銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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20 伊達と酔狂

 

 男は、もともとは帝国軍の装甲擲弾兵だった。

 

 男が所属していたのは銀河帝国の正規軍ではなく、ブラウンシュバイク家の私設軍であった。公爵家がその膨大な資産のほんの一部を投じ領内の治安維持を目的として運用している宇宙艦隊は、帝国の敵である反乱軍こと自由惑星同盟軍との戦闘に動員されることは基本的にはない。それなりに時間と金をかけて鍛えられた対人格闘戦の能力を発揮する場といえば、せいぜいが宇宙海賊の討伐において敵艦に強制的に乗り込み、悪人共を力ずくで制圧することしかなかった。それでも、給料は平民の仕事としては悪くはない。海賊退治は間違いなく正義の味方であり、さらに上官である貴族達の気分次第であるが、賊からの押収品のおこぼれにあずかることもまれにあり、その限りにおいて男は自分の仕事におおむね満足していたのだ。

 

 だが、数年に一度の頻度で発生する、平民による反乱の鎮圧だけは、男の心を大いに傷つけた。反乱のおこった領内の惑星に降下しての治安維持活動、要するに反乱を起こした平民達を皆殺しにする度に、男は自らの精神に大きな傷をうけた。自らが貧しい平民である彼にとっては、生きるために領主に逆らった食うや食わずの平民達は、自分の家族と同じに見えたのだ。せいぜい軽火器による武装しかない人々に対して完全武装で対峙、重火器を撃ちまくり、あるいはトマホークで彼らの体を肉片に変えるのは、貴族の命令による任務といえども耐えられるものではない。

 

 それでも装甲擲弾兵をやめなかったのは、そうしなければ家族を養えなかったからだ。男は、ブラウンシュバイク領の中でも辺境、惑星ヴェスターラント出身だった。家族もそこで暮らしている。いや、暮らしていた。もともと豊かな惑星ではないうえに、無能な貴族による統治は全くの無策、そして法外な税を課された住民達はみな、生きるのがやっとのギリギリの生活を強いられていた。彼が私設軍に取り立てられたのは、たまたま体格が良く、そして単に運が良かったからだ。どんなに酷い仕事でも、家族のために続けねばならなかったのだ。

 

 たとえ平民でも、帝都オーディンや帝国の主要惑星あるいは開明的な貴族の所領に住む者ならば、自分の才覚だけで成功し下級貴族をも凌ぐ財産をなす機会もあるだろう。軍の幼年学校に入学するという手もある。しかし、辺境においては、さらに銀河系でももっとも保守的な門閥貴族盟主であるブラウンシュバイク家の所領においては、貧しい平民が成り上がるチャンスなどほとんどない。

 

 男は、その日常が死ぬまで永遠に続くかと思っていた。しかし、ある時をさかいに、日常は大きく変化してしまう。リップシュタット戦役が始まったのだ。

 

 男が所属する艦は、門閥貴族の拠点、ガイエスブルグ要塞に配置された。押し寄せるローエングラム元帥の大艦隊。わずかな勝利と度重なる敗戦。末端の兵士からみても合理性のない作戦が実行され、あきらかに理不尽な命令が乱発される。戦局が確実に悪化していくことは、下っ端の兵士達にも感じられた。艦内の雰囲気は次第に悪化、軍としての規律が緩み、兵士と士官、平民と貴族のあいだに軋轢がおこりはじめる。そして敗走に次ぐ敗走。装甲擲弾兵としての彼の役割を果たす機会もないまま、やがて破局が訪れた。

 

 ヴェスターラントの惨劇。

 

 彼の故郷が、彼の家族が生きたまま、彼の領主の手によって、地獄の業火に焼かれてたのだ。ローエングラム元帥により全帝国領にむけ発信されたその映像は、男に、そして他の平民兵士の心の中にわずかに残されていた領主に対する忠誠心を、完膚無きまでにたたきつぶした。平民達の士気は地の底までさがり、門閥貴族軍は一気に崩壊したのだ。

 

