銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
惑星ハイネセン首都。
ヤン・ウェンリーは、彼の被保護者であるユリアン・ミンツとの久しぶりの再会を楽しんでいる。
駐在武官としてフェザーンに赴任していたユリアンは、帝国軍によるフェザーン全面侵攻という誰も予想しえなかった事態に、まさにその現場で直面することになった。そして、その窮地を独力で突破してのけた。さらに帝国軍による進駐のどさくさに紛れてフェザーンを脱出。そのままの勢いで帝国軍の駆逐艦をのっとり、同盟領まで帰還したのだ。
ユリアン、ヤン、そしてヤンの副官フレデリカは、再会とそれぞれの昇進を祝して、テーブルを囲む。
「おかえりなさい、ユリアン」
「無事でなによりだ」
同盟軍元帥が囲むにしては、しょうしょう質素すぎる食事ではある。しかし久しぶりの家族の再会に、会話は大いに盛り上がる。
「さて、ユリアン・ミンツ中尉。食事しながら貴官の武勇譚をうかがいますかな」
フェザーンからの脱出行。帝国駆逐艦の乗っ取りの顛末。そして地球教に関する情報。ユリアンの話にいちいちうなずき、耳を傾けるヤン。いつになく、……もしかしたら戦闘中よりも真剣な表情で相づちを打つその姿に、フレデリカはおもわず微笑む。
……あのヤン提督が、目尻を下げている。まだまだ子供だと思っていた被保護者の大人顔負けの大活躍が嬉しいことを隠し切れていない。親バカ丸出しのその姿。このふたりの間には、血の繋がった親子以上の強い絆が感じられる。
食事も終わりにさしかかるころ、話題の矛先は懐かしいヤン艦隊の面々にうつった。
「キャゼルヌ中将やアッテンボロー中将、シェーンコップ中将はお元気ですか?」
「ああ、もちろん。彼らもユリアンを心配していたよ。シェーンコップ中将は軌道上の艦隊に居残り、キャゼルヌ先輩はハイネセンにおりたものの司令部に缶詰状態だけどね」
司令官として自分は政府やマスコミの対応に忙しいと言い訳しながら、艦隊編成や防御態勢の確立や補給の手当などめんどくさいことをすべて先輩に任せているのだろうなぁ、とユリアンにも予想がついた。家族にもなかなか会えず司令官の愚痴をいいながらデスクワークをしているキャゼルヌ中将の顔が目にうかぶ。
「そうだ。アッテンボローもハイネセン・ポリスにおりているはずだが……。そういえば顔を見ないな」
ふと思いついたように、ヤンがつぶやく。理由も聞かず休暇を許可したのはヤンのはずだが、ここ数日の忙しさですっかり記憶から抜け落ちていた。
「ご実家へ里帰りだそうですよ」
横から答えたのはフレデリカだ。司令官は忘れていても、副官である彼女は艦隊幹部の動向についてすべて把握している。
へえ。あいつが里帰りねえ。あまり親孝行なタイプではなかったと思うが……。
ちょっと感心した表情のヤン。だが、フレデリカのひと言でその表情は劇的に変わる。
「……エリザベート嬢もご一緒ですって」
え? ……ええええっ?
ヤンが、そしてユリアンが、そろって声をあげて驚いた。
「そ、それは、……あの二人は、そういうことだったのか?」
「さぁ。ご自分の後輩なんですから、ご自分できいてみたらいかがですか?」
「しらなかった……。なぁ、ユリアン。おまえも頑張ってそんな相手をみつけなきゃな」
ヤンは、公私ともに親くしていたはずの後輩がそんなことになっていることを知らなかったことがショックだった。それをごまかすため、ユリアンに話を振ったのだ。
はなしを振られたユリアンはたまらない。反射的に突っ込みを返す。もちろん声には出さない。口の中だけで。
(そんな相手をみつけろって……、提督にだけは言われたくなかったなぁ)
横で聞いていたフレデリカも同じだ。
(頑張れとか……、頑張るべきなのはご自分じゃないんですか?)
