銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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02 父と娘

 

 宇宙歴797年 帝国歴488年8月 銀河帝国 ガイエスブルグ要塞

 

 

 

「お、……お父様。わたくし、良いことを思いついたのですが……」

 

 巨大な人工天体であるガイエスブルグ要塞の中でも、最も安全な中心部に設えられたブラウンシュヴァイク公の執務室。護衛の兵士と共に入室した少女、エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは、自分の父親に向かいおずおずと声をかけた。

 

 柔らかな金髪に青い瞳。細く整った顔立ち。14才という年齢の割に小柄で華奢な体躯。最前線であるにもかかわらず、深窓のご令嬢らしく派手な衣装で着飾っている。しかし、その立ち居振る舞いには、貴族にありがちなまわりの人間にまったく気をつかわない尊大さは感じられない。それどころか、常に周りに気をつかい、まるで脅えるかのようにびくびくおどおどしている様子から、どこか小動物っぽい雰囲気を感じさせられる少女である。

 

 部屋の主であるオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵は、銀河帝国において最大の権力を欲しいままにする門閥貴族連合の盟主である。そして要塞の外は、彼を賊軍扱いしたあげくすべての権力を力ずくで奪い取ろうと画策する金髪の小僧、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の大軍が包囲している。要塞周囲の宙域は文字通りの戦場であり、その一方の当事者の前に現れた少女はあきらかに場違いであった。

 

「エリザベート。ここはお前の来るところではない。部屋に下がっていなさい」

 

 ブラウンシュバイク公は、自らの娘を一瞥しただけで、会話する必要性を認めなかった。あるいは、自らの命令に異議を唱える腹心に対して一喝を浴びせている最中であった彼は、さすがにまだ14歳の娘に自らの発する口汚い罵声を聞かせることを憚ったのかもしれない。

 

 しかし、今日に限ってエリザベートは父の指示には従わない。珍しいことに、しつこく食い下がる。

 

「お父様。お願いです、きいてください。この戦いを終わらせるための、よい方法を思いついたのです」

 

 ブラウンシュバイク公は、実の娘のしつこさと声の大きさに驚いた。このような大きな声で、ハッキリと話す娘では無かったはずだが。そして気づいた。最後に娘の声を聞いたのは、いったいいつだったろう。食事の際などには顔を会わせてはいるものの、娘と会話らしい会話をした記憶は、すくなくともここ数年はなかったかもしれない。

 

「ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は、次期皇帝になりたいのだと思います。ならば、わたくしが、ラインハルト様と、……その、あの、け、け、けっ……、ゴクリ(唾を飲み込む音)……結婚すればよいのです。そうすれば、お父様の命も助けてくれると思うのですが……。よっ、良い考えでしょう?」

 

 ブラウンシュバイク公は絶句した。彼の娘、エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは、前皇帝フリードリヒ4世の孫娘にあたる。彼の権力は、彼が皇帝の外戚であり、エリザベートの後見であることに由来している。エリザベートを金髪の小僧にくれてやるということは、奴に皇統を継ぐべき正当な理由を与えることに他ならない。

 

「お父様、……お父様の命だけではありません。帝国貴族も、臣民も、このガイエスブルグ要塞に集う多くの命が救われると思うのです。戦う理由が無くなるのですから。……いかがでしょう?」

 

 ブラウンシュバイク公と同席していたアンスバッハ准将は、あまりにもいつもと違うエリザベートの様子に目を丸くしている。

 

 

 

 

 アンスバッハ家は代々ブラウンシュバイク公爵家につかえる軍人であり、彼も現当主オットーの腹心と言ってよい存在である。エリザベートのことも、幼い頃からよく知っている。

 

 エリザベートは、帝国貴族の多くから、いつもうつむきかげんでほとんど口をきかない少女、決して笑顔を見せず常におどおどしている暗い少女だと思われている。実際、彼女は物心つく年頃になってから、自分の両親に対してさえほとんど口をきいたことはない。また、銀河帝国の社交界は彼女が主役のひとりと言っても過言ではないのだが、彼女は他の貴族と個人的な付き合いをしようとはしなかった。

 

 しかし、決して根の暗い少女ではないのだ。勢いに任せて大胆な事を言ってしまった自分自身におどろき、恥ずかしさで消えてしまいそうなくらい小さくなっているエリザベートを、アンスバッハは改めて見つめる。

