銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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16 ピンポイント攻撃

 

 ガイエスブルグ要塞……。

 

 コックピットのスクリーン、視界の下方に見えるのは銀色の液体金属。もし大気があれば、衝撃波によりはげしく波打つに違いないほどの低空飛行。さすがにこの高度では亜光速を保つことは出来ず、大幅に減速したとはいえ、外壁と構造物はすさまじい速度で後方に流れていく。そして、猛烈な対空砲火。360度すべての方向から襲い来るそれは、まるでエリザベートの帰還を祝福する花火のようだ。

 

 つい数ヶ月前まで、エリザベートはこの中にいた。そして、アンスバッハ准将、乳母、召使い、さらには両親、彼女とブラウンシュバイク家に縁のある者は、みなここでローエングラム公に殺されてしまった。

 

 そのこと自体に、とくに感慨はない。彼女は涙が涸れるまで泣きつづけたが、今となっては仕方のないことだと思う。銀河帝国にもローエングラム公にも、特に恨みは感じない。どちらかが悪いわけではない。そうしなければ、彼女の父親がローエングラム公を殺していただろう。

 

 ここにいた頃の彼女はただ、死んでいく人々を見るのがつらかった。死んでいく人々の恨み、苦しみ、怨念を受け止めるのに耐えられなかった。だから、人が死ぬのを止めさせたかった。だが、結局のところ帝国の内戦は、ブラウンシュバイク公や門閥貴族、そして膨大な数の兵士や民衆が死ななければ終わらなかった。

 

 ミュラー艦隊を突破してイゼルローン要塞に帰還し、迎えてくれた人々の心配そうな顔を見たとき、そしてあたたかいキャゼルヌ家に帰ったとき、エリザベートは自分がしたことの意味を理解したのだ。この世界では、人が死ぬのを止めるためには、他の人が死ななければならない。平和のためには、血を流すことが必要だ。

 

 エリザベートがミュラー艦隊を撃退したおかげで、彼女の家であり家族であるイゼルローン要塞の人々は守られた。そして今、イゼルローン要塞を守るためにはガイエスブルグ要塞を破壊せねばならない。最終的には、銀河帝国を支配する者を……。エリザベートは、自分の役割を理解してしまった。それで全てが終わり、愛しい人々が守られるのならば、……やってやる。

 

 彼女はすべての感情をシャットダウン、かわりに五感を周辺の空間に開放する。目に映るのは、コックピット前方のスクリーンにうつる幾何学的な記号のみ。感じるのは、敵の意志のみ。死にゆく人々の嘆き、悲しみ、そして自分に向けられる敵意と憎しみだけを受け止める。

 

 私の取り柄は、これしかない。私の存在価値は、他人の意思を読む能力しかないのだ。こうしなければ、家族を守れない。イゼルローンにいられなくなる。だから、どんなにつらくても耐える。口をへの字にまげ、ひたすら耐えるのだ。

 

 

 

 

「すげぇ」

 

 ポプランがつぶやく。口の中だけのつもりだったが、声に出していたかもしれない。

 

 先頭をとぶのはエリザベートだ。凄まじい機動により、猛烈な敵の砲火をすべてかわしていく。エリザベートの先読み能力は、先日よりもあきらかにキレている。その操縦は鬼気迫る。ポプランとコーネフは、彼女が示してくれた安全なコースをついて行くのがやっとだ。

 

 地平線の向こうから次々と現れる対空砲座を、ぎりぎりで避ける。あるいは、撃たれる前に主砲で吹き飛ばす。

 

 さらに、要塞近傍の敵残存艦隊からも、3機を追いかけ無数のまぶしい火線が要塞表面にむかって伸びる。それを右に左に躱しつつ、敵対空砲座に同士討ちするよう誘導すらやってのける。

 

 迎撃のため後方から追跡するワルキューレは、3機のスピードにまったくついてこれない。無理についてこようとしても、要塞の対空放火により誤射されるか、あるいは要塞の構造物を避けきれず激突するだけだ。正面からの迎撃を試みる勇気ある敵パイロットは、こちらを視認する前に閃光にかわる。

 

 ポプラン、コーネフとの連携も完璧だ。通信など交わさなくても、3機の主砲が効率良く全ての敵を排除する。ベテラン二人の阿吽の呼吸、さらにエリザが僚機ふたりの意志を読み取り、順番に、そして確実に、敵を火球に変えていく。

 

「……エリザの奴、いつのまにか開き直ったか」

 

 今のエリザベートは、敵に向けて引き金を引くのを躊躇していない。

 

「それとも、パイロットとして成長したということか? なんにしろ、同盟軍にとってはめでたいことだが……」

 

 だが、虫も殺せなかったお嬢様が、平気で敵の艦隊や要塞につっこんでいくようになるのを、成長といっていいものか? キャゼルヌ少将は、複雑な心境だろうな。

 

