銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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「卿らに問う! 宇宙の深淵を超え、一万数千光年の征旅をなしてきたのは何のためだ。ひとりヤン・ウェンリーの名をなさしめるためか? 武人としての卿らの矜持は、羽をはやしてどこかへ逃げおおせでもしたのか?」

 

 惑星ウルヴァシーの帝国軍拠点。麾下の諸提督を前にして、ラインハルトは檄を飛ばす。

 

 ヤン艦隊討伐を命じられたシュタインメッツ、レンネンカンプが、逆にヤンによって完膚なきまでに叩きのめされた。さらにつづいてワーレンまでもが。

 

 自らが重用してきた複数の提督が手玉にとられた屈辱に震えるラインハルトは、ついに提督達の前で自ら出撃し自らの手で決着をつけることを宣言したのだ。

 

「ロイエンタール提督は艦隊を率いてリオヴェルデ星域へ赴き、制圧せよ」

「他の者もそれぞれ艦隊を率いて私のもとから離れてもらう」

 

 主君と同様に屈辱に身を震わせ拳を握りしめていた諸提督達。だが、ラインハルトの命令を聞いた瞬間、うつむいていた顔をあげざるを得なかった。

 

 戦力を分散させるというのか? 

 

 おどろく諸提督。しかし、ラインハルトは動じない。

 

「わかるな? これは擬態だ。私が孤立したとみれば、ヤン・ウェンリーは出てくるだろう。私を討つために。……卿等は網を張り、そこを撃つのだ」

 

 ヤン・ウェンリーは、同盟領それ自体を戦場とすることにより、この戦いを一種の非対称なゲリラ戦にしてしまった。圧倒的だったはずの帝国軍の数的優位が吹き飛んでしまった。だが、ヤンの勝利条件がラインハルトを倒すことしかないのは変わらない。ならば、自らを餌にすればよい。ラインハルトはそう言っているのだ。

 

「私自身が決着をつけられればよし。決着がつかない場合は、反転した卿らの艦隊をもって彼を包囲するのだ」

 

 罠だとわかっていても、ヤン・ウェンリーは餌に食いつくしかない。彼の艦隊をひとつの戦場に縛り付けることさえできれば、圧倒的な大軍をもって包囲することがで可能だ。すなわち、ラインハルトの勝ちだ。

 

 自ら定めた方針を全軍に伝え、諸提督が去った後、ラインハルトは独りごちる。

 

「……お前が望んだことだ。望み通りに孤立してやるのだから、私の前に出てくるのだろうな、ミラクルヤン」

 

 

 

 

 各艦隊が同盟領の様々な方面に向け出立する前日。高級士官用の酒保に出立前の提督達が集まり、思い思いに杯を重ねていた。

 

「ヤン・ウェンリーは少ない戦力を有効に活用するため、デブリや無人艦を積極的に利用する傾向がある」

「それに加えて、直近の会戦においては大型戦闘艇の小隊を陽動として使っている」

「シュタインメッツやレンネンカンプも同じ手でやられた」

 

 非常識な速度と機動力、そして戦艦にも匹敵する主砲をそなえた大型戦闘艇。それが、デブリに紛れて艦隊に近づき、蚊とんぼのようにまとわりつく。振り払おうと注意を向けているうちに、いつの間にか敵主力に包囲されている。

 

 数万隻単位の敵艦隊と相対しても決して臆することのない提督達であるが、自ら身体にまとわりつく蚊とんぼの群を想像した瞬間、おもわずため息をついた。

 

「しかし、戦艦並みの主砲を持つとはいえ、たかが戦闘艇だ。火力も防御力もしれているうえに、確認されているのはほんの数機。艦隊全体の脅威とはなり得ない」

 

「うむ。もし遭遇した場合は、陽動に惑わされず冷静に対処すれば問題ないだろう。我々の倒すべき敵はあくまでヤン・ウェンリーの主力艦隊だ。陽動の戦闘艇など、最悪放置しても構わない」

 

 提督達は、敵の大型戦闘艇小隊の扱いについて意思統一をしたあと、出立準備のために散っていった。 

 

 

 

 

 

 ただひとり、ミュラー提督が自らを呼び止める声に脚をとめた。

 

「ロイエンタール提督。……なにか御用ですか?」

 

 帝国軍が誇る双璧にひとりがわざわざ名指しで声をかけてきたのだ。ミュラーは僅かに緊張し、身体を硬くする。

 

「ミュラー。シュトライト少将やザイドリッツ大佐となにやらコソコソ密談していたようだな」

 

 ミュラーの全身の筋肉が硬直する。

 

 シュトライト少将はローエングラム公の首席副官だ。そしてザイドリッツ大佐は総旗艦ブリュンヒルトの艦長。親衛隊長のギュンター・キスリング大佐とともに、戦闘中のブリッジにおいて公の側らにいる立場の人間だ。

