銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
「かわった形の戦艦。でも、ちょっと格好いい……、かも?」
アッテンボロー分艦隊はいま、イゼルローン回廊の偵察と訓練を兼ね、要塞を離れ回廊を遊弋している。分艦隊司令官であるアッテンボロー提督が座乗するのは、旗艦である戦艦トリグラフ。そのトリグラフを愛機のコックピットから間近で視認したエリザベートの第一印象が、これだ。
戦艦トリグラフ。技術の進歩と戦術の変化にともない運用に限界が見えつつあった既存の戦艦に代わり、次世代の艦隊旗艦用大型戦艦として新たに設計された、自由惑星同盟軍が誇る最新鋭艦だ。
もっとも特徴的なのはその形状。三つ叉に別れた艦首は、多数の大口径艦首砲をお互いに干渉しないように効率よく分散配置するための最適な形状とされている。さらに、ビーム砲の出力を支える巨大な動力炉および旗艦に必要な探索・通信・指揮機能をすべて詰め込むため、従来艦とはかけ離れたふくよかな横幅になってしまった胴体。
エリザは、総旗艦ブリュンヒルトをはじめとする帝国軍の必要以上に優美で荘厳な戦艦よりも、機能のみを追求した無骨な形状の同盟軍の戦艦をかっこいいと密かに思っている。そんなエリザにとって、徹底的に旗艦機能だけを追求したこのトリグラフこそ、文字通り銀河系において究極の格好いい艦体だった。
だが、ヤン艦隊の多くの人にとって、このトリグラフの外見は良くて『ユニーク』、口の悪い者に言わせれば『不細工』、……ついでにポプラン少佐にとっては『しょうしょうグラマラスすぎる』艦体、であるらしい。
なぜ、みなさんはこの艦を格好良いと思わないのだろう? たとえば、敵味方入り乱れる混戦になってもシルエットだけでひと目で旗艦を識別可能であることはとても便利、……だと思うのだけれど。
(もしかして、私の美意識がおかしいのだろうか? ……たとえば、この艦を旗艦としているアッテンボロー提督は、どう思っているのだろう?)
もし機会があれば、是非きいてみたいと思うエリザであった。
そのユニークな外見から何かと揶揄されることも多いトリグラフだが、航続距離、機動力、攻撃力、そして通信能力や指揮能力もふくめて、艦隊旗艦としての機能は申し分ない。さらに、そのグラマラスな艦体による大容量をいかして大型戦闘艇スーパースパルタニアンの搭載・運用も可能だ。このため、ポプランの小隊は今後このトリグラフを母艦とすることになったのだ。スーパースパルタニアン小隊がイゼルローン要塞からトリグラフへ引っ越してから、すでに一週間ほどたっている。
これは、将来ヤン艦隊がイゼルローン回廊の外に出て戦う状況に陥る可能性を見据えた措置である。しかし、とはいっても試作機の本格的な改修整備は要塞本体でなければ出来ないこともあり、とりあえず当面のあいだエリザ達は要塞とトリグラフの双方を状況によって使い分けることになるだろう。
「なぁ、オレ達のこの新しい母艦。最新鋭だそうだが、よくよくみるとグラマラスを通り越してへんてこりんな外見だよな」
その日、母艦トリグラフに着艦したスーパースパルタニアン小隊隊長オリビエ・ポプラン少佐は、不機嫌だった。哨戒任務中に、機体に不具合が発生したのだ。彼は、艦載機デッキに一歩足を踏み降ろした瞬間、母艦に対して八つ当たりとしか思えない罵詈雑言を吐き出し始めた。
(えええ?)
