銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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22 白兵戦

 

「敵兵侵入! 非常警戒態勢をとれ!」

 

 ロイエンタールの目の前には、不格好な同盟軍戦闘艇の巨大な主砲がびたりと彼に照準を合わせ静止している。たった一機の戦闘艇によって、彼の旗艦トリスタンそのものが、同盟軍の人質に取られたのだ。その艦内に、完全武装に身をかためた「薔薇の騎士」連隊の猛者達が躍り込む。

 

「ゼッフル粒子濃度上昇!」

 

「雑魚にかまうな! 目標は司令官だ。ブリッジを探せ!」

 

 薔薇の騎士連隊長シェーンコップはそう命じ、自らも帝国軍兵士に向け戦斧を振るう。立ちはだかる敵兵をなぎ倒しながら、艦内の通路を疾走する。彼と彼の部下達の通り抜けたあとには、帝国軍兵士の屍がいくつも重なっている。敵戦闘艇の巨大な主砲を突きつけられたトリスタンの艦内は、指揮系統が大混乱に陥っていた。戦意旺盛なシェーンコップとその部下達の進撃を阻める者はいない。

 

 

 

 やられた!

 

 ロイエンタールは自分の愚かさを呪いながら、口の中でつぶやく。そして正面の戦闘艇を睨む。

 

 ミュラーが言っていたのは、……これか。敵の魔術師をこの手で倒したい、そして自らの主君を越えたい、心の底から湧き上がるちんけな誘惑に逆らえず、ひとりで突出したあげくが、このざまか。

 

 自らの若さ故の過ちを敵にさらし、それを的確に突かれるなど、誇り高いロイエンタールにはとうてい認められるはずもない。

 

「閣下! ブリッジは危険です。まずは白兵戦で有利な場所に移動するべきです」

 

 幕僚ベルゲングリューン中将が、ロイエンタールに進言する。この状況にいたっても「逃げるべし」とは彼は決して言わない。反乱軍の姑息な策に敗北しつつあることを認めたくなかったからだ。

 

 心中の動揺を隠せぬまま進言したベルゲングリューンに対し、ロイエンタールはごくわずかに眉をうごかしただけで、少なくとも表面上はいつもどおりの余裕たっぷりの姿勢をくずしはしなかった。怒りと屈辱に煮えくりかえる己の内心をなんとか仮面の下に隠すことに成功したことに安堵しつつ、ロイエンタールは言い放つ。

 

「うろたえるな! 艦内に叛徒共がいるうちは正面の戦闘艇は撃てない。進入してきた敵から順にかたずければ良い」

 

 言うと同時に、司令官自らがトマホークを手に取る。敵が彼の元に殺到してくるのを待ち構える。だが、敵陸戦隊がブリッジに突入するよりも前に、彼と対面を望む者が居た。

 

 

 

「正面の敵戦闘艇より通信です」

 

 通信士が叫ぶ。いまさら降伏勧告もあるまい。ロイエンタールは敵の意図がみえず、怪訝な顔で再び眉だけを動かす。それを合図に通信が繋がれる。

 

 スクリーンに映ったのは、小柄なパイロットだった。顔はヘルメットで見えない。

 

「私は自由惑星同盟軍のキャゼルヌ上等兵です。あなたが司令官ですね? 降伏してください。もし反撃したりブリッジから逃げ出したら、……私はこのまま引き金を引きます」

 

 明らかな女性の声。しかも、かなり幼い。

 

 ほお、どうやら敵は俺たちを逃がしてはくれないらしいぞ。

 

 屈辱に拳をふるわせるベルゲングリューンを横目で見ながら、ロイエンタールはおもわず苦笑いをする。

 

 それにしても、……パイロットが女とはな。

 

 先ほどまでロイエンタールの心に吹き荒れていた激しい嵐は、いつの間にか消えてしまった。敵の女性パイロットに感謝すらしている。今のロイエンタールの精神には、まるでカードゲームに興じているかのように、この状況を楽しむ余裕がある。さて、どうやってこの局面を乗り切ってやろうか。

 

 

 

 エリザベートによる降伏勧告は、指揮官であるシェーンコップの指示では無い。彼のもともとの作戦では、エリザは主砲の照準をロイエンタールにあわせたまま、突入部隊の戦闘が終了するまで黙って待機しているはずだった。

 

