銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
同盟軍が放棄を決定したイゼルローン要塞。第一陣として民間人の脱出は数日後から始まる予定だ。
そんなある日、ダスティ・アッテンボロー少将はキャゼルヌ家の食事に招待されていた。招待主はアレックス・キャゼルヌ少将ではない。その奥様であり実質的な一家の主であるオルタンス・キャゼルヌ夫人である。
決して珍しいことではない。特に負傷して長期入院して以来、アッテンボローはキャゼルヌ一家の食事にたびたび招待されていた。
テーブルを囲んでいるのは、ゲストであるアッテンボローとキャゼルヌ夫妻。二人の実娘。そして血の繋がらない少女。
軍の最高幹部の家族が住まう家といっても、最前線の要塞内の官舎だ。この要塞が帝国軍のものだった頃ならばともかく、同盟軍においては将官の住居であってもそれほど豪華で広い家が用意されることはない。むしろ、これだけの人数が食事をするには狭いくらいだ。
しかし、ただでさえロイエンタール艦隊による執拗な嫌がらせの対応に追われ、さらに要塞放棄に伴う艦隊の移動の準備をすすめねばならない立場にあるアッテンボローにとって、気心の知れた先輩と平和な家庭で囲む食卓は数少ないストレスを癒せる時間であった。彼は数日前からこの日を楽しみにしていたのだ。
ちなみに、キャゼルヌ夫人主催のお食事会は、いつも招待者が同じというわけではない。今日は同席していないが、場合によっては要塞司令官であるヤン・ウェンリーや被保護者であるユリアン。あるいは副官フレデリカ大尉などが呼ばれる場合もある。夫人としては、普段からできるだけ多くの人数に参加してほしいと日程調整をしている。
だが、夫人と二人の娘はともかく、要塞に駐留する軍人は皆とにかく忙しい。司令部のヤンやアッテンボローは言うに及ばず、家族の一員であるエリザさえもスケジュールがなかなかあわない。名目上の一家の主であるキャゼルヌ少将ですら、なかなか娘といっしょに食事できないと嘆く日々が続いている。
そんな中、なぜヤンやユリアンが参加できない今日という日にお食事会が挙行されたのかいうと、夫人が一部のメンバーのスケジュールのみを優先したからである。すなわち、キャゼルヌ家のメンバーとアッテンボローが参加できるのが今日だけだったのだ。……アッテンボローはそれを知らされていないが。ついでにいうと、キャゼルヌ少将はたまたま参加できたものの、実は彼の優先順位がアッテンボローやエリザよりも低かったのは、夫人だけの内緒だ。
民間人であるキャゼルヌ夫人とふたりの娘は、数日後には夫とエリザよりも一足先に要塞から撤退することが決まっている。この日の食事会は、エリザも含めた家族のお別れの会も兼ねている。
テーブルに並ぶのは、いつもよりも少しだけ豪華な食事。夫人だけでなく、娘さんやエリザも手伝ったらしい。
「たくさん食べてくださいね」
「ありがとうございます」
「アッテンボローおじちゃま、おいしい?」
「うん、美味いよシャルロット。ちなみに、おじちゃまはやめてくれると嬉しいな」
「あきらめろ。世間ではもうお前もヤンと同じで『おじさん』カテゴリーに分類される年齢だ」
「ひどい! おれはどこかの不良中年と違って何も悪いことしていないのに」
「おじちゃま、ふりょうちゅうねん、ってなあに?」
「え? えーと」
「アッテンボローさん。うちの娘の前で下品なことを言い出さないでいただけますか?」
「は、はい」
美味しい食事。あたたかい会話。居心地の良い空間。普段から独身主義を自称しているアッテンボローをして、こんな家庭ならあってもいいかなと思わせるほどの。
そして、振る舞われた料理の大半がみなの胃袋に収まった頃、さりげなく、本当にさりげなく、ふと思いついたふうを装いながら、夫人がアッテンボローにむけて口を開いた。
「アッテンボローさん。ハイネセンに帰還した折、ご実家に里帰りはいかないのですか?」
「え、ええ。艦隊が首都たどり着いたときどんな状況なのかは予測できませんが、なんにしろ忙しくてそれどころじゃないでしょうね」
ハイネセンにたどり着く前に、おそらく帝国艦隊と一戦あるだろう。それを切り抜けたとしても、その後も戦闘はまだまだ続くのは間違いない。アッテンボローの立場としては、しばらくは艦隊をはなれることは難しいと予想されるのだ。
同盟軍の宇宙戦艦は、基本的に大気圏に突入し惑星表面に降下する機能は無い。首都に帰還しても、艦隊そのものは惑星ハイネセンの衛星軌道上のドックにとどまることになる。総司令官のヤンは司令部や政府と調整のため首都に降下することになるだろうが、だからこそアッテンボローは現場をはなれられない可能性が高い。
アッテンボローは正直にそうこたえた。だが、夫人はそれを許してくれない。
「だめです。ヤン艦隊の幹部はみなむりやり昇進させられるでしょうから、ハイネセンの国防省か艦隊司令部に呼ばれるに決まっています。その際ついでに実家にいって親御さんに顔をみせなさい、と言っているのです」
たしかに、状況によっては首都の宇宙艦隊司令部に呼ばれるかもしれないが、それはそれで司令部の連中と会議ばかりになるのだろう。帰省する暇などないと思うのだが。
アッテンボローにはわからない。夫人がなぜこのタイミングで、こんなどうでもいいことを言い出したのか。こんなに断っても許してくれないのか。
「はぁ。……アッテンボロー少将。少将にもなって、いえ、もうすぐ中将になるというのに、人間としての成長はまだまだのようですね」
あきれ顔の夫人がため息をつく。
た、たしかに、自分自身、あまり人間として成長した実感はありませんが……。
「アッテンボロー家の親御さんもあなたの顔をひと目見たがっているはずです。あなたは、同盟軍の多数の若い将兵の命を預かる立場の人間なのですから、我が子を戦場に送り出す親の気持ちを理解する必要があるのではないですか?」
はぁ。たしかにそれは一理あるかも知れませんが、しかし自由惑星同盟の運命を決する戦いの直前、いまでなくてもいいのではないですか?
