銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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10 転機

 

 

 同盟軍の戦闘艇パイロットになりたい。

 

 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督が、自分の従卒であるエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクから、彼女の希望を聞かされたときの心境を一言で言い表せば、困惑の一語に尽きるだろう。

 

 メルカッツは、かつての祖国、銀河帝国そのものに未練など微塵もない。だが、ゴールデンバウム朝に対する忠誠心まで、完全に失ったわけではない。なりゆきで被保護者となった不幸な少女、銀河帝国皇帝の血を引くエリザベートには、幸せになって欲しかった。

 

 決して、ローエングラム公に簒奪されつつある王朝を奪い返し、皇帝の座につくことを望んでいるわけではない。エリザベートには、今後はくだらない権力争いに巻き込まれることなく、ひとりの人間として平凡な幸せをつかんで欲しかったのだ。

 

 そのエリザベートが、よりによって戦闘艇のパイロットになりたいという。

 

 危険だ。あるいは、お嬢様に人殺しをさせるわけにはいかない。……などとは、メルカッツは口には出せなかった。彼は、この時期の帝国軍の艦隊指揮官の中でも能力はずば抜けていたが、中でも得意とする戦法は敵艦隊と接近した乱戦であり、必然的にワルキューレなど単座戦闘艇の部隊を効果的に活用することを好んだ。

 

 自らが多くの戦闘艇パイロットに出撃を命じてきたにもかかわらず、エリザベートにだけ、自らの被保護者であるという理由でそれを行わないのは、生真面目なメルカッツには卑怯に思えたのだ。

 

 そもそも、イゼルローン要塞は最前線である。同盟軍の軍人である以上、安全な場所などない。人殺しを避けることも出来ない。それは、メルカッツと共に戦艦のブリッジに居ても、スパルタニアンのコックピットにいても同じ事だ。

 

 せめて民間人ならば……。エリザベートを常に自らの目の届く範囲におくため、軍人として亡命させたのが間違いだったか。メルカッツは、今さらながら自らの決断を悔やんでいた。

 

 

 

 しかし一方で、メルカッツはエリザベートの決断を誇らしくも感じていた。彼は以前、エリザベートの父、ブラウンシュバイク公を「精神面での病人」と評したことがある。貴族の特権を自分そのものの価値だと勘違いし、醜悪な自尊心のみを極限まで肥大化させた門閥貴族達は、メルカッツに言わせればみな精神を病んでいるのだ。

 

 だが、エリザベートは、そのような病とは無縁だった。自分を受け入れてくれたイゼルローン要塞の人々のため、自分に出来ることを自分から行おうとしている。メルカッツは、自らが忠誠を誓っていた銀河帝国皇帝の血を引く者の中にエリザベートような少女がいることを、誇りに感じたのだ。

 

 ここで、メルカッツははたと気づく。

 

 自分は、年端も行かぬ少女を戦場に出すことを誇りと感じている……。この自分の精神こそが、実は病んでいるのではないか? いや、同盟も帝国も、この銀河の人類すべてが病んでいるのではないか?

 

 実を言うと、帝国軍人として生きてきた彼の半生において、その疑問は何度も彼の胸中に浮かんだことがある。だが、答えは見つからない。おそらく死ぬまで見つからないだろう。メルカッツは一度首を振ると、それ以上考えるのをやめた。

 

 

 

 エリザベートはすでに、同盟軍の戦闘艇パイロットとしての正式な資格を取得しているという。軍の資格取得プログラムの受講を許したのはメルカッツであるが、これほど短期間でそれを為し得るとは正直おもっていなかった。彼女の努力と、持ち前の素直な性格の賜だろう。

 

 さらに、イゼルローン駐留艦隊第一第二空戦隊長の連名による推薦状によれば、パイロットとしてのエリザベートの腕はずば抜けているらしい。にわかには信じがたいことであるが、アンスバッハ准将から聞かされていた例の特殊な能力のおかげかもしれない。もし本当ならば、彼女自身が操る戦闘艇のコックピットは、戦艦のブリッジよりも安全である可能性もあるだろう。

