銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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03 対面

 

 ラインハルト艦隊 旗艦ブリュンヒルト

 

 

 

「ガイエスブルグ要塞から脱出したシャトルだと? これが初めてではあるまい。他と同様に処理すればよかろう」

 

 オペレーターから報告を受けたラインハルトは、吐き捨てるように返した。既にブラウンシュバイク公の陣営は崩壊が始まりつつある。散発的ではあるが、兵士の逃亡や寝返りも起こっており、要塞から脱出し投降する兵士も初めてではない。

 

 さらにラインハルトは、オーベルシュタイン参謀長の進言により、極めて不愉快きわまりない決定を自ら下した直後であった。その口調が普段の彼からは考えられないほどぞんざいになっていたのも、無理もないといえるかもしれない。

 

 しかし、オペレーターの伝える報告には続きがあった。それは、ラインハルトを驚愕させるに足るほどのものであった。

 

「エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクが私に面会を求めているというのか? ……わかった。とりあえず、ここに通せ」

 

 

 

 

 エリザベートと共にブリュンヒルトに乗り込んだのはただひとり。門閥貴族連合軍の司令官を務めるメルカッツ提督の忠実な副官、ベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐である。要塞のアンスバッハも艦隊のメルカッツも、すでにブラウンシュバイク公を見限っていたが、この期に及んでも彼らの正義感は主君を裏切ることを彼ら自身に許しはしなかった。そのかわり、アンスバッハとメルカッツは、シュナイダーにエリザベートの護衛兼パイロットの役目を託した。彼に与えられた任務はただひとつ。どのような手段をつかってでもよいから、エリザベートひとりだけでも助けることだ。

 

 この期に及んでエリザベートの命を助けるというのは、非常に困難な任務であるのは間違いない。だが、シュナイダーは悲観してはいなかった。要塞の脱出は、アンスバッハの手引きにより問題なく実行できた。ブラウンシュバイク公は目の前の戦いに夢中であり、娘が要塞をでたことにも気づいてはいないだろう。要塞から出てしまえば、取り囲む敵艦隊から下手に逃げるよりも、ラインハルトを頼ったほうがはるかに安全だ。単身投降し停戦を請うために面会をもとめてきた未成年の少女に対していきなり危害を加えるなど、あの誇り高き金髪の小僧がするはずがない。

 

 さあ、これからが本番だ。

 

 シュナイダーは、こころから敬愛する彼の上官、メルカッツ提督より与えられた任務を果たすため、緊張に震えるエリザベートを見る。

 

 頼みますよ、お嬢様。

 

 

 

 会談は、ブリュンヒルトの中、応接スペースにおいておこなわれた。エリザベートとシュナイダーは、賓客あつかいである。

 

「……ラッ、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下。会談の機会を設けていただいたことに、こころよりお礼申し上げます」

 

 エリザベートは、ラインハルトの後ろに立つオーベルシュタイン参謀長の刺すような視線に身をすくめながらも、なんとか視線だけはラインハルトの顔にむけ、口を開くことが出来た。そして、ぺこりと頭を下げる。

 

「フロイライン・ブラウンシュバイク。どのようなご用件ですかな?」

 

 椅子に座るよう勧めると、ラインハルトはあくまで事務的な口調で尋ねる。

 

 まだこどもではないか。

 

 それがラインハルトによる、エリザベートの第一印象である。もちろんラインハルトは、エリザベートが14歳であることを知っている。さらに、貴族のパーティなどで実際に会ったことも何度もある。だが、ほとんど印象には残っていない。ブラウンシュバイク公が、憎き金髪の小僧が娘に近づくことを阻止したせいもあるが、そもそもラインハルトは大貴族の子女である彼女に興味がなかったのだ。僅かに残る記憶の中のエリザベートは、いつもつまらなそうにうつむき下を向いている少女だった。

 

「戦いを、……戦いを、止めていただきたいのです」

 

 ラインハルトの顔を見つめたまま数瞬の躊躇の後、エリザベートは口を開いた。

 

「ローエングラム元帥閣下と門閥貴族のどちらが正しいのかは、私には、……わかりません。しかし、銀河帝国の内輪もめで、これ以上の兵士達が死ぬ必要はないと、私は思うのです」

 

 ほう、無条件で自分たちが正しいと思っているわけではないのか。あのブラウンシュバイク公の娘にしては、まともな感性をもっているようだな……。

 

 

 

 

 罠ではないのか?