 シェーンコップによる敵司令部制圧が成功すればよし。仮に失敗しても、連隊がトリスタンから撤退すると当時にエリザは引き金を引く手はずになっていた。万が一、シェーンコップが死んだり捕虜になった場合は、とにかく逃げろと厳命してある(エリザがシェーンコップごとトリスタンを撃沈できるとは、思えなかったのだ)。

 

 にもかかわらず、突入部隊の戦闘中にエリザが降伏を勧告したのは、すこしでも「薔薇の騎士」連隊の役に立ちたいという彼女の思いつきである。

 

 帝国艦隊を率いるのが並の将ならば、この時点で完全に詰んでいただろう。だが、ロイエンタールは並の人間ではなかった。彼はこの時代の艦隊指揮官として、その能力も胆力も精神力もずば抜けていた。軍人になったばかりの元箱入りお嬢様が正面から戦うには、相手が悪すぎたのだ。

 

 

 

 女パイロットか……。少々興味がわいたな。

 

 現在の戦場は艦内、しかも白兵戦の最中だ。ブリッジの司令官にできることはそう多くない。ロイエンタールには、物理的にも精神的にも余裕があった。

 

 ふん、退屈しのぎに付き合ってもらうぞ。

 

 ロイエンタールは、自ら通信モニタの前に立つ。敵パイロットと相対する。

 

「オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将だ。キャゼルヌ上等兵、これもなにかの縁だ。ヘルメットをとって顔を見せてはくれないか?」

 

「あっ、あなたは人質です。要求する権利などありません」

 

 エリザベートの可愛らしい怒声では、もちろんロイエンタールの余裕は崩れることはない。

 

「それは逆だろう。艦内に突入した君のお仲間の陸戦隊の命は、私が握っているとも言えるぞ」

 

 ロイエンタールは、楽しそうに言い放つ。今のところ、艦内の叛徒と外との通信の妨害に抜かりは無い。戦闘艇のパイロットは、仲間の状況を知らないはずだ。

 

「えっ?」

 

 敵パイロットの返事は、あきらかに動揺している。

 

「どうだ? 仲間が心配なら、ヘルメットを脱ぐんだ」

 

「……わっ、わかりました」

 

 スクリーンに映る敵パイロットが、ヘルメットに手をかける。両腕が震えている。ゆっくりとすこしづつ顔が明らかになる。

 

 豪華な金髪。整った顔立ち。どう見ても10代の少女。さすがのロイエンタールも、まさか年端もいかぬ美少女が戦闘艇パイロットとは想像してはいなかった。おもわず息をのむ。さらに……。

 

 ……この少女、見おぼえがある?

 

 

 

 艦内通路での戦いは、まだ続いている。司令官を守るべく戦う帝国軍兵士の士気は高い。しかし薔薇の騎士連隊はそれ以上に強かった。

 

 もともシェーンコップがヤンに具申した作戦では、連隊のみが突入するはずだった。もしそのまま作戦が実行されていたならば、勝率は良くて五分五分だっただろう。だが、作戦にエリザベートも参加したおかげで、ロイエンタールの司令部が機能しない状況が作られた。今、トリスタン艦内の守備部隊は統制が取れてはいない。組織的な戦いができず、個々の兵士がそれぞればらばらに奮闘している状況だ。薔薇の騎士連隊は、立ちふさがる帝国軍兵士をなぎ倒し、一直線にブリッジに近づきつつあった。

 

「フルネームを、……いや、本名を教えてくれないか?」

 

 ロイエンタールは、自分でも無意識のうちに少女の名を尋ねていた。答えを得るまでの数秒が、数時間にも感じられる。

 

「エッ、エリザベート、……キャゼルヌ上等兵」

 

 ……まさか。本当に?

 

「フロイライン・エリザベート……、それが、あなたの本名なのか?」

 

 強圧的に問いただす事もできたはずだ。むしろ、門閥貴族の敵であったラインハルトを主君と仰ぐ身としては、そうするべきなのかもしれない。だが、ロイエンタールはそうはしなかった。自分でもなぜかはわからない。

 

「本名です!! 私は同盟軍の……」

 

 

 

 

「エリザ! それ以上しゃべるな!!」

 

 シェーンコップがブリッジに突入したのは、その瞬間だった。

 

「シェーンコップ少将! ご無事だったのですね!!」

 

