銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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30 超過勤務

 

 宇宙歴799年2月。

 

 ヤン艦隊は、短い休暇を終えた。惑星ハイネセンを出航、蠢動を開始した。

 

 ヤンはこれまで、ラインハルト・フォン・ローエングラムに常に先手を許していた。相手によって作られた状況に甘んじ、その中で最善を尽くすしかなかった。

 

 だがここに至り、ついに彼は手札を揃えることができた。大局的な帝国対同盟の盤面はラインハルトによって作られたものにかわりはないが、純軍事的な部分において彼はついに先手を打つことができるようになったのだ。

 

 

 

 

 帝国軍は同盟領侵攻のため、惑星ウルヴァシーを軍事拠点として定めた。ウルヴァシーには帝国軍すべての莫大な艦艇を整備・補給する設備が整えられ、膨大な数の兵士達を支える物資が集積されることになる。

 

 ヤン・ウェンリーの最初の一撃は、フェザーンを経由してウルヴァシーに到る輸送船団に対して加えられた。それは鮮やかに、そして完璧に行われ、帝国軍の貴重な物資はすべて宇宙のチリと成り果てた。そのうえ、ヤン艦隊は輸送船団を葬ったあとハイネセンに戻らず、いずこへかと去ってしまった。それは、ヤン艦隊は同盟領そのものを拠点としており、彼は同盟領ならばいつでもどこへでも任意の地点に出現することが可能であることを意味していた。

 

 ヤン・ウェンリーは正規軍によるゲリラ戦を指向している? ……このままでは、補給が途絶える!

 

 事態の深刻さを理解した帝国軍は、ヤン艦隊討伐のためはシュタインメッツ提督に進発を命じた。

 

 ウルヴァシーを発進したシュタインメッツ艦隊は、予想より遙かに早くヤン艦隊と遭遇することができた。これは、同盟軍としては惑星ウルヴァシーさえ監視していれば帝国軍の動きをほぼ把握することができること。そのうえで、先回りしたヤンがシュタインメッツ艦隊に対してことさら自らの艦隊を誇示して見せたからであるが、シュタインメッツはそれがわかっていてもヤンの誘いに乗らざるを得ない。ヤン艦隊を捕捉・撃滅するのが彼の任務なのだから。

 

 

 

 

 

「つまり奴らはブラックホールを後背にして布陣しているというわけか」

 

 待ち構えるヤン艦隊の布陣を知ったシュタインメッツ提督は唸る。背水の陣というのなら、気長に相手をしてやるしかあるまい。

 

 シュタインメッツの指揮の下、ゆるやかな、だが確実なペースで帝国軍は前進をつづける。同盟軍は力不足という体で、ブラックホールを背にしたまま追われていく。シュタインメッツははやる心を抑え、凹陣形の両翼をのばして、静かにしかし断固とした半包囲の隊形をととのえていった。

 

「包囲網は完成しました。全面攻勢のご命令を!」

 

 ヤン・ウェンリーを葬る最大のチャンスである。興奮した艦隊幕僚の進言に、だがシュタインメッツはうなずきはしなかった。

 

 相手は魔術師と呼ばれた男だ。単純な背水の陣のはずがない。かならず奇策を仕掛けてくるはずだ。ならば、こちらもまともに戦う必要は無いのだ。

 

「だめだ。敵が仕掛けてくるまでは、このまま包囲網を維持するのだ。今や同盟軍の戦力はヤン・ウェンリーの艦隊しか存在しない。我らがここで彼らを包囲さえしていれば、それだけで帝国軍全体の行動の自由は保障されるのだからな」

 

 シュタインメッツ提督の認識は完全に正しい。ヤン・ウェンリーが何を企んでいるにしろ、彼の艦隊がブラックホールの近傍で動きを封じられた状態が続くことは、すなわちそれだけで同盟の敗北に直結する。シュタインメッツは包囲を続けるだけで、帝国全軍を勝利に導くことが可能なのだ。

 

