銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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14 司令官

 

 イゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリーの乗る巡航艦レダⅡは、約5千隻の艦隊に守られながらイゼルローン回廊むかってひたはしる。

 

 イゼルローン要塞は今、絶体絶命の危機に瀕している。

 

 現時点では膠着状態であるが、このまま司令官不在の状況が続けば、敵の増援によっては本当に陥落しかねない。ヤン・ウェンリーは、首都ハイネセンに巣くう同盟政府高官にこそ愛想を尽かしていたが、自由惑星同盟という国家に対しては今だ忠誠を尽くす気でいた。人類の民主主義の灯を守るためには、銀河帝国軍からイゼルローン要塞を守る事が、現段階では絶対的な必要条件である。十分条件ではないことが気にかかるが、とりあえずは彼に与えられた権限と力のなかで最善を尽くすしかあるまい。

 

 ヤンは、レダⅡのブリッジの司令官席で、一連の戦闘に関する報告書を読んでいる。ガイエスブルグ要塞がワープアウトしてからの戦闘記録をまとめたものを、超光速通信で送らせたのだ。

 

 帝国軍の犯した多くの戦略的・戦術的ミスに助けられているとはいえ、完全な奇襲を受けたにしてはイゼルローンの同盟軍は今のところうまくやっている。特にメルカッツ提督の働きは大きい。もともと期待していた艦隊の指揮のみならず、司令官不在状態の要塞全体の防衛体制がここまでなんとか維持できているのは、メルカッツのおかげといえるだろう。軍上層部に無理やりねじこんで彼を客員提督として迎え入れたのは、成功だったようだ。

 

 そして、特筆すべき事柄はもうひとつ。ポプラン、コーネフとお嬢様。3機小隊が帝国軍の一個艦隊のど真ん中を縦断したあげく、一時は旗艦に肉薄、艦隊全体の混乱を誘った結果、敵の要塞上陸を防いだ……?

 

 彼らの戦果(?)に関する報告を読んだ瞬間、ヤンは数秒間ポカンと口をあけていた。

 

 そんな事が可能なのか?

 

 呆気にとられて数分間の沈黙。そして思索の末、ヤンは自分の頭をかきながらつぶやいた。

 

「……まいったな」

 

 もちろん、彼ら3人の空戦能力や新型機の性能に問題があるわけではない。ミュラー大将を間一髪で取り逃がしたのは残念だが、にわかには信じがたい凄まじい戦果といえよう。彼らの働きは、勲章ものだ。

 

 だが、問題は彼らが今回の戦いであげた戦果、それ自体ではない。彼らが示してしまった、高度に戦略的な可能性だ。

 

 

 

 

 自由惑星同盟軍は、数年以内に銀河帝国軍とその存続をかけた全面的な戦いを強いられるのは間違いない。だが、強大な銀河帝国軍を力でねじ伏せて全面勝利を求めることは、初めから不可能だ。同盟領への侵攻を食い止めるだけでも、正面から戦うだけでは無理だろう。いかに負けない戦いをするかが、同盟軍の基本戦略になるはずだ。

 

 今の同盟政府に、ローエングラム公を相手にした外交的な腹芸は期待できない。軍人であるヤンに可能なことは、攻めてくる帝国軍を軍事的に混乱させ、同盟を攻める気をなくさせることしかない。それにしたって、間違いなく大艦隊を自ら率いて侵攻して来るであろう戦争の天才、ローエングラム公を相手にしては、困難きわまりないであろうが。

 

 だが、その点こそが、帝国軍の唯一にして最大の弱点となりえるのだ。

 

 ローエングラム公は独身だ。跡継ぎは定められていない。

 

 そう、ローエングラム公ひとり。たったひとりを排除できれば、遠征半ばにしてカリスマ的独裁者を欠く事になった帝国軍は、混乱のあげく自分達の領土に帰っていくことだろう。

 

 そのためには、なんとかして帝国軍の大艦隊の戦力をいくつかに分断する。なんとかして各個撃破にもちこむ。そして、なんとかしてローエングラム公直属の艦隊だけを切り離し、なんとかして総旗艦ブリュンヒルトを、そのブリッジにいるはずのローエングラム公ひとりだけを狙う。