エリザはおもわず口の中だけで叫ぶ。
グラマラスはまだしも、へんてこりんって……。
「機能的に余裕があるからこそ、オレ達の母艦になれるんだろ。そもそも、オレ達のスーパースパルタニアンだって、試作機とはいえかなりヘンテコだと思うがね」
ポプランの悪態に対し、いつもの通りのコーネフによる冷静なつっこみ。だが、こちらの発言にも、もちろんエリザは同意できない。
「こ、コーネフ少佐! ポプラン少佐も! トリグラフも、もちろんスーパースパルタニアンも、決してヘンテコではありません! 格好いいです! 特に私はスーパースパルタニアンこそが機能美の極致、だと、…………おもい、ま、……す」
エリザが尻つぼみになってしまったのは、唐突に自分の機体への愛を大声早口で語り始めた彼女に対して、ポプランとコーネフがビックリ、そしてドン引きしているのがわかったからだ。
「あー、……そうだな。うん俺もそう思う」
「エリザがそう言うのなら、そうなんだろ」
真っ赤になってうつむくエリザを、いい年をしたおっさん二人が必死に慰める。そして、さりげなく話題をかえる。
「形はともかく、そんなに機能的な艦なのに、どうしてこのトリグラフをヤン艦隊の旗艦にしないんだ?」
「うわさだが、ヤン提督が断ったらしい。なんでも、こんな美しい艦は乗るよりも外から見てるほうが良いと言ったとか……」
「美しい? 旗艦を引っ越すのが面倒くさかっただけだろ。……で、そばかす提督の分艦隊に下賜されて、ついでにオレ達の母艦になったわけか。ねがわくば、ヒューベリオンのような幸運艦にならんことを、だな」
ポプランは、大げさな仕草で天に祈りを捧げる。
「俺とコーネフは艦隊司令部と打ち合わせをしてくる。……エリザ、顔色がよくないぞ。大丈夫か?」
小隊と整備員でのブリーフィングの後、ポプランがエリザに声をかけた。
「だ、大丈夫です」
「イゼルローン要塞のキャゼルヌ家からはなれて、戦艦でひとりで眠るのは寂しくないか?」
「私をいくつだと思ってるんですか?」
「……ちゃんと眠れてるか? 本当に?」
「も、もちろんです。ドクターからいただいたお薬はよく効きますから」
少なくとも任務中に限れば、エリザは以前よりもあかるい表情をみせることが多くなった。キャゼルヌ家の一員となったことが良い影響を与えているのは間違いない。それに、さきほどの会話をみても、少しはオレ達にうちとけてくれるようになった、といえるだろう。
だが、……少々情緒不安定かもしれない。明るいときと落ち込んでいるとき、感情の起伏が激しすぎる。年頃の少女らしいといえばそのとおりだが、無理矢理あかるくなろうとしているようにも見える。
なによりも、あきらかに睡眠不足だ。眠れていないのは、顔色を見ればわかる。ガイエスブルク要塞破壊の任務の後、ずっとだ。軍医によれば、健康を害するほどではないらしいが。この年頃の少女が睡眠薬に頼るのが健康とはおもえない。
新兵にはよくある事ではあるが、かといって特効薬があるわけでもなし。戦いに慣れてもらうか、あるいは如何に自分が他者から頼りにされているのか、他者から感謝されているのかを自覚してくれれば……。
ポプランは、あらためて天に祈る。幼すぎる自分の部下が、一日でもはやく一人前になれるように。
自室で着換えるため、エリザはエレベータに乗り込んだ。パイロットには個室が与えられている。
「まずは、シャワーを浴びたい、な」
ガイエスブルグ要塞を撃破したあの戦い以来、なんでもない哨戒飛行中になぜか震えと冷や汗がとまらない。まずは、いやな汗を流したい。
そしてご飯を食べるのだ。……あまり食欲はないけど。この艦のパイロット用の食事、ちょっと味気なくて。でも、たべないとポプラン少佐に怒られるし。
その後のことは、あえて考えない。次の哨戒任務までの間に、睡眠をとらねばならない。だけど……。
ベッドに飛び込むのが、ちょっと恐い。どんなにおクスリを飲んでも、どうせ眠れない。この艦、……要塞のキャゼルヌ家ではなくて戦艦トリグラフで寝なくちゃいけない日は、恐い夢ばかりみる。
ここは宇宙。私がこの手で破壊したガイエスブルク要塞の残骸が漂う場所。数百万人の怨念が、私に恨みを抱く魂が、いまだに渦を巻いている空間のまっただ中。
他人の意思がみえる、……生者だけでなく死者の思念までも読みとれてしまう。こんな余計な能力さえなければ、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのだろうか。でも、もし他人の意思が読めなければ、私はパイロットになれなかった。ただの役立たずの女の子でいるしかなかった。
考え始めると、とまらない。どんどん思考が深い深い迷宮へと迷い込んでいく。
……はやく要塞に、キャゼルヌ家に、帰りたい、な。
ため息をつきながら、エリザは独りごちる。
エレベータの中、ほんの少しぼーっとしていたかもしれない。立ったまま、うつらうつらとし始めた瞬間に、ドアが開いた。
えっ? ここ、どこ?
