銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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27 双頭の蛇

 

 ラインハルト・フォン・ローエングラム率いる帝国軍の大艦隊は、史上初めてフェザーン回廊を通過。そのまま同盟領内に侵攻を開始した。

 

 同盟軍でそれを迎え撃たねばならない立場にあるのは、宇宙艦隊司令長官のアレクサンドル・ビュコック大将と総参謀長チャン・ウー・チェン大将である。しかし実のところ彼らにとれる選択肢はほとんどなかった。

 

「まぁなんにしろ、すこしでも戦闘開始の時間を遅らせたいものだ」

 

 侵略された側としては、敵を自国領内の奥深くまで引き込み補給線が伸びきったところで満を持して迎え撃つ。それが有史以前からの定石である。

 

 さらに、イゼルローンを放棄し民間人を保護しながら首都ハイネセンに向かってひた走るヤン・ウェンリー艦隊の存在。彼らが艦隊に合流するまで決戦開始を待つことが出来れば、我々は飛躍的に増加した戦力で迎撃することができる。

 

 しかし、……敵はそれを許してくれそうもない。戦争の天才に率いられた敵艦隊は、我が同盟領の空域をしんじられない速度で進撃を続けている。

 

 そもそも、たてまえとはいえ我が自由惑星同盟は民主主義の国だ。たとえ戦略的にそれが有効だとわかっていても、自国領奥深くまで国民が暮らす多数の星系を蹂躙されて、軍が黙ってそれをみている状況は許されるものではない。

 

 結局、軍事的政治的な複数の理由がからみあい、同盟軍はヤン艦隊の到着を待つことができなかった。迎撃戦は、ランテマリオ星域で行われることになったのだ。

 

 

 

 

 圧倒的な物量差があるわりには、同盟軍は奮闘したといえる。いかに帝国軍が強大といえども、ビュコックほどの老練な指揮官がひたすら『負けない戦い』に徹すると、そうそう楽にたたかえるものではない。同盟軍艦隊は帝国艦隊の繰り出す双頭の蛇の攻撃に耐え、部分的には食い破り、一時的に敵の心胆を寒からしめることさえやってのけたのだ。

 

 しかし、多勢に無勢は覆せない。数で劣る同盟艦隊は徐々に押しまくられ、最終的に投入された黒色槍騎兵艦隊の圧倒的な破壊力によりついに秩序を喪失、勝負は決したかに見えた。

 

「……宇宙艦隊が喪失した以上、司令長官が生きていても詮ないことだな」

 

 旗艦と命運を共にしようと、ビュコックが覚悟を決める。

 

「まだ宇宙艦隊は完全に消失してはいません。統制は失いつつありますがいまだ2割ほどの艦は残っております。それにヤン艦隊はなお健在です。一隻でも残っている限り、いえたとえ残っていなくても戦後のために、司令長官には生きてこそ責任をとっていただかなくてはならんのです」

 

 それを諫める総参謀長の言。ある意味それは、冷徹でありさらに非情でもあった。だが、それを聞いてビュコックは笑う。

 

「ふむ、なるほど。私はヤン・ウェンリーら若者を戦争犯罪から守るために生きろというのだな。よかろう。もうすこし悪あがきをしてみようか」

 

 

 

 

 同盟艦隊司令部が負け戦の納め方を思案しているちょうどその頃。勝利目前の帝国艦隊のごく一部に異変がおこっていた。

 

 最初に気付いたのは、大艦隊の殿を務めるミュラー艦隊。巡航艦オーバーハウゼンのオペレーターだった。

 

 ミュラーは、イゼルローン回廊にてヤン艦隊によって敗北を喫した。自分の艦隊のど真ん中を悠々と突破蹂躙し、最終的に旗艦のブリッジをかすめて飛び去っていった敵大型戦闘艇の悪夢は、いまだに忘れてはいない。殿の予備兵力として帝国艦隊の最後方を陣取るミュラーは、自らのさらに後方、特にイゼルローン方面への監視を強化していたのだ。

 

 そして気づいた。戦闘がつづく宙域とは逆方向。すなわち後方から非常識な速度をたもったまま戦場に突入する『なにか』に。

 

「こ、後方から高速で接近する物体あり。おそらく戦闘艇、所属不明の三機編隊です」

 

「……ヤン・ウェンリー、やはり来たか。しかし敵はたかが三機の単座戦闘艇だ。おちついて対処せよ」

 

 混乱しかけた味方を叱咤。ミュラー艦隊は、かろうじて混乱を回避することができた。

 