 

 『なんとかして』がいくつも重なるが、それをひとつづつ実行するのがヤンに肩に乗せられた重い重い課題だ。だが、ほんの僅かでも同盟軍に勝算があるとしたら、その作戦しかあるまい。

 

 ローエングラム公率いる帝国軍との全面対決が確定して以来、ヤンはずっとそう考えてきた。『なんとかして』を解決するための具体的な戦術を模索してきた。

 

 

 

 ……ポプラン達の小隊は、その最終的な解答になりえるのではないか?

 

 彼らがみせてくれたのは、大規模な艦隊戦の中で任意の目標をピンポイントで攻撃できるかもしれない、という可能性だ。どんなに強大な艦隊でも、彼らならその奥深くまで飛び込み、そこに控える指揮官を狙えるのだ。

 

 帝国艦隊の分断については、こつこつと状況を重ねてなんとかするしかない。だが、万がいち仮にそこまでは上手くいったとしても、最終的にローエングラム公の直属艦隊とヤン艦隊との直接対決で勝たなければならない。あの戦争の天才を相手に、勝率は五分五分もあるだろうか。

 

 だが、もし、……もし、艦隊同士が対峙した時点で、ポプラン達を敵艦隊に突入させたら? ポプラン、コーネフ、そしてエリザベートは、この戦争を終わらせるためのジョーカーになるのではないか?

 

 それにしても、酷い作戦である。ヤンは、幼い少女をラインハルト直属の大艦隊のど真ん中にむけて出撃させ、敵の司令官を直接殺せと命じる自分の姿を想像した。おそらくエリザベートとローエングラム公は顔見知りであるにもかかわらず、だ。さらに、もし仮に作戦が成功したとしても、生還率は極端に低いだろう。カミカゼにちかい。

 

 ヤンはひどい自己嫌悪に陥いった。だが、そうせねばならない日が近づいていることを、ヤンは自覚していた。

 

 

 

 

 険しい顔をしながらスクリーンで資料をながめるヤンに、副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉がカップを渡しながら話しかける。

 

「閣下が敵の司令官だったら、とうにイゼルローンを陥していらっしゃったでしょうね」

 

 ユリアンがいれたものほどではないが、紅茶はよい香りがした。たっぷりブランデーが欲しい気分だが、ここは既に戦場といってもよい空域だ。我慢したほうがよいだろう。ヤンは思考を現実に引き戻す。まずは、目の前のイゼルローン要塞を守る事だ。

 

「……そうだね。私だったら要塞に要塞をぶつけただろうね。もし帝国軍がその策できたら、どうにも対策はなかったが、敵の指揮官は発想の転換ができなかったみたいだ」

 

 敵の司令官カール・グスタフ・ケンプ大将は、イゼルローン要塞を占拠することにこだわっているようだ。確かにイゼルローン要塞の攻撃力、防御力、そして艦隊に対する補給基地として能力は、回廊を支配するために有効だ。

 

 しかし、今の銀河帝国には、仮にイゼルローン要塞とガイエスブルグ要塞を破壊しても、さらに別の要塞を構築する力がある。逆に自由惑星同盟には不可能だ。したがって、帝国の立場としては、本来ならばハードウェアとしてのイゼルローン要塞にこだわる必要はないはずなのだが……。

 

 ヤンは、自分が発したことばについて10秒間ほど考え込んだのち、フレデリカにつげる。

 

「大尉。私たちがイゼルローン回廊に入るタイミングで、ポプラン少佐、コーネフ少佐、そしてエリザベート嬢に、例の新型機で待機しておくように伝えてくれないか」

 

 楽に勝てるならそれに越したことはない。しかし、最悪の場合にそなえておく必要はあるだろう。

 

 

 

 