 だが、シュタインメッツ気付いていない。彼はすでに、彼が恐れていたヤンの奇策にはまっていたのだ。

 

 

 

 

「オレのかわいい愛機が、こんなでかくて下品で不細工なミサイルユニットを背負わされるとは……」

 

 半包囲網を完成したシュタインメッツ艦隊のさらに後背。ブラックホールに墜ちていく大量のデブリの影。息をひそめて隠れているたった三機の戦闘艇が発見されないのは無理もないことだ。

 

「もともとでかくて下品な主砲がついている機体に、なにをいまさら……。今回もオレ達の役割は陽動だ。大部隊と見せかけるため、派手なミサイルが必要なんだろ」

 

 彼らに与えられた作戦は例によって単純な陽動だ。とはいっても、スーパースパルタニアン三機による陽動は何度もやってきた。そろそろ帝国軍にもネタバレする頃合いだろう。その対応として、戦闘艇だけではなく大量のミサイルをばら撒いてやれば、大規模な伏兵の存在を信じさせることもできるだろう、というものだ。

 

「わかってるよ。愚痴くらい言ってもいいだろ? さて、ここから見るに、我がヤン艦隊はすっかり敵とブラックホールに包囲されてしまったようだが、……エリザ、艦隊司令部から通信はまだか?」

 

「きました! ヒューベリオンからタイミング合わせ…… 3、2,1、作戦スタートです」

 

「よーし。コーネフ、エリザ、いくぞ!」

 

 

 

 

「後方から何かが突っ込んできます!」

 

「後ろ? ……ヤン・ウェンリー、何度も同じ手を。また戦闘艇にちがいない、落ち着いて対処するのだ」

 

 直近のランテマリオ会戦。勝利目前の帝国艦隊は突如として現れ後方を遮断した同盟軍の戦闘艇に半ばパニックとなったあげく、敵本隊を取り逃がすことになった。今になって振り返れば、本来たかが三機の戦闘艇でやれることなど知れている。はじめから陽動とわかっていれば、無視しても問題ないはずだ。しかし……。

 

「戦闘艇だけではありません。大型ミサイルらしきもの、多数の高熱源体も接近。後方から突入してきます!」

 

「ばかな! 本当に敵の別働隊が存在するというのか?」

 

 シュタインメッツは気がついた。先日ランテマリオ星域で行われた会戦において、全滅寸前だったはずの同盟艦隊の一部がヤン・ウェンリーの小細工によって戦場外に逃走をはたしたことに。どれだけの数の艦船が逃げおおせたのか、帝国軍は正確な数を把握できていない……。

 

 一度うかんだ疑念、同盟軍にヤン艦隊とは別にそれなりの規模の別働隊がいるのではないかという疑念は、シュタインメッツの頭の中から消えることはない。ますます大きくなるばかりだ。

 

 そもそもここは同盟領だ。帝国軍が認識していない正規軍以外の戦力がどこに潜んでいても不思議はない。われわれは、ヤン艦隊ばかりに気をとられすぎではなかったか? 他にも別働隊がいるという前提でうごくべきではないのか?

 

 

 

 

 敵陣の奥深くまで侵攻し、さらに補給物資が限られている帝国軍。ヤンは、彼らの常に退路を気にせざるを得ない心理を、何度でも何度でも徹底的に利用するつもりだった。

 

 同盟軍に別働隊がいると思わせることさえできれば、彼らがうける精神的な衝撃は小さくないはずだ。現に目の前のシュタインメッツ艦隊は、突然現れた戦闘艇と大量のミサイルに反応し、一部の艦艇があきらかに統制から外れた動きをみせている。混乱が抑制されないのは、おそらくシュタインメッツ提督自身が、どのように反応すべきなのか逡巡しているのだろう。そして、……たとえそれがわずかな混乱であっても、寡兵による連戦を切り抜け今や帝国軍のどの艦隊より高い練度を誇るヤン艦隊にとって、十分なつけいる隙になる。

 

「よし、いまだ!」

 