 だが、過去の経験に学ぶ機会を得ることができた者は少ない。スーパースパルタニアンと直接対峙したロイエンタール艦隊はいまだイゼルローン回廊にいる。ポプランの小隊と戦った経験があるのは、ここにいる帝国軍の中ではミュラーだけだ。もちろん彼は本営に通信したが、戦闘艇の速度があまりにも速すぎた。帝国軍の他の艦隊は、完全に虚を突かれる形になったのだ。

 

 

 

 

 

 

(艦隊の光が、まるで銀河のよう……)

 

 帝国軍の大艦隊が布陣する宙域。エリザベート達のスーパースパルタニアンは、デブリにまぎれながら敵艦隊をかすめ猛スピードで翔ぶ。

 

 前方はるか彼方、帝国軍中央部の方向にまたたく僅かな光。おそらく同盟軍ビュコック艦隊と帝国軍前衛の戦闘だろう。

 

 エリザはその周囲に視線をうつす。そして、息をのむ。……圧倒的な光の列。どこまでもどこまでもつづく帝国軍の艦列。それは、まるで銀河そのものがランテマリオ星域に引っ越ししてきたような。

 

「オレ達は、これほどの大艦隊を相手にしなきゃならんのか?」

 

「なにをいまさら。敵が大戦力なのは承知の上だろ」

 

 ポプランとコーネフもおもわずため息をつく。

 

 そして、その暴力的なまでの数の艦隊が、うごく。彼らに見せつけるかのように、大艦隊の両翼に広がる双頭の蛇が脈動する。それは、中央のほんの小さな光の塊、ビュコック艦隊を包み込むように。

 

「ポ、ポプラン少佐。このままでは味方が……」

 

 エリザが悲鳴をあげる。

 

「ああ、やばいな。包囲されたら同盟軍は終わりだ」

 

 ポプランもさけぶ。

 

 大規模な艦隊戦の陣形に関する知識が薄い空戦隊でも、それくらいはわかる。両翼の双頭の蛇の輪が閉じられてしまえば、包囲された同盟軍は間違いなく全滅する。

 

「まて、ポプラン。今回のオレ達の任務は、まずは両軍の状況の確認、先行偵察だったはずだ。この状況なら、ヤン艦隊本隊が戦場に到達するまで待つべきだろう」

 

 すぐにでも敵艦隊への突入を命令しそうな勢いのポプランに対し、コーネフが先手を打つ。確かにビュコック艦隊は危機的状況ではあるが、これほどの大艦隊を相手にたかが3機の戦闘艇で何が出来るというのか。

 

 だが、ポプランは同僚の進言を受け入れない。あくまでも冷静にかえす。

 

「司令部からオレ達がうけた命令は、先行偵察のあと、敵艦隊の陽動もふくまれる。そして、陽動をはじめるタイミングは、隊長であるオレに任されている」

 

 こう言われては、コーネフは黙るしかない。

 

 そもそもヤン提督は、本隊が戦場に間に合わなかったこの戦闘で勝てるとは思っていないだろう。敵を混乱させて、すこしでも同盟軍艦艇を逃がす。そのために、同盟軍の別働隊が背後に布陣していると、敵に思わせる。スーパースパルタニアン小隊の任務は、陽動によって背後からせまるヤン艦隊の存在をあえて敵に知らせることだ。そして、敵の通信妨害により小隊とヤン艦隊の間の連携ができないことが予想される中、こまかい運用についてはポプランの裁量に一任されたのだ。

 

 空戦隊が艦隊司令部から信頼されているからこその命令といえるが……。責任重大すぎて胃が痛くなりそうだぜ。

 

 などと内心思っても、ポプランは絶対にそれを口にしない。涼しい顔をしたまま小隊に命令をくだす。

 

「なぁに、直接戦闘に介入する必要はない。敵全軍を相手にする必要も無い。敵艦隊の前衛の周囲を蚊とんぼのように跳び回り、とにかく敵艦隊の注意を後方に向け、本隊の存在を臭わせるだけでいいんだ。コーネフ、エリザ、……いくぞ」

 

「了解だ」「はい!」

 

 

 

 

 

 ポプラン達の目的は、実際にビュコック提督が戦っている宙域に混乱を引き起こすことだ。必然的に、広大な宙域に展開された大兵力の中でも、いまや壊滅寸前のビュコック艦隊に全面攻勢をかけつつある帝国軍艦隊前衛が目標となる。背後から戦場の際をかすめ、自らの存在を誇示するかのように射程距離外を跳び回る。そして、彼らのもくろみは、完全に成功した。

 

 全面勝利目前の帝国艦隊。目の前には壊滅寸前の敵。とどめを刺すための総攻撃を開始せんとしたまさにその時、まったく意識していなかったその後背に、突如として未知の『なにか』が出現した。

 

「同盟軍の新手だと?」

 

 帝国軍の前衛艦隊の神経を、特大の衝撃が鞭打った。

 