ドアが開いたそこは、あきらかにエリザの目的地である女性パイロット専用の居住区画ではない。誰もいない。ちょっと広い空間。外の様子が見える大きな窓。そしてソファ。……展望室?
エリザは必死に艦内構造図を思い出す。居住区画のうえのフロアにこんな場所あった? もしかして、わたし迷子?
いったん艦載機デッキにもどろうと振り向いた瞬間、視界の端を人影がよぎった。
ソファの向こう、寝ていた誰かが起き上がる。ド派手な色のおおきな帽子? 軍服じゃない。あきらかにおかしな格好の男。えっ、片手がかぎ爪? 亡霊? ちがう、不審者? えええ? 同盟軍の最新鋭戦艦の中に?
「だれだ!」
大きな声。大きな人影が迫る。エリザの心臓は一瞬止まりかけた。かろうじて立っていられたのは、不審者の顔が既知の人物だとわかったからだ。
「あ、……あ、アッテンボロー、ていと、く?」
ド派手な帽子の下にはもつれた毛糸のような鉄灰色の髪。そして、精悍だがそばかすにより年齢よりも少しだけ幼く見える顔つき。メルカッツ提督の従卒を務めていた時、何度か直接顔をあわせたことがある。ヤン艦隊の幕僚の中でもっとも若い提督であり、今のエリザの上官の上官のはるか上の上官だ。
「ん? エリザ、……ベート嬢か。哨戒任務おわったんだな。おつかれさん。そろそろトリグラフには慣れたかい?」
パイロットスーツのまま、とまどいながらもとりあえず下手くそな敬礼をするエリザ。はりぼてのかぎ爪をつけた腕で敬礼を返す、異常な衣装の不審者。エリザとしては突っ込まずにはいられない。
「て、提督。その、格好は?」
「見てわからないか? 海賊だよ」
か、海賊? た、た、たしかに、古式ゆかしい海賊すがた、といえなくもないけど、なぜ、ここでそんな……。
口をあうあうさせて二の句が継げないエリザに対して、アッテンボローが笑いながら答える。得意満面の表情で。
「かっこいいだろ? いつか同盟軍を首になったら、俺は海賊をするのが夢なんだ。今のうちから慣れておいた方がいいだろ?」
わけがわからない。本当にこの人が、同盟軍史上もっとも若くして将官となり、あのヤン提督よりも早く昇進を続けているエリート提督?
「は、はぁ」
ここは、あいまいに返事をするしかない。
「それより、君はどうしてこんなところに?」
「あ、あの、えーと、え、エレベータでボーッとしていたら……、乗り過ごして、ま、ま、ま、迷って、しまって……」
自分で説明しながら、エリザは自分が情けなくなった。頬が赤くなり、自然にうつむいてしまう。こどもじゃあるまいし、パイロットが自分の母艦の中で迷子になるなんて。しかも、それを提督に知られるなんて……。
「ふーん、迷子か。……この艦、新規設計されただけあって他の戦艦と艦内構造がまるでちがうから仕方ないな」
うんうんと頷きながら、あらためてソファに腰掛ける海賊提督。
「ついでに、艦体がでかいくせに乗員が少ないから、いちど迷子になると大変なんだよな。……ここだけの話だけど、俺も司令部を移したばかりの頃に何度か迷ったことがあるんだ」
えっ、司令官が迷子?
「ああ。ヤン先輩がこのトリグラフを自分の旗艦にしないのも、きっと迷子になるのが恐いからだぜ。……ちょうど休憩中だったんだ。君も座れよ」
ヤン提督云々はさすがに嘘っぽいお話だとエリザも思ったが、もしかしたら迷子になった彼女を慰めてくれているのかもしれない。とりあえず、大きなソファの端、エリザはちょこんと腰掛けた。アッテンボローとはちょっと距離をとって。
……このパイロットスーツ、汗臭くない、よね。