「半日だけ時間が出来た。今日これから顔見せに帰るわ」
アッテンボローが実家に連絡をいれたのは、艦隊がハイネセンの周回軌道にのり落ち着いたあと。実際に本人が降下シャトルに乗り込む直前のことだ。
留守ならば仕方ないよなぁ、と自分に言い訳をしながら発信したビジホンだったが、しかし母はたまたま在宅だった。ほっとしたような、残念だったような、自分でもよくわからない感情がこみあがる。
「えっ、えっっ、か、帰ってくるのね。で、でも、顔を見れるのはうれしいけど、大変な時でしょうに」
あまりに突然の連絡に、おふくろのおどろいた顔がどアップでせまる。そして、涙ぐむ。その顔を見て、アッテンボローも考えがかわる。
……うん、帰省することにして良かったかもしれないな。
「ああ、まぁ忙しいけど、なんとかなるさ」
「……で、ひとり? だれか連れてこないの?」
するどい。
「えーと、……実は、ひとり女性が一緒だ」
「まぁ! まぁまぁまぁあんたもついにそんな女性ができたのね。家族全員あつめてお迎えするわよ」
「そんなにはしゃがないでくれ! そんなんじゃないから」
「わかった。はしゃがないわ。で、どんな人なの?」
「実は、キャゼルヌ先輩の家族で……」
「キャゼルヌ閣下のご家族もいっしょなの? もちろん構わないけど、……って、えええええ? ま、まさか、あんた、しゃ、シャルロットフィリスちゃんって、まだ8歳くらいでしょ! あんた、犯罪よ犯罪。いまならまだまにあうわ。はやく自首を」
「ちがう! そもそもキャゼルヌ先輩は司令部に缶詰だし、夫人と娘さん達はハイネセンの新居に引っ越しで忙しくてそれどころじゃないし」
「……じゃあ、どういうことなのよ」
「えーと、会わせたいのはシャルロット・フィルスじゃなくて、今キャゼルヌ家で預かっている子で……」
「会わせたい子、ですって? やっぱりそういう子なのね。ついにあんたが。……で、どんな子なの?
しまった!
「会わせたいというのは言葉の綾だ。せっかく艦隊がハイネセンに帰って来たのに、どこにも行くところがない子がいるから、オレが付き合ってやることになっただけなの」
「はいはい、わかったわ。そういうことにしておいてあげる。で、その子の年齢は? 出身は? どんな子なの? すべて吐きなさい」
……もう何をいってもだめだ。
「年齢は、……来年16、かな」
「ええええええ! やっぱりまだ未成年じゃないの」
「だ、大丈夫だ。おれはまだ手を出していない。それに未成年といっても今は軍人だ。立派な社会人だ」
「まだ? いつかは手を出すつもりなのね。……まぁいいわ、出身は? どこの星系なの?」
「えーと、出身はたしか、惑星オーディンの……」
「ぎぎぎぎ銀河帝国? あんたまさか立場を利用して敵の捕虜を力尽くで」
「そんなわけないだろ! すこしは息子を信用しろ! 亡命者だよ、亡命者。いろいろ事情があってキャゼルヌ家でお世話になってるの」
「帝国出身の女の子だからって特別どうということはないけど、言葉は通じるの? 亡命前のことは聞いてもいいのかしら」
「言葉は問題ない。おれよりよっぽど上品な同盟標準語をはなす。亡命前のことは……。えーと、聞かないでくれ」
「……なにか事情があるのね?」
「とにかく、本人には絶対に聞くな。おねがいだ。もし聞いてしまったら、……ヤン先輩に迷惑がかかるし、彼女本人や、もしかしたらお袋の命にもかかわるから」
ヴィジホンの向こう、理解したとは思えないお袋の顔。不安だなぁ。
二人が迎えられたアッテンボロー家。ダスティは安堵のため息をついている。
はじめはどうなるかと思ったが。
なんといってもエリザはお嬢様。おそらく銀河一の箱入り娘、といえば聞こえがいいが、要するに超がつく世間知らず。そして人見知り。
対して、アッテンボロー家は庶民。平々凡々なたぶん平均よりもちょっと貧しいくらいの一般人。しかも、自分で言うのも何だが家族全員が明るくて人懐こくてお人好しでおせっかい。