 エリザベートの歓声に迎えられながら、薔薇の騎士連隊の面々はブリッジの帝国軍兵士におどりかかる。連隊長シェーンコップの目標はただひとり。たった今までスクリーン越しにエリザを問い詰めていた男。黒と金を基調とした豪華な帝国軍制服を粋に着こなす高級士官だ。突然乱入してきた完全武装の同盟軍兵士を見てもまったく平静さを失わない胆力が、シェーンコップの鼻につく。

 

「ロイエンタール提督? 私はワルター・フォン・シェーンコップだ。死ぬまでの短い間、おぼえておいていただけるかな」

 

 言うが早いか、シェーンコップの戦斧がロイエンタールの頭めがけて凄まじい速度で振り抜かれる。ロイエンタールはその長身を沈め、間一髪で炭素クリスタルの刃を避ける。数本の髪の毛が刈り取られ、ブリッジの中に舞う。

 

 同盟軍少将と帝国軍上級大将の一騎打ちである。軍靴が床を蹴りつけ、刃同士が火花を散らす。お互いが繰り出す苛烈な攻撃と完璧な防御。第三者が近づけない激しい戦いの渦中にあっても、両者ともその表情には余裕があった。

 

「叛徒め。貴様らはおさない少女を戦わせて平気な恥じしらずと見える」

 

「ふん。自由惑星同盟の国是は平等だ。悪の帝国と戦うのに男女も年齢も関係ない」

 

「裏切り者が偉そうな口をきくな。あの娘もおまえに影響されたのか?」

 

「エリザは三代前から生粋の同盟軍人だ。妙な勘ぐりは止めてもらおう!!」

 

 

 

 副官ベルゲングリューンも、司令官や他のブリッジ要員と同様、乱入してきた無礼な叛徒共と戦っている。だが、一騎討ちを楽しんでいるかにも見える司令官とはことなり、彼の顔には焦りの表情が浮かんでいた。

 

 相手が強襲揚陸艦の陸戦隊だけなら、おそらくブリッジに届く前に撃退できただろう。あるいはあの戦闘艇だけなら、最悪でも旗艦を撃沈されるだけで済んだだろう。しかし、いまトリスタンのブリッジは、敵陸戦隊により制圧されつつある。たとえロイエンタールが一対一の勝負で勝ったとしても、戦況を覆すことはできまい。司令官を含めた艦隊司令部は全員捕虜か皆殺し。そして司令部を乗っ取られた艦隊全体が危機に……。

 

 もちろんロイエンタールもそれは理解している。さらに、一騎討ちの戦いも、陸戦の専門家であるシェーンコップに徐々に押されつつある。だが、それでもなお、ロイエンタールには余裕があった。

 

 これでいったい何度目なのか。頬をかすめるほどの凄まじい斬撃を間一髪でかろうじてかわし、ロイエンタールは数メートルの間合いを一気に後ろに飛ぶ。そして、反撃に移るかと思わせた瞬間、スクリーン越しにエリザベートを見た。

 

「フロイライン。その下品な主砲を向こうにむけてくれないか? 私は君の愛する同盟軍兵士達とともに自爆する用意があるのだが、君はそれを看過できないだろう?」

 

 あくまでも紳士的に、そして憎らしいほどの余裕を見せながら、ロイエンタールは悠々と言い放つ。

 

「エリザ、はったりだ! 騙されるな!!」

 

 間髪をいれず、シェーンコップが怒鳴る。だが、ロイエンタールの脅しは、エリザベートに対して驚くべき効果があった。

 

「やっ、やめてください!」

 

 エリザベートの絶叫がスクリーンから聞こえる。ロイエンタールは、対峙するシェーンコップに視線を移す。口元が笑っている。

 

「お嬢様には効果があったようだな。貴様らの身を案じているのだ。けなげではないか」

 

「くそ、銀河帝国が誇る双璧の片割れともあろう者が、ずいぶんと汚い手をつかうじゃないか?」

 

 だが、ロイエンタールはシェーンコップの挑発にはのらない。唇の端をつり上げながら、ふいにトマホークで斬りかかる。それをシェーンコップが受け止める。息がかかるほどの距離。他の者には聞こえない言葉の応酬。

 

「さて、ひとつ提案がある。この状況だ、勝ちを譲れとまでは言わん。どうだ? お嬢様に免じて、ここは引き分けとしないか?」

 

 シェーンコップが目を見開く。

 

「なにを寝ぼけたことを?」

 