 ポプラン自身はといえば、もともと戦いのない平和な世の中など空想の産物としか考えておらず、戦争状態にある国家の軍人であるならば殺し合うのは当然だと思っている。民間人ならともかく、エリザベートは望んで軍人になったのであるから、戦いに慣れてしまうのは仕方がない。エリザベートのような将来性十分な美少女が、パイロットスーツとヘルメットによってその容姿を隠してしまうのは実にもったいない、という点だけは、大いに悩ましい問題だと認識しているが。

 

 エリザベートのおかげで、猛烈な対空砲火のまっただ中であるにもかかわらず、ポプランの意識に余裕が生まれている。

 

「それにしても……信じられるか? 俺はいま、悪の帝国の銀色の要塞惑星の外壁ぎりぎりを、猛スピードで飛んでいるだぜ」

 

 ポプランは思わず声に出し、自分自身に語りかける。まるで映画だ。パイロットとしての夢、本懐といってもいいだろう。エリザベートがいなければ、歓喜のあまり歌い出していたかもしれない。

 

 惜しむらくは、俺自身が映画の主役ではないこと、か……。

 

 そんな脇役ポプランを、主役がしかりつける。

 

「ポプラン少佐、ボーッとしないで! 目標が見えてきましたよ!!」

 

「へいへい」

 

 舌を出しながら肩をすくめるポプランの目に、銀色の地平線の向こうから要塞の外周にそってリング上に備え付けられた巨大な通常航行用エンジンが見えてくる。コックピットのコンピュータが目標を示す。敵の攻撃はあいかわらず凄まじいが、俺たちが何をするつもりなのかまではいまだ理解していないようだ。

 

 右に左に攻撃を躱しながらも、三機は確実に目標に迫る。

 

 あと5秒、3秒、1秒。

 

 戦艦そのものよりも遙かに巨大なエンジンが、スローモーションのように目の前に近づく。

 

 ほぼゼロ距離。先頭のエリザベートが主砲を発射。戦艦の装甲を一撃で電磁バリアごとぶち抜く威力の主砲でも、要塞エンジンの複合装甲カバーに亀裂を生じさせるのが精一杯だ。だが、間髪を入れずにポプラン、コーネフの機体から主砲が放たれる。主砲を撃ち込んだ3機が目標をギリギリかわし、猛スピードで通り過ぎた直後、エンジンは内部から白い閃光を炸裂させる。そして数秒後、エンジンはついにその機能を停止した。

 

 

 

 

 攻撃を終了、要塞から離脱しつつあるポプランが振り向いたとき、そこにあるのは地獄だった。

 

 片側のエンジンひとつだけを破壊されたガイエスブルグ要塞は、瞬間的に推力の軸がぶれる。そして、イゼルローン要塞を目前にしてその場に停止、巨体をくねらせて猛烈なスピンをはじめたのだ。

 

 そのまま味方の残存艦隊に突入した要塞は、瞬時に味方艦隊をその巨体の回転に巻き込み、そのほとんどを蹂躙した。さらに、これを勝機と見たイゼルローン要塞が、反撃をおそれることなくトールハンマーを連射。ガイエスブルグ要塞は一方的に破壊されていく。

 

 ついに核融合炉が爆発したのは、トールハンマーを十発ほど撃ち込まれたその時だった。

 

 周辺の空域を、圧倒的な光が包み込む。すべてのモニタ、スクリーンにフィルタがかかる。数分後、最後の余光が消え去り、宇宙が闇を取り戻したとき、そこに残っていたのは、かつて要塞や艦隊だった残骸と、数十万人にのぼる帝国兵士の魂と、ほんの僅かな艦隊の生き残りだけであった。

 

 

 

 

「エリザ! エリザ!! 大丈夫か?」

 

 ポプランが通信機に向かって叫ぶ。引き金を引いたエリザベートは、大丈夫なのか?

 

「……だっ、大丈夫。私は大丈夫です。大丈夫なんです!」

 

 その瞬間、死んでいった帝国軍兵士の数は、要塞と艦隊を含めて数十万人に及んだ。その全てが、自らの不運を悲しみながら、そして自らを死に追いやった同盟軍を恨みながら死んでいった。凄まじい憎しみの残留思念は、周囲の空間に渦を巻き、直接引き金を引いたエリザベートの精神の深部に突き刺さる。

 

 エリザベートは、目を閉じ、耳をふさぎ、必死に耐える。体全体を小刻みに振るわせ、涙と鼻水がとまらない。それでも耐える。死んでいった者達の声よりも、彼女には大事なものがあるのだ。

 

「そっ、それよりも、イゼルローン要塞は? みなさんはご無事ですか?」

 

「あ、ああ。みんな無事だ」

 

「……よかった」

 

「俺たちの任務は終了した。帰るぞ」

 

 後に第8次イゼルローン攻防戦と呼ばれる一連の戦闘は、いまだ終わってはいない。だが、イゼルローン要塞を守るために敵要塞を破壊するという彼らの仕事は、おわった。戦場の後始末や敵残存艦隊の追跡は、彼らの仕事ではないのだ。

 

 

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