 

 エリザベートが投降してきたとの報を受けたラインハルトは、まずその疑念をいだいた。オーベルシュタインも同様であり、警戒するよう主君に対して進言している。

 

 だが、エリザベートの血統が持つラインハルトに対する切り札としての値打ちなど、すでにほとんど無くなっていると言ってもよい。ラインハルトは、ゴールデンバウム朝の血筋など必要とはしていない。ブラウンシュバイク公本人がいくら愚鈍であっても、メルカッツ提督など彼の取り巻きすべてがそれに気づいていないはずがない。エリザベートには罠の餌としての価値はないのだ。

 

 であるにもかかわらず、なぜこの少女はこのタイミングでここに来たのか。自分だけ命乞いをするつもりか? しかし、直に話を聞く限り、どうやらそれだけではないらしい。

 

 ラインハルトは、緊張した面持ちで目の前に座る少女に対して、少々の興味を抱いた。そして、話だけは聞いてみる気になった。彼女の第一声によっては、のしを付けて即刻ガイエスブルグ要塞に返すつもりであったのだが。

 

「私がはじめた戦いではない。フロイライン、あなたはその思いを自分の父君にむけるべきではないか?」

 

 エリザベートは一度うつむき、そして再び顔をあげる。その大きな瞳からは、いつ涙がこぼれ落ちてもおかしくないように、ラインハルトは感じた。

 

「お父様は、私の話など聞いてはくれないのです。……ラインハルト様」

 

 ラインハルトは、エリザベートが自分を名で呼んだことに気づいた。彼女はまっすぐに自分の顔を見つめている。数瞬後、彼女の口からでた言葉は、ラインハルトにとって想像もしていない内容だった。

 

「ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下。私を、お嫁さんに、……い、いえ、私と、け、け、結婚、してください!」

 

 さすがのラインハルトも、あっけにとられている。

 

「私と、……けっ、結婚すれば、ローエングラム元帥閣下は、皇統を継ぐ正当さを手に入れることが出来ます。戦う理由が無くなるのです。これ以上、……これ以上、人々が死ぬ必要がなくなるのです」

 

 

 

 

 言ってしまった。

 

 エリザベートは、顔を真っ赤にして目を伏せる。初めて男の人に結婚を申し込んだのだ。恥ずかしくないわけがない。

 

 だめだ、顔をあげないと。そして、ラインハルト様の目を見るのだ。彼が何を考えているのか、心を読むのだ。どうすれば戦いをやめてもらえるのか、作戦を練るのだ。

 

 それまでエリザベートは、自分のもつ能力、他人の心を読む能力を、憎んでいた。この能力さえなければ、両親が自分を化け物扱いすることもなかったはずだ。そして、この能力のせいで、大人になっても自分は小説のような恋愛は不可能だと思っていた。しかし、いまだけは、この能力をフルに活用したいと思った。自分を、戦いを止めるための商品として高く売りつけるためならば、化け物扱いされてもかまわない。

 

 

 

 

 一瞬の苦笑ののち、ラインハルトはあらためてエリザベートを見る。火が噴きでるかとおもえるほど真っ赤な顔をしながらも、ラインハルトを正面から見つめている。

 

 このお嬢様は、どうやら本気で停戦を呼びかけに来たらしい。かなりピントは外れているようだが……。

 

「フロイライン。素敵な提案だが、あなたは停戦のためだけに、好きでもない男と結婚して平気なのか? 私は、結婚というものに対して、もう少し夢を持っているのだが……」

 

 ラインハルトは、もうすこしだけ、この少女と会話を続ける気になったのだ。

 

 

 

 