 

 アンスバッハの知るエリザベートは、良いところのお嬢様らしく多少、……いや、かなりのんびりとした雰囲気はあるものの、あの皇帝の血を引くとは思えないほど頭の良い素直な娘だ。彼女は、アンスバッハなど誠実に公爵家に仕える者とは、身分を超えて普通の日常会話をこなしている。さらに、乳母や侍女達、ごく少数の気の置けない友人の前では、まれにではあるが、年頃の少女らしい素顔を見せることさえある。

 

 おそらくエリザベートは、両親がまだ幼い少女を権勢の道具としかみていないことを理解できているのだ。そして社交界で彼女に言い寄り媚びへつらう貴族達が、彼女を出世の道具としかみていないことも。

 

 そのような大人達ばかりの中でうまれ育ち、しかも彼らのそのような思考が読み取れてしまう繊細な少女が、貴族の前では口を閉ざし、殻に閉じこもってしまうのも無理もあるまい。

 

 アンスバッハは何度も大神オーディンを呪ったものだ。彼女が他の多くの貴族の子女がそうであるように、他人にちやほやされる境遇を自分自身の価値だと勘違いできるほど脳天気でお馬鹿であったなら、と。あるいは、数百年にわたる皇統の血、数十世代にわたって濃縮された「遺伝的欠陥」が彼女の身に発現しなかったなら、と。

 

 そんなエリザベートが、父親に対してこのような形で直訴に及ぶとは、よほど思うところがあったのか。彼女は、自らの命だけを惜しむような人間ではない。むしろ、ローエングラム公からも道具扱いしかされないことを理解していてもなお、両親をまもるために自ら犠牲になるつもりであるに違いない。

 

「……あっ、あの、アンスバッハ准将。いかが思われますか?」

 

 エリザベートは、実の父には視線を合わせることはできない。うつむき、上目遣いでアンスバッハの様子をうかがっている。勢いに任せて乗り込んできたものの、この場で彼女がまともに話を出来る大人は、古くからの知己であるアンスバッハしか居ないのだ。

 

 

 

 

 アンスバッハは、エリザベートの視線をうけとめ、あらためて姿勢をただす。

 

 お嬢様一世一代の決意、すなわちローエングラム公のもとにエリザベート自身が嫁ぐという策は、実のところアンスバッハ自身も検討したことがある。帝国の分裂を防ぎ、ブラウンシュバイク家の安泰をはかるだけでなく、なによりもエリザベートの命を救うためには、たしかに効果的だろう。だが……。

 

 遅い。なにもかも遅かった。あと半年、いや、せめてリッテンハイム候と彼の戦力が健在なうちであれば、エリザベートの血筋をもって皇統の正当性を主張し、血を流すことなく合法的にゴールデンバウム王朝を簒奪するという手段は、ローエングラム公にとっても有力な選択肢だったはずだ。だがすでに、金髪の小僧はそのような小手先の技を必要としない力を持っている。彼は、ブラウンシュバイク家や皇帝の血筋などなくても実力で覇業を成し遂げ、それをとめられる者はいないだろう。

 

 アンスバッハは覚悟を決める。のんびり屋で世間知らずでとんでもない人見知りだが、素直で聡明で、そして限りなく不幸な境遇のお嬢様に、悲しい真実を伝えるのだ。どうせ黙っていても、すぐに彼の心の中は見透かされてしまうのだから。

 

「お嬢様。お覚悟はご立派です。ですが、なにもかもすでに遅いので……」

 

 アンスバッハは最後まで言うことが出来なかった。ブラウンシュバイク公がエリザベートの前に歩み出ると、実の娘に手をあげたのだ。

 

「ばかもの!」

 

「きゃっ!!!!」

 

 アンスバッハは無礼を承知で後ろから主君を羽交い締めにするが、ブラウンシュバイク公は怒りのあまり顔を真っ赤にしたまま、実の娘をどなりつける。

 

「おやめください、閣下」

 

「お前は皇統に連なる身だ。儂のものだ。金髪の小僧になどくれてやるものか!」

 

 自分を『もの』扱いされてもなお、エリザベートは父親にすがりつく。そして叫ぶ。

 