「ここで俺が自爆すれば、彼女の戦闘艇もただではすまないぞ。それはおまえも望みはしまい。計算高いヤン・ウェンリーはなおさらにな」

 

 ロイエンタールが笑っている。シェーンコップは理解した。絶体絶命のはずのこの男に余裕があるのは、俺を見下しているからだ。こいつは俺を、そしてヤン・ウェンリーを嘲笑しているのだ。けなげな少女を政治的な道具として使おうとしている卑怯者として。

 

 数秒の沈黙の後、シェーンコップは絞り出すように言葉を吐きだした。先ほどまでの半ばおどけた口調とは明らかに異なる、まったく彼らしくない真面目で落ち着いた口調で。

 

「……それはヤン・ウェンリーだけではなく、エリザ本人に対する侮辱だな。彼女は志願して、自分の意思でヤン・ウェンリーの元で戦っているのだ。貴様ほどの男が、それを理解できないのか?」

 

 ロイエンタールは、目の前の亡命者の顔をあらためて見つめる。シェーンコップはその続きをくちには出さないが、何を言いたいのか理解できた。

 

”そもそも政治的に利用するつもりならば、初めから前線になどだしはしない”

 

「ふっ、……はっはっはっは。そうか、そのとおりだな。どうやら邪推が過ぎたようだ。それでこそヤン・ウェンリーだ。ここは無礼について謝罪させてもらおう」

 

 ロイエンタールはトマホークに込めた力を緩める。そして、さらに小さな声でかたりかける。

 

「……そのうえで改めて提案させてくれ。やはり、ここは引き分けにしてくれないか。頼む」

 

 シェーンコップにだけ聞こえたそれは、まるで酒の席で古くからの親友に何かをねだる口調のようだ。

 

「貴様、何を考えている」

 

「邪推するな。単に女子供を巻き込んでの自爆など、みっともない事をしたくないだけだ。かといって卿に負けるわけにもいかん。それだけだ」

 

 

 

 ブリッジの制圧まであと一歩だった敵陸戦隊は、トリスタンの異常に気づいた僚艦が接近してきた途端、潮が引くように鮮やかに撤退していった。敵戦闘艇も、激烈な対空砲火を華麗にかわしつつ悠々とイゼルローンに帰投していった。ロイエンタールは艦隊に後退を命じ、回廊は静けさを取り戻す。

 

 戦闘の後始末で騒がしいブリッジの後方、ベルゲングリューンが上官に問いかける。

 

「よろしかったのですか?」

 

「なにがだ?」

 

「……本営への報告はいかがなさいますか?」

 

「事実を報告すれば良い。俺がヤン・ウェンリーの魔術にひっかかり、間抜けにもあぶなく死にかけた。だが、少々汚い手をつかって切り抜けたとだけな。ほかにあるか?」

 

「いえ……。ありません」

 

 

 

 一方、イゼルローン要塞においても、シェーンコップがヤンに顛末を報告していた。

 

「すいません。エリザを巻き込んだあげく、とどめを刺せませんでした。あと一歩だったんですがね」

 

「まあいいさ。敵旗艦をピンポイントで狙う作戦は帝国軍の双璧にさえも通用する目処がついた。僕らの相手はあくまでローエングラム公だからね。ここで勝ちすぎてしまうと、かえって警戒されてしまう可能もある」

 

 ロイエンタールを倒せなかったことに対して、ヤンはそれほどこだわってはいない。確かに彼は超一流の恐るべき敵ではあるが、仮にここで倒しても別の一流の提督が新たな艦隊とともに送られてくるだけだ。ここで欲張っても仕方が無い。

 

「ところで、……エリザとロイエンタール提督とは面識があったんじゃないのかい?」

 

 ヤンは、万がいちエリザベートが生きていることを帝国に知られるのを心配しているのだ。彼女のために。

 

「まぁ、心配することもないと思いますよ」

 

 おそらくロイエンタールはエリザのことを彼の主君には報告しないだろう。シェーンコップはそう確信している。

 

「……君がそう言うのなら、問題ないだろう。ご苦労だったね」

 

 

 

 宇宙歴798年12月。イゼルローン要塞攻略に失敗したロイエンタール艦隊は、銀河帝国軍司令部に対して増援を要請した。それに応える形で、ついにラインハルト艦隊本隊が動き出す。イゼルローン回廊ではなく、フェザーン回廊に向かって。

 

 

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