「どこの味方だ?」

「う、撃ってきました。敵です!」

「敵、補足できません!」

「高速の戦闘艇だと思われます!!」

「退路が断たれる!!」

 

 悲鳴にも似た通信が飛び交う。

 

「後づめのミュラー艦隊は何をしているのか」

「戦闘艇だけのはずがない。敵の本隊が後方に布陣しているはずだ」

「同盟軍の戦力は予想以上に豊富なのか? 一軍が帝国軍と正面から戦い、別の一軍が帝国軍の退路を遮断する作戦か?」

 

 敵地に侵入すること実に2800光年である。前線における戦況の推移のみに注視していた帝国軍の領袖。豪胆さでは人後に落ちない彼らでさえ、思いも寄らぬ方向から突然あらわれた未知の敵、その意味を想像した瞬間には全身鳥肌が立った。

 

「フェザーンに還れなくなる」

「追撃中止だ」

 

 帝国軍にさざなみのように衝撃が走る。あっという間もなく、全軍がパニックとよんでも差し支えない事態に陥った。

 

 

 

 

 

「何を恐れるか!」

 

 総旗艦ラインハルトの一喝がとぶ。

 

「この期に及んで同盟軍の新規兵力がでてきたところで、各個撃破するまでのことだ。狼狽えるな。秩序を持って後退せよ」

 

 たった一通の通信で麾下の全艦隊の混乱を収拾してしまったラインハルトは、確かに銀河一の英雄といえる。それでも艦隊すべてが平静を取り戻すまでには、幾ばくかの時間が必要であった。それは、壊滅寸前のビュコック艦隊が戦場を脱するに十分な時間だった。

 

「醜態をお見せしました。面目ございません」

 

「いささか勝ち慣れて逆境によわくなりましたようで」

 

「無理も無い。まさかあのような小細工をする余裕が敵にあるとは私も予想しなかった。いずれ陽動に過ぎぬだろうが、この際は用心しておこうか」

 

「御意。それにしても、これはやはりヤン・ウェンリーの仕業でありましょうか」

 

「本人の艦隊が間に合わぬ戦場に高速戦闘艇を突入させ陽動を図るなど、こんな小細工を効果的にやってのけるのはあのペテン師以外におるまい」

 

 

 

 

「ポプラン達のスーパースパルタニアンを先行させ敵を陽動したのは成功だったな……」

 

 ヒューベリオンのブリッジ。つぶやいたのは、イゼルローンからひたすら航海を続け、やっとのことで戦場にたどり着いたばかりのヤンだ。

 

 彼らのおかげで、本隊が戦場にたどり着く前に、帝国軍は背後に同盟軍の予備兵力が布陣されていると信じさせ混乱させることができた。ビュコック司令官をはじめ、それなりの数の同盟軍艦艇が戦場から脱出することができた。仮にヤンの本隊が戦場にたどりついてから陽動していた場合と比較して、おそらく数倍の艦が脱出に成功したと思われる。この残存戦力が、今後の戦局を決めることになる可能性もある。

 

 ヤンは、ブランデー抜きの紅茶に口をつけた後、ひとつため息をついた。

 

「それにしても、……半日遅かった」

 

 ポプランたちのスーパースパルタニアンの突入があと半日、いや数時間でも早ければ。混乱に乗じて、ビュコック提督に艦隊を立て直す余裕が与えられたかもしれない。そのすきにヤン艦隊本体が戦場にたどり着けば、帝国艦隊の一部を挟み撃ちにできただろう。それだけで勝ちきれるとは思えないが、相当な被害を与えられたろうに。

 

 いや、もしかしたら、浮き足だち混乱する帝国艦隊の中心部、ローエングラム公の本営にむけてそのままポプラン達を突入させることができれば、あるいはここで最終的な決着をつけられた可能性すら……。

 

 まずいまずいまずい。

 

 ヤンは明らかに先走り過ぎた自分に気づく。あたまを三回よこにふる。

 

 敵旗艦の正確な位置を補足できないまま戦闘艇を突入させたところで、目標を発見する前に撃墜されるだけだ。そもそも彼ら三機小隊は、我々唯一の切り札だ。ジョーカーを急いで敵に晒すことは無い。

 

 今回は、同盟艦隊の全滅を回避できたこと。ビュコック提督を救えたこと。そして、あの3機のスーパースパルタニアンは、後方の攪乱と陽動を目的して運用されると敵に思わせることができたこと。それで十分だろう。

 

 ヤンは立ち上がる。麾下の全艦隊にむけ、静かに命令をくだす。

 

「全艦隊。直ちに首都に向けて転針!」

 

 ヤン艦隊は、ハイネセンに進路をとる。

 

 

 

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