 エリザベートの能力は、決して他人の考え全てが詳細に理解できるというものではない。怒り、悲しみなど、強烈な感情にともなう思考のみが、自然に感じられてしまうだけだ。中でも特に、自分に対する敵意については意識しなくても思考が流れ込んでくる。今のラインハルトは、少なくとも自分に対して決して悪い感情を抱いてはいないようだとわかる。

 

「いっ、いいえ。そんなことはありません。初めてお会いしたときから、ラインハルト様のことは、おっ、おっ、お慕いしておりました。お美しいお顔だけではありません。凜々しい立ち姿も、透き通るようなお声も、も、もちろん聡明さや軍人としての力強さも、すべて、あ、あ、……愛し、て、おります。そ、それはもう毎晩、夢に見るほどに。ほっ、本当です!」

 

 真っ赤な顔をして口どもりながら必死に訴えるエリザベート。それを正面から見せられて、ついにラインハルトは吹き出してしまった。

 

 もしキルヒアイスがこの場に居れば、貴族の子女をからかい楽しげに会話するラインハルトの姿をみて、驚嘆したかもしれない。

 

 

 

 

 ……だが、だからといって、ラインハルトは情に流されるような人間ではなかった。このお嬢様との会話の時間が無駄だとは思わないが、彼は他にやらねばならぬ事があるのだ。

 

「閣下、お時間です」

 

 頃合いを見計らったオーベルシュタインが声をかける。ラインハルトもそれにこたえる。ソファから立ち上がり、エリザベートとの会話を断ち切る。

 

「失礼。フロイライン・ブラウンシュバイク。あなたの好意はとても嬉しいが、結婚はもう少しお互い深く知り合ってから考えさせてもらいたい。ここは、お帰り願えるかな。もちろん、ガイエスブルグ要塞までの安全は保障する」

 

 えっ? アンスバッハ准将が言うとおり、今となってはもうラインハルト様は、私に流れる皇帝の血など必要としないということなのですか?

 

 エリザベートは唖然としたままラインハルトを見上げる。

 

 でも、……それでも、結婚はともかくとしても、戦わずに目的が果たせるとなれば、ラインハルト様だって心が動くかもしれない。たとえ一時的でもいい、戦いがとまれば死ぬ人も減るに違いない。

 

「ラインハルト様!」

 

 立ち去ろうとするラインハルトに対して、エリザベートがさけぶ。

 

「ならば、私を、私を人質にしてください。そうすれば、もしかしたらお父様は、戦いをやめてくれるかもしれません」

 

「だめだ! 私は人質などという不名誉な手段は使わない」

 

 ラインハルトは、間髪をいれずに言い放つ。彼は卑劣な門閥貴族達とは違う。断じて違うのだ。

 

「……フロイライン、あなたはなぜ、それほどまでして戦いを止めさせたいのだ?」

 

「私は、……理不尽に死んでいく人々の恨みや悲しみを、感じることができるのです」

 

 彼女の能力をラインハルトに理解してもらうのは不可能だろう。もう戦いは止められない。ならば、せめて……、せめて虐殺を止めさせなければ。

 

 エリザベートはひとつ深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。実の父の不名誉な行為を、敵の前で告発するために。

 

「ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下。お父様は、……父、オットー・ブラウンシュバイクは、自らの所領ヴェスターラントに対して核攻撃を命じました。この虐殺をとめることができるのは閣下だけです。お願いです、せめてヴェスターラントの罪なき人々だけでも、お救いください。お願いです、ラインハルト様」

 

「ヴェスターラント……」

 

 ラインハルトの表情が曇る。一瞬、エリザベートに向かって口を開きかけ、思いとどまる。

 

 何を躊躇しているの?