 その後の男の人生は、下り坂を転がり落ちるかのように急展開を重ねた。仲間と共に艦内の貴族どもを皆殺しにした直後、乗艦は降服する間もなくローエングラム艦隊により撃沈されてしまった。救命艇で漂流中、男は死を覚悟した。いや、生きていても仕方がない、いっそ死んだほうがよいと思っていた。ぎりぎりのところでイゼルローン要塞へ亡命する途中のメルカッツ提督の艦に拾われたのは、大神オーディンの気まぐれだろう。

 

 

 

 数ヶ月後。

 

 その日、男はイゼルローン要塞の軍用港にいた。銀河帝国正統政府の軍務尚書に就任するメルカッツ上級大将がハイネセンに向けて旅立つのに伴い、彼も正統政府の義勇兵として同行するためだ。

 

 メルカッツ提督は、一度しか面会の機会はなかったが、噂に違わぬ人格者だった。もと帝国貴族であっても、救ってくれたことを感謝こそすれ、恨みは感じない。提督は彼のことなど覚えてもいないかもしれないが、男は、この提督に運命をたくしてみようと思った。生きる目的をほとんど失っていた男は、もう少しだけ生きていてもいいかと思うようになった。

 

 

 

 ほんの数ヶ月間過ごしたイゼルローン要塞での生活は、それほど悪いものではなかった。自由惑星同盟においては、本来ならば亡命者はまず首都に送られ、その後収容所を経てしかるべき扱いをうけることが正しいそうだ。だが、メルカッツの同行者ということで要塞司令部が独自に判断、それなりの待遇であつかってくれたらしい。もちろん常に監視され、数々の不自由はあったが、故郷での生活とくらべれば100倍ましだ。

 

 気になるところといえば、どうもここの連中は、帝国軍と比較して、戦いにすこしばかり真面目さが足りない。伊達に自由と平等を語り、酔狂で帝国と戦争をしている節がみえる。これであの残虐で強大で苛烈な専制国家、銀河帝国に勝てるとは思えないのだが、ここを去る男にとってそれはどうでも良いことだ。

 

 港は、メルカッツと同行する者、それを見送る者で混み合っている。もっとも大きな人だかりの向こうが、たまたま見えた。警備の人間が取り囲む中、帝国の軍服姿のメルカッツ提督が、見送りに対して敬礼している。視線を横にずらすと、おそらく要塞司令官や幕僚の面々らしきひとびとが、同様に敬礼している。そして……。

 

 軍人ばかりが並ぶ中、輝くような少女の金髪が目を引いたのは、偶然に過ぎない。

 

 ……まさか。

 

 男の足が立ち止まる。自然とそちらに向く。

 

 亡命の途中、メルカッツの艦が大貴族の少女を救ったとの噂は聞いていた。しかし、メルカッツの元からの部下達のガードは堅く、男には詳しいことが知らされることはなかった。イゼルローン要塞についてからも同様だ。彼は常に監視され、他の亡命者と連絡することすら簡単ではなかった。男は少女の正体について常に気にかけてはいたが、調べることなど不可能だった。

 

 同盟の軍服を着ているが、メルカッツ提督と親しげに話しているあの金髪の少女は……。

 

 自分でも意識せぬうちに、脚が少女に向く。いつのまにか駆け足になっている。距離が詰まるにつれ、少女の顔がはっきりと見えてくる。後ろから、大声で叫びながら警備の人間が追いかけてくる。

 

 まさか、本当に……?

 

 さらに人垣をかき分けて進む。司令部の面々を守る警備兵がこちらに気づき、腰のブラスターを抜く。

 

 ブラウンシュバイク公の私設軍にいたとき、領主の家族の顔は何度か見た。ガイエスブルグ要塞では、令嬢の護衛役をやったこともある。あの顔は絶対に忘れない。

 

 向かってくる警備の人間を、素手で叩き伏せる。甘いな反乱軍。自軍要塞内の警備に関しては、帝国軍とは比較にもならない。緩すぎる。装甲擲弾兵をなめるなよ。

 

 男は、全速力で走りながら笑っていた。その顔には、狂気が貼り付いていた。

 

 ……まさか、本当にブラウンシュバイクの娘なのか!

