銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
惑星ハイネセン衛星軌道。
イゼルローン回廊から帰還したヤン艦隊は、衛星軌道上のドックで整備と補給を受けている。
要塞を脱出した民間人のほとんどは、既に首都におりた。一方で軍人の多くは衛星軌道上の艦隊にのこり、来るべき決戦の準備に忙しい。ポプランとコーネフも、他のほとんどの空戦隊員と同様に艦隊に居残り組だ。スーパースパルタニアンが搭載された母艦トリグラフの格納庫デッキで、愛機の整備を行っている。
「首都に帰ってきたというのに、おまえさんが女あさりではなく真面目に仕事をするとはね」
「とりあえず今の恋人はこいつらだ。彼女達の世話を焼くのは、ここでしかできない。せいぜい機嫌を損ねないようにしてやらないとな」
愛機を撫でながらつぶやくポプラン。コーネフは、そんな同僚の言葉に信じられない物をみた顔になる。
(こいつが、生身の女以外に対して、こんな言葉を吐くとはね……)
ヤン艦隊が無事ハイネセンに帰還した直後、司令官ヤン・ウェンリーは元帥に昇進した。他の艦隊幹部、キャゼルヌ中将、シェーンコップ中将なども同様だ。
ポプランとコーネフの空戦隊コンビも、それぞれ中佐への昇進の辞令を受け取った。あわせて、エリザも少尉に昇進している。ヤンをして勲章ものといわしめた実績はもちろんだが、決戦の切り札的な位置づけの小隊で秘密兵器をあつかうパイロットが士官でないのはいろいろやりづらい、という同盟軍の事情もあるらしい。
「給料があがるのはめでたいが、これ以上昇進して将官閣下になってしまうとスパルタニアンに乗っていられなくなるのが悩ましいところだな」
昇進の辞令を受け取ったとき、空戦隊のエースコンビは普段と変わらぬ様子だったという。すなわち、ポプランがぼやき、コーネフが突っ込みをいれるのだ。
「パイロットからのたたき上げの将官になって、空戦隊若手のお手本になろうとは思わないのか?」
「おれはまだまだ自分自身が若手のつもりなんでね。パイロットのまま英雄になるまでは現役でいたいのさ」
「パイロットの英雄か。……たしかに、俺だってパイロットの端くれだ。その気持ちは理解できなくもないがね」
彼らの愛機、スーパースパルタニアンの周りにいるのは、二人だけではない。空戦隊の整備士はもちろん、首都からメーカーの技術者なども乗り込んできている。来るべき帝国軍との決戦にそなえ、いまや極秘決戦兵器扱いになったスーパースパルタニアンの整備および改修に追われている。
しかし改修と言っても、彼らが迎え撃つべき帝国軍の大艦隊は、すでに目と鼻の先にいる。許される時間はあまりにも短い。大規模な機体の改造などできるはずもない。せいぜいが、パイロットの体格にあわせたコックピットの調整や、外付けミサイル搭載ユニットの取り付け、塗料によるステルス性のわずかな向上等。現場で可能なものはほんのわずかしかない。だが、たとえやらないよりまし程度であっても、やらないという選択などありえないというのが、ヤン艦隊だけではなく同盟軍司令部の総意だ。
さらに、一見矛盾しているかのように思えるが、ステルスとは逆にあらゆる種類の探知電波を反射する装置も取り付けられた。もちろん、この装置はいつでも排除可能だ。
「せっかく戦艦より小さくて速くて目立たないのがうりの機体なのに、あえて目立つための装置を取り付けるなんてぞっとしないな」
「わが小隊は陽動に役立つことが証明されてしまったからな。陽動するなら目立たないと意味が無いし、たとえ目立ってもオレ達なら撃墜されないと信頼されてるということだろう」
「信頼ねぇ。まぁ、陽動任務を命じられているうちは、まだましか……」
ポプランもコーネフも、その先はあえて声に出さない。
(本当の修羅場は、こんな装置を排除して、宇宙の闇に隠れたまま敵艦隊のど真ん中に突入して敵司令官殺せ、と命じられたときだろう)
「なんにしろ、オレ達は命じられた任務を果たすだけさ。ミラクルヤンが引き起こすにちがいない奇跡に便乗して、英雄になってやろうぜ」
……と、ポプランは気付いた。すでに何度か奇跡を引き起こしてきた張本人がここにいない。
「で、エリザはどうした?」
「ハイネセン・ポリスに降りたよ。帰ってくるのは明日だったかな?」
は? 隊長である俺が知らないのに?
