銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜 作:koshikoshikoshi
それは文字通りの激戦。客観的な視座からみれば、銀河統一を目指す者と民主主義の砦を死守する者の最後の総力戦。だが実際に戦っている前線の当事者にとっては、単調な戦闘がつづく。
ヤン艦隊は、敵の防御網を丁寧に一枚づつ突破していく。一方でラインハルトは、残りの防御戦力を淡々と再配置。ヤンの前に新たな防御網を構築する。
無限に続くかとも思えたその繰り返しルーティンにラインハルトが焦れてきた頃、まるでそんな敵の心理を読みとったかのように、ヤン艦隊は唐突に前進を停止した。ラインハルトが用意した薄皮を一枚づつ食い破る作業をやめ、一時後退したのである。
そして、ヤンは艦隊をふたつにわけた。一隊を中央に残したまま、別隊をラインハルトから見て左翼方面に展開したのだ。艦隊の規模から見てどちらかは間違いなく囮であろうが、ラインハルトの距離からではどちらが本隊かはわからない。さらに……。
トリグラフの艦載機デッキ。スーパースパルタニアンの発艦準備が行われている。パイロット控え室でいつものようにボーッとしている少女に、いつものようにポプランが声をかける。
「エリザ、……大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です」
いつものようにちょっとオドオドしながらエリザが答える。
(……ここでエリザが出撃したくないと言ってくれれば、俺ひとりで出撃できたんだが)
ポプランの頭の中に、ふとそんな考えがうかぶ。
(たったひとりで戦略も戦術も何も考えず頭を空っぽにして敵艦隊に突入できれば、俺のあたまの中のモヤモヤもすべて吹き飛ばせて楽になれるだろうに……)
ポプランとしては、もちろんいつものようにエリザを心配しているのは事実なのだが、今回だけはいつもとはちょっとだけ異なる事情もあった。
『大丈夫か』と問うた相手は、エリザではないのだ。ポプランは、自分が『大丈夫』だと改めて確認するために、あえてそれを声にだしたのだ。
普段からタフで不遜な空戦隊パイロットを演じている俺様だが、さすがに無二の親友の戦死は堪えた。まさかこんな形で、自分の精神は意外に脆いと自覚させられてしまうとは想像していなかった。もし可能なら、任務など放り投げ、なにもかも忘れてスパルタニアンで敵に特攻してやりたい気分だ。
ポプランがそうしないのは、偏にプライド。大人として意地。彼よりもずっと過酷な人生を歩んできた亡命者の少女の前で、脆い様子を見せるわけにはいかない。精一杯格好をつける必要がある。
ポプランはひとつ深呼吸。そして顔をあげる。
「……そうか。出撃前のブリーフィングがはじまる。いくぞ」
そうだ。俺は空戦隊の隊長だ。薄幸の美少女パイロットを導いてやるのが、俺の仕事だ。
二人になってしまった小隊メンバーが敬礼する中、司令官がブリーフィングルームに入室する。小隊の直接の上官にあたる分艦隊司令官アッテンボロー中将だ。もともととぼけた顔した頼りなげな提督閣下だが、今日は無精ヒゲとボサボサの髪が輪をかけている。
ふん。この激戦の中、わざわざ司令官閣下が直接説明に来るとはね。司令部の連中はオレ達を切り札扱いしていたことを、まだ忘れていないということか。……それとも、単にソバカス提督が個人的な理由でエリザを心配しているせいか。まぁ俺にとってはどちらでも関係ないが。
「楽にしてくれ」
小隊メンバーが腰を下ろしたのを見計らい、アッテンボローが続ける。
「コーネフ中佐の件は本当に残念だった。われわれは彼の死に報いねばならない。……まずは現在の状況を説明する」
悲痛な表情のアッテンボロー。決戦の前に切り札の一角を失ってしまった事は、司令部にとっても痛手だったようだ。
「率直に言って、戦況は五分五分というところだ。このままでも目の前の敵には勝てるだろうが、時間がかかる。そして、時間は帝国軍の味方だ」
それはすなわち、オレ達が負けるということか。
「ローエングラム公の『常勝』の称号は伊達じゃない、ということだ。彼のつくった戦場で彼の思惑通りに戦うのは、いかに不敗の魔術師でも不利だ」
アッテンボローは一旦はなしを切る。ゆっくりと小隊のふたりの顔を見渡す。そして、ふたたび口を開いた。
「だから、われわれは戦場を作り替える。盤面を引っ繰り返し、秩序だった戦いをやめ、乱戦に持ち込む。……そのために、我々は艦隊戦力を再編成、囮を含めた複数に分割する」
なるほど、そのために艦隊は前進を止めたのか。
「ポプラン中佐、出撃だ。君の小隊は囮艦隊に紛れて戦場をいったん離れ、星系外縁で待機してくれ」
へ、やっと出番がきたか。永遠に敵防御網の皮むき作業を続けるかと思ったぜ。
「敵はおそらく君達を陽動と認識し追ってはいかない。我々は囮を利用して敵味方が入り乱れた戦場をつくりだす。そして味方が敵総旗艦の位置を把握し次第、君達に突入の指示をだす。君達の任務は、我々の艦隊とは別の方向から乱戦の中に突入し、敵の総旗艦を、……ブリュンヒルトだけを、確実に撃沈することだ」
へいへい。
「俺としては、なんとしても艦隊戦でケリをつけるつもりだ。だが、それができなかった場合は、……君達が同盟軍最後の切り札となる」
頼られるのは悪い気はしないぜ、提督。だが、確かめなきゃならないことがある。
