銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
「ローエングラム公の怒りと矜持も、そろそろ臨界点に達しただろう……」
帝国軍の三提督を立て続けに打ち破った直後。ヤンが予想したとおり、ラインハルトは一気に大攻勢に討って出た。苛烈な意思と壮大な戦法をもって。
帝国軍諸提督の艦隊が同盟領全域に分散し各地の攻略と航路の制圧に向かったことが、同盟軍の探査網により検知されたのだ。
一見すると各個撃破の好機にもみえるが、しかし同時にラインハルトの本隊は単独で同盟首都ハイネセンの制圧に向かっている。ヤンとしては、各艦隊が最大限に距離をとった時点でラインハルトに決戦を挑みたいところだが、それを待っていては首都が占領されてしまう。
「……やはり恐ろしい男だな」
しかし、それでもヤンはラインハルトの誘いに乗るしかない。ラインハルトは、ヤンの意図を見抜いた上で、あえて勝負にのってくれたのだ。このチャンスを逃しては、もう二度と機会が与えられることはない。彼は、ラインハルトが首都に侵攻する前に決戦を挑み、分散した帝国各艦隊が反転し包囲される前に勝つしかないのだ。
「司令官より伝達事項だ。本日24時までは自由行動とする。各自思い残すことのないように」
ヤン艦隊が現在の根拠地としているのは、同盟領辺境のルドミラ基地。艦隊出立の前日、ムライ中将よりヤンの命令が全艦隊に伝達された。
一大決戦を直前に控えて、しかも辺境の小さな補給基地で、突然の自由行動と言われても、若い兵士達の多くは緊張のあまり何をすればよいのか見当もつかない。だが、空戦隊幹部の控え室においては、いつも通りの緊張感ない会話が繰り広げられていた。
「ハイネセンやイゼルローンならともかく、こんなところで自由行動と言われてもな。まぁオレは一夜の情熱のお相手を見繕うことにするが、おまえさんはどうする?」
「部屋で寝ている」
「くだらんことを堂々という奴だな」
「くだらないかね」
「ああ。でもおまえらしい。……そういえばエリザの奴はどうしたんだ?」
なんだかんだ言っても、ポプランはお友達がいない亡命者の部下の少女のことを気にかけている。せっかくの自由行動なのにひとりぼっちで寂しがっているのであれば、健全なお食事会につきあってやってもいいかなと思う程度には。
「さぁ? ……おまえさんが心配することではないだろ」
「それはわかってるが、……おい、まさか、ソバカス中将閣下といっしょじゃ?」
「だから、おまえさんが心配することじゃないって」
「いや、しかし、独身の上官と美少女の部下だぞ。そんなことが世間様から許されると……」
「おまえ、どの口がそれをいうのかね」
一方、キャゼルヌ中将の私室においては、もうすこし、……ほんのちょっとだけ深刻(?)かもしれない会話がなされていた。
「……そうか、ヤンの奴、とうとうなけなしの勇気を振り絞ったか」
キャゼルヌ中将がウイスキーの杯をあおる。付き合っているのはユリアンだ。彼は、保護者であるヤンがついに副官フレデリカ・グリーンヒル少佐にプロポーズしたこと、そしてめでたくふたりが結ばれたことを報告しに来たのだ。
「まぁ、基本的にめでたいことではある。あんな朴念仁と結婚しようという相手がこの宇宙にいるとはね。グリーンヒル少佐にしても、物好きの極みといえ好きな相手と一緒になれるんだから」
荒々しい口調で一気にまくし立てると、キャゼルヌはふたたびウイスキーをあおる。一気に飲み干す。
「キャゼルヌ中将、……ペースが速すぎではないですか」
酒を飲み慣れていない未成年のユリアンでも、さすがにそれくらいわかる。
「大人にはいろいろあるんだよ! 小僧にはわからないだろうがな!!」
ユリアンとしては、淡い恋心を抱いていたグリーンヒル少佐と尊敬するヤンが婚約するという衝撃的な事態を目撃、自分でもどうすればよいのかわからない複雑な感情の扱いについて身近な大人に相談しにきたつもりだったのだが……。キャゼルヌ中将は、どうやらそれどころではなさそうだ。
しかし、何事にも悠然とかまえ、いつも落ち着いていて、つねにユーモアを忘れないキャゼルヌ中将が、……ヤン艦隊幕僚の中でも数少ない常識人であり、ユリアンにとって自分もこんな大人になりたい、こんな家庭を持ちたいと思わせてくれたキャゼルヌ中将が、いったいどうしたのだろう。
「い、いろいろあるって、……なんですか?」
ま、まさか、キャゼルヌ中将も、グリーンヒル少佐のことを?
おそるおそるユリアンが尋ねる。キャゼルヌが杯を持つ手を止める。正面から睨みつける。
「突然こんな辺境で自由行動と言われたってな、オレのような妻子持ち単身赴任おじさんには、酒飲む以外にやることなんて無いんだよ」
……はぁ。
杯を重ねるキャゼルヌ。ユリアンは、彼が何を言いたいのかわからない。
「だというのに、……このイゼルローン要塞にはオレに付き合ってくれる奴がいない。だからオレはこーやって独り寂しく飲んでるってわけだ」
ええ? 普段から人当たりのよいキャゼルヌ中将にかぎって、付き合ってくれる人がいないなんて信じられない。
「幕僚のみなさんをお誘いすれば?」
「シェーンコップ中将を誘ってみたがね、……答えはわかるだろう?」
た、たしかに。
女性兵士の肩を抱いて部屋に誘う中将の姿を想像して、ユリアンは僅かに頬を赤くする。
「……な、なら、士官学校の先輩後輩とか?」
「ヤンのことか? 今日に限ってオレがヤンを誘うわけがないだろう!」
なぜ? おふたりはよく一緒に飲んでいるのでは?
