ちたら俺達のやってきた事が無意味になっちまうからな」
「勝手な事言うんじゃねぇよ。風太郎」
「いで」
俺は風太郎の腹をド突く。
「それは違いますよ」
そんな風太郎の言葉を五月が否定する。
「女優を目指した一花。調理師を目指した三玖との時間は無駄だったのでしょうか?」
「!」
今の勉強とは違う道を選んだ二人。
その二人がやってきた事は無駄だった事なんてないと俺は思っている。
「そうは……思いたくないな」
それは風太郎も同じ。
「私たちの関係はすでに家庭教師と生徒という枠だけでは語ることができません。そう思っているのはきっと一花も三玖も……皆、同じはず」
五月は俺達の方へと振り返る。
「上杉君、長尾君。例えこの先失敗が待ち受けていたとしても」
その瞬間、風が吹き長い彼女の髪を揺らす。
「この学校に来なかったら。二人と出会わなければなんて後悔することはないでしょう」
その言葉を風太郎がどう捉え考えたかはわからない。
けれど、風太郎もそろそろ答えを出そうとしている。そんな気配をまだ夏の気配が残る夜に俺は感じた。
そしてその意志の表れなのか風太郎から学園祭初日の15時に教室に来るようにとメールが届いた。