 

 

 

 

「えっ?」

 

 メルカッツと談笑するヤンを後ろから眺めていたエリザベートの脳髄を、なにかが貫いた。それは、とてつもなく激しい怒り、憎しみ、まっすぐ彼女に向かう殺意。そして、すさまじい狂気。

 

 なに? どこから?

 

 エリザは意識を集中する。周囲のざわめきが聞こえなくなる。常軌を逸した狂気が、彼女の中に入り込む。気を抜くと、自分自身も狂ってしまいそうだ。

 

「どうしたの? エリザおねえちゃん」

 

 隣にたつシャルロット・フィリスが、舌足らずの口調で問いかける。エリザの様子がおかしいことに気づいたのだろう。

 

「に、逃げなきゃ」

 

 しかし、ひとりだけで逃げるわけにはいかない。周りの大人達はともかく、この狂気の持ち主をシャルロット・フィリスに近づけてはいけない。エリザは、隣の少女の手を引き走りだそうとした。その瞬間、彼女の目前に狂気が具現化した。それは、男の肉体をもっていた。

 

「フロイライン・ブラウンシュバイク?」

 

 周囲から警備兵の怒号と叫び声が渦巻く中、エリザの前にひとりの男が立ちはだかる。すでに威嚇のための銃撃を何発か受け、体中が傷だらけであるにもかかわらず、その顔は笑っている。確かに笑っている。なのに、エリザには、目がつり上がり口が耳元までさけた鬼のような形相に見えた。冷たく冷静な声に反して、あきらかな怒りと殺意がその肉体から溢れ、まわりの空間にしみだしている。

 

「はっ、はい?」

 

 反射的に返事をしてしまってから、本名を呼ばれたことに気づく。同時に、男の憎しみと殺意が爆発する。この感覚は、以前にも感じたことがある。ヴェスターラントのあの瞬間……。

 

 それは、生物としての本能的な恐怖。

 

 逃げられない。私はここで殺される。

 

 エリザは反射的に一歩さがる。

 

 かまわずに、男が拳をふるう。少女の顔をめがけて、一切の手加減の無い拳が躊躇無く叩き込まれた。

 

 エリザの体は動かない。動かすことが出来ない。彼女は格闘の訓練など受けたこともない。装甲擲弾兵あがりの男が本気で放ったパンチをまともにくらったちいさな体は、文字通りふきとんだ。

 

 

 

 

 騒ぎが起こった瞬間、薔薇の騎士連隊の面々やユリアンも含めたその場にいた武装した兵士達は、反射的に彼らの司令官の身を守るために動いた。だから、暴漢がエリザに近づく隙が生まれてしまった。

 

 直後、事態を把握した兵士達により多数のブラスターが同時に引き抜かれ、男に対して向けられる。何人もの警備兵が男に飛びかかる。男は、そのうちひとりの突進から身を躱すと、手にしたブラスターを奪い取る。そして、数メートル先にころがった少女に向ける。低出力のブラスター。身内しかいない要塞内の警備とはいえ、こんなマメ鉄砲しか装備していないとはな。

 

 たまたま近くにいた同盟軍兵士が、とっさにエリザに覆い被さる。分艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー少将だ。男はかまわず引き金を引く。一発、二発、アッテンボローにブラスターの光条が突き刺さる。だが、おとなの体に隠れた少女までは届かない。

 

「ちっ」

 

 いかに要塞内の警備陣が呑気者ばかりでも、このままでは目的を達する前に撃ち殺される。男は、自分のすぐ足下に、時間を稼ぐ方法を見いだした。

 

「シャルロット・フィリス!」

 

 キャゼルヌ少将が叫ぶのと同時に、男は標的の少女よりもさらに幼い女の子を抱え上げると、その頭に銃を突きつけた。

 

「関係ない人間に危害を加えるつもりはない。そこのブラウンシュバイクの娘、まだ生きているんだろう? 立て! こちらに来い」

 

 数十人の屈強な軍人達に取り囲まれ、合わせて数十におよぶ銃口に狙われてもなお、男は笑っていた。

 

 

 

 

 エリザは、殴られた瞬間、なにがおこったかわからなかった。唐突な浮遊感。殴られた頬、地面に叩きつけられた背中、全身を襲う衝撃。激痛はそのあとからきた。

 

 息が吸えない。目が見えない。どちらが上かもわからない。口の中から止めどもなく血が流れつづける。

 

 ぐがっ、うっ、くっ

 

 口からでる音が、自分の声とはおもえない。

 

 直後、大きな影が覆い被さる。そして数発の発砲音。アッテンボローの体越しに伝わる衝撃。

 

 くっ、……エリザ、大丈夫か?