「おねがいです、お父様。この要塞のまわりは、兵士達の悪意と悲しみに満ちています。私にはもう耐えられません。おねがいですから、これ以上、人々を死なせないで……」

 

 ああ、そうなのか。

 

 アンスバッハは理解してしまった。彼女は、このバカバカしい戦いで死んでいった多くの兵士達の膨大な恨み、そして深い深い悲しみの感情を、そのすべてをこの小さな体で受け止めていたのだ。それは、彼女にとってどれだけ辛いことだっただろう。

 

 

 

 

 銀河帝国でもほんの一部の人間しか知らないことだが、エリザベートには遺伝的欠陥がある。正確には特殊な能力と言うべきものだが、彼女の両親にとっては、そして彼女自身にとっても、それは欠陥としか感じられない、おぞましい能力でしかなかった。

 

 エリザベートは、限定的ではあるが、他人の心を読むことができるのだ。

 

 特に、他人の悲しみや怒り、そして自分に向けられる敵意や憎しみなどの激しい感情を、彼女は望まなくても自分のもののように敏感に感じ取ってしまう。その能力ゆえに、オーディンで自分にすり寄ってくる薄汚い貴族達の本性を見抜いてしまった彼女は、幼い頃から大人達に対して心を閉ざした。さらに、彼女の両親もまた、自分の心の内を知られてしまうのを恐れ、彼女を遠ざけてしまったのだ。

 

 そのうえ、いま彼女がいるのは文字通りの戦場である。要塞の周りで戦闘が起こるたび、死んでいく兵士達の嘆き、悲しみの思いを、彼女は否応なく感じてしまう。兵士達の怒り、自分たちを死に追いやる門閥貴族に対する激しい怨嗟が、直接彼女の心につきささり、容赦なく責め立てる。それは、彼女にとって耐え難いものにちがいない。

 

「ええいはなせ! 平民の兵士が貴族のために死ぬのは当たり前のことだ。この要塞だけではない、ヴェスターラントも、銀河帝国すべての兵士が死のうとも、わがブラウンシュバイク家が生き残ればよいのだ!!」

 

 ブラウンシュバイク公にすがりつくエリザベートが、はっと息を飲む。何かを読み取るように、父親の顔をのぞき込む。

 

「ヴェスターラント? ……えっ? お父様、ヴェスターラントで何をするつもりなのですか?」

 

 ブラウンシュバイク公は、娘に対する怒りのあまり自制心を失っている。膨大な負の激情が父の心から溢れだし、娘の心の中に濁流となって流れ込む。

 

「そんな。……200万人の虐殺? いや! お父様、そんなことはやめてください」

 

「また人の心をよんだのか! この化け物め。部屋で謹慎していろ」

 

 アンスバッハは声も出ない。ヴェスターラントは、ブラウンシュバイク家の領地であり、当主の甥であるシャイド男爵が統治する惑星であった。だがつい先ほど、圧政に耐えかねた民衆が蜂起、シャイド男爵をなぶり殺しにしてしまったとの連絡が届いたのだ。怒り狂ったブラウンシュバイク公は、報復として200万人の領民を皆殺しにすべく、惑星に対する核攻撃を命じた。エリザベートがオフィスに乱入してきたのは、あまりに無茶な命令に対して反論するアンスバッハと公の問答の、丁度さなかのことであったのだ。

 

「おっ、お父様。やめてください、お願いです」

 

「アンスバッハ、これを部屋に連れて行け。そして、ヴェスターラントは命令通りに攻撃するのだ。わかったな!」

 

 ひとりでオフィスを出て行ってしまったブラウンシュバイク公を、アンスバッハは黙って見送るしかない。いかに権勢を誇るブラウンシュバイク家といえども、このような無茶をして平民達が黙っているわけがない。ブラウンシュバイク家と門閥貴族はおしまいだ。いや、ゴールデンバウム王朝そのものが、あの金髪の小僧に滅ぼされるだろう。

 

 そして、目の前に座り込み、泣き崩れるエリザベートを見る。彼の主君はもう救えないだろう。だが、罪のないこの娘だけでも、なんとかして金髪の小僧から、そしてこの娘を化け物扱いする父親から逃がす方法はないものか。

 





 数百年間もつづく皇帝の血筋なら、ちょっとくらい特殊な能力をもっていても不思議はないかもしれないなぁ、ということで。
 

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