銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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15 要塞

 

「グリーンヒル大尉、ポプラン少佐に伝えてくれ。直ちに発進、敵要塞の稼働中の通常航行用エンジン、進行方向左端一個だけを破壊しろとね」

 

 ヤン司令官の命令は、ただちに副官であるフレデリカ・グリーンヒル大尉によりイゼルローン要塞の指令室に伝えられる。同時に、戦闘艇の発進デッキで待機しているポプランら3人にも命令がとどき、3機のスーパースパルタニアンは発進のための準備を開始した。

 

 ガイエスブルグ要塞は刻一刻と接近し、一秒ごとにその姿を大きくしている。同盟軍兵士の多くが恐慌状態におちいっているが、それでも一連の命令伝達と発進シークエンスは機械的に進行されていく。命令は、迅速にかつ確実に実行されるだろう。だが、その中にあって、司令室のアレック・キャゼルヌ少将は、ひとり苦い顔をしていた。

 

 ヤンの奴、エリザがどんなおもいをして戦っているのか、知っているのか?

 

 ミュラー艦隊のど真ん中を突破したエリザベート達が要塞に帰還したとき、凱旋(?)する小隊を迎えるため格納庫に向かったキャゼルヌが見たものは、小刻みに震えながら涙ぐみ、蒼白な顔をしてポプランに抱きかかえられた小さな少女だった。一時的な精神的ショックに見舞われた彼女は、自分の力ではコックピットから降りることすらできなかったのだ。

 

 数日にわたる検査の結果、とりあえず肉体的にはなんら問題はないことが明らかになった。兵士の初陣、とくに敵と直接殺し合うパイロットや陸戦隊員にはよくあることなのだろう。しかし、あれからまだ数日しかたっていない。そのような状況で、しかもまだ少女といってもよいエリザベートに対して、敵要塞に突入を命じるというのは、いくらなんでも過酷すぎやしないか。もしかしたら、ヤンは兵士を駒としてしか見ていないのではないか?

 

 だが、司令官代理としてのキャゼルヌは、ヤンの命令に異議を唱えることはない。要塞事務監である彼自身、兵士を人ではなく数字としてしか考えないことがある。いや、ただの数字と考えることの方が多い。そうでなければ、常に帝国軍の脅威にさらされる最前線にありながら、一個艦隊の兵站をあずかり、民間人も合わせて数百万人もの人口があるイゼルローン要塞の機能を維持することはできない。その自覚があるからこそ、今や自分の家族である少女だけを特別扱いすることは、彼にはできなかったのだ。

 

「大丈夫。なに、あと数回出撃すれば、慣れてしまいますよ。エリザも、あなたもね」

 

 そんなキャゼルヌの肩に手を置き、よくわからない慰め方をするのは、シェーンコップ少将である。

 

 自分の娘が人殺しに慣れるのを望む親がどこにいる! ……とは、キャゼルヌは声に出して言えない。自由惑星同盟は、いまや経済活動全般に支障を来すほどの割合の人口を、軍に割かざるを得ない状況だ。軍の高官であるキャゼルヌがそれを言ってしまえば、我が子を戦場に送り出している多くの国民に示しがつかない。

 

 確かに、エリザもじきに慣れてしまうのだろう。慣れてもらわねば困る。

 

「自分の娘に一刻も早く人殺しに慣れてもらいたいと考える親、か……。そして、俺自身、そのうちエリザを戦場に送り出すことに慣れてしまうんだろうな」

 

 キャゼルヌはひとつため息をつく。そしてつぶやく。

 

「なあ、……俺たちはみんな、実は狂っているんじゃないか?」

 

 シェーンコップが首をふりながら答える。

 

「否定はしませんよ。ですが、とりあえず目の前に迫った狂った戦いを、エリザ達に終わらせてもらいましょう。数百年間つづいた狂った時代そのものの終わりに、ほんのすこしでも近づくかもしれません」

 

 敵要塞のエンジンをひとつ破壊するだけならば、イゼルローン要塞の火力で十分だろう。しかし、あのヤンのことだ。わざわざエリザベート達の戦闘艇を突入させるということは、今後の作戦を見据えているに違いない。もしかしたら、いつか本当に戦争を終わらせることに繋がるのかもしれない。

 

 キャゼルヌとシェーンコップは、司令部のスクリーンを眺める。みるみる大きくなる敵要塞。そこに向け凄まじいスピードで迫る3機の戦闘艇のまぶしいエンジン光。

 

 そして、祈る。

 

 ヤンの作戦が成功し、イゼルローン要塞が危機を脱することを。そしてなにより、エリザベートが無事帰ってくることを。

 

 

 

 

 コックピットのメインモニタには、ガイエスブルグ要塞の銀色に輝く肌が視界いっぱいに広がっている。敵要塞の防御力は、イゼルローン要塞にも匹敵するほど重厚だ。たった3機の戦闘艇など脅威とも感じていないだろうが、手が届きそうな距離まで黙って接近させてくれるほどお人好しでもあるまい。そろそろ対空砲が火を吹き始めるはずだ。引き返すなら、今しかない。

 

「エリザ、大丈夫か?」

 