いまエリザを取り囲み、興味津々の視線で見つめているのは、社会的にも性格的にも対極に位置する女性陣なのだ。さらに、我々はもともと敵同士。エリザのうまれた銀河帝国は、わが自由惑星同盟にとって建国以来の不倶戴天の敵だ。
しかし、……すべてが杞憂だった。
はじめこそお袋や姉たちの迫力に圧倒されて何も言えないエリザだったが、お茶を飲み食事をしながら話すうちに次第にうちとけることができたようだ。
まずは全員の自己紹介。深い事情には触れぬようにお互いに気を使いながら、エリザがキャゼルヌ家にお世話になっていることから、要塞や艦隊でのなにかと不自由な生活について、そして同盟国内で流行っている映画やハイネセンでの物価高など、話題はめまぐるしく変わっていく。
もっともエリザが興味を示し、盛り上がったのは、ダスティ少年の幼い頃の話だ。
学生時代からとにかく口が達者でよく先生を言いくるめていたこと。ジャーナリストになりたいと公言していた本人と、なんとかして軍人にしたかった祖父や父とのバカバカしい確執。おもしろおかしく脚色しながらマシンガンのようにエピソードを披露し続ける姉たちの圧倒的な迫力と、前のめり興味津々と聞き入るエリザ。当人であるダスティは口を挟むことができない。
ついには押し入れの中から古い写真やビデオやノート、日記帳まで持ち出されるに至り、これは本当にヤバいと思ったダスティが大声をあげる。
「ま、まて! そろそろ帰る時間だ。おひらきだ。いこう、エリザ」
「ええ?」「なに言ってるのよ。これからがいいところなのに」「逃げるつもりね!」
「仕方が無いだろ。オレ達には仕事があるんだよ」
そう言われては、家族は黙るしかない。
「ねぇ、ダスティは仕方が無いけど、……エリザさんも行かなきゃいけないの? このまま我が家にずっといてくれていいのよ」
えっ?
「そうよ。あなたはもう家族みたいなものなんだから」
家族。その単語にエリザの身体がピクリと反応する。
「こら、……エリザを、困らせないでくれ」
「そうだ! エリザさんに持っていってほしいものがあるの」
母がひとつ手を叩くと、ふところから何かを取り出す。それは、古びて錆びた金属製の……。
「鍵、……ですか?」
エリザが渡されたのは、古代から伝わるいかにも鍵という形をした鍵。現代社会においてはとても鍵としての実用性があるとは思えない錆びた銅製の鍵。
「ええ、幸運のおまじないの鍵。私の実家にだいだい伝わるお守りみたいなものよ。見た目はボロボロだけど、認証用のチップを埋め込んだから本当に我が家の電子鍵としてもつかえるわ」
「そ、そんな大事なもの、いただけません」
「結構ご利益あるらしいから、軍人であるあなたに持っていてほしいの。それに、……あなたはもう我が家の一員なんだから、合いカギを持ってもらわなきゃね」
「そうそう。あなたはもう妹みたいなものよ」「私の事はお姉ちゃんとよんでね」「私も」「もちろん私はお義母さんよね」
「ちょっ、ちょっとまて! それはさすがに気が早すぎるだろ。俺はまだ……」
「まだ?」
はっ! 母と姉に向かって叫んでからアッテンボローは気付いた。ゆっくりと視線を動かすと、エリザが真っ赤な顔をしている。そして、ニヤニヤと笑う姉たち。
「ご、ごほん。とにかく、オレ達は帰る。続きは、……戦争が終わったらまた帰って来るよ」
「……帰って、来てね」
母と姉達が、アッテンボローとエリザに抱きついた。大人の女性陣は涙は見せない。
「あ、ありがとうございます。……お姉ちゃん、お義母さん」
泣いているのはエリザだけだ。泣きながら、大粒の涙をこぼしながら、それでもむりやり微笑んでみせる。
「私は……行きます。そして、帰って来ます。戦争を終わらせて」
ぽん。頭の上に手をおかれる。
ダスティ・アッテンボローの手は、大きくて暖かかった。