銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

38 / 43
38 首席秘書官

 

 

「くそ、なんでこんなところに帝国軍がいやがるんだ?」

 

 至近距離にいきなりあらわれた敵影に混乱しているのは、ポプラン達も同じだ。

 

 戦場をはるかに望むバーミリオン星域の外縁部。彼の小隊は、突入命令が下されるまでここでデブリに紛れて待機中のはずだった。であるにもかかわらず、突然目の前のデブリの影から、いきなり敵艦があらわれた。

 

 ここは同盟領だ。本来なら帝国軍が、しかもこんな小規模の艦隊が、うろうろしているはずのない宙域だ。

 

「くそ、どうする。逃げるのは簡単だが、オレ達がここにいることは知られたくない」

 

「ポ、ポプラン中佐。い、いまのところ敵艦から通信が発せられた様子はありません。……帝国軍本隊に知られる前に攻撃は可能だと思います、が」

 

 エリザの奴、積極的だな。しかし、そう簡単な話でもないとおもうぞ。

 

「エリザ、敵は十隻程度の艦隊とはいえ、対するオレ達はたった2機だ。勝つにしても時間がかかるし、決戦前に余計なエネルギーも使いたくない」

 

 さて、どうしたものか。とりあえずこのような場合には、お約束の停戦命令で相手の出方を見るのが定番か……。

 

 

 

 

 

 

「停船せよ、しからざれば攻撃す」

 

 同盟軍戦闘艇からの通信。そして、艦隊中の二艦に対して正面から突きつけられた巨大な主砲。それをみたヒルダの頭にまずよぎったのは、大きな疑問だった。

 

 あの戦闘艇は、いったいどこからきたのか。

 

 しかも、あれは通常型よりも大型で火力に特化したタイプにみえる。同盟軍にとって生きるか死ぬかの全てをかけた最終決戦が目の前で行われているのにもかかわらず、なぜそんなものがここに隠れていたのか。ヤン・ウェンリーが破れれば、彼らは完全におわりだ。こんなところに僅かな遊兵を配置する余裕が有るはずが無い。

 

 ヒルダは思い出す。つい先日、彼女自身がローエングラム公に忠告したではないか。

 

『ヤン・ウェンリーは艦隊だけはなく小惑星や無人艦、最近では戦闘艇を効果的に利用しています』

 

 まさか、機動力と攻撃力に特化したこの戦闘艇をここから戦場にむけて、……戦場の外から総旗艦にむけて、突入させる? イゼルローンでミュラー提督がやられたように?

 

 ローエングラム元帥の首席秘書官。一個艦隊にも匹敵するといわれる恐るべき知謀。この時点で、ヒルダは直感的にヤンの作戦を見破っていた。だが、見破ったからといって、対応できるわけではない。

 

 彼女が悩んでいる間に、艦長が指令を発する。

 

「たった二機の戦闘艇になにができる! 全艦、戦闘隊形のままエリューセラ星域に向けて進路を取れ」

 

 いまこの小規模な艦隊にとってもっとも重要なのは、ヒルダの命と時間だ。戦闘艇などほおっておいても構わない。たとえ数艦が撃沈されたとしても、ヒルダを無事なままミッターマイヤー提督のもとに届けることができればまったく問題ない。

 

 艦長が麾下の艦隊にそう命じようとした瞬間、ヒルダがとめる。

 

「お、おまちください、艦長。わたしの考えが正しければ、アレはローエングラム公にとって大きな脅威になります。……わたしが、時間を稼ぎます」

 

 

 

 

 

 

 

「同盟軍の戦闘艇につぐ。私は銀河帝国のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフです。あなたがたは包囲されています。ただちに武装解除のうえ降伏してください。返信をおまちしています」

 

 ポプランがはなった停船命令に対して、帝国軍の返事は降伏勧告だった

 

「ふん、小規模な艦隊にしてはずいぶんと態度がおおきいじゃないか。マリーンドルフってのは何者だ?」

 