……いいかげんに許してほしい。
となりでだまってシチューをすすっているキャゼルヌ先輩に視線で助けを求めても、しかし先輩の視線は『逆らうな』と語るばかりだ。
「ほんの半日でも結構です。ご実家に帰省しなさい。ヤン司令官にも、要塞事務監の少将閣下からちゃんと話を通しておきますから」
突然名前をだされたアレックス・キャゼルヌ少将が、自分をゆびさして『えっ、おれ?』とビックリしている。
そこまでして? なぜ?
「ちなみに、……民間人である私と娘二人は、軍人のみなさんとはしばらく別行動になります」
はぁ。知ってます。
唐突に、夫人が話題を変えた。……本当に話題が変わった、のか?
「……さて、エリザ。あなたはハイネセンについたらどうしますか?」
えっ?
ここまでアッテンボローと夫人の会話を不思議そうな顔でながめていたエリザ。唐突に会話を振られてびっくりしている。
「えっ? わ、わたしは、特に行くところもないので、……母艦であるトリグラフでボーッとしていると、おもいます、が」
「まぁ、もったいない。惑星ハイネセンはとてもいいところよ。せっかくの機会なので、ぜひ上陸すべきです!」
「えっ、えっ、で、でも……、知り合いもいないですし……」
「あらあら。残念ながら私達一家もハイネセンの官舎への引っ越しに忙しいので……。そうそう、ちょうどハイネセンのご実家に帰省するアッテンボロー中将についていったらいかがかしら」
ぶぶっ!
アッテンボローは飲みかけのワインを噴き出した。
そ、そーゆーことか。ずいぶんとまた芝居がかったことをしますね、キャゼルヌ夫人。
夫人をみれば、いつの間にか立ち上がっている。両手を胸を張って腰に置き、してやったりの顔で勝ち誇っている。
そして、アッテンボローはおそるおそる視線を横に向ける。おそるおそる隣に座るエリザの様子をうかがう。
エリザは、……硬直していた。固まったまま、頭ひとつ分高い位置のアッテンボローを見つめている。いろいろな感情が入り交じった表情。驚きと困惑と、不安と、……期待?
「あー、エリザ。ハイネセンに行ってみたくは、ないか? ……俺といっしょに」
おそるおそる。……本当におそるおそる、全身でびびりながらアッテンボローは尋ねる。
こ、これで、正解だよな? この場で俺の言うべきことは、これで正しいよな?
誰も答えをくれない。しかし、隣の席に座る少女が、ほんのりと頬を紅く染めた少女だけが、答えをくれた。
「あ、あ、あ、も、もちろん。連れていってほしい、です。……もし少将がよろしければ、ですが」
食事会が終わりアッテンボローがキャゼルヌ家を後にする際のこと。
「……本当はな、オルタンスの奴はエリザの家族としてオレ達キャゼルヌ一家総出でおまえの実家についていくと聞かなかったんだぞ。それをなんとか説得してお前達二人きりで行かせることにしたんだ。感謝してほしいな」
キャゼルヌ先輩がこっそりと耳打ちをしてきた。
助かった。……助かった、のか?
……とにかく、無事にハイネセンに帰り着けたあかつきには、アッテンボロー中将は少女をつれて実家に行くことになったのだ。
いつもお世話になってます。
次回からは毎日更新は難しくなります。たぶん毎週一回程度の更新になると思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願い致します。