 帝国軍司令官カール・グスタフ・ケンプ大将は、決断を迫られていた。ミュラー艦隊の敗北により、艦隊戦力は減少してしまった。さらに、危険を顧みず回廊の同盟側まで進出していた哨戒部隊が、イゼルローン要塞に接近する同盟艦隊を発見したとの報を送ってきたのだ。このままでは、ケンプとミュラーは同盟軍に敗北、あるいは後方から救援に向かっているロイエンタール、ミッターマイヤーに手柄をさらわれてしまうだろう。

 

 ケンプは、方針を定めた。敵要塞の駐留艦隊は優勢だが、決して要塞から離れることはない。ケンプが全軍を引く構えを見せれば、追わずに要塞に立てこもるだろう。そこで反転し一気に高速で要塞を通り抜け、数的有利をいかして敵の増援艦隊だけを叩く。帝国艦隊が回廊を同盟領側に通過してしまえば、駐留艦隊も追わざるを得ない。再反転して救援艦隊とともに挟撃しても良し、あるいはそのまま同盟領になだれ込んでも良し。

 

 だが、ケンプの作戦は、同盟軍には通用しなかった。不自然な撤退は、レダⅡのブリッジにいる魔術師ヤンと、メルカッツと共に戦艦ヒューベリオンに同乗している被保護者ユリアンによって、その意図を見破られていたのだ。

 

 ヤンの増援艦隊が時間を稼いでケンプ艦隊を引きつけている間に、背後の要塞からメルカッツに率いられた駐留艦隊が出撃、同盟軍は理想的な形でケンプを挟撃したのである。

 

 ケンプは敗れつつある。撤退か、降服か、あるいは全滅か。ぎりぎりの決断を迫られている。そして、ここにいたって、ケンプは帝国軍にとっての要塞の戦略的な意義について、やっと気づいた。そうだ、あの手があった。

 

「まだ最後の手段がある。艦隊戦では敗れたが、まだ完全に敗れたわけではない。ガイエスブルグ要塞をイゼルローン要塞にぶつけてしまうのだ!」

 

 

 

 

 ケンプ艦隊を挟撃していたメルカッツのイゼルローン要塞駐留艦隊とヤンの増援艦隊は、ついに合流をはたした。

 

「メルカッツ提督、お礼のしようもありません」

 

 スクリーン越しにヤンとメルカッツ、そしてユリアンが再会を祝す。だが、戦いはまだ終わってはいなかった。挟撃、包囲されたケンプ艦隊はガイエスブルグ要塞にむけて全面潰走しつつあるものの、かろうじて全滅してはいない。さらに、最大の攻撃力を誇るガイエスブルグ要塞自体は、いまだ健在である。要塞に帰り着いたケンプはついに、ヤンが恐れていた作戦を実行にうつした。要塞そのものによる体当たり攻撃。だが……。

 

「気づいたな、……だが、遅かった」

 

 ガイエスブルグ要塞がイゼルローン要塞にむけて動き出したと報告を受けたヤンは、小さな声でつぶやく。オペレータの声には、敵の常識はずれな策に対する恐怖がまじっていたが、ヤンは敵の司令官に同情している。

 

 もう遅い。我が軍には、ピンポイントで任意の場所を破壊する手段がある。

 

「グリーンヒル大尉、ポプラン少佐に伝えてくれ。直ちに発進、敵要塞の稼働中の通常航行用エンジン、進行方向左端一個だけを破壊しろとね」

 

 ヤンの脳裏に一瞬、ふわふわの金髪にベレー帽をちょこんと乗せた、のんびり屋だがなんでも一生懸命な、小さな小さな少女の顔が浮かぶ。エリザを敵要塞に送り出し、敵に向けて引き金を引かせることを想像すると、ヤンの自己嫌悪がより悪化しながら再発する。

 

 だが、彼は頭をふってそれを吹き飛ばす。ローエングラム公を相手にした時、彼女たちに与えられる任務はもっと過酷なものになるはずだ。ジョーカーとして使う前に試しておくべきことは、いくらでもあるのだ。

 

 私は地獄におちるのだろうなぁ。

 

 ヤンのつぶやきを聞き取ることができたのは、フレデリカだけだった。

 

 

 

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