 

 顔と顔が接する程の近距離で、アッテンボローが優しくつぶやく。その声と全身の激痛が、ようやく彼女を現実世界に引き戻す。徐々に視界が戻りはじめるが、片目が開かない。顔が大きく腫れている。

 

 仰向けに倒れるエリザの視界の端に、真っ赤な血だまりが見える。アッテンボローの血だ。

 

 ……なぁに、こんな傷、たいしたことはない。

 

 実際に言語として口から発したのか、あるいは意志だけが伝わったのか、エリザにはとっさに判断がつかない。

 

「立て! こちらに来い。そこの男はそのまま寝ていろ。動くなよ」

 

 凄まじい殺意をともなった男の声が遠くから聞こえる。人質になった少女の泣き声と共に。

 

「おねえちゃん」

 

 シャルロット!

 

 ……だめだ、行くな。

 

 アッテンボローがエリザをとめる。しかし、エリザは行かなくてはならない。ちょっと動くだけで体中に激痛がはしる。それにかまわずに、仰向けのまま、両肩を左右にずらしながら、ゆっくりと、ゆっくりと、アッテンボローの下から自らの体を抜く。アッテンボローはそれを止めることが出来ない。エリザが立ち上がらねば、シャルロット・フィリスは確実に殺されるだろう。

 

「たて! こちらにこい」

 

 やっとのこと上半身を起こしたエリザに対して、男は一方的に命令をくだす。エリザは、よろよろと立ち上がる。頭の中ががんがんする。全身が、自分のからだじゃないみたいだ。

 

 ひっ!

 

 シャルロット・フィリスが、エリザの姿をみて悲鳴をあげる。髪は乱れ、顔の半分が大きく腫れている。涙、鼻水を垂れ流し、口の端からは自らの血が流れている。さらに軍服はアッテンボローの血で真っ赤にそまっている。

 

「……シャルロットを、ふぁなして」

 

 口がまわらない。アゴがまともに動かない。

 

「おまえに命令する権利なんてないんだよ。はやくこちらにこい」

 

 壮絶な姿のままエリザは歩き出す。よろよろと。いっぽづつ。

 

 

 

 くそ、ブラウンシュバイクの娘は、命乞いをしないのか。

 

 男は、予想通り行動しないエリザにいらだっていた。反乱軍の連中は、人質を救うために自らの命を捨てるつもりのエリザの姿を見て、どう思うのか? 貴族というものは、もっと腐りきった連中だ。

 

「俺の故郷では、罪もない平民がどんなに命乞いをしても、貴族はそれを平気で踏みにじっていた。こいつの親もだ。しまいには、俺の家族の頭上に核爆弾をおとしやがった!」

 

「しゃ、シャルロット・フィリスを、ふぁなしてください」

 

「何人死んだとおもっている? お前の一族のために、数百万人が生きたまま焼かれたんだぞ! 貴族ども相手に情けをかけてはいけないんだ。やつらは平民を人間とは思っていない。やられる前にやるしかないんだ」

 

 男は次第に興奮してくる。誰に向けて言葉を発しているのか、自分でもわからなくなっている。だが、叫びはとまらない。やがて絶叫になる。

 

「同盟の人間は伊達と酔狂で戦争しているようだが、専政政治との戦いとはこーゆーことだ。腐った貴族どもは皆殺しにするべきだ。お前達は甘すぎる。帝国に負けるということは、こいつの父親のような人間に、平民として支配されるということなんだぞ、わかっているのか?」

 

 

 

 だが、男の叫びは、エリザには届いていなかった。

 