「た、たしか、ローエングラム元帥の首席秘書官です」

 

 とんだ大物が出てきやがった。……あえて名乗ったということは、自分をおとりにオレ達をここに足止めするつもりなんだろうな。

 

 ポプランとしては、たとえ小規模な艦隊といえども同盟領内で帝国軍を自由にさせるのは面白くない。味方のほぼ全戦力を結集し負けるわけにはいかない決戦が行われている戦場のすぐ側で、敵の策謀を許したくはない。敵の重要人物が搭乗している艦ならばなおさらだ。可能ならば一戦して葬り去るべきだろう。

 

 だが一方で、決戦の切り札であるスーパースパルタニアン小隊がこんなところで足止めされている状況も看過できるものではない。この程度の数の小艦隊など無視、足の速さを活かしてさっさと逃げ出すのも有効な選択肢だ。

 

「ポプラン中佐。わ、私はヒルデガルド様と面識があります。おそらく良い感情は持たれていないと思いますが……、ご本人かどうか、確かめましょう、か?」

 

 エリザの立場を危うくしかねない行為はできればやりたくないが、一方でこのままここで時間を浪費するわけにもいかない。とりあえず目の前の敵の素性を明らかにできるのならば、エリザに任せてみるか。

 

 

 

 

 

「こ、こちらは自由惑星同盟軍のエリザベート・キャゼルヌ少尉です。主砲をつきつけているのは私達です。そちらこそ武装解除してください」

 

 エリザはあえて映像を伴うリアルタイム通信回線をひらく。

 

「……返信ありがとうございます。キャゼルヌ少尉。しかし、包囲されているのはあなた方です。いますぐに武装解除してください」

 

 律儀に通信をつなぎ、リアルタイムの会話に答えるヒルダ。軍人ではない女性秘書官と軍人になったばかりの少女による会話。それは、内容の深刻さのわりに、一見すると呑気に聞こえるものとなった。そして、スクリーンに映ったその姿と声は、たしかにエリザの記憶に有るヒルデガルト・フォン・マリーンドルフであった。

 

「ポプラン中佐。本物のヒルデガルト様のようです。……ど、どうしましょう?」

 

 ふむ。確かに、あの誇り高い金髪の坊やが、自分の女性秘書官の名を騙った偽の通信を仕掛けるような姑息な手を使うともおもえないな。しかもこんな局面で。……ならば、その首席秘書官とやらだけでも、ここで撃沈しておくか。そしてさっさと逃げだすとしよう。

 

 

 

 

 

 

 エリザ個人としては、ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフという女性には、ほんのすこしだけ思うところがあった。

 

 マリーンドルフ伯爵家は、内戦前の帝国において決して主流の大貴族ではなかったが、しかし門雑貴族筆頭のブラウンシュバイク家といえども完全無視できるほどの雑魚の家柄でもなかった。当然のように家同士の付き合いがあったし、宮廷でも面識があった。あくまでも公式な場での儀礼的なものでしかなかったが。

 

 エリザの知る社交界におけるマリーンドルフ伯爵家令嬢の評判といえば、とにかく風変わりな女性、だった。他の貴族令嬢との付き合いはほとんどなく、社交界につきものの噂話に加わることはなく、またゴシップの標的にとなることもない。噂では、女だてらに経済や政治、軍事などの学問を嗜み、官僚や軍人とも対等に会話ができるほどの才女ときいたことがある。実際、今では女だてらにあのローエングラム元帥の首席秘書官まで務めている。

 

 彼女は、エリザとはなにもかも正反対だった。文字通り銀河帝国の新時代を象徴する女性なのだ。旧体制の貴族令嬢の象徴であったエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクとは対極的な存在、といえるかもしれない。

 

 そんな貴族令嬢が実在するとは、かつてのエリザには信じられなかった。絶対に無理だと理解していても、ヒルダのように自由に生きられたらどんなに素敵だろうと思ったこともあった。憧れていたと言ってもいい。