 

「この非常時だ。指揮系統を逸脱した動きがオーベルシュタインにでも見つかったら、痛くもない腹を探られかねないぞ」

 

 ミュラーは観念した。他の提督に聞かせるつもりは無かったが、へんな誤解されるよりは明らかにしたほうが良さそうだ。それにロイエンタール提督ならば、自分の考えを理解してくれるかもしれない。

 

 しょうしょう口ごもりながら、バツの悪そうな表情のミュラーが口を開く

 

「……ヤン・ウェンリーが用いる例の戦闘艇の件です。イゼルローン回廊で彼に敗れて以来、わたしはずっと必死に考えてきました。もし私が彼の立場で、アレが私の手元にあったなら、どのように使うべきだろうかと」

 

 ロイエンタールは黙って聞いている。

 

「先ほどの会話でも指摘されていましたが、やはりまずは陽動でしょう。特に敵地である同盟領内における後方からの陽動が非常に効果的であることは、先の会戦で我が帝国軍が証明してしまいました」

 

「その通りだ。しかし、これも先の会話のとおり、陽動だとわかってしまえば対処法はいくらでもある。無視してもよいだろう」

 

 ロイエンタールが指摘したとおり、例の戦闘艇への対処法は諸提督のあいだで既に意思統一が出来ている。

 

「ええ。……しかし、敵はヤン・ウェンリーです。彼の、ここ数回の会戦におけるアレの使い方は、あまりにもあからさまに陽動に特化しすぎている。もしかしたら我々にそう思わせることを狙っているのでは、と私は疑わずにはいられないのです」

 

「来るべき決戦に向け、ヤン・ウェンリーはあの戦闘艇について陽動以上に恐るべき使い方を考えている、と卿はいうのか?」

 

 ミュラーが頷く。

 

「はい。私はこう考えています。……彼は、艦隊同士の会戦中に少数の戦闘艇を敵艦隊内部に突入させ敵の指揮官ひとりを、……ブリュンヒルトのブリッジだけを狙うのではないか、と」

 

 ミュラーの言いたいことを、ロイエンタールも理解した。彼自身、イゼルローンにおいてまさにその戦法にやられかけたのだ。

 

 目だけでロイエンタールが続きを促す。

 

「いかにヤン・ウェンリーが相手といえど、ローエングラム公が艦隊同士の決戦で負けることはない、と私は信じています。しかし、突然予期せぬタイミングで戦闘艇が艦隊に突入し、ブリュンヒルトだけをピンポイントで狙ってきたら……。アレを陽動としか考えていない我が軍は、防ぎきれないでしょう」

 

「たしかに。……寡兵であるヤン・ウェンリーにとって唯一の、そして必殺の戦法ではある。しかし逆に言えば、ローエングラム公一人が逃げ切れば我々の勝ちともいえるな」

 

「そのとおりです。ですから私は、あの敵戦闘艇が襲来し、ブリュンヒルトに接近した時点で公には逃げていただくべきだと考えます」

 

 銀河帝国軍の艦隊指揮官の中で最も若い提督が、自分の主君が敗北する可能性について論じ、それを避けるためには逃げるしかないと言い切った。

 

 

 

 

 

 ……オレとおなじ結論に達していた者がここにもいたか。なるほど、この若者は確かに良将だ。

 

 ロイエンタールは改めてミュラーをみる。

 

 常日頃から自分と対等以上の軍人として意識していたのは、俺にとって数人しかいなかった。ミッターマイヤーとローエングラム公、そしてヤン・ウェンリー。……あるいは、認めたくはないがオーベルシュタインくらいか。視野に入っていたのは、それだけだ。だが、あなどれない相手というのは、案外と身近にもいるものだな。

 

「ただ問題は……」

 

 いいかけたミュラーが口ごもる。まるで叱られている小学生が言い訳するように。

 

「ふっ。卿の言いたいことはわかる。おそらく、ローエングラム公は自ら逃げることいさぎよしとしない。だから、卿は首席副官や旗艦艦長に、敵戦闘艇が襲来した時点で公を逃がせと忠告していたのだな?」

 

「は、はい。そのとおりです」

 

 ミュラーが顔をあげる。その顔は明るい。自分を理解してくれる者をみつけた喜びに満ちている。

 

「……わたしは間違っているでしょうか?」

 

「いや、正しいと思う」

 

 ロイエンタールも同意する。

 

「……だが、おそらく他の提督達には理解されまい。ローエングラム公も含めて」

 

 あの戦闘艇の常識を超えた機動は、データからだけで理解するのは難しい。アレの真の脅威を理解するのは、実際にそれを経験した者でなければ無理だろう。

 

