銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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40 最短距離

 乱戦の中、ミュラー艦隊は壊滅しつつある。

 

 司令官の乗る戦艦ヘルテンは満身創痍。しかも同盟軍の戦艦トリグラフに横腹から突っ込まれたあげく、そのまま力負けして後方に押しこまれる。

 

 しかし、ミュラーは安堵している。ロイエンタール提督の艦隊が戦場近傍にワープアウトしたことが確認されたのだ。いかにヤン・ウェンリーといえども、ローエングラム公とロイエンタール提督の両艦隊を相手にするのは荷が重いにちがいない。

 

 さらに、ブリュンヒルトの目前に迫り直接の脅威である敵分艦隊旗艦。艦首が三つ叉にわかれている異様な姿の敵戦艦に、ミュラー自身がとどめをさすチャンスなのだ。ヤン・ウェンリーの艦でないのが残念だが、それは我が主君とロイエンタール提督のためにとっておいてやろう。

 

(自由惑星同盟軍ダスティ・アッテンボロー中将。勇猛果敢な良将だ。さすがヤン・ウェンリーの配下だと言いたいところだが……、このミュラー艦隊と相まみえたのが不運だったな)

 

 ミュラーは心の中だけで敵に敬礼する。そして、ヘルテンの艦長にむけて最後の命令を下した。

 

「艦長、すまない。退艦する余裕はなさそうだ。……このまま自爆の準備を」

 

「はっ」

 

 スクリーンの中では、はるか遠方の総旗艦ブリュンヒルトが進路を変えつつある。ザイドリッツ艦長がついに逃げる覚悟を決めたのだろう。

 

(おそらく、ローエングラム公はこの期に及んですら逃げることを潔しとはしまい。今この瞬間、ブリュンヒルトのブリッジでいったいどんなやり取りが為されているのやら)

 

 駄々をこねながら、屈強な副官と親衛隊長にうしろから羽交い締めにされる主君の姿を想像して、ミュラーは声を出さずに笑う。

 

 そしてふと気づく。

 

 『奴』はどうなんだ? おなじブリュンヒルトのブリッジにいるに違いない『奴』は。駄々をこねる主君を前にした帝国軍総参謀長オーベルシュタインは、いったいどんな顔をしているのだ?

 

 この世に未練があるとすれば、それをこの眼で確かめられないことだけかもしれない。

 

「……なんにしろ、総旗艦だけは守り切れそうだな」

 

「はっ。ヴァルハラで勲章をいただけることを楽しみにしております」

 

 不思議なものだ。敗北を目前にして、ミュラーはやすらかな気分だった。

 

 彼だけではない。この状況でも戦艦ヘルテンのブリッジ要員は逃げ出してはいなかった。粛々と自分の職務を果たしていた。そして、……オペレータが叫ぶ。

 

 それは、すでに自らの死を受け入れていたミュラーをして、驚愕させるに値するものだった。

 

「戦場の外から急速接近する物体あり。……こ、これは、敵、大型戦闘艇です!」

 

 な、……に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい、敵の数が多すぎやしないか? いつの間にこんなに増えたんだ?」

 

 二機のスーパースパルタニアンは、戦闘が続く星系中心部にむけて疾走している。戦場が近づくにつれ、戦況の詳細が見えてくる。おもわずポプランが叫んだ。

 

 彼らが命令を受け星系外縁部を発進したとき、優勢なのはヤン艦隊だった。敵を圧倒し、完全に包囲するのも時間の問題のはずだった。

 

 それがいま、彼らの進路上にいる艦はほぼすべてが敵だ。しかも、敵艦隊はまったく無傷。この期に及んでしっかり秩序だった艦列を組んでいるだと?

 

「敵の増援艦隊が、ワープアウトしたのかも……」

 

 なるほど。エリザの言うとおり、増援が来たのだろう。

 

 突入命令と同時に味方本隊から伝えられた敵総旗艦の位置。ポプランとエリザは最短距離でそこに向かっている。だが、その進路上にはワープアウトしたばかりのロイエンタール艦隊がいる。しかも、ほぼ無傷の正規一個艦隊だ。

 

 ポプランは頭を捻る。

 

 どうする? 強引に突破するか? しかし、目標である敵本隊に突入する前に消耗はさけたい。ならば迂回? だが、そのあいだに敵旗艦に逃げられるおそれが……。

 

「ポ、ポプラン中佐。目の前の新たな敵艦隊は、総旗艦の守りよりも前進を優先しているようです。……突破しましょう」

 

 たしかに、ロイエンタール艦隊は帝国軍総旗艦から離れていくように見える。むしろ、まもるべき味方を無視して、ヤン艦隊本隊の方向に襲い掛かりつつあるように見える。ヤン提督のヒューベリオンと一騎討ちを望んでいるかのように。おかげで、スーパースパルタニアンの進路正面の艦列は、それほどぶ厚くはない。

 

「そうだな。今オレ達がもっとも優先すべき問題は、おそらく時間だ。ここは最短距離でいくべきだろう。……いくぞ」

 

 

 

 

 

 

「敵大型戦闘艇発見! 我が艦隊の最後部に突入します」

 

 バーミリオン会戦に参加した帝国艦隊において、突入してきたスーパースパルタニアンを最初に発見したのはロイエンタール艦隊だった。ミュラーよりも先だ。

 

