銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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11 初陣

 

宇宙歴798年4月 イゼルローン回廊

 

 

 

 

 初陣は、意外な形でおとずれた。それは、単なる哨戒任務のはずだったのだ。

 

 いくらずば抜けた性能を誇る新型機と、さらにシミュレータにおいて化け物じみた才能を披露したパイロットといえども、いきなり帝国艦隊を相手とした実戦に投入するほど、イゼルローン要塞の司令部も空戦隊も脳天気ではない。

 

 イゼルローン回廊は、自由惑星同盟と銀河帝国が国境を接する最前線であり、帝国側の入り口付近には帝国軍の艦艇が、偵察や、あるいは嫌がらせのために常に出入りしている。要塞に駐留する同盟軍としても、本来ならば哨戒のための艦隊を多数つねに遊弋させ、帝国軍の動きを把握する必要がある。

 

 だが、いまや自由惑星同盟の経済は、破綻寸前であった。弱体化した同盟軍の再建は遅々として進まず、最前線であるイゼルローン要塞においてさえ、艦艇と人員の補充は決して十分にはなされぬまま放置されている。あてにならないハイネセン政府を横目に、要塞司令部は脱法すれすれまで現場の裁量をフル活用することで、かろうじて回廊全体の制空権を保っている状況なのだ。

 

 そこで白羽の矢がたったのが、ポプランのおもちゃこと、新型戦闘艇だ。国防省とメーカーによる新型機開発計画のコードネームであった『スーパースパルタニアン』がいつの間にか正式名称として使われるようになった3機の試作機は、一連のテストとパイロットの慣熟を兼ね、回廊の哨戒任務を与えられたのだ。その卓越した機動力と長い航続距離を最大限に活かすことにより、艦隊による哨戒が及ばない領域を効率的にカバーできると期待されている。

 

 

 

 前後を飛ぶ僚機のエンジン光と星以外、周囲360度はすべて暗黒。聞こえるのは愛機のわずかなエンジン音のみ。ここには、彼女に悪意を持つ者などいない。誰に気兼ねする必要もない。いま、エリザベートは愛機スーパースパルタニアンのコックピットにいる。

 

 はじめてこの機体を見せられたとき、エリザはおもわず目を見開き、しばらく唖然としていた。

 

 彼女が知識として知っていたスパルタニアンは、とてもスマートでシンプルで合理的な機体だったはずだ。なのに、目の前にあるのは、ごてごてと追加ユニットをいくつもぶらさげて巨大化し、さらに左右非対称な機体。できの悪い積み木細工などとも揶揄されることもありほど、同盟軍パイロットの間でもあまり評判が良くはないという噂の機体。

 

 だが数秒後、我にかえったエリザは冷静になる。そして、あらためて機体をみなおす。

 

「この子、よくよくみれば、……なかなか可愛い、かも?」

 

 機体後部に取り付けられた巨大な追加ユニット。それは誰が見たって一目で強力なエンジンとわかる。しかも、とてつもない出力を絞り出せる、と……。下部にぶら下げられた本体よりも巨大な主砲だって、言わずもがなだ。たとえ相手が戦艦でも、こいつならば一撃で装甲を打ち破れるだろう。

 

 それがなぜその形をしているのか、ひと目でわかる形。それがなんのために作られたのか、考えなくても目的がわかる形。このスーパースパルタニアンは、まさにそんな形をしている。なんて機能的で合理的。

 

 もともとエリザは、何事につけ必要以上に凝ったデザインのものは、あまり好きではない。たとえば戦闘艇ならば、帝国軍のワルキュールのような必要以上に洗練されて優美とされる機体は、彼女にとってあまり格好いいものではない。スーパースパルタニアンこそが、ど真ん中のストライクだったのだ。

 

「あまり評判よくないみたいだけど、私は、……格好いいと、思う」

 

 彼女の命令にのみ従う忠実でずば抜けた性能の機体。実戦の経験はないが、このコックピットに居る限り、彼女は自分の力を存分に発揮できるはずだ。みんなの役に立てるはずだ。飛行時間はわずかしかないエリザベートであるが、彼女は宇宙空間が、そしてこの機体が、コックピットが好きになっていた。

 

 

 

「エリザ、キャゼルヌ家はどうだ? 意地悪な義理の父に虐められていないか?」

 

 静寂を破ったのは、3機編隊を率いる小隊長、ポプランの声だ。哨戒任務によほど退屈していたのだろう、エリザベートをネタに世間話をしたいらしい。

 

「えっ? みっ、みなさんによくしてもらっています。夫人とお買い物したり、シャルロット・フィリスにはお料理をおそわりました」

 

 お料理を教わるって、シャルロット・フィリスってまだ8才じゃなかったか? ……と、きびしい突っ込みをいれることを、ポプランはかろうじて思いとどまった。

 

「司令官代理の少将はお忙しそうですが、本当に、……本当によくしていただいて。私、本当に、ここに来てよかった……」

 