「命令は以上だ。……質問はあるか?」
「提督閣下殿。星系外縁で待機中、先に味方が壊滅してしまったら、オレ達はどうすればいいです?」
それでも一か八か小隊だけで敵に突入しろという命令ならば、ポプランは自分ひとりでやってやるつもりだった。エリザだけをどうやって逃すのか、それはこれから考える。
「突入命令の前に味方の指揮系統が喪失してしまった場合は、……逃げろ。ここは同盟領だ。その機体ならば単独でも補給基地や有人惑星までたどりつけるだろう。いいな、これは命令だぞ、中佐。そして少尉。逃げてくれ」
ほう……。たしかにエリザを敵の捕虜にするわけにはいかないからな。
「ヤン司令官はこの作戦を非道い作戦だと言っていた。オレ自身もそう思う。すまない」
頭を下げるアッテンボロー。その肩をポプランがたたく。
「まぁまかせておけよ。オレ達は最善を尽くす。……もし敵の親分をやり損ねても、エリザだけはなんとしてでも生還させてやる」
「本当にすまない。……たのむ」
総旗艦ヒューベリオンのブリッジ。
「フィッシャー提督より通信です。小惑星を含む囮艦隊の編成、完了しました」
「ご苦労様。手はず通り小惑星とともに右翼に向けて移動開始するよう伝えてくれ」
「トリグラフのアッテンボロー提督より入電。スーパースパルタニアン小隊、発進しました。予定通り星系外縁にむけて飛行中」
「……わかった。ありがとう」
オペレータの報告を聞いたヤンは、黙って頷いた。傍観者気取りでブリッジに居座るキャゼルヌはため息をひとつつき、シェーンコップがその肩をたたいた。
「ローエングラム公は我々が艦隊を複数に分割したことを座視はできないだろう。敵が動き出した瞬間に、こちらも全面攻勢をかける。……ここからは、われわれが盤面をつくる番だ」
「敵艦隊は前進を止めました。戦力を複数に分割、再編成しつつあります」
ブリュンヒルトの正面に展開された数十におよぶ防御網の彼方。ヤン艦隊はそれを無視して一旦停止、艦隊を複数に分割しつつある。ブリッジの大型コンソールにモデル化された映像を見つめながら、総参謀長オーベルシュタインがラインハルトに向けて口を開いた。
「ヤン・ウェンリーは、無人艦やデブリを利用した陽動を好みます。特に直近の戦いでは戦闘艇を陽動として有効利用する傾向がみうけられます」
寡兵をごまかすため、無人艦を陽動としてつかうのは定石だ。出立するまえに秘書官であるヒルダにも同じ事を指摘された。ヤンがそうするであろうことは、ラインハルトも想定している。
「中央、および分離した敵右翼の大部隊については、艦隊の規模と故意に分散を見せつけるような動きから、どちらかが囮だと思われます」
どちらかが本隊であろうが、それはここからではわからない。
「これとは別に艦隊を離れ星系外縁部にむけて飛行中の小隊規模の機影がありますが、これは戦闘艇だと思われます。意図は不明ですがおそらく陽動でしょう。……いずれにしろ、こちらの戦力を分散するのは愚策と考えます」
そして、ラインハルトに向け決断を促す。
「閣下、ご決断を」
オーベルシュタインが決断を迫る。選択肢は複数ある。分散した敵戦力のいずれを目標とするのか。あるいは、何もしないのか。
今の闘い方を続けるだけ、この場にとどまり敵を座視するだけでも、ラインハルトの勝機は十分以上にある。時間は帝国軍の味方だ。前進を止めたヤンとこのまま睨み合いを続けるだけで、最終的には帝国軍が勝つだろう。
だが、ラインハルトは守勢に慣れていなかった。これまでの人生、彼は常に主導権をとりつづけることにより勝ってきた。なによりも、部下達がいない今のうちに、自分の力だけでヤン・ウェンリーを倒したかった。
「囮と見せかけ実兵力を動かすことが敵の作戦と思われる。防御隊形を解除し、全軍を敵右翼方面に振り向けよ!」
そして、……ヤンの仕掛けた囮に引っかかった。
ここまでひたすら守勢に徹していた帝国軍は、ラインハルトによる全面攻勢の命令により熱狂した。主君の攻撃命令に小躍りしながら、敵右翼の艦隊に襲いかかった。
ヤンはさけぶ。
「よし、かかった! 囮部隊のフィッシャー提督に伝えてくれ、手はず通り小惑星を加速し正面から敵艦隊に突っ込ませるんだ!」
ラインハルトが全力で攻撃をかけたのは、無人艦と小惑星を主体とした囮艦隊だった。敵艦隊に突入した直後、無人の艦隊が自爆。大混乱に陥ったところに、無数の小惑星による体当たり攻撃。したたかな被害を受けるとともに、しばし統制を失う。
(ポプランの小隊の方にも引っかかって少しでも戦力を割いてくれれば、もっと楽ができたんだがなぁ……)
いつものとおりぼやきながら、ヤンはスーパースパルタニアンは陽動だと敵に認識されるよう工作していたのは彼自身だということを思い出す。そして、彼らポプラン小隊は最後の切り札ということも……。
(ここは、切り札を切る前にスーパースパルタニアン小隊の戦力をこれ以上消耗しないで済んだ、と考えるべきだろう。囮艦隊に引っかかってくれただけで十分だ)
ため息をついて、ヤンは自らの艦隊本隊にも攻勢を命じる。
「全艦隊転針、右翼だ。囮に引っかかった敵前衛艦隊とローエングラム公の本隊の間にくさびを打ち込むんだ!」
囮により混乱している帝国軍の横面を目がけて、ヤン艦隊は全面攻勢をかける。その先頭を疾走するのは、アッテンボロー分艦隊だ。
「アッテンボロー、頼む」