 とはいっても、最年少のミュラーはともかくロイエンタールが本気で訴えれば、最低でもミッターマイヤーだけは同意してくれる。帝国軍の双璧ふたりが軍議に諮れば、ローエングラム公もそれを考慮せざるを得ない状況になるだろう。……だが、ロイエンタールはそれをわかっていながら、なぜかそうする気にならなかった。

 

「私は、できるだけ早く、……公の命令に背いてでも、真っ先に転針し真っ先に帰ってくるつもりです」

 

 ミュラーのまっすぐな視線。誠実さに溢れた瞳。自分の心の中に生じたモヤモヤした感情を自覚しているロイエンタールは、わずかに彼をうらやましく感じた。だから、あえて忠告をすることにした。

 

「俺もそうしよう。……あまり独りで先走るなよ」

 

「ご忠告、感謝したします」

 

 笑顔で敬礼をかわし、ミュラー提督は去っていった。

 

「さて、俺とミュラーの取り越し苦労であればよいのだがな……」

 

 独りごちながら、ロイエンタールは確信している。ヤン・ウェンリーならば、かならずそうするだろうと。そして、彼の作戦は高確率で成功するだろうと。

 

 ふっ。

 

 おもわず苦笑いするしかない。

 

 要するに、俺は内心では自分の主君よりも敵将を信用しているということか。……我が主君ならば、その程度の罠は自力で避けて見せろ。

 

 

 

 

 

 ラインハルトの戦略に危惧を感じていたのは、ミュラーとロイエンタールだけではなかった。ラインハルトの首席秘書官であるヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。彼女は軍人ではないにもかかわらずヤンの狙いとラインハルトの作戦の問題点を正確に把握していた。さらに、ラインハルト本人に対して面と向かって正面から指摘する度量すらも備えていた。

 

「重ねて申し上げます。ヤン艦隊など放っておいて、全軍をもって一気に首都を突くべきです。そして、同盟政府首脳をしてヤン・ウェンリーに命令させるのです。無益な抵抗はやめろと」

 

 ヒルダは確信している。ヤン・ウェンリーの性格ならば、自ら戴いた民主政府の命令に逆らうという選択肢などありえない。

 

「……それでこの戦争は終わるでしょう」

 

 くどい、と言われることを覚悟の上で、ヒルダはライハルトに進言したのだ。だが、ラインハルトはあえてそう言わなかった。

 

「フロイライン・マリーンドルフ、あなたは完全に正しい。だが、そうすることにより、私は純軍事的にはヤン・ウェンリーに対して敗者の位置に立つことになる」

 

 この時、ラインハルトは銀河帝国や自分の臣下に対する責任よりも、ヤン・ウェンリー個人との勝負を優先している。だが、いかに首席秘書官でも、ヒルダはそれを指摘できない。ラインハルト本人もそれを自覚しながら、あえてそうしているのだから。

 

「……だめだ。私は誰に対しても負けるわけにはいかない。私に対する人望も信仰も、私が不敗であることに由来するのだ」

 

 たしかに、これまで築きあげたラインハルトの地位に『不敗』は重要な要素ではあろう。しかし敵国の首都を一気に突くことを『負け』とみなす者など、銀河系の中でもごく少数しかいないだろう。少なくともヒルダをはじめとするラインハルトの臣下はそうは思わない。敵であるヤン・ウェンリーだって同じだ。そのように考えているのは、おそらくラインハルト本人だけなのだ。

 

 ヤン・ウェンリーはラインハルトのそのような気負いまでも考慮に入れた上で、そしてラインハルトならば勝負に応じると確信した上で、現在の状況を作り出したのだ。それがわかっているにもかかわらず、あえて彼の掌の上に乗って勝負する必要などないのではないか、とヒルダは思う。

 

 あの恐るべき最強の敵を相手に、なぜそこまでして正面から命をかけた勝負をしたいのだろうか? もしかしたら、この人は負けたいのではないか? それも破滅的な負け方を望んでいるのではないのか?

 

 ヒルダはラインハルトの精神の中に危うさを感じずにはいられない。

 

「で、では、お望みのままに。わたしも旗艦に乗ってお供いたしますので」

 

 ラインハルト本人が決断した以上、秘書官でしかない自分がそれを覆すことなど不可能だ。せめて近くにいてこの人を精神的に支えたい。そして、万が一の場合は、最後まで……。だが、ヒルダのささやかな願いは受け入れられなかった。

 

「いや、フロイライン・マリーンドルフ。あなたは戦場の勇者ではない。今度の戦いは観戦の余裕などなかろう」

 

「で、で、でしたら、軍事の専門家ではない人間が差し出がましいことは承知の上で、ひとつだけ。……ヤン・ウェンリーは艦隊だけはなく小惑星や無人艦、最近では戦闘艇を効果的に利用しています。なにとぞ、なにとぞご注意ください。……ご無事で」

 

「わかった。フロイラインのご忠告、ありがたくいただいておく。そして私は無事に帰ってくることを約束しよう」

 

 

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