 エリザベートは、決して見えるはずのない遠方の彼方、銀色に輝く人工惑星イゼルローン要塞があるはずの方向に視線をむける。今回の任務に出発する日、キャゼルヌ一家の人々はエリザベートの安全を祈り、手を振って見送ってくれた。任務が終われば、彼女はまたあのあたたかい家に帰ることが出来る。

 

 まだほんの数ヶ月間であるが、キャゼルヌ家の生活はエリザベートにとってかけがえのないものになっていた。そして、便宜を図ってくれたメルカッツ提督、ヤン司令官、空戦隊、多くの要塞の人々には、どうやってお礼を言えばいいのかもわからないほど感謝している。単なる哨戒任務とはいえ、いま自分がコックピットの中にいることは、たしかに『家族』の役に立っているはずだ。家族の役に立てることが、いまの彼女にはたまらなく嬉しい。

 

「へぇ……。そいつはよかったな」

 

 家庭というものを持ったことがないポプランは、うまいかえしが思いつかない。たしかに、家庭人としてはまともな者が少ないイゼルローン要塞司令部の中にあって、キャゼルヌ一家は例外的にまともな家庭を築いている。

 

 ……まずい。この俺様が、一瞬とはいえキャゼルヌ少将を羨ましいと思ってしまうとは。

 

 自らのアイデンティティの崩壊の危機を感じたポプランは、話題を変えることにした。

 

「それにしても、せっかくの新型機実戦投入なのに、退屈な哨戒任務とはな。おまけに、ヤン司令官は留守中だ。もし手柄を立てても、この機体の能力をアピールできないじゃないか」

 

 イゼルローン要塞を守るヤン・ウェンリー司令官は、いま要塞には居ない。ハイネセン政府の命により、首都に召還されたのだ。第三者の視点からみればまことに不可解きわまりないはなしではあるが、いつ帝国軍が侵攻してきてもおかしくはない状況であるにもかかわらず、しかも法的な根拠のない『査問会』なるものをでっち上げてまで、政府によって最前線に指揮官不在の状況がつくりだされたのだ。司令部を含む要塞内の全ての人々がその理不尽さに憤っていたが、シビリアンコントロールは民主主義の基本だ。軍人たる者が、政府の命令に従わないわけにはいかない。

 

「政府からの召還だ、仕方がないだろう。俺たちの役割は、司令官が留守の間、要塞を守ることさ」

 

 最後尾を飛ぶコーネフが、いつものようにつまらなそうに応える。

 

「ハイネセンの連中はいったい何を考えてるんだ? アレが俺たちが選んだ政治家だと思うと泣けてくるね。いっそ帝国軍が襲来して、いちど痛い目をみるべきじゃないか?」

 

「……いま敵が現れたら、困るのは俺たちだろう。すぐに要塞に帰って、あらためて空戦隊を率いて迎撃にあたらねばならんのだから」

 

「望むところだ。いや、なんならこのままこの機体で迎撃してやってもいいな」

 

 もちろん、要塞の司令官代理であるキャゼルヌ少将からは、仮に敵と遭遇してもすぐに逃げ帰れとの厳命をうけている。実戦経験のない機体とパイロット。そしてなにより、帝国軍との物量の差を知略で補ってあまりある我らが不敗の魔術師ことヤン・ウェンリー司令官は、最低でも数週間はもどってこない。司令部としては、遭遇戦からなし崩し的に無秩序な戦闘に突入することだけは避けなければならないのだ。

 

 そう、敵を発見し逃げ切るだけならば、新型機の性能をもってすれば容易なはずであった。……出会った敵が、いつものとおりの小規模な偵察艦隊であれば。

 

 

 

 回廊の端でポプランが無駄話をしているころ、要塞の司令部においても他愛もない世間話が行われていた。司令官不在の状況の中、決して気持ちが緩んでいるわけではないが、人間は24時間つねに緊張しているわけにもいかない。最前線の司令部幕僚とて、のんびりする時間は必要なのだ。

 

「で、どうです? 娘が増えた感想は?」

 

 エリザベートがキャゼルヌ家の一員となるきっかけをつくった要塞防御司令官シェーンコップ少将が、キャゼルヌ家の表向きの主、要塞事務監兼司令官代理をつとめるキャゼルヌ少将に声をかける。

 

「もうすっかり家族の一員さ。でも、はじめは大変だったんだぜ」

 

「やはりお嬢様は扱いにくいですか?」

 

 いつのまにか側に寄ってきた分艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー少将が、会話の横から呑気な声で割り込んでくる。となりにはユリアンもいる。キャゼルヌ家に遊びに行く機会が多いユリアンは、エリザベートの生い立ちについても当然しっている。

 

「いや、エリザは素直でいい娘だ。うちの実の娘達と同じくらいね。ただ、日常生活が……」

 

「日常生活?」

 

