銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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34 撃墜

 

 時は僅かにさかのぼる。

 

 それは空戦隊出撃の直前のこと。ポプランのスーパースパルタニアン小隊のパイロットによるブリーフィング。

 

「……以上だ。質問はあるか?」

 

 任務を説明したポプランが、パイロット達を見回す。といっても、ここにいるのはコーネフとエリザだけだ。他の一般型のスパルタニアンパイロット達は、自分の母艦で似たようなブリーフィングを行っているはずだ。

 

「……要するに、だ。決戦の切り札であるオレ達に向かって、普通の空戦隊と同じ事をやれと命令しているわけだ、司令部の連中は」

 

 首を振りながら、ポプランは自嘲的に笑う。

 

「ポプラン、……司令部の厳しい事情もわかってやれ。ついでに、部下の前で愚痴をたれるなといつも言ってるだろ」

 

 やれやれという表情のコーネフが、そんなポプランを諫める。

 

 スーパースパルタニアン小隊が最終決戦の切り札であることはかわらない。かわらないはずだ。だが、帝国軍が差し向けてきたワルキューレの数が多すぎる。ポプラン、コーネフの二大エースを温存させたままでは、敵本隊との決戦前に艦隊の近接防衛網が崩壊してしまう。

 

「ふん、ならば……、ぶ厚い敵防御網のさらに向こうとはいえ、敵本隊そのものの位置がわかるところまで来たんだ。オレ達のスーパースパルタニアンだけで一気に突入して敵旗艦を目指してやると、艦隊司令部に直訴してやろうか」

 

「イゼルローンでミュラー艦隊の旗艦の鼻面をかすめることになったのは、単なる偶然だった。敵総旗艦の正確な位置がピンポイントでつかめないうちに突入したって、目標を探しているうちに逃げられるか撃墜されるのが関の山だろうさ。……今は時を待つ。それまで艦隊が全滅しないように全力を尽くす。それがオレ達の任務だよ」

 

 ポプランとコーネフの応酬はとまらない。もっとも、今ふたりがやり合っている内容はこれまで何度も何度も繰り返し小隊内で議論されたものの焼き直しにすぎない。目の前の理不尽な任務を自分自身に納得させるため、あえて口に出して繰り返しているのだ。

 

 

 

 

 

「あ、あのー」

 

 おそるおそる口を開いたのはエリザだ。

 

「わ、わたしも、ポプラン中佐やコーネフ中佐の戦隊のみなさんといっしょに迎撃に回った方が、お役に立てると思うのですが……」

 

 ポプランは一瞬だけ驚いた表情を見せるが、すぐに顔を引き締める。

 

「だめだ。エリザはアッテンボロー艦隊の中央で待機だ。万が一オレ達が撃ち漏らした敵が侵入してきたら、それを排除してくれ」

 

 でも!

 

「まぁ聞いてくれ、エリザ」

 

 コーネフがやさしく微笑む。

 

「君は通常型のスパルタニアンでのドッグファイトの経験がない。オレ達以外の他のパイロットと連携は難しいだろう?」

 

「ドッグファイトなら、できます。他のパイロットとの連携も……頑張ります」

 

 コーネフは苦笑する。

 

 まぁ、たしかにエリザなら、どちらも完璧にこなすのだろう。だが……。

 

「エリザ。人はそれぞれ役割がある。とりあえずパイロットとしてのおまえさんの役割は、決戦の切り札としてこの戦争を終わらせることだ。それまでは、できるだけ消耗せずに力を温存させて欲しい。おまえさんの出番は、これからだよ」

 

 コーネフは、こういって笑った。そして、出撃していったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊近傍の乱戦が一息ついた狭間。母艦に帰還し一杯やっていたポプランは、悲痛な表情のコーネフの部下から報告を受けた。

 

「コーネフの野郎が!?」

 

 ポプランはしばらく黙ったあと、静かな口調で問いかけた。

 

「……何機がかりでやられた?」

 

「は?」

 

「イワン・コーネフが一騎討ちでやられるはずがない。帝国軍は何機がかりでコーネフを袋だたきにしたんだ?」

 

「コーネフ隊長の戦死はドッグファイトの結果ではありません。帝国軍巡航艦からの砲撃によるものです」

 

「……なるほどな」

 

 ウイスキーのグラスを一気にあおる。

 

「コーネフの野郎を片付けるのに帝国軍は巡航艦が必要だったか。……おれのときには戦艦が半ダース、ついでに敵総旗艦ブリュンヒルトが必要だな」

 

 ポプランは自嘲的に笑う。だが、その瞳の奥には激しい雷鳴のような決意を秘めていた。切り札としての役目は、俺ひとりで果たしてやる。その鋼の意志が、全身からほとばしる。

 

 しかし一方で、そんな自分の心情にやせ我慢の成分が多分に含まれていることも自覚している。

 

 ……なぁ。これからは、いったい誰がおれのぼやきに突っ込みをいれてくれるんだ? 俺は、このまま歳をとって、いつもひとりでぶつぶつ文句を言ってる口が悪いだけの危ないおっさんになってしまうのか?