 混乱の隙をつき、ヤン提督が命令を下す。艦隊主力が得意の一点集中攻撃。陣形がくずれた帝国軍中央を、一気に中央突破。そのまま後ろから半包囲。スーパースパルタニアン編隊の突入をきっかけに始まった中央突破・背面展開作戦は、完璧にそしてあざやかに成功した。

 

 逆包囲した同盟艦隊は、今度は後背を気にすることなく帝国艦隊に対して撃ちまくる。シュタインメッツ艦隊は、自らの後背をブラックホールに阻まれて逃げることができない。艦隊は打ち負かされ、つぎつぎと宇宙のチリに変わっていく。

 

 

 

 

「いつもながら、我らが司令官のやり口は鮮やか、というか悪辣だよなぁ。俺はちょっとだけ敵に同情しているよ」

 

 シュタインメッツ艦隊が崩壊していく様をはるか遠景から眺めている三機の戦闘艇。ポプランの軽口は、内容は冗談めかしているものの、口調はいつになくまじめだ。

 

「寡兵の我々としてはこんなところで戦力消耗するのはできるだけ避けたいからな。小細工はしかたがないさ」

 

「あ、あの、……レーダーを見てください」

 

 同盟軍空戦隊が誇るエース二人のボケとツッコミに、申し訳なさそうにエリザが割り込む。コックピットのレーダー画面に映る影に気づいたのだ。

 

「……ほう。さすが銀河帝国。消耗を厭わず次から次へと艦隊を送り込んでくるとは、戦力豊富でうらやましい限りだな」

 

 まだかろうじて壊滅していないシュタインメッツ艦隊。猛攻を続けるヤン艦隊。そのはるか後方から、あらたな帝国艦隊の増援が迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

「後方で待機しているスーパースパルタニアン小隊より入電。後背に敵です。挟撃される恐れがあります」

 

 旗艦ヒューベリオン。ブリッジに通信員の緊迫した声が響く。

 

「後背というとどの程度の距離だ? 時間的距離でいい」

 

 だが、司令官であるヤンは、いつも通りだ。落ち着いた静かな口調で問う。

 

「約五時間前後になります」

 

 ヤンはひとつうなずく。そして、さらりと言い放つ。

 

「ポプラン達のおかげでかなり余裕があるな。……では二時間で敵を破り、一時間で逃げ出して、残りは昼寝としようか」

 

 ラインハルトは、ヤンを相手にシュタインメッツひとりにまかせるのを心許なく感じ、急遽レンネンカンプを派遣したのだ。十分間に合うとの計算だったのだが、ヤンの決断力と運の良さ。そして非常識な戦闘艇小隊の存在が、ラインハルトの計算を凌駕したのだ。

 

 スーパースパルタニアン小隊のおかげで、望外にシュタインメッツ艦隊を早く片付けることが出来た。さらに増援の艦隊に早く気づくことも出来た。宣言通りにシュタインメッツを二時間で完敗せしめたヤンは、しかし二時間前の前言を撤回。帝国軍の増援と対決することを選択した。

 

 増援艦隊の司令官がレンネンカンプ大将らしいこと。こちらに十分準備する時間があること。そのうえさらに、せまりくる敵増援艦隊の予想進路上には、我々の切り札であるポプラン小隊がいるのだ。ポプラン達には申し訳ないが、ここはすこしばかり残業を頑張ってもらおうか。

 

 

 

 

「これは完全に超過勤務だよな。オレ達の任務は第一の艦隊にむけてミサイルを乱射しながら敵の後背でうろうろするだけ。陽動だけのはずだった。二艦隊目を相手にするなんて予定にはない。やってられないよな。そう思わないか、エリザ」

 

「え、ええーと」

 

「隊長が部下相手にぼやくな。同意を求めるな。……さっきの陽動は、遠距離からミサイルをはなって派手に跳び回るだけだった。戦闘機動はほとんどしていないし、主砲のエネルギーはまだまだあるだろ」

 

「そうは言うがな、乗っているのは生身の人間だ。腹は減るし、疲れるし、ぼやきたくもなる」

 