 

 結局、メルカッツは、エリザベートの申し出を認めた。彼女の希望を、ヤン・ウェンリー司令官に伝えることにしたのだ。

 

 

 

 

 同日おなじ頃、イゼルローン要塞では、エリザベートに関わる重大な出来事がもうひとつ起こっていた。

 

 クーデター騒ぎ以来、イゼルローン要塞の司令部は、……正確にいうと司令官は、いまひとつ緊張感に欠ける毎日を送っていた。今も、本来は多忙なはずの要塞事務監キャゼルヌ少将を食堂でつかまえてむりやり三次元チェスに誘い、あと数手で連敗記録を達成しようとしていたところだ。

 

 そこに、簡単な敬礼と共に割り込んできたのは、要塞防御司令官をつとめるシェーンコップ少将である。

 

「ヤン司令官。キャゼルヌ少将もごいっしょでしたか。ちょうどいい、ちょっとよろしいですか」

 

「ああ、かまわないよ。シェーンコップ少将。キャゼルヌ先輩がなかなか勝負をあきらめてくれなくてね。たすかった」

 

「おまえなあ……」

 

 士官学校の先輩後輩のかわす親しげな会話に、シェーンコップは遠慮無しに割り込む。

 

「実は、エリザベート嬢のことなんですがね」

 

「メルカッツ提督の従卒のお嬢様か。……いまさら、なんだい?」

 

 

 

 メルカッツ提督は亡命してきて以来、エリザベートの正体については一切なにも語ってはいない。司令官であるヤンにすら、自分の従卒兼パイロットであるとしか伝えていない。

 

 だが、亡命の時期といい、彼女の容姿といい、あきらかに貴族としか思えない立ち振る舞い、そのような少女が従卒であるという不自然さ、そしてエリザベートという名前……。状況証拠しかないものの、彼女が銀河帝国の皇帝の血を引く、あのエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクだということは、少なくともメルカッツから彼女を紹介された要塞司令部の幕僚達の目には、あきらかであった。

 

 シェーンコップなどは、「せめて『エリザベート』ではなく完全な偽名を名乗ってくれれば、我々もごまかされたふりをできただろうに」と、メルカッツ提督の生真面目さにため息をついたものだ。

 

 

 

 メルカッツの受け入れは問題ないとしても、エリザベートの扱いに関してはまた別の話だ。当然、イゼルローン要塞司令部では、彼女の扱いについて何度も秘密会議が開かれた。お互い机を叩く勢いで、激しい議論がかわされた。

 

 エリザベートの存在は、イゼルローン要塞や自由惑星同盟にとって、決して好ましいものではない。むしろ、混乱の種にしかならないと言っても良い。

 

 本来ならば、彼女の亡命について、まずはハイネセンの政府に対して報告すべきことであろう。だが、もし彼女の正体を政府が知れば、メルカッツの立場が悪くなるかもしれない。彼女は帝国との外交の武器として扱われ、最悪の場合、帝国に売り飛ばされるかもしれない。さらに、情報がハイネセンやフェザーンを経由して帝国のローエングラム公に知られれば、同盟への侵攻の口実にされてしまう可能性すらある。

 

 まだ幼い少女でしかないエリザベートが政治の道具に使われることを避けたいというメルカッツの気持ちは、ヤン達にも理解できた。エリザベート本人も、ローエングラム公を敵対視したり、皇帝の座を取り返そうとかいう気はないようだ。けなげにも、要塞での生活になじもうと必死に見える。

 

 メルカッツ提督は、おそらく一生真実を語ることはあるまい。ならば、ただひとり真実を知るメルカッツが主張するとおり、彼女はいち兵士、いち同盟市民として扱って問題ないのではないか?