「炊事、洗濯、掃除……というか、家事全般なんて自分でしたことがなかったんだろうなぁ。オルタンスとシャルロット・フィリスにさんざん鍛えられて、やっと最近平均点に近づいたというところかな。とはいっても、料理はグリーンヒル大尉なみ、全体的にはユリアンの足下にもおよばないレベルだがね」

 

「まぁ、そうだろうな……」

 

 シェーンコップが頷く。

 

「それだけじゃない。エリザがうちに来たばかりの時は、俺もオルタンスも驚いたものさ。日常生活にかかわる全てに関して、エリザは我々とはまったく常識がちがうんだ。身近なところでは、家電製品の使い方を全くしらない。買い物もしたことないうえ、金銭感覚があまりにも違いすぎる。とにかく我々が常識だと思っていたことが、ことごとく彼女にとってはそうではない。逆も同様だ。一時は本当に同じ人類かと疑ったものさ。……あれが帝国の支配階級の常識だというなら、同盟と帝国の講和なんて永久に不可能だと思ったね」

 

「ふーん。常識なんてものは、人それぞれなんでしょうが、そこまで違いますか」

 

 相変わらず呑気な顔で、アッテンボローがうなずく。キャゼルヌは、言ってしまってからユリアンの存在に気づいた。そして、若者に対して、自分の新しい娘のためにフォローを入れる必要性を感じた。

 

「……ユリアン。生活能力がないという点だけをみて、お前さんの保護者と同じだと思ってもらっちゃこまるぞ。エリザはな、ヤンみたいにだらしないのとは違う。育ちが良いせいか、マナーは完璧だし、仕草がいちいち優雅だし、何よりも向上心がある。帝国貴族がみなエリザみたいだったら、戦争なんてすぐに終わるだろうよ」

 

 なんと答えて良いかわからない顔をしているユリアンの横で、シェーンコップが微笑む。家族に迎えてからほんの数ヶ月だというのに、なんという親ばか。

 

 なるほど、たとえ血が繋がっていなくても、家族というものは、人間にとってかくも重要なものであるのだな。……おそらく自分には一生縁のないものであろうが。

 

 そして、「へぇ、こどものいる生活もいいかもなぁ」などと、独身主義を気取っていたはずのアッテンボローがちょっと羨ましそうにつぶやくのが耳に入るにいたり、彼はついに我慢できず声をあげ笑いはじめてしまったのである。

 

 

 

 哨戒中の小艦隊のひとつから敵発見の報がとどいたのはその時だった。敵はいきなり回廊内にワープアウトしてきたという。司令室に緊張がはしる。

 

「数はひとつ。形状は球体。質量は……概算40兆トン以上?」

 

「兆だと!?」

 

 キャゼルヌは普段から冷静な男だが、この時ばかりはおもわず叫んでしまった。冷静でいられるわけがない。

 

「質量と形状から判断して、直系40キロないし45キロの人工天体と思われます」

 

「つまり、イゼルローンのような要塞というわけか」

 

 すなわち、帝国軍は艦隊をその根拠地ごとここまで運んできたのだ。

 

 非常事態である。完全に不意をつかれ、しかも敵の戦力は膨大だ。さらにこちらの司令官は不在。留守番の我々だけで、撃退できるのか。

 

 ……無理だ。キャゼルヌは一瞬で判断を下す。自分はヤンとは違う。このような異常な事態に対応し、敵を撃退する能力はない。

 

「ハイネセンに超光速通信を送れ。すぐにだ!」

 

 シェーンコップ少将が防御態勢を整える。アッテンボロー提督がフィッシャー提督とともに艦隊の発進準備を命じる。メルカッツ提督が司令部に現れる。幕僚達はみな、慌ただしく自分の部署に戻る。ヤンが帰るまで最低でも数週間、なんとしてでも持ちこたえねばならない。キャゼルヌは覚悟を決める。頭の中に何かがひっかかるが、それどころではない。

 

 敵の要塞からは艦隊が出撃、回廊内に展開をはじめているらしい。最悪の事態にそなえるため、頭よりも先に体が動き始める。機密情報の処分や民間人の避難準備の指示をだす。こちらは自分の得意分野だ。なにも問題ない。

 

 ふと、自分の家族が避難する姿を想像した瞬間、キャゼルヌは重大な事に気づいた。

 

「すまん、エリザは、……いやポプラン少佐の小隊は、いまどこにいる?」

 

 司令部のなか、幕僚達全員の動きが一瞬止まる。オペレータのひとりが、答えにくそうに応じる。

 

「回廊の帝国側出口付近、ワープアウトした敵要塞と艦隊の向こう側のはずですが、……通信不能です」

 

 キャゼルヌは一瞬目をつぶり、天井を仰いだ。

 

「……わかった、ありがとう」

 

 そして、息をひとつ吐く。それだけで、軍人の顔に戻る。

 

「四週間だ、四週間耐えれば、ヤンが帰ってくる! それまでの辛抱だ!」

 

 キャゼルヌはあえて声に出した。司令部のメンバーを、要塞を守る全兵士を、なによりも自分自身を鼓舞するために。

 

 

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