「おまえはスーパースパルタニアンにかかりっきりだっただろ。休暇申請がなぜかキャゼルヌ中将経由で緊急のフラグ付だったから、面倒くさい事になる前におれが代理でサインしておいた」
「それはかまわないが……、いったいどこに? エリザの知り合いがハイネセンにいるのか?」
当然の疑問だろう。彼女は帝国からの亡命者だ。
「俺も詳しいことは知らないが、そばかすの少将、……いや昇進して中将になった閣下の帰省についていったらしい」
「ど、どういうことだ?」
「さあ。行くところがない部下を、荷物持ちのついでに首都観光に連れて行ったんじゃないか? 保護者であるキャゼルヌ中将のお墨付きだし、問題ないだろ」
惑星ハイネセン首都郊外。
つい先日まで銀河系の向こう側、最前線にいた息子が帰ってくる。
その日、ハイネセン郊外に居を構えるアッテンボロー家はあわただしかった。数年ぶりに里帰りしてくる息子を迎える準備だ。
イゼルローン要塞を脱出した息子の艦隊が帝国軍の大艦隊との戦いをなんとかしのぎ首都に向かっていることは、マスコミの報道で知っていた。
しかし、現在祖国は存亡の危機であり、艦隊も息子自身も大変な状況だ。そして敵はあまりにも強大。だから、もう会えないと覚悟をしていた。せめてできるのは、空を見上げることだけだ。衛星軌道上に停泊しているはずの艦隊、息子が乗っているはずの戦艦を、この眼で探してみよう、と。
だが、……その息子が帰ってくる。半日だけとはいえ里帰りできる、と連絡があったのだ。
政府や軍のお情けか。絶望的な決戦に臨む前の最後の別れ、ということなのか。……それでも構わない。ひと目でも会えるのなら、そんなことはどうだっていい。家族として嬉しくないはずがない。
しかし、知らせがくるのがあまりにも直前すぎた。当日の朝になってから突然『午後には着くから』と連絡よこすというのは、……息子らしいと言えばその通りなのだが、もうちょっとなんとかならなかったのか。
とりあえず行き先不明で連絡のつかない夫は放置。すでに独立している三人の娘達に緊急召集をかける。最低限の片付けをして、台所で息子の好物をつくっている最中に、ドアのベルが鳴ってしまった。
数年ぶりに実家に里帰りしたダスティ・アッテンボローは、母と三人の姉に迎えられることになった。
「よ、ひさしぶり」
「ダスティ!」
成人しても、軍人になっても、どんなに出世しても、祖国の命運を背負う立場になっても、それでもぜんぜん変わらないそばかす面。相も変わらぬちょっと抜けた顔。軍服がぜんぜん似合っていない、やんちゃな息子。
玄関ドアの前。母と息子、姉達と弟が交互に抱き合う。積もる話がたくさんあったはずなのだが、胸が一杯でなにも話せない。
……いや。今は息子と話をする前に、もっと大事なことがある。母親としてやらねばならぬ事がある。
母は視線を移す。
息子の後ろに隠れるように、ひっそりたたずむ小さな小さな人影。息子以上に軍服が似合っていない、見た目はハイスクールくらいの年齢の少女。豪華な金髪のうえにちょこんと乗っかるベレー帽。全身がちがちに緊張しているのがひと目でわかる女の子。
母はにっこりと微笑む。息子には一度も見せたことが無い、満面の笑みを彼女に向ける。
「で、あなたがエリザベートさん、ね? アッテンボロー家にようこそ」