 

 結局、イゼルローン要塞司令部は決断した。司令部の幕僚以外には、帝国から亡命してきた少女の存在自体が秘密とされたのだ。

 

 もっとも、要塞にかかわる他の多くの問題と同様、司令官であるヤンの胸中では初めから結論は決まっていた。それを幕僚全員で徹底するために、わざわざ会議を開いて相談するかたちをとったのであるが。

 

 

 

「エリザベート嬢は、皇帝の血を引くだけではなく、銀河系有数の有力貴族の娘です。いわば究極の箱入り娘ですな」

 

 ヤンもキャゼルヌも、シェーンコップが何を言いたいのかわからない。だまって続きをまつ。

 

「一応私もね、帝国貴族の末席に身を置いた者だからわかるのですが、貴族という人種は生活力という点では無能者がほとんどなんですよ。いきなり自由の国にきても、自分の力で生活することなんてできやしないんです。ましてや彼女は超箱入り娘。早い話が世間知らずだ」

 

「……つまり、シェーンコップ少将は、エリザベート嬢が日々の生活に困っていると言いたいのかい?」

 

 生活力皆無という点では決して他人のことを言えないヤンが、わかったようなわからないような微妙な表情のまま確認する。だとしても、どうするべきなのかヤンにはわからない。彼女の給料を100倍にして専属メイドをつけてやるわけにもいくまい。

 

「はい。彼女は真面目でよい子です。ですが、とつぜん権力と財産を失い、召使いも居ないイゼルローン要塞では、まともな日常生活すらままならずに困っているでしょう。このままでは、せっかく亡命してきた同盟に愛想をつかしてしまうかもしれません。最悪の場合、悪い男にひっかかって取り返しのつかないことになる可能性もありますね」

 

 どんな悪い男に騙されても、それが単純な色恋沙汰ならまだましだ。もしフェザーンや帝国の諜報機関が彼女を狙って工作員でも送り込んできたら、そっち方面に免疫のない彼女は簡単に騙されて、なにに利用されるかわかったものじゃない。シェーンコップはあえて口には出さないが、その点をもっとも恐れていた。帝国も同盟もどうなってもかまわないが、そんなくだらない政治の茶番に少女の人生が巻き込まれるのだけは許せない。

 

 ……なるほどね。

 

 キャゼルヌは、なぜシェーンコップがわざわざ自分がいるときを狙ってヤンのもとを尋ねたのか、理解した。たしかにこれは、ヤンだけでは解決することは難しい問題だ。シェーンコップは、ヤンの方を向いてさらに説明を続ける。

 

「生真面目なメルカッツ提督は、彼女をあくまでも一兵士としてしか扱わないでしょう。そう、これは、我々が考えてやらねばならない問題だと思うのですがね」

 

 ヤンは、まだよくわかっていない顔をしている。

 

 「しかし、シェーンコップ少将。メルカッツ提督は、彼女を特別扱いすることを望まないだろう?」

 

 ヤンの鈍さにいい加減あきれたキャゼルヌが、かわりに答えをだしてやる。

 

「わかったよ、シェーンコップ少将。彼女には平凡な同盟市民の家族が必要だというのだろ? 平々凡々なキャゼルヌ家の一員になってもらおうじゃないか。もちろん、オルタンスや娘たちが許してくれたらの話だがね」

 

 ようやくヤンは合点がいった。同盟に亡命してきた貴族が、どのような苦労をしているかなど、ヤンは思いも寄らなかった。そもそも、帝国の貴族のものの考え方や日常生活など、ヤンは知識としては知っているつもりだったが結局は別世界のものでしかない。ましてや、エリザベートは年頃の少女である。彼女にとって今もっとも必要なものが何なのか、もともとヤンに解決できるはずのない問題であったのだ。

 

「……了解だ、シェーンコップ少将。すいません、キャゼルヌ先輩。メルカッツ提督には私から話をしておく。決して特別扱いではなく、前線におけるトラバース法の拡大解釈と言うことで、納得していただけるだろう」

 

 

 

 こうして、エリザベートはパイロットとしての第一歩を踏み出した。そして同時に、イゼルローン要塞のお節介でお人好しな人々により、本人の知らぬ間に家族が出来たのだ。

 

 

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