 だが、ロイエンタールは驚きを示さない。あの戦闘艇が突入してくるのならこのタイミングしかないと、彼はあらかじめ予想していたのだ。

 

「敵戦闘艇が射程に入った艦は対空砲火で迎撃! それ以外は構うな。脚を止める必要は無い。我々の相手はヤン・ウェンリーだ」

 

 あの戦闘艇の目標は我々ではない。奴らの標的は我が艦隊の向こうにいるのだ。我々は最低限の迎撃行動をするだけでよい。

 

「敵旗艦ヒューベリオン、射程圏に入ります」

 

 ロイエンタールの意識がスーパースパルタニアンから離れる。すべての感覚がヒューベリオンに集中する。いま彼の脳は、ヤン・ウェンリーに埋め尽くされている。

 

「敵は連戦中。しかも艦の数はこちらの方がはるかに多い。対等な勝負とはいいがたいが、あの戦闘艇を見逃してやるのだからこの程度のハンデはもらっても罰は当たるまい。……目標は敵旗艦、ヤン・ウェンリーだけだ。ファイエル!」

 

 

 

 

 

 ポツ。ポツ。ポツ。

 

 スーパースパルタニアンが接近するにつれ、ロイエンタール艦隊から五月雨のような対空砲火があがりだす。やがてそれは本降りになり、二機のスーパースパルタニアンは土砂降りのような対空砲火に晒される。

 

 彼らが駆ける虚空を切り裂くのは、金属の塊と鮮烈な閃光。幾千、幾万と重なり合う、一撃で小惑星をも粉砕する破壊の奔流。

 

 だけど……。

 

 エリザは微妙な違和感を感じている。彼女はすでに幾度かの艦隊戦を経験している。そして、艦隊により、その『強さ』が異なることを経験から知っている。軍事的な専門教育をうけたことがないエリザにとって言語化するのは難しいのだが、それはおそらく司令官が机上でたてた作戦そのものの差だけではない。艦隊運動に乱れがないか、砲撃の統制が取れているか、だけでもない。個々の艦が、兵が、最終的な作戦目的に向かって最適な行動を行うという意思の強さ、それこそが艦隊の強さの差に繋がるのではないかと思っている。

 

 だが、いま彼女にむけて対空砲火を撃ち上げている艦隊からは、エリザ達を迎撃しようという強い意志が感じられない。なんとしてでもスーパースパルタニアンを阻止しなければならないという断固たる意思が、おそらく初めから存在しない。彼らの意識の大部分は、エリザよりもはるか前方に向いている。帝国最大の敵であるヤン提督の本隊を打ち破ることこそが、彼らの意思なのだ。

 

 ならば。

 

 量だけは土砂降りのような対空砲火。だが、まるであらかじめ全ての火線の方向を予測していたかのように、スーパースパルタニアンはそのすべてを避ける。

 

 エリザは視線を前に向ける。

 

 私が意識を向けるべき相手は、目の前の艦隊じゃない。……その、向こうだ。

 

 エリザは操縦桿を倒す。スロットルを開く。彼女の意思に忠実に従う愛機。機体は物理法則をあざ笑うかのような鋭角的な機動を見せ、乱舞する光条の間隙を縫って加速。機体後方の巨大なエンジンが、真空の底で猛り狂う咆哮を上げる。蒼白のプラズマを噴き上げる。

 

 右へ。左へ。 機体の慣性制御能力の限界を超えた重力加速度により押し潰されながら、エリザはロイエンタール艦隊の艦列をすり抜ける。機体の先端が巨大な戦艦の装甲をかすめる。

 

 今のエリザには、ロイエンタール艦隊など見えていない。視線の先にあるのは、いまだにアッテンボローとミュラーが殴り合っている戦場。そして、ラインハルトの本隊のみだ。

 

 

 

 

 

 

 ミュラーはみた。

 

 それは、バーミリオン星系外縁から来た。ロイエンタール艦隊をまったく無傷のまま突破してきた。そして、通常の艦隊戦にはあり得ない速度でこの戦場に飛び込んできた。

 

 敵と味方の戦艦、その残骸、デブリ、小惑星が入り交じる戦場。いまだ両陣営から無秩序な砲撃が乱れ飛ぶ混乱しきった戦場にそのまま突入、信じられない機動でそれらをかわしながら一直線に向かってきた。

 

 『戦場の外から不意に飛び込んで来る高速戦闘艇には常に注意せよ』

 

 イゼルローンでのあの戦闘以来、ミュラーは自らの艦隊に厳重に命じてあった。そうでなければ、この混乱した局面の中で発見できなかったかもしれない。

 

 そして、高速戦闘艇が一直線にむかう進行方向にあるのは、……総旗艦ブリュンヒルトだ。

 

 ミュラーの顔から血の気が引く。一瞬で青ざめる。

 

 アレか? アレが来たのか? ヤン・ウェンリーめ、このギリギリの局面までアレを温存していたというのか?

 

「自爆まて」

 

 ミュラーは叫ぶ。

 

「だめだ、アレを総旗艦に近づけるわけにはいかない! とめろ! すべての砲をあの戦闘艇に集中するんだ!」

 

 

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