 ポプランは、エリザベートに問う。彼は、イゼルローン要塞を発進前にも、まったくおなじことを尋ねている。

 

「大丈夫です! ドクターもカウンセラーの先生も問題ないと言ってたじゃないですか」

 

 小隊長の質問に対して、エリザベートも発進前と同じ内容の返答をかえす。

 

「少佐、はやくいきましょう! このままでは、イゼルローン要塞にぶつかってしまいます」

 

「……そうだな」

 

 エリザベートの声は、いつもの彼女と比べて不自然なほど明るい声であるようポプランには感じられるが、それ以上追求することはない。

 

「いまのところ作戦に変更はない。30秒後、敗走する敵艦隊を追跡中のアッテンボロー艦隊とイゼルローン要塞の砲座が、陽動のため敵要塞への砲撃を開始する。俺たちはその隙に要塞表面にとりつき、通常航行用エンジンの左端一個だけを攻撃、これを破壊する。いいな」

 

「はい!」

 

「要塞本体にとりつくのは要塞主砲の逆側。迎撃のワルキューレはあまり残ってはいないだろうが、敵要塞の対空砲火は強力だ。避けるため外壁ぎりぎりを飛ぶぞ」

 

「はい!!」

 

「……3、2、1。いくぞ」

 

 カウントダウンが終了すると同時に、前方の宇宙空間から無数の細くまばゆい光の筋が敵要塞に向かって雨のように降り注ぐ。敗走するミュラー艦隊を追撃中のアッテンボロー艦隊が、敵要塞に対して陽動の砲撃を開始したのだ。さらに、後方のイゼルローン要塞からも、より太くまぶしい無数の光条が敵要塞に向かって突き刺さる。要塞表面に連続する爆発光、そして反撃のビームの光条が、宇宙を光で覆い尽くす。エリザベート達は、光と閃光が渦巻く荒海の中を、ガイエスブルグ要塞に向けて疾走する。

 

 

 

 

 ミュラーは、全滅の瀬戸際にある艦隊をかろうじて秩序を維持したまま、ひたすら帝国領へ向け敗走をつづけている。ヤンとメルカッツの挟撃により戦力の大部分を失い、さらにイゼルローン要塞の軌道を横断する際、要塞からの対空放火により壊滅的被害を受けている。ようやくガイエスブルグ要塞の近傍まで逃げ延びた時点で、ミュラーは追跡する反乱軍の艦隊からの砲撃の数が減ったのに気づいた。

 

「敵は、追跡をやめたのか?」

 

「いえ、ガイエスブルグ要塞に向けて砲撃をはじめたようです」

 

 一足先にガイエスブルグ要塞に帰り着いたケンプ司令官による要塞そのものを使った破れかぶれの特攻戦術が、功を奏しているというのか。……いや、要塞主砲による相打ち狙いならともかく、艦隊からの砲撃程度でガイエスブルグ要塞を止めることなど出来ない。あのヤン・ウェンリーが、無駄なことをするはずがないのだ。ならば、あの魔術師は何を考えている?

 

 なんにしろ、これは反撃のチャンスだ。要塞そのものを爆弾として利用するという、凡庸な軍人では決して思いつかない異常な作戦ではあるが、よく考えてみれば戦略的には極めて有効なことは間違いない。ここにいたって、ミュラーはケンプの戦略眼にはじめて感心した。そして、この状況下における自分の役割を考える。彼がなすべき事は、激突したふたつの要塞が戦闘不能になった後、要塞から脱出した味方を救出し、混乱した敵の残存艦隊を叩くことだ。

 

「全艦反転。ガイエスブルグ要塞とともに反乱軍につっこむぞ!」

 

 命令を下した瞬間、ミュラーはスクリーンにうつる3つの光点に気づいた。尋常ではない速度で、ガイエスブルグ要塞に向かっている。土砂降りのような対空砲火の火線をすり抜けるようにすべてをぎりぎりで躱しているそれは、あきらかに人が乗っているものだ。

 

「あれは……、なんだ?」

 

「反乱軍の大型戦闘艇のようです。我が艦隊を襲撃したものと同じだと思われます」

 

 自分の旗艦に迫る白い機体を思い出し、ミュラーは反射的に恐怖を感じる。

 

 一方で、同時に用兵家としての好奇心がむくむくとわき上がる自分に気づく。ヤン・ウェンリーは、たかが戦闘艇で、要塞を相手になにをするつもりなのだ?

 

 ……もしかしたら、ヤン・ウェンリーは戦闘艇をもちいてガイエスブルグ要塞を撃退する作戦を思いついたのではないか? いや、あの魔術師のことだ。この戦場だけではなく、戦争全体に影響を及ぼすような、戦略的に大きな意味のある戦闘艇の画期的な運用方法を思いついたのではないか? 帝国軍の誰も知らない魔術を、俺は目にすることができるかもしれないぞ。

 

 つい先ほどまで、いかに全滅を避けるかだけを必死に考えていたミュラーの顔色に、用兵家としての生気がもどる。

 

 ヤン・ウェンリー。なにをするつもりかしらないが、魔術師の知略とやらをみせてもらおうか。

 

 

 

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