 

 ……しかし、いまは明確に敵同士だ。しかも、この局面で彼女がここに居ると言うことは、本来ならば敵総旗艦にのっているはずの彼女がローエングラム公と別行動をしているということは、それだけで帝国軍の戦略において重要な役割を負っているということを意味する、はずだ。

 

 エリザはごくりとツバを飲み込んだ。そして心を決める。

 

 ならば、……しかたがない。私は私の役割をはたすだけ。大事な人々を護るだけ、だ。

 

 エリザは主砲のトリガに指をかける。ポプランが命令した瞬間に撃つために。

 

 だが、その直前。いまだ開いたままの通信回線の向こう。ヒルダがとんでもないことを言い出した。

 

「フロイライン・エリザベート。その声、……どこかで聞いた覚えがあるような気がするのですが。確かめさせてはいただけませんか?」

 

 えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルダは、基本的に徹底してものごとを論理的に考える人間だ。だが一方で、自分の直感にも信をおいている。激動の時代の帝国においてマリーンドルフ家が生き残ってこれたのは、たしかにヒルダの直感によるところが大きい。

 

 通信回線の向こう、同盟軍のパイロットが女性であることは、ヘルメット越しでもすぐにわかった。さらにたしかに聞き覚えのある声。ちょっとおどおどした見覚えのある仕草。そして、……エリザベートという名前。

 

 それは、勘でしかなかった。

 

 しかし、陥落したガイエスブルク要塞で彼女の遺体は確認されていない。さらに、ほぼ同時期に彼女と面識があるはずのメルカッツ提督がイゼルローン要塞に亡命している。ヒルダが知っている事実を並べただけでも、決してあり得ない話ではない。ヤン艦隊に彼女がいても、論理的に絶対にありえないという話ではない。

 

 ……ヒルダは、ブラウンシュバイク公のひとり娘が陥落間際のガイエスブルク要塞から脱出、ラインハルトと面会したことを、彼の主君から知らされていない。その後、ラインハルトに追われ、最終的にメルカッツ提督に拾われて同盟に亡命したことも。にもかかわらず、彼女はその明哲な頭脳とするどい直観だけで、限りなく真実に近づいていたのだ。

 

 もし、もし、仮に、万が一、この直観が正しかったら……。

 

 リップシュタット戦役の決着がついた後、世間から隠匿されていたブラウンシュバイク公をはじめ門閥貴族にかかわる膨大な記録が明らかになった。大部分は薄汚い醜聞であり、ローエングラム陣営の正当さを知らしめるため世間に公表されたが、一部は引き続き非公開扱いになっている情報もある。

 

 公開されていない情報の選別には、ローエングラム元帥の首席秘書官であるヒルダもかかわった。その中には当然、次期皇帝候補として育てられていたエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクにかかわるものもあった。フロイライン・エリザベートが持っていたという、特種な能力についても……。

 

 ヒルダの個人的な感覚としては、『他人の心を感じることができる能力』など、門閥貴族当主が必死に隠匿するほど恥ずべきものでもないように思われた。むしろ自分もそんな能力が欲しいと思ったことがないとは決して言えない。とはいえ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの正当な後継者を自称するためには、人類として異端であること、異常な遺伝子をもつことは許されないことだったのだろう。

 

 とにかく、滅びた一族のひとり娘が持っていたという特殊な能力については、ローエングラム公の治世とってどうでもいい情報だった。秘匿されたというより、公表されなかっただけだ。ヒルダにとっても、記憶から消えてしまった意味の無い情報であったはずだ。

 

 だが、もし本当に、目の前の敵戦闘艇に乗っているのがその少女だとしたら。そして、本当にそんな能力を持っているとしたら……。

 

 間違いなくラインハルトを恨んでいる特殊能力もちのパイロットが、あの恐るべき知謀をもつ敵ヤン・ウェンリーの指揮のもとに動いているとしたら。そして、火力と機動力に特化した戦闘艇でブリュンヒルトを、そのブリッジにいるラインハルトを狙っているとしたら……。