 彼女は、予想している。自分はもう死ぬだろう。殴られた傷は致命傷ではないかもしれないが、あの男は本気で自分を殺そうとしている。

 

 死ぬのが恐くないわけがない。死ぬのを納得しているわけでもない。エリザは、親の代わりに罪を背負う気などさらさらない。

 

 しかし、ここでシャルロット・フィリスに何かあれば、エリザはキャゼルヌ家の一員ではいられなくなる。それが本能的にわかる。家族を失ってしまうことは、彼女にとって死ぬよりも辛い。だから、男にむかって、歩を進める。

 

 

 

 

 

 そして男の叫びは、ヤン艦隊の幕僚の面々にも届いてはいなかった。

 

「たしかに同盟軍の兵士は甘い。特に格闘戦に弱すぎる。警備兵を全員薔薇の騎士連隊に入隊させて鍛える必要があるもしれないな」

 

 自らもブラスターをかまえながら、シェーンコップ少将が小声でつぶやく。照準の先の男は、子供相手でも本気で躊躇無く撃つつもりだろう。だから、百戦錬磨の彼と彼の部下達も迂闊に手を出せない。

 

「そんな事を言っている場合ではないでしょう。確かに警備の連中の銃は、もっと殺傷力のあるものに変えるべきだと思いますが。……奴は、人質をだきあげて、巧妙に急所をかくしてます。奴が人質を撃つ前に一発で即死させるのは難しい。エリザかシャルロット・フィリス、どちらかは救えないかもしれません」

 

 やはりブラスターをかまえる薔薇の騎士連隊隊長カスパー・リンツ大佐が、シェーンコップに答える。

 

「同じセリフをキャゼルヌ少将の前で言ってみろ。俺は、キャゼルヌ少将にも、メルカッツ提督にも恨まれたくない。……この状況だと、アッテンボローの若造に死んでもらうしかないだろうな」

 

 シェーンコップの提案には、さすがのリンツも同意しない。

 

「さっ、さすがにそれは……。提督閣下に盾になれというのですか?」

 

「このまま目の前でエリザが撃たれたら、奴は一生後悔するだろうさ。あの銃ならば、運が良ければ死ぬことはない。ここはアッテンボロー提督に、伊達と酔狂を実践してもらおうか」

 

 にっこり笑いながら語るシェーンコップに対し、リンツはそれ以上反論できなかった。

 

 

 

 よろよろと一歩づつあるくエリザの前には、半死半生状態のアッテンボローが転がっている。少なくない量の出血が続いており、放っておけば確実に死ぬだろう。だが、まだ生きている。かろうじて意識もある。そんなアッテンボローに、リンツが目と口の動きだけで合図を送る。

 

(奴が銃口を手元のシャルロット・フィリスに向けているうちは、どうしようもありません。銃口をエリザに向けた瞬間に盾になり、時間をかせいでください)

 

 意図は正確に伝わったはずだ。しかし、数瞬考えたのち、アッテンボローは小さく首をふる。

 

(……無理だ)

 

 あの男は素人じゃない。格闘戦のプロだ。銃口が動く瞬間を見てからじゃ、間に合わない。

 

 声のない会話に、横からシェーンコップが割り込む。

 

(男を見るな。エリザの目を見るんだ)

 

 

 

「シャルロットをふぁなしてください、おねがいです」

 

 エリザは、ゆっくりと、一歩一歩すすみつづける。

 

 鬼気迫る少女の姿にも、男はまったく感銘など感じてはいなかった。この距離まで近づけばはずさない。なぶり殺しに出来ないのは残念だが、ここで死ね。

 

 男は、銃口をエリザに向ける。

 

 その瞬間、エリザにはわかった。その距離が彼にとっての必殺の距離なのだろう。エリザがその見えない線を越えた瞬間、男の殺意が歓喜にかわったのだ。

 

 ついにブラウンシュバイクの人間をこの手で殺してやれる。

 

 それが、その思いが、エリザにも伝わる。コックピットの中ならともかく、自分の運動神経で避けられるとは思えない。男の口元がつりあがる。男の手が動くまえに、エリザは自分の運命を悟る。観念して目をつむる。周りには兵士がたくさんいる。自分は撃たれても、シャルロット・フィリスは助かるだろう。