 

 その瞬間、エリザベートには、ラインハルトの心がみえた。彼の心中は後悔の念でみたされている。……まさか。

 

「ローエングラム閣下。まさか、……まさか、お父様の命令について、あなたは知っていたのですか?」

 

 ラインハルトの顔が引きつる。だが、それに気づく暇もなく、次の瞬間それはやってきた。

 

 

 

 

「!? これは、なに?」

 

 エリザベートは、核攻撃がいつおこなわれるのかまでは知らなかった。彼女は、死にゆく膨大な数の人々の感情が一気に流れ込んでくることによって、まさにこの瞬間、ヴェスターラント全土に核攻撃が行われたことを知ったのだ。

 

「いっ、いや。やめて!」

 

 それは、まったく突然に襲った理不尽な死に対する悲しみ。核兵器の閃光の中で焼かれた200万人もの人々の怒り。ブラウンシュバイク家の人間に向けられた凄まじい怨嗟。

 

 惑星ヴェスターラントに住む人々は、この攻撃が、自分達の領主であるブラウンシュバイク家によって行われたことを、直感的に理解した。皆殺しにされた瞬間、彼らの怒り、悲しみ、恨みの感情が爆発的に放たれ、ブラウンシュバイク家の一員であるエリザベートの脳髄に突き刺さり、その感情を焼き尽くしたのだ。

 

 エリザベートは、無限に遠くの人の心を読んでしまうわけではない。近くにいる人の感情は強く感じ取ることができるが、距離がはなれるにしたがって読み取るのが難しくなる。ヴェスターラントは、いつものエリザベートが他人の心を感じ取る限界をはるかに超える距離にある。

 

 だが、彼らの怒りと悲しみは、あまりにも強かった。あまりにも多くの人間が、ブラウンシュバイク家を恨みながら死んでいった。その膨大な感情は、時空を超えてエリザベートを飲み込むのに十分過ぎるほど強かったのだ。

 

「ヴェスターラントで、ひっ、ひかりと人の渦が溶けていく。あれは、憎しみの光。あれは光らせてはいけないのよ!!」

 

「どうしたのだ、フロイライン。大丈夫か?」

 

 エリザベートをおそった負の感情の奔流は、数分間にわたってつづいた。内乱が始まって以来、彼女の周囲には、日常的に人の死がつきまとっていた。死にゆく軍人達の悲しみを、彼女は毎日のように、その小さな体で受け止めてきた。しかし、これほど多くの人々、しかも覚悟する間もなく理不尽な死を強制的に受け入れざるを得なかった人々、さらにブラウンシュバイク家に対する激しい恨みを持つ人々の負の感情に直接さらされたのは、初めての経験である。

 

 エリザベートは顔をあげることが出来ない。涙を流しながら、全身を小刻みに震わせる。ラインハルトはおもわずテーブルの上で握られたエリザベートの両手に自らの手を添え、彼女が落ち着くのを待つ。

 

 ラインハルトと物理的に触れあうことにより、エリザベートは確信した。悲劇を引き起こしたのはブラウンシュバイク公であるが、それを防ぐことが出来たにもかかわらず見逃したのは、ラインハルトだ。

 

 エリザベートは、みずから涙をふき、立ち上がる。ヴェスターラントの死者達の怨念は、まだ完全には消えていない。もしかしたら永遠に消えないかもしれない。一度頭をふり、深呼吸して視線を現実に引き戻す。そして、顔をあげ、ラインハルトの目を見つめる。

 

「元帥閣下は、ヴェスターラントのことを知っていて、あえて……、見捨てたのですね?」

 

 ラインハルトが口を開く前に、後ろに控えるオーベルシュタイン参謀長が問いに答える。感情のまったく含まれていない声が、エリザベートの耳に冷たく突き刺さる。

 

「閣下に進言したのは私だ。ブラウンシュバイク公の悪行があきらかになることで、門閥貴族連合の瓦解が加速され、この内戦はより早く終わるだろう。200万人の犠牲で、数億人の命がたすかるのだ」

 

 その時、エリザベートの表情を満たしているのは、ラインハルトに対する怒りではない。多くの人間が殺されたことに対する悲しみと、自分の無力さへの自嘲、そして無邪気にも自分の力で戦いを止められると考えていた自分への羞恥が入り交じっている。こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえ、口をへの字にして、ラインハルトを正面から見つめる。

 

「……失礼なお願いをしたことを、お詫びいたします。私の力で戦いを止められると考えた私が愚かでした。帰ります。ごきげんよう、元帥閣下」

 

 ラインハルトは、彼女をとめることができなかった。

 

 

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