銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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37 鉄壁

 

 

「……お、おれは、まだ、負けるわけにはいかない」

 

 ミュラーはうなる。

 

 敵は、……同盟軍艦隊は、いまだここにいたってもなおしっかり統制されている。対して自分の艦隊は、すでに秩序だった反撃ができない。一艦一艦順番に集中砲火をあび、確実に数を減らし続けている。

 

 僚艦が次々と火球にかわっていく。撃沈、あるいは戦闘不能にされていく。

 

 その間隙を、同盟軍の艦がつぎつぎとすり抜けていく。壊滅状態のミュラー艦隊を半ば無視して。ブリュンヒルトを目指して。

 

 もう本当にあとがない。この艦隊が抜かれたら、残るはブリュンヒルトの直衛のみになる。しかも、あの凄まじい機動力をもった大型戦闘艇は、……イゼルローンで我が旗艦の目の前で主砲をむけたあの不細工な戦闘艇は、いまだにどこかに隠れて温存されているにもかかわらず、だ。

 

 ……時間を稼がねばならない。

 

 あとほんの数時間持ちこたえれば、きっと疾風ウォルフが駆けつけてくれる。いや、ほんの数分でもいい。ブリュンヒルトのザイドリッツ艦長が、主君に背いてでも逃げる覚悟を決めてくれれば。……それまでは、なんとしてでも。

 

 絶望的な状況の中、ミュラーは自身の覚悟をきめた。麾下の全艦隊、わずかな生き残りに向けて通信回線を開く。

 

「司令官のミュラーだ。全艦、生き残っている者はきけ! 我が艦隊は壊滅しつつある。しかし、まだ負けてはいない」

 

 せっぱつまった状態。にもかかわらず、ミュラーの声は落ち着いていた。

 

「そうだ、われわれ銀河帝国軍は、決して負けることはない。たとえ我が艦隊が全滅しても、ブリュンヒルトさえ守り切れば勝ちなのだ」

 

 自分でも、らしくないと思う。味方に対して演説をうちながら、ミュラーは今、それをまるで他人事のように感じている。高揚し勇ましい言葉を吐いている自分を、それをもうひとりの自分がまるで第三者のように冷静に見つめている。

 

「全艦に命じる。機関が生きている艦は、敵艦に体当たりせよ! なんとしてでも敵をとめろ! 総旗艦をまもるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 なんだ?

 

 アッテンボローは目を疑った。両艦隊が入り乱れた乱戦の中、帝国軍ミュラー艦隊の戦艦が一斉に異様な機動をはじめたのだ。

 

 大破し戦闘不能で停止していたはずの艦が突然動き出す。突進する同盟艦の進路に立ち塞がり激突する。あるいは、横腹にむけて突っ込まれる。進路近傍を漂流していた帝国艦がいきなり自爆、それにまきこまれる艦まで発生している。

 

 もとより密集状態で突っ込んできたアッテンボロー艦隊は、大混乱に陥った。

 

「くそったれ! ここまできて」

 

 なんて無謀な、……とはアッテンボローも思わない。ラインハルトを逃がす時間稼ぎのための体当たり攻撃は、戦術として決して間違っていない。

 

 ヤン艦隊がもっとも恐れているのは、この会戦でさんざん艦隊戦力を消耗させられたあげく、ラインハルトを取り逃がすことだ。帝国軍には諸提督の艦隊戦力がまだいくつも残っている。しかし、同盟軍には余剰戦力などない。まったくない。いまここにいるオレ達が、正真正銘の最後の戦力なのだ。

 

「各艦、散開して敵旗艦にむかうんだ。一艦でも届けばいい!! 艦長、トリグラフも機関全速だ」

 

 アッテンボローはそう命令を発信しようとした。だが……。

 

 

 

 

 

「敵の戦艦トリグラフ確認!」「同盟軍アッテンボロー中将の分艦隊旗艦です」

 