 

 そして、目の前にはもっともっと大きな問題があることに気付く。

 

 さて、……どうやってエリザに伝えようか?

 

 ポプランは、もう一杯だけウイスキーを飲むことにした。

 

 

 

 

 戦艦トリグラフ。人気のない展望室。いつか海賊姿のアッテンボロー提督と出会った場所。

 

 なぜここに来たのかわからない。いつからここにいたのか忘れてしまった。エリザはただただぼーっと宇宙を眺めていた。

 

 イワン・コーネフ中佐が戦死した。

 

 表情の無い顔のポプラン中佐からそれを聞いたとき、エリザは言葉がでなかった。そして、しばらく唖然としていた。

 

 悲しかった。涙もたくさんでた。しかし、……なぜか取り乱しはしなかった。

 

 エリザがスーパースパルタニアンで翔ぶとき、かならずコーネフがいた。とぼけているようでも小隊長としてエリザを引っ張るポプランと、しっかりと後ろから支えてくれるコーネフ。3機で翔んでいれば、絶対に誰にも負けないと思っていた。

 

 そのコーネフがいなくなった。なのに、心が荒れ狂うことはない。私は理性を保っている。

 

 ほんの数ヶ月前のわたしは、とにかく人が死ぬのがイヤだった、……はずだ。恐怖だった、はずだ。ガイエスブルク要塞から逃げ出したのは、それが大きな理由だったはずだ。

 

 なのに、なのに、もっとも身近な人が死んだというのに、どうして自分はこんなにも平静でいられるのだろう。自分は変わってしまったのか。これが戦いに慣れるということなのか。……もしかしたら、自分は狂ってしまったのだろうか?

 

 

 

 

「……ここにいたのか」

 

 背中から声。エリザが今もっとも聞きたかった声かもしれない。勢いよく振り向いた先にいるのは、予想通りアッテンボローだ。

 

「提督!」

 

 その瞬間、エリザは自覚してしまったのだ。私はなぜ無意識のうちにここに来たのか。……ここにいればこの人が来てくれるかもしれない、と思ったからだ。

 

 反射的に振り向いて駆け寄ろうとするエリザ。しかし、アッテンボローがそれを静止する。

 

「あー、あまり寄らないほうがいい。……臭うかもしれない」

 

 顔をあげてみれば、ほんの数日ぶりに再会した男の顔は、いつの間にか無精ヒゲに覆われていた。目の下に大きなクマと明らかに整えていない髪。そして、よれよれの軍服。

 

「すまない。ここ数日間ずっとブリッジに詰めっぱなしで、顔も洗ってないんだ」

 

 もともと美男子といわれたことはなくとも、多くの人から見て『朗らか』とか『明るい』とかの形容詞はあてはまっていたはずの、……見る人によっては『精悍』と評されたこともあるはずの青年提督の面影は、残念ながら今のアッテンボローにはない。

 

「わ、私は気にしませんが……。ブリッジを離れて大丈夫なんですか?」

 

「ああ。さきほどわが艦隊は前進を停止した。ヤン先輩の指示で、いま小惑星を利用した囮艦隊を編成中だ。面倒な事はムライ中将やフィッシャー中将がやってくれているから、オレはちょっとここで昼寝させてもらおうかなぁ、……と」

 

 あたまをかきながら苦笑するアッテンボロー。

 

 嘘だ。

 

 エリザにはわかってしまう。

 

 この人がここにきたのは、昼寝するためじゃない。私を捜していたからだ。ここにくれば私がいると思ったからだ。艦隊戦で逃げるふりは得意なくせに、どうしてこんなに嘘が下手なんだろう……。

 

 スーパースパルタニアンで出撃したのは一回だけ、それ以外の時間は艦内で待機していたエリザだが、開戦いらいトリグラフが常に最前線で激戦の渦中にいたことは知っている。そんな中、やっとのことでみつけた休息時間だ。少しでも睡眠時間をとりたいだろうに、わざわざ私を捜しにここまできてくれたのか。

 

「このまま戦闘を続けていても埒が明かないからな。我々は囮をつかって局面を引っ繰り返し、一気に決戦に持ち込むつもりだ。もうすぐスーパースパルタニアン小隊にも出撃命令がくだる。その前にひと目、……い、いや、上官として君に確認したいことがあったんだ」

 

「……確認したいこと?」

 

「コーネフ中佐は残念だった。だが、いまさらスーパースパルタニアンの新パイロットを補充することは不可能だ。小隊はポプラン中佐と君のふたりだけになる。……エリザ、体調はどうだ?」

 

「え? ええ。ドクターからもカウンセラーの先生からも問題なしとの太鼓判をいただいていますが」

 

 つい先ほど、ポプラン中佐にも似たようなことを問われた。同じ事を答えたのは、ほんの数時間前のことだ。激戦の中、分艦隊司令官にまで伝わっていないのも無理は無いかもしれないが。

 

「ああ、それはポプランから聞いている。だが、それはそれとして、どこか痛いところとかないか? 女の子だし、ちょっとくらいあるんじゃないか? 頭痛とか腹痛とか便秘とか鼻づまりとか……」

 

 冗談めかしているようで、アッテンボローは真面目な表情だ。エリザの顔を覗き込み、口をひらくのを待っている。

 

 エリザは理解できた。心を読むまでもない。この人は、私を出撃させたくないんだ。休ませたいんだ。もし少しでもどこか調子が悪いと口をすべらせたら、司令官の権限で出撃を中止させるつもりだ。

 

「いえ、ありません。……アッテンボロー提督は、私を甘やかしすぎです」

 

 え?