 

 

 

 アッテンボローは、エリザの顔だけを見ていた。ととのった顔だったのに、殴られた部分が大きく腫れて歪んでいる。顔中が血で汚れている。吹っ飛ばされ床に顔をすった擦り傷。そして青あざ。口からは血。涙と鼻水とよだれ。それでも、その目は悪人をまっすぐに見ている。

 

 きれいだ。

 

 アッテンボローは、おもわず彼女に見とれていた。

 

 そして、エリザのうごきが一瞬止まり、目をつむる。観念し、安心し、死を受け入れた顔。

 

 その瞬間、アッテンボローは床を蹴って立ち上がる。傷から血が噴き出すが、かまやしない。彼女の盾になるのだ。

 

 

 

 男が銃口をシャルロット・フィリスからエリザに向け、引き金を引くまで、コンマ数秒しかなかったはずだ。このまま自分が生き残れるとは思わなかったが、すくなくともブラウンシュバイクの娘は殺してやれる、はずだった。だが、引き金を引いた瞬間、まるでその瞬間を予期していたように、ころがっていた男がたちあがった。標的の小さな体に覆い被さった。

 

 それでもかまわず、男は引き金を引く。一発、二発。三発目を撃つ前に、何十人もの兵士が男に飛びかかる。腕を折る勢いで銃を取り上げられ、シャルロット・フィリスを引きはがす。

 

 

 

 数分後、怪我人は医療施設に搬送され、あたりは静けさを取り戻しつつあった。拘束された男も、警備兵に囲まれ連行されるのを待っている。

 

 そこに、アッテンボローが近づく。軍服は血まみれのまま。撃たれた傷は止血のための応急処置だけで、両肩を部下に支えられている。小さな少女をねらった銃撃は、そのほとんどがアッテンボローの足にあたったのだ。

 

 同盟軍の歴史上もっとも若くして提督となった男は、そばかすだらけのどこか幼さを残した容姿に似合わぬ、一種異様な雰囲気をまとっていた。無表情。その顔は一切の感情を隠したまま、ただただ冷たく、そして射るような鋭い視線を、暴行犯に向けていた。普段から人当たりが良く、いつも陽気で、冗談好きとして知られた好青年の面影はない。

 

 アッテンボローの放つ怒気に、男の周りにいた人間がおもわず道をあける。気づいたヤンが駆け寄ろうとするが、そのヤンをシェーンコップがとめる。

 

 アッテンボローは、ゆっくりと男に銃を向ける。男はまっすぐに前をむいたまま、一瞬だけ口を開こうとして、黙る。

 

 撃て。

 

 男が、視線だけでアッテンボローを促す。

 

 だが、アッテンボローは引き金をひかない。かわりに口を開く。

 

「俺たちが戦っている相手は、銀河帝国という専制国家だ。皇帝や門閥貴族への個人的な恨みを晴らすために戦っているわけじゃないし、それについてお前につべこべ言われる筋合いはない」

 

 いったん言葉を句切り、呼吸をととのえる。

 

「平民と貴族の問題は帝国内部の問題だ。俺の知ったことではない。だから、俺は彼女を傷付けたお前を絶対に許さない」

 

 アッテンボローは自分の言葉を、目の前の男ではなく自分自身に言い聞かせているようにみえた。

 

「だが、……俺たちは、自由と平等の建前を絶対に守る。だから、エリザを傷つけたお前を、どんなに憎くても俺は撃たない。そのかわり法廷で合法的に報いをうけてもらうがな。……これが伊達と酔狂だ」

 

 アッテンボローは、銃をおろす。全身から放たれていた怒気が消える。そして、にやりと笑いながら言い放つ。

 

「相手が帝国軍でもそれ以外でも同じだ。俺たちは正々堂々と、……いや多少は汚いこともするかもしれないが、とにかく後世の人間から後ろ指をさされることのない手段で、自分自身が後悔しない方法で戦いに勝ち、俺たちの自由と平等を守ってみせる。伊達と酔狂を舐めるなよ」

 

 

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