 ミュラーの目の前、スクリーンの中、艦首が三つ叉に別れた異様な形の敵戦艦が突進していく。それは、ミュラーの存在などまるで視界に入っていないようにみえた。

 

「同盟軍め、このミュラーを無視するつもりか! 機関最大、壊れても構わん。あいつにぶつけるんだ!!」

 

 ミュラーにより臨時旗艦とされた戦艦ヘルテンは、すでに主砲は撃つことが出来ない。機関も半壊していた。しかし、ワープはできなくとも、目の前をかすめていく敵戦艦にぶつけることくらいはできる。

 

 

 

 

 

 

「敵、我が艦の進路につっこんできます!」

 

「なっ、……よけろ! よけるんだ」

 

「だめです、衝突します!」

 

 

 

 

 

 トリグラフのブリッジに轟音がとどろく。すさまじい衝撃。ブリッジ要員全員がよろめいた後、艦内に多数の警報が鳴り響く。

 

「ひ、被害報告!」

 

「機関異常なし」「生命維持装置、異常なし」「艦首の損害調査中です」

 

 アッテンボローは口の中だけでひといきつく。航行に支障がなければ、敵本隊につっこむことができる。

 

「よーし、進路そのままを維持。艦首の主砲は撃てるんだろうな」

 

「まってください。……艦首に敵艦がめりこんでいる模様!」

 

「なに?」

 

 オペレータがモニタに艦の現状を投影する。そこには、トリグラフの艦首が敵戦艦のよこっぱらにつっこみ、二艦がT字型になった状況が映し出されていた。

 

 さすがのアッテンボローも、一瞬だけ言葉を失う。そして、それをごまかすように、大げさに笑う。

 

「へっ、この艦は、頭でっかちで頑丈なのがとりえなんだよ。……航行に影響は?」

 

「敵艦の質量のせいで加速が30%ほど低下、……それだけではありません。敵艦の機関推力の影響で真っ直ぐに進めません!」

 

「なんてこった。艦首主砲で吹き飛ばせないのか?」

 

「この状態で主砲が機能するか不明。やってみなければわかりません。もし撃てたとしても、敵艦の爆発に確実に巻き込まれると思われます」

 

「くそ、逆進してひっこ抜くか、……いや、このまま敵艦を盾にしてやろう。多少進路が狂ってもかまわん、このまま敵艦隊のど真ん中目指して機関全速だ!」

 

 トリグラフは突進する。ヘルテンに突き刺さったまま。

 

「たかが帝国戦艦一隻、このトリグラフで押し出してやれ。同盟軍最新鋭戦艦は伊達じゃない!」

 

 

 

 

 

 

 少しだけ時はさかのぼる。

 

 バーミリオン星系中心部で両軍による激戦が佳境を迎える同じ頃、比較にならないほど小規模であるものの、星系外縁においてもうひとつの戦いがおこなわれていた。

 

 ラインハルトの首席秘書官、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。ラインハルトから艦隊への同行を認められなかった彼女は、だがそのまま拠点で艦隊の帰りを待つことには耐えられなかった。

 

 彼女は、彼女の護衛をラインハルトから命じられた高級士官をなかば説得、なかば脅迫し、事後承諾の形で一隻の高速巡航艦を借用した。そして、そのまま戦場バーミリオン宙域へ向かう。

 

 ヒルダが帝国にとっていかに重要な人物か、いかにラインハルトに重用されているかを認識している帝国軍の留守番部隊としては、そんな彼女を放っておくわけにはいかない。そのまま単艦で行かせるわけにもいかず、護衛として急遽十隻ほどの高速巡航艦で小規模な艦隊を編成した。

 

 バーミリオン星系の外縁部。ヒルダとその護衛艦隊はいま、開戦直後の戦闘を遠望している。

 