 

「わたし、コーネフ中佐が撃墜されたと聞いても、取り乱したりしませんでした。とても悲しかったのは事実ですが、一方でひどく冷静だったんです。……自分でもびっくりするほどに」

 

 アッテンボロー提督は、目を丸くしてエリザを見ている。たしかに、以前から私を知っている人が今の私をみたらビックリするだろう。自分でもそう思う。

 

「コーネフ中佐は出撃するとき私にこう言ったんです。軍人としての、……パイロットとしての私の役割は、この戦争を終わらせることだ、って。いま、私もそう思います。だから、泣いて悲しんで取り乱しているだけではダメなんです」

 

 これが成長なのか、それとも戦争に慣れてしまっただけなのか、良いことなのか悪いことなのかわからない。でも……。

 

「私は私の役割を果たします。そして、この戦争を終わらせます。お世話になった皆さんをまもるんです」

 

 そう、まもる。ここでこの人の顔をみてわかってしまった。私はまもられるだけじゃなく、まもりたいんだ。

 

「……そ、そうか。わかった」

 

 アッテンボローはふたたび頭をかく。

 

「へんなことを言ってすまなかった。エリザ、……キャゼルヌ家の家族をまもりたい気持ちはわかるが、頼むから、お願いだから、無理だけはしないでくれ、な」

 

 くすっ。

 

 エリザが笑う。

 

 この人は、やっぱりわかっていない。私がいま一番まもってあげたい人が誰なのか。

 

 

 

 

 

 エリザに笑われて、アッテンボローは気付いた。そのとき自分がいかに頼りなげな顔をしていたのか。情けない表情をしていたのか。

 

 ゴホン。

 

 ひとつ咳払い。アッテンボローは、せめて格好をつけたかったのだ。精一杯キリリと表情筋を引き締めて大人の男の顔をする。提督閣下の顔でまじめな説教口調になる。

 

「……あー、エリザベート少尉。戦争を終わらせたいのは、君ひとりじゃない。あまり気負いすぎないほうが、いいな」

 

 上官にあわせてエリザも真面目な顔になる。……といっても、これまでの彼女はどんなにがんばって真面目な顔をしても、他人からは少女っぽい幼い表情にしか見えていなかったのだが。

 

「はい、アッテンボロー提督」

 

 しかし今日のエリザはアッテンボローの目には違って見えた。もう幼い少女ではない。いや、『少女』ですらない。立派に成長したひとりの……。

 

「……提督、出撃前にひとつおまじないをしてもらってよろしいでしょうか?」

 

「おなじない? あ、ああ。なんだ?」

 

 それは、まったくもって唐突なおねがいだった。軍務に関係あるとは思えない。だが、アッテンボローは拒否できない。いま目の前にいるエリザには、さからえる気がしない。ひとりの男として、エリザに誘われるまま、なすがままになってしまう気がする。

 

 エリザはポケットから何か小さなものを取り出すと、胸の前で両手で大事そうに包み込んだ。

 

 それは、古くて錆びた金属の、……鍵? ハイネセンでお袋がエリザに渡したものを、いつも身につけていたのか?

 

「ええ、お義母様にいただいた幸運の鍵です。……これをよく見てください」

 

 アッテンボローは逆らえない。身体が勝手に反応する。エリザに言われがまま身体が動く。いつのまにか膝をついている。目の高さがエリザと同じになる。顔がちかい。両手で包み込まれた鍵を覗き込む。錆びた銅の臭いがする。顔がちかい。息がかかるほど。

 

「お、おまじないって、なんだ?」

 

 

 

 

 

「わたし、……出撃前に確証がほしいんです」

 

 ……私は、やっぱり狂ってしまったみたいだ。

 

 エリザは心の中でつぶやく。だが、とまらない。

 

「確証? なんの?」

 

「あ、いえ、『確証』は既にもっているのですが、より正確に言うと……『自信』というか『よりどころ』が欲しいというか……」

 

 アッテンボローには、エリザが何を言いたいのかわからない。

 

「とにかく、……これをよく見てください」

 

 アッテンボローは言われたとおりにするしかない。エリザが顔をあげる。ふたりの顔が正面を向く。

 

 ……ちかい。澄んだ瞳。長い眉毛。体温が感じられるほどに、近い。

 

 ちいさな、つややかな唇が、……近すぎる。

 

 しまった! こんなに近づいては、本当に臭いで嫌われるかもしれない。

 

 アッテンボローが反射的に身を引く。が、間に合わない。エリザが前に出たのだ。

 

 そして、触れる。唇が。

 

 って、え?

 

 

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