 

 ヒルダは問わずにはいられない。

 

「貴方、ま、まさか、エリザベート・フォン・ブラウンシュバ……」

 

 

 

 

 

 

「エリザ、撃て!」

 

 ヒルダの問いは最後まで通信にのらなかった。ポプランが叫んだ瞬間、二機のスーパースパルタニアンの主砲が火を吹いたのだ。

 

 帝国軍の巡航艦が2隻、同時に火球に変わる。直後、残りの艦からの猛烈な反撃。至近距離から土砂降りのように対空砲火がふきあがる。

 

 エリザには理解できてしまった。その瞬間、ヒルダがエリザに対してむけていた感情が。

 

 それは、恐怖。そして、激しい怒り。……ヒルダ自身の恐怖ではない。ヒルダは自分が死ぬことなど恐れてはいない。自分の主たるローエングラム公が特殊能力持ちのパイロットに狙われているという恐怖だ。そして、ラインハルトを狙うエリザに対する強烈な怒り。

 

 それが理解できてしまったからこそ、エリザは撃つ。撃たねばならない。いまの自分はかつての自分とは違う。ヒルダが大事な人をまもりたいのと同様に、エリザだって大事な人がいる。大事な人をまもらねばならない。そのおもいの大きさで負けているはずがない。

 

(ちがう、この艦じゃない……、つぎ)

 

 ヒルダの強烈な感情は、まだ感じられる。彼女が乗っているのは別の艦だ。

 

 対空砲火などまるで気にせず、エリザは隣の巡航艦に主砲を向ける。ワープのために加速を始めた巡航艦が火の玉になる。

 

(これもちがう。つぎ!)

 

 

 

 

 

 

 同盟軍の戦闘艇に巨大な主砲を突きつけられていた味方の巡航艦が、2艦同時に撃沈された。

 

 そして、戦闘艇は次の艦に主砲を向ける。こちらの対空砲火などまるで存在しないかのように。味方が一艦、また一艦と火球に変わる。

 

「機関全速、焼き切れても構わん! いそげ、ワープでにげるんだ!」

 

 蒼白な顔の艦長がさけぶ。

 

 次に主砲がむけられるのは、この艦かもしれない。

 

 ヒルダはなにもできない。息をのむだけだ。

 

 また一艦。となりの巡航艦が撃沈された。

 

 私は死ぬわけにはいかない。ローエングラム公を救うためには、なんとしてでもこの場を生き残り、ミッターマイヤー提督の元に行かねばならない。どうする。どうすればいい?

 

 そして、ふと思う。

 

 もしここで撃沈されたら、……ラインハルトは悲しんでくれるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 エリザはさらに二艦を撃沈した。そして……。

 

「くそ、残りはワープで逃げやがったか。……なぁエリザ。例の首席秘書官とやら、撃沈した艦にのっていたか?」

 

「い、いえ、たぶんちがいます。逃げた艦のどれかかと……」

 

 あの瞬間、ヒルデガルト様からわたしに向けられた彼女の感情は、ひと言ではとても表現できない苛烈なものだった。それは、撃ち漏らした帝国艦がワープするまで続いていた。

 

「そいつは残念だ。……まぁ、仕方がないな」

 

 逃げられたことをポプランはさして気にしていない。首席秘書官とやらが同盟領の中でなにをするつもりなのかはしらないが、いまさらどうしようもない。そして、彼らにはもっと重要な任務があるのだ。

 

「さて、星系中央で戦闘中の味方は優勢にみえるが……」

 

「中佐、ヒューベリオンから通信です。敵総旗艦の位置と、……突入命令、です」

 

「やれやれ。思いも寄らない場所で一戦させられたばかりというのに、一休みする暇もないとはね。エリザ、大丈夫か? いけるか?」

 

「は、はい。もちろん、……いけます」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。