 冗談めかしているが、この点は小隊にとって重要な問題だ。いかに航続距離が長い機体であっても、そしてタフネスを自認しているポプランとコーネフの二人であっても、ただの便利な駒扱いは御免被りたいものだ。そのうえ、もっとも頼りになるエースオブエースは、か弱いまだ十代の少女なのだから。無事帰還したら、ポプランは本気で司令部にカチコミするつもりだ。

 

「……さて、我々はいま新たにあらわれた敵の進路正面にいる。いかに小さな戦闘艇といえども、さすがにそろそろ見つかる頃合いだ。エリザ、大丈夫か? 腹減ってないか? キャゼルヌ家の門限は何時だ?」

 

「お、おなかは少し減りましたが、多少の門限破りについては許してもらえると思います。私、普段からいい子なので。……行けます!」

 

 本日2戦目といっても、今回も単なる陽動だ。ヤン艦隊司令部からうけた命令は『敵艦隊の進行方向正面で射程距離ギリギリを維持しながら後退』といささか意味不明なものだったが、艦隊に突入しろというわけじゃない。なんとかなるだろう。

 

「そうか、普段いい子にしててよかったな。これからも夜遊びはひかえろよ。……よし、いくぞ」

 

 

 

 

「スーパースパルタニアン小隊が敵艦隊を引き連れたまま接近。まもなく射程距離です」

 

 報告を受けたヤンは、艦隊全体に命令を発した。

 

 敵が射程距離に入る前に三連射。その後ライガー星系方面に逃走。ただしゆっくりと、整然と、だ。

 

 こちらも意味不明の命令であったが、ヤン艦隊の中に司令官の命令に背くものはいない。

 

 ただでさえ目の前をうろちょろする戦闘艇に神経をすり減らしていたレンネンカンプ提督は、やっと目前に迫ったヤン艦隊にむけ突撃を命じた。だがその瞬間、ヤン艦隊そのものが、彼らの司令官の命令に従いゆっくりと、整然と、逃走を始めた。戦闘艇とは逆の方向に。どちらもレンネンカンプにとって意味不明な動きだ。

 

 あまりにもあからさまな陽動のために派手に動いている戦闘艇。さらに、こちらに追われわざとらしく逃走を図るように見えるヤン艦隊。レンネンカンプは、強い強い警戒心を抱かざるをえない。彼はイゼルローン回廊で、敵戦闘艇の陽動と艦隊による欺瞞『逃げるふり』にひっかかり、追いかけたところで騙し討ちの自爆攻撃をうけ痛い目にあっている。今回も魔術師は絶対に何か企んでいるに違いない。

 

 彼は、後退するヤンに誘われるように追跡しかかった自らの艦隊を急遽停止、後退を命じた。

 

 密集し全速で追跡から後退へ、急変する命令に混乱するレンネンカンプ艦隊。ヤンが待っていたのは、この瞬間だ。この機に乗じてヤン艦隊は一気に突進。混乱が収まらないレンネンカンプ艦隊に艦隊ごと突入。思う存分砲撃を浴びせた後、戦闘艇と共にさっさと逃走してしまった。

 

 

 

 

「ここんところ、オレ達の任務は陽動ばかりじゃないか。そろそろそれを看破されて、あまり警戒されなくなるかもしれないな」

 

「それこそヤン提督の狙いなんだろ。勝手に陽動だと思い込んで警戒しないでくれれば、最終決戦時の敵旗艦を目標とした突入も楽になる」

 

「ホント、奇術師というよりペテン師だよなぁ、うちの司令官は。な、エリザもそう思うだろ?」

 

「え、えーと……」

 

「だからおまえ、小隊長のくせに部下にむけてぼやくな。同意をもとめるなって言ってるだろ」

 

「でも、あ、相手をペテンにかけることが任務なら、……私は、やります!」

 

 エリザの素直すぎる返答。いい大人ふたりは何も言い返せない。

 

「……そ、そうか」

「ペテン、頑張ろうな」

 

 

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