 ヤン・ウェンリーによる大攻勢。それは、艦隊戦など経験したことがないヒルダの目からも、帝国軍が押しまくられ壊滅寸前のようにしか見えなかった。

 

「艦長、不躾な質問をお許しください。……ローエングラム公は、勝てますでしょうか?」

 

 ヒルダの問いに、艦長は沈黙で答えた。それがすべてを物語っていたが、言葉で聞く必要がある。

 

「おねがいです。軍人としてのあなたの見解をうかがいたいのです」

 

「こ、このままでは、五分五分かと……」

 

 艦長は冷や汗を流しながら答える。彼の立場ではこれが精一杯だろう。

 

「ありがとうございます。……ではもうひとつお聞かせください。今から私達があの戦場に駆けつけたとして、ローエングラム公のお力になれるでしょうか?」

 

 答えはない。ヒルダがいかにラインハルトに重用されているかを知るからこそ、艦長は答えられない。

 

「……結果としてどのような状況になろうとも、決してあなたの不利になるようにはいたしません。軍人としての公正な見解を、お聞かせいただけませんか?」

 

 一介の巡航艦の艦長にむけ自らの頭を下げる伯爵令嬢。彼は覚悟を決めた。

 

「無理です。たかが十隻ほどの巡航艦の艦隊が今からあそこに行ったところで、戦力の足しにすらならならないでしょう」

 

 聞きようによっては、……いや素直に解釈すれば、それは軍人として弱気の発露でしかない。たとえ無駄でも主君を助けに行くべき、と責められかねない発言だった。しかし、ヒルダはそうしない。

 

「ありがとうございます。かさねてお礼もうしあげます。……艦長、ローエングラム公をお助けするため、私にひとつ策があります。ご協力いただけるでしょうか?」

 

 

 

 

 

「……わかりました。秘書官殿の策が正しいように思われます」

 

 ローエングラム公を助けに行っても間に合わない。……ならば、我々はもっとも同盟首都の近くにいるミッターマイヤー提督の艦隊に合流する。そして、同盟首都を一気に攻略、自由同盟政府をしてヤン・ウェンリーに停戦を命じさせるしかない。これが、ヒルダが自らの護衛の士官達に語った、彼らの主君を救う策だった。

 

 彼らがラインハルトから与えられた任務は、帝国軍が築いた惑星ウルヴァシーの軍事拠点においてマリーンドルフ伯爵令嬢の安全を確保することだけであったはずだ。それが、半ば脅迫された結果とはいえ戦場近くの星域まで同伴する形になった。さらに、主君がさだめた全軍の基本的な戦略すら無視して敵首都を攻撃するよう有力提督にはかるとは。越権行為どころか謀反の意図すら疑われかねない。

 

 ヒルダの策をきかされた士官達は、自分の身体が震えていることを自覚した。

 

 自らの手で主君を救えるかもしれないと思うと、軍人として精神が高揚することは確かだ。一方で、主君の命に背く巨大な罪悪感。策が失敗に終わった場合、積み重ねてきた自分のキャリアがすべて無に帰してしまうだけでなく、場合によっては処罰の対象となる恐怖。

 

 結局、彼らは決断した。目の前の伯爵令嬢の聡明さ、そして真摯さに答えたいという思いが、全てに勝ったのだ。

 

 彼らはミッターマイヤー艦隊がいるはずのエリューセラ星域へむけ航路を定めた。無線封鎖を解除、機関を始動した。だが、小艦隊は発進できなかった。

 

 探知装置を起動したまさにその瞬間、ブリッジにオペレータの悲鳴がひびいたのだ。

 

「極めて至近距離に所属不明の機影確認。……同盟軍の戦闘艇、二機です!」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「くそ、なんでこんなところに帝国軍がいやがるんだ?」

 

 星系外縁でデブリに潜み突入命令を待っていたポプランが叫ぶ。それは、ヒルダが絶句したのと同時の出来事だった

 

 

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