「……俺はヤンの野郎が今日グリーンヒル少佐にプロポーズすることに賭けてたからな。ふたりの邪魔をするわけにはいかない。まぁおかげでこの戦いが終わったら、ヤンがへたれることに賭けてたシェーンコップ中将やフィッシャー、パトリチェフから俺は一杯おごってもらえることになったがね」
えええ? ヤン艦隊の幕僚の間で、ヤン提督をネタにそんな賭が行われていたとは……。しかも、真面目なフィッシャー中将まで参加していたとは……。
ユリアンはしばしあっけにとられるが、しかしファミリーに例えられることもあるヤン艦隊の幕僚ならば、それくらいあってもおかしくないと、むりやり思い直した。
「な、ならば、アッテンボロー中将をお誘いすれば……」
キャゼルヌ中将やヤン元帥の士官学校の後輩であるアッテンボロー中将ならば、お誘いすればうけてくれそうだと思うのだけど……。
「アッテンボロー、だとぉ?」
ぎろり。キャゼルヌが睨みつける。その迫力は、ユリアンを三歩うしろに下がらせるほどだった。
「オレはあのアホを今日誘うつもりはなかった。もともとそんなつもりはなかったんだ。……なのに、あのアホから、オレを誘ってきたんだよ。たまには先輩後輩で飲みませんか、だとよ」
は。はぁ?
ユリアンはわけがわからない。
なぜキャゼルヌ中将はアッテンボロー中将を誘うつもりがなかったのか? そして、逆に誘ってもらったのになぜそれを断り、キャゼルヌ中将は一人でくだを巻いているのか?
「ユリアン、おまえもアッテンボローのアホと同類か? あの銀河一の朴念仁であるヤンが、今日という日になけなしの勇気を振り絞って意中の相手にプロポーズしたのはなぜだと思う?」
「え? えーと、決戦を前に、もしかしたら最後の自由時間になるかもしれない、から?」
だから、愛する人といっしょにいるべきだ、……と?
「そーだ。オレは仕方が無い。愛する妻と実の娘はハイネセンにいる。だがな、アッテンボローは違う!」
ユリアンはなんとなく想像がついてしまった。キャゼルヌ中将がいったいなにを憤っているのか。……しかし、それがどんなにバカバカしい話だとしても、聞かずにこの場を立ち去ることを目の前の親バカ中将は許してはくれないだろう。
「くそ! まさかアッテンボローがヤン以上の朴念仁だとは思わなかった。今日という日にあいつが声をかけるべき相手はオレではないだろう! ……どうしてこのオレが、あいつに説教をしなければならないのだ? しかも『自分の娘を誘ってやってくれ』とお願いせねばならんのだ!」
「か、彼女はまだ未成年ですし、アッテンボロー提督は保護者であるキャゼルヌ中将に気を使ったのでは……」
ユリアンは反射的にアッテンボローを庇ってから気づく。どうしてグリーンヒル少佐に失恋(?)したばかりの自分が、他のカップルを擁護してやらねばならばならないのだろう?
「ばかやろー! エリザは口には出さないが、親代わりであるオレにはわかるんだよ。あの子は艦隊が発進してからずーーっと、アッテンボローと会いたがっていたんだよ! あのアホ面した若造のいったいどこがいいんだよ!」
キャゼルヌは勢いよく杯をテーブルに叩きつけた。
はぁ……。やっぱり聞かなきゃ良かった。
後悔しながら、ユリアンは思う。アッテンボロー提督が彼女より先にその父親に声をかけたのは、彼女の気持ちに気づかない朴念仁だからではない。おそらく、キャゼルヌ中将に声をかければ当然こうなることを予測していたのだ。そうすれば、保護者公認で合法的に二人きりになることができる、と。
恋愛ってこれほどまでに高度な戦術、……この場合は戦略? が必要なものだったのか……。
ユリアンはため息をつく。将来もし誰かを好きになった時、その父親相手にこんな駆け引きを挑む自分の姿が想像できない。
「どうして俺が二人の仲をとりもつようなマネをしなくちゃならないんだ? 俺は、この年齢でお義父さんとか呼ばれなきゃならんのか? それも、よりによってアッテンボローの野郎に?」
「そ、それは、いくらなんでも気が早すぎるのでは……」
ギロリ。ふたたびキャゼルヌがユリアンを睨む。
「あのヤンが、グリーンヒル少佐にプロポーズしてるんだぞ! 世の中、何が起こったっておかしくないだろ」
ま、まあ。その点だけは僕も認めざるをえませんが……。
「ユリアン、おまえ。……もしシャルロット・フィリスに手を出すつもりなら、まずは俺を倒してからだ。最低でも俺と同じ階級にならないと、俺をお義父さんと呼ぶことは絶対に許さないからな!」
どうして僕の話になるんですか!
……叫んでからユリアンは気づいた。
と、いうことは、キャゼルヌ中将は、あの年齢で自分とおなじ階級であるアッテンボロー中将を、……同盟軍史上もっとも若くして提督となったアッテンボロー提督を、なんだかんだいって認めているということなんだな。
「これが飲まずにいられるか!」
さらに杯を重ねるキャゼルヌ。ユリアンは、自分の失恋などどうでも良くなってしまった。
(ヤン提督とグリーンヒル大尉、お幸せに……)